世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第25話 自己紹介パート2

「…………じゃあ、次は私ね」
 今度はシルフィードが立ち上がり、リーフィアが座る。ただし、座っているのはアカネの膝の上。
 シルフィードに頬スリスリをしたのに物足りなかったアカネは、彼女に手招きをして座らせたのだ。
 その光景にシルフィードはジト目で二人を見る。
「ん? どうしたの?」
「……なんでもない」
 何を言っても無駄だと悟ったのか、気持ちを切り替えて自己紹介を始める。
「シルフィード・フェルエルよ。リフィの姉で、Bランク冒険者をしているわ。 剣と魔法を同時に使って戦うのが得意で、近距離と中距離の両方に対応できるけど……ほとんど剣だけね。魔法は風が得意で、炎は少しだけならできるわ」
 魔法で剣に【属性付与】を施して神速の剣で敵を斬る。
 それがシルフィードの主な戦い方だ。
「一ついいかしら?」
 アカネは挙手して質問を述べる。
「シルフィの剣はどこで? 相当な腕を持っていると思うのだけど」
「ほとんど独学よ」
「独学!? ……それは凄いわね」
 もちろん普通よりも飛び抜けているだけなので、英雄レベルかと言われたら、そうではない。 しかし、独学であのレベルまで成長したのなら、それはとてつもない執念と努力のおかげなのだろう。
 だからこそ――勿体ない。
 アカネの見解では、シルフィードはまだまだ伸びる部分がある。しかし、独学ではその先を行くことはできない。
 もし、今のシルフィードとアカネが戦ったのなら、一撃で勝負がつくだろう。もちろんアカネの勝利で。
 かと言って冒険者の中で、シルフィードに剣の腕で勝てる相手はいない。彼女がその域にまで来てしまっては、誰も教えることなんてできない。
「ねえ、シルフィ? もしよかったらなんだけど……私に貴女を鍛えさせてくれない?」
 何気なしに言った一言。
「――本当!?」
 それなのに思ったよりもシルフィードの食い付きがよかった。
 グイッと身を寄せて来て、反射的に後ろに体を仰け反らせてしまうアカネ。それをしたせいで、膝に乗っているリーフィアも後ろにグイッとなってしまう。
「アカネに教えてもらえるなら喜んで!」
「い、いや、でも本当に私で大丈夫? まだシルフィは私の腕を知らないだろうから、安請け合いしないほうがいいと思うのだけど……」
「A級冒険者パーティーを圧倒した貴女になら、安心して弟子入りできるわ」
「わ、私もお願いしたいです!」
 シルフィードは迷いなく答えて、リーフィアも挙手をして弟子入りを願う。
 もちろん断る理由がないので、アカネはそれを承諾する。
「そうねぇ、リフィちゃんには相手の動きを見極める力と戦術を編む力、それと一番大切な立ち回りを教えましょうか」
「うっ……難しそうです……」
「これができるようになれば、シルフィをもっと安全に援護できるわよ」
「――頑張ります!」
「ふふっ、そのやる気があればリフィちゃんなら大丈夫よ。……シルフィには厳しくなっちゃうだろうけど、確実に強くさせるわ。だから二人とも頑張ってね」
 近距離戦を担うシルフィードは、一番命の危険がある。 だからこそ厳しく教えなくてはならない。
 油断すると簡単に死ぬ。 そんな世界で生きてきたアカネは、それをより強く感じる。
「…………さて、最後に私ね」
 二人の弟子ができたところで、最後はアカネの番だ。 名残惜しいのを我慢してリーフィアを横の椅子に移動させる。
「カンナギ・アカネよ。 旅をしたいと思って『和の都・京』から来ました。その道中で賊共に襲われちゃってね。シルフィには助けられたわ」
「……いや、逆に助けられたけどね。それに、今思えば助けなんていらなかったんじゃない?」
 そんなシルフィードの問いかけに、アカネは首を横に振った。
「初日から人を殺すのは躊躇ったし、捕らえて冒険者ギルドに渡すのも考えたんだけどね。冒険者にもなっていない人が賊三人を捕えたっていうのは目立つかなと…………そう思っていた時に冒険者のシルフィが来てくれて本当に助かったのよ」
「そうなのね……って初日? 貴女、初日からって言った? 京から来て初日であそこまで来れる訳…………来れるの?」
「ああ、そういうことね。それも含めて今から説明するわ」
 要するにシルフィードは「馬車で何日もかかる道のりを一日で来るのは無理」だと言いたいらしく、アカネは【式神招来】を教えるために戦法の説明に入る。
「私はいくつかのオリジナル技能を持っているわ。その中に【妖術】というのがあって、スキル【式神招来】で私の下僕を呼び出せるの――雪姫」
 実際に見てもらったほうがいいと雪姫を呼び出す。 雪姫は『雪女』というのが本来の呼び名なのだが、上位の妖は好感度が最大になった時、召喚者に名前を決めて欲しいと願うことがある。
 説明の通り、雪姫とアカネの好感度は最大。他の妖も例外なく好感度は最大なのだが、雪姫はその中でも特に気に入っている妖に分類される。
