世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第5話 現れた乱入者

「ギャアアアアッ!?」
 賊の一人が血飛沫をあげて倒れる。
 気がつけば、アカネの前に一人の乱入者がいた。
 乱入者は女性で、薄く動きやすそうな甲冑を身につけている。木々の間から溢れた光が、金の美しい長髪に当たってキラキラと輝いていた。
(木の上からの奇襲、か。見た目によらず大胆な行動を取るのね)
 空が輝いたこと、女性が剣を振り下ろした格好をしていること、接近に気づけなかったこと。それら三つを踏まえて、上からの奇襲だとアカネは判断した。
 そうしている内に女性は立ち上がり、またもや思考に入っているアカネに優しく微笑みかける。
「大丈夫?」
 初めてその顔を見ることができた。
(……驚いた。こんなところに『エルフ』がいたとはね)
 整った美しい顔に、鋭く尖った特徴的な耳。 彼女はエルフ族だった。 本来、エルフとは森と共に生きる種族で、森の奥に集落を作って暮らしている。他の種族とは交流を好んですることがなく、珍しい種族なのだが。
(どうしてこのようなところに?)
 一言も話さないアカネを見て、心配されているとでも思ったのか。安心させるように剣を構える。
「今、片付けるから待ってて」
「クソが……ナメんじゃねぇ!」
 賊のリーダーは持っていたナイフを女性に投げる。 それは一直線に女性の心臓部分に向かって飛んでいく。
 相当な速度で飛ぶナイフをしっかりと捉えて剣で弾き、瞬時に懐に潜り込む。
(速い……それに、鋭い)
「――ふっ!」
「ガッ!」
「とどめよ!」
「させねぇぞ!」
 リーダーの腕を斬り落とし、すかさず追撃を叩き込もうとしたところで、もう一人が背後から迫る。
「しまっ――」
「…………やらせると思いますか?」
 私を忘れて貰っては困る。とでも言うように、女性に手を伸ばしかけた男の横っ腹を蹴り飛ばす。
 蹴りをもろに受けた男は地面を何度かバウンドして、木にぶつかってようやく止まった。
(しまった。手加減はしたけど殺しちゃったかしら?)
 足に骨が数本折れる感触があったので死んでいないか心配したが、ピクピクと痙攣しているので大丈夫そうだ。
 格下相手だと手加減をするのが難しい。 私もまだまだ未熟だなぁ、と反省をする。
「えっ……」
 女性は思わぬ助け舟に呆けていた。美形が間抜けな顔なのが少し面白い。
「戦場で呆けてていいのですか?」
「そ、そうね……」
 アカネの指摘で女性が我に返り、ようやく戦闘が再開される……と思いきや。
「――チッ!」
 賊のリーダーは背を向けて脱兎の如く逃げ出した。
 残された彼からしたら、状況は一対ニ。 賊はナイフ等の軽い武器を扱っているので、女性がやったような奇襲戦法ならば少し結果は違ったのかもしれないが、二人を相手に正々堂々なんて戦える訳ない。
「逃さないわよ!」
 女性は追うが、相手は賊。追いつくことなど不可能だ。
 だが、それはアカネがいなかった場合の話。
「【鎌鼬かまいたち】」
 『鎌鼬』 全身が黒く、全てに靄がかかったような姿をしているあやかし。くっきりと映っているのは両腕に付いている大きな鎌のみで、岩さえも両断してしまう鋭さを持っている。
「どこから!? 魔物……ではない? まさか精霊?」
「おいおイ、貧弱な精霊と一緒にされるのはいただけねぇナ」
 突然現れた鎌鼬を【召喚術】で呼び出す精霊と間違えた女性に、鎌鼬自身が文句を言う。
「……あ、ごめんなさい」
「おウ、わかったならそれでいいってことヨ」
 鎌鼬はアカネに向き直って不気味な笑い声をあげる。
「ゲヒャヒャッ、久しぶりだネ母上」
「ええ、久しぶり鎌鼬。早速で悪いんだけど、お願いできるかしら?」
「了解だゼ。標的は……あの無様に走ってる奴かイ?」
「ええ、殺さないように…………そうね、足を一本ってところかしら。動いているけど、できる?」
「折角、母上が呼んでくれたんダ。できないことだってやってやるヨ」
 鎌鼬は身長と同じ大きさの鎌を持ち上げる。
「マ、あれくらいは楽勝だけどナ」
「――ギャアアアアッ!?」
 それを振り下ろした瞬間、賊のリーダーの足が吹き飛び、バランスを崩して盛大にコケる。
「早く捕縛を」
「……え? わ、わかったわ!」
 素早く女性に指示を出すと、慌てて走っていく。足を切り落としたので、逃げることはないだろう。もしかしたら暴れるかもしれないが、女性の力量ならば問題ない。 アカネはもう大丈夫だろう、と視線を鎌鼬に向ける。
「流石ね。私が仕事で忙しい時も、しっかりと練習をしていたのがわかるわ」
「あの爺がサボるなってうるさいんだヨ。……まァ、母上のためなら苦じゃねぇヤ」
 靄のせいで顔は見えないが、照れているように感じられたので、頭を撫で撫でしてあげる。
「コ、子供扱いするじゃねぇヨ!」
 そう言いながら声は嬉しそうにしていた。
「ふふっ、また出番が来たらお願いね?」
「もちろんだィ!」
 自慢の鎌を振り上げて元気な返事をすると、霧となって消えていく。 目的を果たしたので、本来住んでいる異界に帰ったのだ。
 それと同時に、向こうでは賊を縛りあげるのが終わったらしく、女性が手を振って近づいてきた。
「お疲れ様。大丈夫だった? ……と聞きたいところだけど、途中から貴女に助けられちゃったわね。ありがとう。私はシルフィード。シルフィード・フェルエルよ。シルフィって呼んで」
 シルフィードが手を差し伸べてくる。
「いえ、シルフィさんが来てくれて助かりました。私は……アカネと申します」
 手を握り返して握手を交わす。
 一瞬間が空いたのは、本名を言っていいのかと迷ったからだ。 だが、先日イヅナに言われて気付かされたことを思い出して、別に本名でも大丈夫だろうと思った。
「何かお礼ができればいいのですが……あいにく手持ちがないんです」
 友好の証(だとアカネが思っている)の赤べこなら『アイテムボックス』にあるのだが、リンシアに言われた一言のせいで渡すのを躊躇ってしまう。
「そんなの気にしないでいいわよ! 私も危なかったんだし、それでチャラにしましょ?」
「それはありがたいですね。……さて、ここでお話していると、また賊に襲われるかもしれません。一度、場所を変えませんか?」

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