世界を呪った鬼は願う
第41話 この愛を貴女に
「………………えっ?」
アカネは一瞬、何をされたのかわからなかった。
突然の衝撃によって横にされた視線を戻す。そこにはプルプルと震えてこちらを睨んでいるシルフィードがいた。
そこでようやくアカネは、彼女が怒っているのだと理解できた。
「え、シルフィ……? 私、何か……貴女を怒らせるようなこと、した?」
こんなにも言葉が出ないというのは、初めての感覚だった。
「何かした……ですって?」
怒らせた自覚がないアカネは、純粋にそんなことを聞いたが、それはシルフィードを更に怒らせるだけだった。彼女はキッ、とアカネを強く睨んだ。
「ええ、したわよ! 私の考えを勝手に決め付けて、それで勝手に諦めて! そんなに私が、私達が頼りない!?」
「――な、なんでそうなるのよ! 私はただ、貴女達を危険な目に合わせるのが嫌なだけなの!」
「私よりもアカネの方が危険なんでしょ!? それなのに黙って見送る訳、ないでしょう!」
アカネは『聖教国』からしたら、絶対に滅ぼさなければならない仇敵のような存在だ。
万が一にも正体がバレたとなると、間違いなく国民総出で戦争になる。
そんな危険性がある場所に、シルフィード達を連れて行きたくない。それがアカネの考えだった。
しかし、シルフィードはそんな危険な場所に、アカネ一人を行かせたくない。そう思っている。
「リフィちゃん、お願いだからシルフィを――――」
こうなったらリーフィアに姉を止めてもらおう。そう思ったアカネは、リーフィアの方を向き、それ以上の言葉をなくした。
理由は単純、彼女も姉と同じようにアカネを睨んでいたからだ。
(なんで、なんでそんな目をするの? なんで私の心配をわかってくれないの?)
混乱しているアカネに、シルフィードは更に言葉を重ねて訴える。
「そこが危険でも、私はアカネと一緒に居たいの! 貴女には感謝してもしきれないほどの恩がある。それを除いても私は貴女と共に行きたいのよ!」
「アカネさん、私もお姉ちゃんと同じです。なんで相談してくれないんですか、なんで勝手に自己解決しようとするんですか! なんで……もっと、頼ってくれないんですか……」
リーフィアは泣きながらも、アカネに怒りを初めてぶつけた。
「例え危険な場所でも、例え家を手放すとしても、私とお姉ちゃんはアカネさんについていきたいんです! 邪魔だと言われても、私達は貴女に……!」
「なん、で……そこまで…………」
わからない。何を考えてもわからない。 それはアカネにとって初めてのことだった。気に入った人を危険に晒したくないのは誰も同じだ。
そして、人というのは何よりも自身の命が大切だと思っていた。それはエルフ族等の亜人種も同じだ。
だからこそ今の状況がわからなかった。
何故こんなにも必死になっているのか。アカネには理解不能だったが、シルフィードとリーフィアには既に答えがわかっていた。
「最初は本当にただ恩を感じていたのかもしれない……けれど、アカネにプレゼントを貰った時、今までで一番嬉しく思った。 それこそ一生大切に身につけようと思うほど……そして、私が感じていたのは恩だけではないと……リーフィアと話してわかったのよ」
シルフィードは決心したように、アカネを真っ直ぐ見つめる。リーフィアも姉の隣に並び、同じくアカネを強く見つめた。
アカネはそんな二人に後退って距離を置こうとするが、更に詰め寄られて逃げ場をなくす。
そして、二人は己の心に秘めた本心を、アカネに伝える。
「ああ、もうっ! この際だから言わせてもらうわ! 私はアカネが――好き。大好きなの!」
「私もアカネさんが大好きなんです! それこそずっと隣に居たいくらい――本気で大好きなんです!」
二人は正直に告白した。
アカネも鈍感ではない。二人の『好き』という気持ちは、特別な『好き』なのだとわかった。
「で、でも……私は女よ? 二人はそれでいいの?」
「「同性だからとか関係ない(です)!」」
二人は迷いなく答える。 アカネは過去最大に困惑していた。
――嬉しいのだ。
二人に告白されて、二人に好きと真正面から言われて、アカネは嬉しいと感じてしまった。
だからこそアカネは困惑しているのだ。
今まで異性だけでなく、同性からも好きと言われたことはあった。
