世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第12話 暗躍する子供達

 呆けているリーフィアに「ほらっ」と彼女の足を指差す。
「えっ……? あ、あああっ……!」
 ようやく気づいて、声にならない声をあげる。 なぜか頬を赤くして放心状態だったシルフィードも正気に戻って、これまた同じような声をあげる。
「足が……足が戻って…………!」
「アカネっ! なんで、どうして!?」
「はいはい、二人共落ち着く」
 数秒後、落ち着いたのを見て、アカネは自分がしたことを説明する。
「まず、呪いとは魔力の病気みたいなものって言ったのを覚えてる?」
 二人はコクコクッと首を縦に振る。
「だったら簡単な話よ。その悪くなった魔力を取り除けばいいの」
「そんな、魔力を取り除くなんて……不可能よ」
「それが私にはできるの。まあ、私がやったのは除去じゃなくて、吸収だけど。 でも、魔力を奪うには二人の感覚を一緒にしなくてはならない。…………別に、足から吸収してもいいんだけど、それじゃあ効率が悪いのよ。だ・か・らぁ、ここ・・でやったって訳」
 唇をチョンチョンと指で叩くと、それを思い出したのかリーフィアは赤面してしまう。 なぜかシルフィードも赤面していた。 それに、お股の辺りをモゾモゾと動かしていたが、姉の威厳を保つためにもそれは見ていないふりをした。
「治ったと言っても、結構魔力を吸っちゃったからね。今日は安静にして【寝てなさい】」
 アカネの妖術スキルの三つ目【言霊】。 言葉に魔力を乗せて相手を操る。格下の相手にしか効果がないが、彼女の意のままに操れるある意味、最凶の技だ。
 言われるがままにリーフィアはベッドに横にされて、やがてすやすやと寝息をたてる。
「……ここで話すのも悪いわ。下に降りましょう」
「そ、そうね……うん、とりあえず紅茶を淹れるわ」
 二人はリーフィアを起こさないように、静かに扉を開けて外に出て、一階に降りた。
「ここに座ってて」
 シルフィードはそう言ってキッチンの奥に行ってしまった。 なので、アカネは暇を持て余しながら静かに座っていた。
(久しぶりに呪いを吸収したわね。刻印は……少し大きくなったわね)
 幼き頃、自分の足に刻んだ呪いの印。
 これがあるおかげで、アカネは常に魔力を周囲から吸収することができる。更に刻印に魔力を流すことで【式神招来】や【仙術】、【言霊】、その他の技能やスキルを使うことができる。
 唯一困ってしまうのは、刻印が大きくなればなるほど、アカネの体を蝕むことだ。要するに体を維持するための必要魔力量が増える。
(そうでもしなきゃ強くなれないなんて……相変わらず不便な体ね。ああ、嫌だ嫌だ。けれど…………)
「〜〜〜♪」
 キッチンから上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。
(まあ、いいか…………)
 刻印が大きくなったこと以外、ほぼ変わりはない。 少しだけ気だるさが増したが、いつもより多めに魔力を取り込めばいいだけだ。
「はいっ、お待たせ。今日はめでたい日だから高級な茶葉を使ってみましたー」
「それは……リーフィアちゃんがいる時にしない?」
「もっちろんそれとこれは別。明日は――そうか、明日は――むぐっ」
 何かを言いかけたシルフィードの口を指で塞ぐ。
「ストップ。それ以上は言ってはいけません。気楽に行きましょ? ね?」
 今は明日の決闘のことよりも、目の前の紅茶を楽しみたかった。
「紅茶っていうのはよくわからないけど……なんていうか、鼻に透き通るいい匂いね。抹茶とは違ってとてもクセになるわ」
「抹茶? それはお茶とは違うの?」
「基礎となっている茶葉は同じ……だと思うわ。ただ、製造方法が違うだけで、抹茶のほうが味が濃いのよ」
「へぇー、そうなんだ。いつかは飲んでみたいわね」
「そうねぇ……(まあ、持ってきているんだけど)」
 さすがに茶葉を胸から出すのは遠慮したい。 後で茶葉を何かの容器に入れて、プレゼントしてあげよう。 そう、ひっそりと心に決めたのだった。
「……それにしても、呪い、かぁ。聞いたことも見たこともなかったわ」
「それはそうでしょう」
 アカネはそう断言する。
「なんでそんなに自信を持って言えるの?」
 シルフィードはそれが気になった。 いや、元からおかしいとは思っていたのだ。
 なぜ彼女は自分の知らない……それこそ高位の国家魔術士ですら知らないことを知っていたのか。
 アカネは『呪い』についての全てを、それこそ専門家のように事細かに理解し、それを解呪した。
「…………簡単なことよ。呪いは私の故郷から発生したんだもの」
 アカネの故郷。そこに生きるものは全てが等しく何らかの呪いを受け、同時に扱うことができる。
 それを説明した時、シルフィードは疑問をアカネに投げかける。
「ってことはアカネも呪いを?」
「ええ、私も呪い――【呪法】を扱えるわ」
「そうなの……やっぱり親から教わったとか?」
「――――ッ、いえ、呪いが広まる前に、親は……」
「あ…………ごめんなさい。私ったら人の過去を容易に聞いちゃって」
「気にしなくていいのよ。……はいっ、この話はお終い。シルフィも疲れたでしょ? 私には構わず【部屋に戻って寝てなさい】」
「そ、うね……そうよね…………」
 シルフィードは取り憑かれたかのようにスッと自室に戻る。
 そして、リビングにはアカネ以外誰も居なくなった。
「ごめんなさいシルフィ。貴女には、貴女達にはまだ…………」
 ポツリと呟かれたそれは、虚空に消えていったのだった。


