世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第16話 裏で操作する者

 アカネの作り出した舞台は、思わぬ方向に進んでいく。
 しかし、このような想定外の事態に即座に反応できないようでは【軍鬼】の名が廃る。
(【仙術奥義・侵蝕しんしょく死視しし】)
 これは【仙術】を編み出し、それを極めたアカネにのみ許された禁術。
 本来【仙術】とは、存在する全ての魔力に干渉して、様々な事象を引き起こす術だ。 言ってしまえば魔力がある限り、なんでもできてしまうアカネならではの反則技。
 その奥義技【侵蝕之死視】は、視るだけで干渉という過程をすっ飛ばして、対象に影響を与えるというものだ。
 一見すると【邪気眼】と似ているが、意外と違う。 【邪気眼】は魔力の反応を視て、解析したものを情報として得ている。 【侵蝕之死視】は魔力を自由に操作して全く別のものに変化させる。どちらかというと【空歩】で作り出す足場に近い。
 現在、アカネがしているのは、いわゆる洗脳だ。魔力をウォントの脳に動かして、『己の罪を自白するのが正しい』という考えにすり替える。
 このように視界に入っていれば最強の技だが、一つだけ弱点がある。
(めっっっちゃくちゃ疲れたぁ!)
 短時間の発動ですら、それは相当な集中力を必要とする。 仕事量に例えると、一日休みなしで机に向かって書類の整理をするのと同じだ。
(ああ、もう動きたくない…………寝たい)
 さすがのアカネも一日働き詰めは辛い。
 ……だが、苦労をしたかいがあった。
 今は発言を聞いたファインドが、ウォントの近くに寄って地面に押し倒している。
 とても滑稽だ。
 ――だが、これからもっと面白くなる。
 アカネはそう確信して、内心ほくそ笑んだ。
「今の発言の意味を詳しく教えてくれますか?」
「意味も何も、そのまんまだ! 三年前、私が雇った【魔物飼い】にオークとバジリスクをテイムさせた。そして、襲撃をさせたのだ!」
 【魔物飼い】は【テイマー】とも呼ばれている。 名前の通り魔物をテイムして戦闘に参加させる魔法を使う。 一度、テイムに成功すれば従順な下僕とすることができるが、制御に失敗すれば食い殺されてしまう扱いが難しいジョブでもある。
 そのため滅多に見ない珍しいジョブなのだが、ウォントはそのジョブについている『とある人物』を雇っていた。
「それで……なぜ襲撃を企てたのですか?」
「あのエルフの姉妹を我が物にしたかったからに決まっている! だから姉妹に指名依頼を出して片方を石化させ、精神的に弱ったところに付け込もうとしたのだ!」
(うっわぁ…………)
 ファインドの目が怖い。 まるで親の仇を見ているかのような怒りを滲ませている。
「――ヒィッ!? な、なぜそんな目をする! 私は今、正しいことをしているのだぞ! 正義にはそれに見合った対応をするものだろうが貴様ぁ!」
「――ぶふぅ!」
 アカネは思わず吹き出す。 彼女が自分で弄ったことなのだが、おかしすぎて笑いを堪え切れなかった。
 『自白』という『人として正しいこと』をしているのに、酷い扱いを受けていることに激高するウォント。
「ま、まだ誠意が……ぷっ、ふふっ、足りないんですよ……くふっ…………」
 アカネの助言にハッとした馬鹿領主は、ことの発端を話し始める。
「私が暇潰しに冒険者ギルドへと行った時、エルフの娘二人に目を奪われた。そして我が物にして犯したら、どんなに気持ちがいいだろうと興味が湧いたのだ!」
 すでにウォントは、三年前の事件に対して悪いことをしたとは思っていない。
 いや、悪いとは思っていたが、自白したことによって罪が帳消しになり、むしろ褒められることをしたと思い込んでいる。
「下衆が」
「――ガペッ!?」
 いまだ地面にうつ伏せにさせているウォントに、ファインドが容赦ない拳を叩き込んだ。
(おっと、ファインドさんがプッツンしたわね)
「た、助けっ――ぴぎゃぁ!?」
 ジタバタと暴れて拘束から抜け出したウォントは、アカネに這い寄って助けを求める…………だが、蹴り飛ばされて何度目かの地面とのキスを体験した。
「あらあら、羽虫が寄ってきたかと思って蹴り飛ばしてしまいました。ごめんなさいね」
 アカネは心配するように歩み寄り、優しく丁寧に叩き起こす。
「…………あら? この紙の束はなんでしょうねぇ?」
 皆に見えるように天高く書類を持ち上げる。 それはアカネが叩き起こす時に、他の人からは見えないように『アイテムボックス』から落とした物だ。
「そ、それだ! 寄越せぇ!」
 助かる希望を見つけたウォントは、書類を奪い取ってファインドに見せつける。
「これには計画の全てが載っている!」
 受け取った書類を流し読みしていき、段々と目線は険しいものになっていく。
 その書類には計画の流れ、【テイマー】の名前と報酬額、バジリスクを保管する場所等々が書かれていた。
 ちなみに、シルフィード達を手に入れた後の『躾け計画表』というふざけたものも書かれていた。 それだけは「ないわぁ〜」となったので、焼却してアカネの記憶に封印しておいた。
「ウォント様…………いや、エノク・ウォント。貴様の身柄を拘束する」
 騎士のような武装をした三人がゲートから出てくる。 それを見て呆然と立ち尽くすウォント。
「なぜだ!? 私は正しいことをしたのだぞ!? それなのになぜ捕縛されなくてはならない!」
「お前は、どこまで私達を馬鹿にすれば――――」
「おっと……それは死んでしまいますよ?」
 怒りが頂点に達したファインドが拳を突き出し、それを横からアカネが手で止める。
 突き出された拳は細身からは考えられない威力で、腕が少し痺れてしまった。さすが【剛剣】と言われるだけはあるなと納得したアカネ。
 だが、ファインドは面白くないだろう。本気で殴ったのを簡単に止められたのだ。いい顔はしない。
「なぜ止めるのです。私はこいつを許せないのです。くだらない欲求のために沢山の人を不幸にしたこいつを……!」
「ふふっ、貴方では役不足ですよ。…………それに、適任がこんなにも近くにいるではないですか」
 ――ジャリ。
 砂を踏む音が聞こえた。 アカネは振り向き、邪悪で妖艶な笑みを浮かべる。
「ねぇ――――シルフィ?」
 そこには、愛剣を手に握りしめたエルフが立っていた。

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