その時はやんわりと断っていたし、慕われていることに嬉しくは思ったが、好きだと思われていることに、嬉しいと感じたことはなかった。
「……あ、れ?」
気づけばアカネの頬には、一筋の線ができていた。
「なん、で……私は、泣いているの? なんで、こんなにも嬉しいと、感じるの? もう、わからない……自分が、わからない」
――怖い。
何もかもわからないことに、素直に嬉しいと思う気持ちに、今までの自分が崩れ落ちる……そんな感覚がして、アカネは頭を抱えて呻く。
「わからない、わからないわからない。嬉しいのが怖い。私が幸せを感じるなんて、私が他人から幸せを貰えるなんて……」
産まれた時からアカネはいらないものとして、ゴミと同等の扱いを受け続けてきた。
幸せや愛情なんてものは一切与えられることなく、彼女は全てに憎しみを抱いたまま、故郷の同族を皆殺しにして、更に故郷全てを呪いにかけた。
それからもアカネは、幸せを他人から貰うことはなかった。
だからこそ初めて幸せというのを感じて、心に流れてくる温かい気持ちに戸惑い、恐怖した。
(【魔王】の私が、誰よりも同族を殺した私が…………幸福になっていい訳がない)
「アカネ……」
「アカネさん……」
呻き続けるアカネは、ギュッと抱きしめられる感覚がした。
(…………あぁ……)
経験したことのない幸福感に、アカネは膝から崩れ落ちる。
もう、無理をするのは限界だった。
「私を……【魔王】の私を好きになってくれるの?」
それは、いつものアカネからは考えられない、とても弱々しい声だった。
「ええ、【魔王】とか関係ない。私はアカネという人物を好きになったのよ」
「……頼っても、いいの? 私は一人じゃなくて、いいの?」
「アカネさんの力になれるかはわかりません。……ですが、どうか私達も貴女と一緒に居させてください。最後の時まで……」
「う、う……うぁあああぁあぁあ……!」
アカネは泣き続けた。
それをシルフィードとリーフィアは、ずっと寄り添ってくれた。彼女が満足するまで、二人はずっと側に居てくれた。
◆◇◆
「…………ったく、オレってば邪魔者扱いじゃねぇか」
夜道を一人でトボトボと歩いている少女、ターニャはそう愚痴る。
エルフの姉妹がアカネに告白した時、何故か居心地が悪くなったターニャは、気づかれることなくソッとその場から立ち去っていた。
「…………あいつのあんな顔、初めて見たな」
あの顔とは、シルフィードに頬を叩かれた時の呆けた顔のことだ。
ターニャ達、【魔王】と話している時ですら、呆れた顔はするものの、あんなに間抜けな顔はしたことがなかった。 それはアカネが心を許せるリンシアやターニャでも同じだ。
「なんだよ、ちゃんと救われているじゃねぇか」
【魔王】とは、本来孤独な生き物なのだ。
その中でもアカネは特に、孤独というものに慣れていた。 だからこそ、彼女は一人でなんとかしようと作戦を練り、本当に一人で全てを解決してしまう。
一人でなんとかしようというのは、ターニャも同じことを言えるが、一人で戦えるというのと、一人では到底無理なことを一人だけでやってしまうというのは全く別だ。
アカネのそれは一種の癖と捉えてもいいほど、自然な考えとなっていた。それが今回の問題点だった訳だ。
だが、今回の件でそれも緩和されることだろう。
「…………少し、羨ましいな」
そして同時に寂しいとも感じてしまう。
友人が遠くに行ってしまったような感じがして、胸の奥がキュッと締められる。 ターニャは複雑な気持ちになった。
「……ああ? こんな時間に女がいるぜぇ……ヒック……」
「あぶねぇなぁ……変なやつに襲われちまうぞぉ?」
「俺達がお家に送ってやろうかぁ……? ギャハハッ!」
路地裏に入って少したった時、ターニャの容姿を見た男共が周りに群がった。
いつもは話を聞くのも面倒なので、問答無用で斬り殺していたターニャ。
しかし、今回だけは少し結果が変わっていた。
「なんだか今のオレは機嫌がいいんだ。半殺しで許してやる――こいよ」
――翌朝。 半殺し状態の男達が路地裏で発見された。 それを市民から報告を受けた兵士は、勝手に喧嘩して共倒れしたのだろうと推測し、その事件は終結したのだった。
