世界を呪った鬼は願う
第27話 神の声と魔王の怒り
とある昼下がりのシルフィード宅。
「んっ……あ、アカネぇ……もっと、もっ――ああ……!」
「く、ふっ……んあっ、アカネ、さんっ……あぅ…………」
「はいはい……それにしても、もう少し声抑えられないの?」
「だってぇ……これ、気持ち……よすぎて、はぁはぁ……」
「がま――んっ! でき、ませ……ああっ……!」
普段は自然あふれる静かなとある一室から、姉妹の甘美な声が響き渡っていた。
「たかがマッサージなのにねぇ……」
三人は決してやましいことをしているのではなく、特訓の疲れを取るために、アカネがマッサージをしてあげていたのだ。
「だって、アカネのマッサージが気持ちよすぎるんだもん……」
シルフィードが肩を上下させてよろよろと起き上がる。
「アカネさん……実はマッサージ師だったとかないですか?」
次はリーフィアが疑問の視線を向けてきた。
「そんな訳――」
『称号【マッサージ師】を獲得しました』
「…………嘘でしょ?」
数十年、久しく聞いてなかった忌々しい『神』の声が、アカネの脳内に聞こえてきた。
「どうしたの…………まさか?」
シルフィードはいち早く察したようだ。 それを肯定するように、アカネは頷く。
「今、声が聞こえて【マッサージ師】の称号を得たわ」
称号が増えることは、普通ならいいことだ。 しかし、アカネは反応が違った。
「なんか嬉しそうじゃないわね……」
「あのっ、ごめんなさい! 私のせいで……」
「……いえ、リフィちゃんは悪くないの」
二人は【マッサージ師】という称号を得たのが嫌だったのかと思って顔を曇らすが、アカネはもっと違う意味で嬉しくなかったのだ。
(ムカつく……)
アカネを含む【魔王】は神を憎んでいる。
【魔王】になった当初は、神の声が聞こえる度に怒り狂っていたが、今は少し破壊衝動に陥る程度で落ち着いている。
「それにしても、あの一言で称号が取れるとはね……」
「神様が私達のことを見守ってくれている証拠ですね!」
「――――ッ!」
「ん? アカネ?」
「…………え、ええ、そうね。そうだと……いいわね」
なぜ【魔王】になった今も神の声が聞こえるのかわからない。
忌々しい神共にとっては、アカネは敵対者だ。 それでも称号を与えるというのはデメリットでしかないのだが、今もこうして問題なく聞こえる。
(称号を与えたとしても、奴等が安全なのは変わらないということか……)
つまり、神である奴等にとって、アカネ達がいくら力をつけようと余裕なのだ。
(いくら外界にいる生物が力をつけようとも、奴等は上から私達を見下している)
そう考えるだけでドス黒い感情が、アカネを支配し始める。怒りに混ざって吐き気すらも覚えた。
「ちょっと…………外に行ってくるわ」
今の顔を見られたくないアカネは、和服の袖で顔全体を隠しながら部屋を出ていく。
「うう、どうしようお姉ちゃん。アカネさんに嫌われたかも……」
リーフィアは泣きそうな顔をして、すがりつくように姉を見る。
「うーん、アカネはリフィには怒ってなかったわよ」
「ぐすんっ……本当?」
「ええ、その程度じゃ怒る訳ないじゃない。……もっと別の何かに怒っていた気がしたわ」
そう、もっと別のことに関して怒っていたようにシルフィードは感じた。
(アカネは『声』が聞こえた時から様子がおかしくなった。まさか、神様の『声』に……いや、さすがにそれはないか。だって神様は偉大で私達を常に…………あれ? なんで神様は偉大だと思うの? それに、なんで見られていると思っただけで、こんなに胸がざわつくのかしら……)
何かが引っかかる。 そんな気がしてならないシルフィード。
「ね、ねぇリフィ。私達の……エルフの神って…………」
「ん? フェルドフリーデ様がどうしたの?」
「え、いや、何でもないわ……」
エルフを創造したとされる神、フェルドフリーデ。
シルフィード達エルフ族にとっては、『唯一神』クリフと並ぶくらい信仰されている神だ。
姉妹二人も熱狂的な信者とまではいかないが、毎日お祈りはしていた…………はずだった。
(おかしい……)
そういえば最近お祈りをしていないと、彼女は今更気づく。
シルフィードは、『エルフの創造神』フェルドフリーデに無関心になっていた。
神なんてどうでもいい。 お祈りをして神に縋る意味があるのか。
常人では考えられないような、それこそ神への冒涜にも思えることを考えてしまう。
そう、シルフィード本人も考えられないようなことだ――――あの日、【復讐者】として暴走するまでは。
「お姉ちゃん大丈夫? なんか顔色が優れないみたいだけど……また何か考えごと?」
信じられないことに呆然としてしまっていたシルフィードは、妹に心配そうに顔を覗かれる。
「だ、大丈夫よ。本当にどうでもいいことで考えてたわ。……とにかく、アカネは貴女に怒ってないから安心しなさい」
「うん……」