        ◆◇◆


 薄暗い一部屋。
 アカネはその窓辺に寄り添って、シンッと静まり返っている城下町を見下ろしていた。
「【式神招来・女郎蜘蛛】」
 隣の部屋で寝ているシルフィを起こさないように、静かに女郎蜘蛛を呼び出す。
「……お久しぶりです母上」
 『女郎蜘蛛』 今は女性の姿をしているが、真の姿は強力な毒を持った蜘蛛だ。 それに、体の大きさを自由に変えられることから、潜入等に役立ってくれている。
「ええ、久しぶり。変わらず元気にしていたかしら?」
「はい。私共々、いついかなる時も母上の力になれるよう、日々精進しております。…………主に翁が」
 淡々と話す女郎蜘蛛だが、最後の部分は疲れた感情が読み取れた。それに、目のハイライトが消え去ったようにも見えた。
「ふふっ、あの人も相変わらずなようね」
 懐かしむ話はこれで終わりだ。 気持ちを切り替えて話を続ける。
「今日も潜入をお願いしたいの。対象はエノク・ウォント、ここら一帯の領主をやっている男よ」
「畏まりました」
 場所を教えるため、事前にシルフィードから貰った地図を広げる。
「この地図の……えっと…………」
「ここ、ですかね?」
「ああ……! そこね、じゃあ早速行ってちょうだい。それと【式神招来・土蜘蛛】」
 追加で土蜘蛛を呼び出す。 虚空から、小さな蜘蛛がわらわらと這い出て来て、部屋は蜘蛛だけで埋め尽くされてしまう。
(シルフィが見たらどんな反応するでしょうね)
 『土蜘蛛』 群れで呼び出すことができる小型の蜘蛛。戦闘力は低いが、その分、索敵能力が高い。
「ギチッギチチチチッ!」
「母上、土蜘蛛は『お久しぶりですお母様!』…………と言っています」
「うん、久しぶりね。元気そうでなによりだわ。それと、通訳ありがと」
 土蜘蛛は言葉を話せない。 本気で女郎蜘蛛がいて助かったと安堵する。
「……コホンッ、それじゃあもう一度今回の任務を説明するわね。 目標は領主のエノク・ウォント。 調べてほしいことは、三年前くらいに発生したオークの群れについて、その時、新たに発見された魔物――特徴からバジリスクだと推測するわ。それらの情報を集めてきて。 念の為、エノクには女郎蜘蛛と土蜘蛛二体を貼り付けておいて、その他は情報収集に専念して。 期限は明日の朝よ。できる?」
 時間はおよそ六時間。
 その短い間に、あるかもわからない情報を探させるなど、普通ならやりたがらない仕事だが、女郎蜘蛛は片膝を付いて、土蜘蛛は平伏して宣言する。
「母上のためなら、なんでも可能にして差し上げます」
「ギギッ、ギャギャギャッ!」
「『もちろん、お母様の望む物全てを持ってきます!』…………と言っています」
 アカネは満足そうに頷き、窓を開ける。
「さあ、行きなさい、私の可愛い子供達。しっかりと情報を持ってきてくれることを信じているわ!」
 開け放たれた窓から女郎蜘蛛を筆頭に、大量の土蜘蛛が音もなく壁を伝って出て行く。
「…………さて、私は私で動きましょうか」
 そして、アカネ自身も窓から飛び出し、蜘蛛達と同じく闇夜に紛れていった。

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