世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第39話 認めたくない魔王

「正直、まだ信じられないわ」
 それがシルフィードの一言目だった。
「だって、アカネは私の知っている【魔王】っぽくないんだもの」
 圧倒的君臨者にして絶対悪。 それが昔から教えられてきたことだった。
「シルフィード、だっけか? アカネが一番魔王っぽくない……ってのは間違いだぜ」
「それはどういう?」
「オレが思うに、アカネが魔王の中で一番魔王らしいぜ。こいつの復讐は――――」
「ターニャ」
 アカネから膨大な殺気が溢れる。
 それは怖いもの知らずのターニャでさえ、額に汗を浮かばせるほど本気のものだった。
 直接、殺気を当てられていないシルフィードとリーフィアも、漏れ出たアカネの本気に身動きができなくなっていた。
「それ以上は……覚悟しなさい」
「…………すまん。さっきの発言は忘れてくれ」
 先程の殺気が嘘のように消える。
「はあ……ごめんなさいねシルフィ、リフィちゃん。それは私の口から言いたかったの……けれど、もう少し待って。貴女達を信じていない訳ではない…………ただ、私の覚悟が足りないだけなの」
 シルフィードとリーフィアは、アカネのことを『信頼できるお姉さん』だと思っている。
 しかし、アカネの本当の過去を言ってしまったら、その認識を真逆のものに変わってしまう。そんな気がして怖いのだ。
 それでも答えられることはできる限り答えよう。それだけは決めていた。
「私が長々と説明するよりも、二人が私に聞きたいことを答えたほうがわかりやすいかしら」
「……そうね。それじゃあ、早速だけど、アカネの旅の本当の目的は?」
「それは言った通りよ。本当に『人』というのを知りたかった。そして私の友人の話を聞いて、私は旅をしたいと思ったのよ」
 そしてアカネはシルフィードと出会った。 そこから様々な人と交流し、リーフィアからも信頼を勝ち取ることができた。
「あの……アカネさんは人を殺そうとは……思わないんですか?」
「基本的は必要以上に殺そうとは思わないわ…………隣の戦闘馬鹿とは違ってね」
「だって……戦いたくなるじゃん。殺し合いたくなるじゃん?」
「疑問形で言われても同意しないわよ」
 言い訳をするターニャに、呆れて適当に返した。
「必要以上ってことは、必要なら殺すってことよね?」
「もちろん。私は人を殺すことに躊躇いはないわ。私の邪魔をする者は殺す。私の友人を殺そうとする者は殺す。神の味方をする邪魔者は殺す。そして私は――神を殺す」
「…………ああ、アカネの言う通りだ」
 シルフィード達は息を呑み、ターニャは同意するように頷き、口を開く。
「オレ達は神を殺す。それがオレ達の……【魔王】の最後の復讐だ。ただ上から見ているだけの屑共は、苦しみ、嘆き、死ぬ寸前まで、オレ達に何もしてくれなかった」
「結局は自分の力が全てだったのよ。それから私達は、神に縋るのを止めたわ。手の届かない場所で己の安全しか考えない神は、いらない。……そう、思ったのよ。――――シルフィ、貴女も心当たりがあるんじゃないの?」
「――ッ、ええ、そうね……もしかしたら私はアカネ達と同じ……なのかもしれないわ」
「お姉ちゃん、何を言って…………」
「リフィ、あの時……貴女が暴走する私を命がけで抑えてくれたあの試合。私にはその記憶がないって言ってたけど……一つだけ、覚えていることがあるの。 神の声とは違う……全く別物の声が言った。私の中に『魔王核』が宿った、と……今まで怖くて言い出せなかったけれど」
 アカネはそれを知っていた。その時から、シルフィードの魔力は明らかに異常なものへと変化し、彼女本来の質も上がっている。 本人は強い魔物と戦っていないから、全く気づいていないだろうが、剣速も前とは比べ物にならないほどになっていた。
「……お? ってことは、あんたはオレ達の後輩ってことか?」
「いいえ、それは違うわ。シルフィは言わば『半端者』よ」
「あ? どういうことだ。意味わからん」
「彼女は確かに『魔王核』が宿った。でも、核の力の半分を私が取り除いたのよ。……心臓とほぼ同化していたから、流石に全部は無理だったけれど」