『本当にどうでもいいこと』 信愛なる神に対する悩みをどうでもいいと、この時のシルフィードは無意識に思っていた。
◆◇◆
その頃、アカネはシルフィード宅から逃げるように、『エール王国』から遠くにある森林へと足を踏み入れていた。
「ギャギャッ!」
「グギギッ! ゲヒャヒャヒャ!」
「グルォオオオオッ!」
「ガルァッ!」
「シャァアアアアア!」
魔力の濃い場所には魔物が沢山集まる。
アカネが踏み入った森林は、特に濃い魔力が収束している場所だった。
歩く度に四方八方からゴブリン、コボルト、ハイウルフ、オーク、オークジェネラル、ポイズンスネーク、といった魔物が殺意を無差別に振りまきながら襲いかかる。
「…………うるさい」
アカネは静かに一言。
「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいッ!」
声を荒らげる。 それでも魔物は気にせずに飛びかかり、次の瞬間――全てが肉塊となっていた。
やったことは簡単だ。 ただ、蹴ったり殴ったりした。
それを魔物が反応できない速さで、何度も何度もやっただけだ。
「アアアッ!」
それでも満足しなかったアカネは、肉塊となった魔物を踏み潰す。
「まだ、よ……」
足りない。全然足りない。
「もっと……【もっとこっちに来い】!」
言葉に【言霊】を乗せて叫ぶ。 それを聞いて命令に従った魔物達が数えられないほど集まってくる。
アカネは無言でそれらを鏖殺した。
ゴブリンの頭を力のままに握り潰した。 小さな頭から大量の返り血が飛ぶが、アカネは気にしない。
噛み付こうと飛びかかるハイウルフの横っ面を蹴り飛ばす。 ハイウルフの体は勢いよく木々にぶつかって、盛大な血飛沫を上げて絶命する。
オークの鈍い動きを待つことなく、無駄に太い腹を真正面から貫く。 丸い穴からオークの背後の風景が見えるが、それに興味を示す精神状態ではなかった。
ポイズンスネークがアカネを丸呑みしようと大口を開けて高速で寄ってくる。 そのデカい口を下から殴り、脳天を突き破る。 最後の足掻きでアカネを絞め殺そうとするが、剣撃よりも鋭い蹴りでポイズンスネークの巨体は粉々に切り刻まれる。
このように、ありとあらゆる肉弾戦で魔物を次々と異形の物へと変化させていった。
「まだ……まだ…………」
アカネはそれでも止まらない。
さらなる獲物を求めて、復讐の鬼は森林の奥へと歩みを進めていった。
「んっ……あ、アカネぇ……もっと、もっ――ああ……!」
「く、ふっ……んあっ、アカネ、さんっ……あぅ…………」
「はいはい……それにしても、もう少し声抑えられないの?」
「だってぇ……これ、気持ち……よすぎて、はぁはぁ……」
「がま――んっ! でき、ませ……ああっ……!」
普段は自然あふれる静かなとある一室から、姉妹の甘美な声が響き渡っていた。
「たかがマッサージなのにねぇ……」
三人は決してやましいことをしているのではなく、特訓の疲れを取るために、アカネがマッサージをしてあげていたのだ。
「だって、アカネのマッサージが気持ちよすぎるんだもん……」
シルフィードが肩を上下させてよろよろと起き上がる。
「アカネさん……実はマッサージ師だったとかないですか?」
次はリーフィアが疑問の視線を向けてきた。
「そんな訳――」
『称号【マッサージ師】を獲得しました』
「…………嘘でしょ?」
数十年、久しく聞いてなかった忌々しい『神』の声が、アカネの脳内に聞こえてきた。
「どうしたの…………まさか?」
シルフィードはいち早く察したようだ。 それを肯定するように、アカネは頷く。
「今、声が聞こえて【マッサージ師】の称号を得たわ」
称号が増えることは、普通ならいいことだ。 しかし、アカネは反応が違った。
「なんか嬉しそうじゃないわね……」
「あのっ、ごめんなさい! 私のせいで……」
「……いえ、リフィちゃんは悪くないの」
二人は【マッサージ師】という称号を得たのが嫌だったのかと思って顔を曇らすが、アカネはもっと違う意味で嬉しくなかったのだ。
(ムカつく……)
アカネを含む【魔王】は神を憎んでいる。
【魔王】になった当初は、神の声が聞こえる度に怒り狂っていたが、今は少し破壊衝動に陥る程度で落ち着いている。
「それにしても、あの一言で称号が取れるとはね……」
「神様が私達のことを見守ってくれている証拠ですね!」
「――――ッ!」
「ん? アカネ?」
「…………え、ええ、そうね。そうだと……いいわね」
なぜ【魔王】になった今も神の声が聞こえるのかわからない。
忌々しい神共にとっては、アカネは敵対者だ。 それでも称号を与えるというのはデメリットでしかないのだが、今もこうして問題なく聞こえる。
(称号を与えたとしても、奴等が安全なのは変わらないということか……)
つまり、神である奴等にとって、アカネ達がいくら力をつけようと余裕なのだ。