アカネは一瞬、何をされたのかわからなかった。
突然の衝撃によって横にされた視線を戻す。そこにはプルプルと震えてこちらを睨んでいるシルフィードがいた。
そこでようやくアカネは、彼女が怒っているのだと理解できた。
「え、シルフィ……? 私、何か……貴女を怒らせるようなこと、した?」
こんなにも言葉が出ないというのは、初めての感覚だった。
「何かした……ですって?」
怒らせた自覚がないアカネは、純粋にそんなことを聞いたが、それはシルフィードを更に怒らせるだけだった。彼女はキッ、とアカネを強く睨んだ。
「ええ、したわよ! 私の考えを勝手に決め付けて、それで勝手に諦めて! そんなに私が、私達が頼りない!?」
「――な、なんでそうなるのよ! 私はただ、貴女達を危険な目に合わせるのが嫌なだけなの!」
「私よりもアカネの方が危険なんでしょ!? それなのに黙って見送る訳、ないでしょう!」
アカネは『聖教国』からしたら、絶対に滅ぼさなければならない仇敵のような存在だ。
万が一にも正体がバレたとなると、間違いなく国民総出で戦争になる。
そんな危険性がある場所に、シルフィード達を連れて行きたくない。それがアカネの考えだった。
しかし、シルフィードはそんな危険な場所に、アカネ一人を行かせたくない。そう思っている。
「リフィちゃん、お願いだからシルフィを――――」
こうなったらリーフィアに姉を止めてもらおう。そう思ったアカネは、リーフィアの方を向き、それ以上の言葉をなくした。
理由は単純、彼女も姉と同じようにアカネを睨んでいたからだ。
(なんで、なんでそんな目をするの? なんで私の心配をわかってくれないの?)
混乱しているアカネに、シルフィードは更に言葉を重ねて訴える。
「そこが危険でも、私はアカネと一緒に居たいの! 貴女には感謝してもしきれないほどの恩がある。それを除いても私は貴女と共に行きたいのよ!」
「アカネさん、私もお姉ちゃんと同じです。なんで相談してくれないんですか、なんで勝手に自己解決しようとするんですか! なんで……もっと、頼ってくれないんですか……」
リーフィアは泣きながらも、アカネに怒りを初めてぶつけた。
「例え危険な場所でも、例え家を手放すとしても、私とお姉ちゃんはアカネさんについていきたいんです! 邪魔だと言われても、私達は貴女に……!」
「なん、で……そこまで…………」
わからない。何を考えてもわからない。 それはアカネにとって初めてのことだった。気に入った人を危険に晒したくないのは誰も同じだ。
そして、人というのは何よりも自身の命が大切だと思っていた。それはエルフ族等の亜人種も同じだ。
だからこそ今の状況がわからなかった。
何故こんなにも必死になっているのか。アカネには理解不能だったが、シルフィードとリーフィアには既に答えがわかっていた。
「最初は本当にただ恩を感じていたのかもしれない……けれど、アカネにプレゼントを貰った時、今までで一番嬉しく思った。 それこそ一生大切に身につけようと思うほど……そして、私が感じていたのは恩だけではないと……リーフィアと話してわかったのよ」
シルフィードは決心したように、アカネを真っ直ぐ見つめる。リーフィアも姉の隣に並び、同じくアカネを強く見つめた。
アカネはそんな二人に後退って距離を置こうとするが、更に詰め寄られて逃げ場をなくす。
そして、二人は己の心に秘めた本心を、アカネに伝える。
「ああ、もうっ! この際だから言わせてもらうわ! 私はアカネが――好き。大好きなの!」
「私もアカネさんが大好きなんです! それこそずっと隣に居たいくらい――本気で大好きなんです!」
二人は正直に告白した。
アカネも鈍感ではない。二人の『好き』という気持ちは、特別な『好き』なのだとわかった。
「で、でも……私は女よ? 二人はそれでいいの?」
「「同性だからとか関係ない(です)!」」
二人は迷いなく答える。 アカネは過去最大に困惑していた。
――嬉しいのだ。
二人に告白されて、二人に好きと真正面から言われて、アカネは嬉しいと感じてしまった。
だからこそアカネは困惑しているのだ。
今まで異性だけでなく、同性からも好きと言われたことはあった。