「――召喚に応じ、参上致しました」
 その女性は真っ白な肌と白装束、これまた真っ白な美しい長い髪をしていた。 一見、不健康そうな見た目をしているが、彼女を見た者は口を揃えて「美しい……」と見惚れるだろう。
 女性――雪姫が姿を表した瞬間、大気の温度がガクンッと下がる。 本来ならば今頃シルフィード達は氷漬けになっていただろう。
 普通の妖とは一線を凌駕する実力の持ち主、それが上位の妖である。
 今も温度が下がった程度で済んでいるのは、単に雪姫が力を最小限に抑えているおかげだった。
 そんな規格外である雪姫は、アカネを向いて微笑み、深々とお辞儀をした。
「お久しぶりですお母様。お仕事が忙しかったそうですが、今は落ち着いたのですか?」
「ええ、仕事は部下に任せて私は旅をしているの。これから貴女達を頼ることになるから、忙しいだろうけどよろしくね?」
 上位妖は規格外過ぎるため、扱いに困るのがほとんどだ。 しかし、アカネが予想し得ないことが起こるかもしれない。その時のために上位妖の力はとても大切なのだ。
「お母様の力になれるのであれば、それは最上の喜びです。どうか気にせず、私共、妖に何なりとお申し付けください」
 またもや深々とお辞儀をされてしまった。
 アカネが雪姫を気に入っている理由は、その高い知性と上位妖の名に恥じぬ戦闘力にある。
 他の妖は言ってはなんだが、性格と力の使い方に難があるのがほとんど。
 例えば、異常なほどアカネ以外の者を下に見ているとか、力をセーブ出来ずにやり過ぎてしまう等…………妖とはとてつもなく大雑把なのだ。
 それに対して雪姫は、アカネ以外の者にも等しく接してくれて、戦闘時もしっかりと相手の技量を見極めて、やり過ぎない程度に場を収めてくれる。
 だから雪姫を呼び出す時が一番安心できる。
「……それでお母様、この者達は? エルフとお見受けしますが……」
 雪姫の視線は呆けている姉妹に移る。
「私の仲間よ」
 その一言で、雪姫は驚愕の表情を浮かべる。
「なんと、お母様にお仲間が…………ボッチなのかと思っていました……」
「雪姫さん!?」
「…………冗談です。コホンッ、お初にお目にかかります。私は雪姫。お母様の下僕にして、をしています。以後、お見知りおきを」
 やや右腕の部分を強調して、雪姫は丁寧に挨拶をするが、エルフ姉妹は雪姫の美貌にボーっとしていた。
「――はっ! す、すいません! わ、私はシルフィードで、こっちが妹のリーフィアです」
「シルフィード様に、リーフィア様ですね。お母様のお仲間ということは、相当な実力があるのでしょうか?」
「そんなっ! 私達はアカネに比べたら弱い部類よ。それに、様は止めてくれないかしら。ここまで格が違う雪姫さんに様付けされるのは……くすぐったいわ」
 雪姫の素朴な疑問に、シルフィードが慌てて否定をする。
「そうでしたか……失礼しました。考えてみればお母様と互角にやり合えるのは、まお――むぐっ」
「ストップ!」
 ヤバイことを口走りそうになった雪姫の口を、慌てて手で塞ぐ。
「それは秘密にしているのよ……」
 そして、姉妹に聞こえないように雪姫の耳元で理由を話す。
「……なるほど、それは迂闊でした。申し訳ありません」
 すぐさま訳ありなのを察してくれた雪姫。わかってくれたことに安心して、彼女の口から手を離す。
「さあ、これが私の【式神招来】よ。【召喚術】に近いけど、ちょっと違う……親戚みたいなものかしら? 他にもオリジナルはあるんだけど、その時になったら教えるわ」
「……驚いた。それじゃあこの前のも?」
 この前、というのは賊を相手にした時のことだろう。
「ええ、あの子も【式神招来】で呼んだのよ」
「……この前? ……ああ、あのお調子者ですか。帰ってきた時は大変でした。『俺様、大活躍だったゼ!』と調子に乗って翁にドギツい特訓をさせられていました」
 そこで雪姫が異界での出来事を愚痴りだして、あっちはそんなことになっていたのかとアカネは微笑む。
「…………それで、わざわざ雪姫を呼んだ理由なんだけど、ちょっと雪姫こっち来てくれる?」
「はい……?」
 アカネに腕を引かれて、部屋の隅まで移動する。
 放置されたシルフィード達の耳に「ほうほう」「なるほどなるほど」という雪姫の相槌が聞こえてくる。
 何を話しているのか気になった時、話が終わったらしいアカネと雪姫が戻ってくる。
「……コホンッ、改めて紹介するわ。 この子は雪姫。私の可愛い下僕であり、我が子。これから私と一緒に、貴女達の特訓に付き合ってくれる――先生よ」
「私も突然のことで少々驚いていますが、お母様の期待に応えられるよう頑張ります。お二人とも、これからよろしくお願いいたします」
「「…………はぁ」」
 こうしてアカネの自己紹介は終わり、二人に先生ができたのだった。

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