世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第19話 姉を助けたい少女の決意

 ――姉はもう帰ってこない。
 予想はしていても面と向かって言われてしまったら、嫌でも最悪の現実を認識してしまう。
「…………そう……ですか…………」
 全身の力が抜ける。 形を保っていられないような、ぐにゃぐにゃになる感覚。
「コラッ」
 そんな意気消沈しているリーフィアに、アカネはコツンと手加減して頭を叩く。
「ちゃんと話を聞きなさい。私は『今のままでは』って言ったでしょ?」
 そこでリーフィアはハッとする。
「お姉ちゃんは帰ってくるんですか!?」
「絶対、とは言えないわ。そして、シルフィが帰ってくるには、リーフィアちゃんの力が必要なん――――」
「私にできることなら何でもします! お願いです、お姉ちゃんを助ける方法を教えてください!」
「即答とは……シルフィも愛されているわね」
 姉妹が互いを大切に想っているのは、とても素晴らしくて、とても羨ましいことだ。
 天涯孤独だったアカネには、眩しいとさえ思ってしまう。
(私にもそんな家族がいたら、今の生活も違うものに――っていけない。あんな奴らのことなんてどうでもいい)
 今は屑共のことより、シルフィードのほうが大事なのだ。 すぐに頭を切り替える。
「もう一度聞くわ。私もできる限りのことはするけれど、絶対に成功する確信はない。リーフィアちゃんに危険が及ぶ可能性もあるわ。最悪、死ぬ。…………それでも、やる?」
 少し脅す。
 ありえない話だが、シルフィードがリーフィアに危害を加えようとしたなら、アカネがなんとしてでも止めようとは思っている。
 それでも、全ての可能性を考えて危険があると教えておく必要がある。
「やります」
 それでもリーフィアは即答だった。
「それに、アカネさんが居てくれるなら……私は何でもできる気がします」
「ふふっ、かいかぶり過ぎよ。私だってできないことはあるのよ?」
「そうなんですか? 信じられません……」
「そうねぇ、例えば……人を生き返らせるとか?」
 リーフィアはキョトンとした顔になって、静かに笑う。
「あ、あははっ、それは神様でも無理ですよ。…………でも、そうですね。お姉ちゃんが悲しまないために、死なないように頑張らなきゃですね」
「そうね……」
 …………さて、ここからは気を引き締めよう。
「作戦の前に、まずはシルフィの状態を説明しなくちゃね。あの子は……………………」


 アカネは【復讐者】について知り得ることを全て話した。 【復讐者】の末路は、魔王の部分だけ少し誤魔化して説明した。
 そして、全てを聞いたリーフィアは、呆れたように肩を落とす。
「お姉ちゃんは昔からそうです。勝手に色々なことを背負って、余計に思い詰めちゃう…………私には何も話してくれないんです」
 ――妹を心配させない。
 それが姉として当然のことなのだが、リーフィアは自分の力が姉に認められていないような気がして、それが嫌だった。
「アカネさんっ!」
「は、はい? 何かしら?」
 いきなり大声を出したリーフィアに少しビクッとしながら、それがバレないように平然を装って返事をする。
「私、絶対にお姉ちゃんを連れ戻します。その後で文句を言ってやります!」
「ええ……頑張って、ね?」
 まさかリーフィアがここまで怒りの感情を顕にするとは予想してなかったアカネ。
(ま、まあ、やる気があるのはいいことよね)
 落ち込んで頭が回らなくなるより遥かにいい。
 ……いいのだが、リーフィアはどれほどシルフィードの『妹想い』というものに振り回されてきたのか。 彼女の意気込み具合を見て、アカネはそっちのほうが気になってしまった。
「作戦は、とにかくシルフィを諭すこと。今のあの子には、妹であるリーフィアちゃんの声が一番効果的よ。それでもダメだったら……」
「……わかってます。覚悟は承知の上です」
 そう言うリーフィアの手は微かに震えていた。
「――大丈夫よ」
 アカネは母のように少女を優しく抱き寄せる。
「貴女は強いわ。だって三年間も苦しい思いを耐え抜いたんだもの。……今日で全て終わらせて、皆で……そうねぇ、お肉でも食べに行きましょ?」
「――――はいっ!」
 無事にリーフィアの不安は取り除けた。
 これは時々部下にもやっていることだ。 別に抱きしめるのは好んですることではないが、なぜか皆の震えが止まって、しかもいつも以上の成果を出してくれる。
 アカネ本人は特別なことをしていないと思うのだが、抱きしめられた者達は任務の度に「また抱きしめてください……」と懇願してくるので不思議だった。
「あの……アカネさん…………一つだけお願いが」
「ん、お願い? なぁに?」
「その……終わったら、また抱きしめてくれますか?」
(おおぅ……)
 『魔王の抱擁』に魅了されてしまった者が、また一人増えてしまったことに、アカネは目眩を覚えた。
「…………え、ええ、私でよければ何度でも」
「本当ですか!? えへへっ……二人目のお姉ちゃんみたいで嬉しいなぁ……」
 ――ズキューン!
(可愛いかよっ!)
 アカネはクルッと背後を向き、四つん這いになって地面を叩きつける。クールキャラはすでに崩壊寸前だ。
「ど、どうしたんですか!?」
「――ハッ! ……いえ、大丈夫よ。ええ、大丈夫なのよ」
 この可愛さなのに、リーフィア本人は自覚なしというのが怖いところ。
(全く……姉妹揃ってキュン死させる気なの? エルフの可愛さって怖いわ)
 姉のシルフィードは「あ~ん♡」攻撃。 妹のリーフィアは天使の笑顔。
 魔王をも追い詰めるそれはとても危険だ。 これには注意しなければ、アカネだろうと簡単に堕ちてしまう。
「――コホンッ! さあ、気を取り直して……行くわよ」
 先程の笑顔を思い出して、顔がニヤけそうになるのを無理矢理抑える。
「はいっ! ……っと、すいません」
「気にしなくていいのよ。貴女はまだ回復してないんだから」
 まだリーフィアは足の感覚が戻らないせいで自由に歩けない。そのため、足を刺激しないように優しく抱える。 そんな子が大好きな姉を守るため、懸命に頑張ろうとしているのだ。
(シルフィ、貴女にはこんなに想ってくれている妹がいるのよ。…………戻ってこなかったら許さないんだから)
 その思いを胸に、アカネは跳んだ。

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