その時はやんわりと断っていたし、慕われていることに嬉しくは思ったが、好きだと思われていることに、嬉しいと感じたことはなかった。
「……あ、れ?」
気づけばアカネの頬には、一筋の線ができていた。
「なん、で……私は、泣いているの? なんで、こんなにも嬉しいと、感じるの? もう、わからない……自分が、わからない」
――怖い。
何もかもわからないことに、素直に嬉しいと思う気持ちに、今までの自分が崩れ落ちる……そんな感覚がして、アカネは頭を抱えて呻く。
「わからない、わからないわからない。嬉しいのが怖い。私が幸せを感じるなんて、私が他人から幸せを貰えるなんて……」
産まれた時からアカネはいらないものとして、ゴミと同等の扱いを受け続けてきた。
幸せや愛情なんてものは一切与えられることなく、彼女は全てに憎しみを抱いたまま、故郷の同族を皆殺しにして、更に故郷全てを呪いにかけた。
それからもアカネは、幸せを他人から貰うことはなかった。
だからこそ初めて幸せというのを感じて、心に流れてくる温かい気持ちに戸惑い、恐怖した。
(【魔王】の私が、誰よりも同族を殺した私が…………幸福になっていい訳がない)
「アカネ……」
「アカネさん……」
呻き続けるアカネは、ギュッと抱きしめられる感覚がした。
(…………あぁ……)
経験したことのない幸福感に、アカネは膝から崩れ落ちる。
もう、無理をするのは限界だった。
「私を……【魔王】の私を好きになってくれるの?」
それは、いつものアカネからは考えられない、とても弱々しい声だった。
「ええ、【魔王】とか関係ない。私はアカネという人物を好きになったのよ」
「……頼っても、いいの? 私は一人じゃなくて、いいの?」
「アカネさんの力になれるかはわかりません。……ですが、どうか私達も貴女と一緒に居させてください。最後の時まで……」
「う、う……うぁあああぁあぁあ……!」
アカネは泣き続けた。
それをシルフィードとリーフィアは、ずっと寄り添ってくれた。彼女が満足するまで、二人はずっと側に居てくれた。
◆◇◆
「…………ったく、オレってば邪魔者扱いじゃねぇか」
夜道を一人でトボトボと歩いている少女、ターニャはそう愚痴る。
エルフの姉妹がアカネに告白した時、何故か居心地が悪くなったターニャは、気づかれることなくソッとその場から立ち去っていた。
「…………あいつのあんな顔、初めて見たな」
あの顔とは、シルフィードに頬を叩かれた時の呆けた顔のことだ。
ターニャ達、【魔王】と話している時ですら、呆れた顔はするものの、あんなに間抜けな顔はしたことがなかった。 それはアカネが心を許せるリンシアやターニャでも同じだ。
「なんだよ、ちゃんと救われているじゃねぇか」
【魔王】とは、本来孤独な生き物なのだ。
その中でもアカネは特に、孤独というものに慣れていた。 だからこそ、彼女は一人でなんとかしようと作戦を練り、本当に一人で全てを解決してしまう。
一人でなんとかしようというのは、ターニャも同じことを言えるが、一人で戦えるというのと、一人では到底無理なことを一人だけでやってしまうというのは全く別だ。
アカネのそれは一種の癖と捉えてもいいほど、自然な考えとなっていた。それが今回の問題点だった訳だ。
だが、今回の件でそれも緩和されることだろう。
「…………少し、羨ましいな」
そして同時に寂しいとも感じてしまう。
友人が遠くに行ってしまったような感じがして、胸の奥がキュッと締められる。 ターニャは複雑な気持ちになった。
「……ああ? こんな時間に女がいるぜぇ……ヒック……」
「あぶねぇなぁ……変なやつに襲われちまうぞぉ?」
「俺達がお家に送ってやろうかぁ……? ギャハハッ!」
路地裏に入って少したった時、ターニャの容姿を見た男共が周りに群がった。
いつもは話を聞くのも面倒なので、問答無用で斬り殺していたターニャ。
しかし、今回だけは少し結果が変わっていた。
「なんだか今のオレは機嫌がいいんだ。半殺しで許してやる――こいよ」
――翌朝。 半殺し状態の男達が路地裏で発見された。 それを市民から報告を受けた兵士は、勝手に喧嘩して共倒れしたのだろうと推測し、その事件は終結したのだった。
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