「私の心臓に『魔王核』が……」
「そうしなければシルフィは私達と同じ【魔王】になっていた。……貴女のような真っ直ぐな人に【魔王】は荷が重い。勝手だけど、そう思ったの」
 神に復讐をするという概念に囚われた、シルフィードの形をした何かになる。
 それはリーフィアとの約束にならない。 だからアカネは危険を犯してでも『魔王核』を半分だけ取り除き、自身の体に入れた。
「……それでも半分は残っている。まず間違いなく【魔王】の影響は受けているはずよ。ま、本人は薄々気づいているみたいだけどね」
 あの日以降のシルフィードを見ていれば、誰でもわかる。多分、リーフィアも気づいていたが、わざと考えないようにしていたのだろう。
 それは、神に対しての思いだ。 この世界の人々は、一日に一回は自身が信仰する神にお祈りをする。 人によって祈りを捧げる神は様々だ。
 割合としては『創造神』リヒトを信仰する人が一番多い。何せこの世界『グロウス』を創った主神であり、事実上のトップだからだ。
 他には種族で祈る神は違ったりする。 エルフならば『エルフ族の創造神』フェルドフリーデ。ドワーフならば『ドワーフ族の創造神』ガルガンダなどがそうだ。
 そして、シルフィードやリーフィアも例外ではなく、しっかりと朝に一回、フェルドフリーデに祈りを捧げていた。…………のだが、最近になってシルフィードだけが祈りをサボっていた。
 最初の二日目までは習慣として、しっかりとお祈りをしていた。 だが、それが続くにつれて、これは本当に意味があるのか? と疑問に思ってしまい、結局は何十年と続けてきたお祈りを止めてしまったのだ。
 シルフィードはそれを隠すことなく、全てを話した。 リーフィアは信じられないと目を見開いていたが、【魔王】の二人は「当然のことだ」と納得していた。
「奴らに祈りを捧げるなんて……例え滅ぶとしても嫌だわ」
「全くその通りだな。祈っている姿を想像しただけで、ここら一帯をぶち壊したくなる」
「ターニャ、気持ちはわかるけど抑えなさい。ちゃんと理性を保ちなさいと言っているでしょ?」
「――ハッ! どの口が言うんだよ。あの、森だった場所を吹き飛ばした張本人が」
「うぐっ……だって、仕方ないじゃない」
 それを言われると、アカネは反論できない。
「久しぶりに神の声を聞いて抑えられなかったのよ……」
 そして、人差し指をツンツンと合わせながら、仕方ないことなのだと言い訳をする。
「何? 声を聞いた? ってことはお前、何か増えたのか?」
「え……ええ、称号がね……」
「称号? なんだ? 殺戮者か? 真なる魔王とかか? まさか……お母さんとかじゃねぇよな?」
「違うわっ!」
 一つ目や二つ目はともかく、三つ目のお母さんは意味がわからなかった。 ターニャにツッコミを入れるアカネだったが、何となく納得していたのがこの場に、後二人いた。
(アカネがお母さん……有りね)
(アカネさんがお母さん……似合います)
「――あだだだだ!?」
 そんなことを思っている姉妹に気づかず、アカネはターニャの頭をゲンコツで挟んで、グリグリ攻撃をしていた。
「やめっ、それめっちゃ痛い! ホンマすんませんっ!」
 人に恐れられている【魔王】とは思えないほど、情けない声を出して懇願をしている。
「……ったく、私がお母さんなんて似合う訳ないでしょ」
(((ええ……? 自覚なし?)))
 アカネ以外の三人は珍しく意見が合った。
「…………何よ。文句あるの?」
「「「い、いえっ、何でもないです!」」」
 半眼で睨まれた三人は、再びシンクロすることになった。
 ちなみにアカネは、しっかりと三人の心境を【邪鬼眼】で読み取っていた。
 アカネだって妖からは『母』と言われているし、何故か皆が彼女の元に来て甘えるから、お母さんと言われても若干の諦めはあった。
(なんでだろう。それを認めたら負けな気がするわ)
 アカネが【お母さん】という称号を手に入れるのは、そう遠くない未来なのかもしれない。
 そう思い、ソッとため息を溢すアカネなのだった。

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