(いくら外界にいる生物が力をつけようとも、奴等は上から私達を見下している)
そう考えるだけでドス黒い感情が、アカネを支配し始める。怒りに混ざって吐き気すらも覚えた。
「ちょっと…………外に行ってくるわ」
今の顔を見られたくないアカネは、和服の袖で顔全体を隠しながら部屋を出ていく。
「うう、どうしようお姉ちゃん。アカネさんに嫌われたかも……」
リーフィアは泣きそうな顔をして、すがりつくように姉を見る。
「うーん、アカネはリフィには怒ってなかったわよ」
「ぐすんっ……本当?」
「ええ、その程度じゃ怒る訳ないじゃない。……もっと別の何かに怒っていた気がしたわ」
そう、もっと別のことに関して怒っていたようにシルフィードは感じた。
(アカネは『声』が聞こえた時から様子がおかしくなった。まさか、神様の『声』に……いや、さすがにそれはないか。だって神様は偉大で私達を常に…………あれ? なんで神様は偉大だと思うの? それに、なんで見られていると思っただけで、こんなに胸がざわつくのかしら……)
何かが引っかかる。 そんな気がしてならないシルフィード。
「ね、ねぇリフィ。私達の……エルフの神って…………」
「ん? フェルドフリーデ様がどうしたの?」
「え、いや、何でもないわ……」
エルフを創造したとされる神、フェルドフリーデ。
シルフィード達エルフ族にとっては、『唯一神』クリフと並ぶくらい信仰されている神だ。
姉妹二人も熱狂的な信者とまではいかないが、毎日お祈りはしていた…………はずだった。
(おかしい……)
そういえば最近お祈りをしていないと、彼女は今更気づく。
シルフィードは、『エルフの創造神』フェルドフリーデに無関心になっていた。
神なんてどうでもいい。 お祈りをして神に縋る意味があるのか。
常人では考えられないような、それこそ神への冒涜にも思えることを考えてしまう。
そう、シルフィード本人も考えられないようなことだ――――あの日、【復讐者】として暴走するまでは。
「お姉ちゃん大丈夫? なんか顔色が優れないみたいだけど……また何か考えごと?」
信じられないことに呆然としてしまっていたシルフィードは、妹に心配そうに顔を覗かれる。
「だ、大丈夫よ。本当にどうでもいいことで考えてたわ。……とにかく、アカネは貴女に怒ってないから安心しなさい」
「うん……」
『本当にどうでもいいこと』 信愛なる神に対する悩みをどうでもいいと、この時のシルフィードは無意識に思っていた。
◆◇◆
その頃、アカネはシルフィード宅から逃げるように、『エール王国』から遠くにある森林へと足を踏み入れていた。
「ギャギャッ!」
「グギギッ! ゲヒャヒャヒャ!」
「グルォオオオオッ!」
「ガルァッ!」
「シャァアアアアア!」
魔力の濃い場所には魔物が沢山集まる。
アカネが踏み入った森林は、特に濃い魔力が収束している場所だった。
歩く度に四方八方からゴブリン、コボルト、ハイウルフ、オーク、オークジェネラル、ポイズンスネーク、といった魔物が殺意を無差別に振りまきながら襲いかかる。
「…………うるさい」
アカネは静かに一言。
「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいッ!」
声を荒らげる。 それでも魔物は気にせずに飛びかかり、次の瞬間――全てが肉塊となっていた。
やったことは簡単だ。 ただ、蹴ったり殴ったりした。
それを魔物が反応できない速さで、何度も何度もやっただけだ。
「アアアッ!」
それでも満足しなかったアカネは、肉塊となった魔物を踏み潰す。
「まだ、よ……」
足りない。全然足りない。
「もっと……【もっとこっちに来い】!」
言葉に【言霊】を乗せて叫ぶ。 それを聞いて命令に従った魔物達が数えられないほど集まってくる。
アカネは無言でそれらを鏖殺した。
ゴブリンの頭を力のままに握り潰した。 小さな頭から大量の返り血が飛ぶが、アカネは気にしない。
噛み付こうと飛びかかるハイウルフの横っ面を蹴り飛ばす。 ハイウルフの体は勢いよく木々にぶつかって、盛大な血飛沫を上げて絶命する。
オークの鈍い動きを待つことなく、無駄に太い腹を真正面から貫く。 丸い穴からオークの背後の風景が見えるが、それに興味を示す精神状態ではなかった。
ポイズンスネークがアカネを丸呑みしようと大口を開けて高速で寄ってくる。 そのデカい口を下から殴り、脳天を突き破る。 最後の足掻きでアカネを絞め殺そうとするが、剣撃よりも鋭い蹴りでポイズンスネークの巨体は粉々に切り刻まれる。
このように、ありとあらゆる肉弾戦で魔物を次々と異形の物へと変化させていった。
「まだ……まだ…………」
アカネはそれでも止まらない。
さらなる獲物を求めて、復讐の鬼は森林の奥へと歩みを進めていった。
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