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彼の心にわたしはいないシリーズ

ノベルバユーザー225269

彼の心にわたしはいない






彼は私よりも10歳年上だった。初めて会ったのは私が8歳のときだった。
ゆるふわなキャラメル色の髪が目に入った。「王子様みたい」って言うと、彼はほほ笑みながら頭を撫でてくれた。彼の笑顔を見たときに私は恋に落ちた。


私は両親が亡くなってすぐにお金持ちのおじい様の家に引き取られた。庶民的な振る舞いがなかなか消えない私におじい様たちは冷たかった。勉強も運動も人よりできなかった。容姿がいいわけでも器量が良いわけではない私は家ではいつも1人だった。
そんな時、私は彼と婚約した。彼の家もお金持ちでいわゆる政略結婚だった。そんなことも知らない私は無邪気だった。あの人と一緒にいられるって。ずっとずっと一緒なんだって。彼は私の家のことを知っているから私を無碍にできないんだと気づくのはもっと先のことだった。







彼は絵を描くのが好きで才能があった。私もよく見せてもらっていた。子供ながらに天才っていうのはこういう人のことを言うんだって思った。私とは何もかもが違う人。

彼の絵は風景画が多くて人物はほとんど描かなかった。その絵の中で私は見つけてしまった。大きな木の下で笑顔を向けている髪の長い綺麗な女の人の絵を。最初は気にしていなかった。
だけど私は12歳の時出会ってしまった、絵の中の女性に。彼女は美雪さんと言って、彼よりも2つ年上だった。絵の中の美雪さんより本物のほうが綺麗だった。美雪さんは病弱でアメリカの病院から帰ってきたらしい。

彼と美雪さんの姿を見てすぐに分かった。2人は惹かれあってるんだって。少なくとも彼はそうだった。私には見せないような笑みで美雪さんを見ていた。彼にとって私は婚約者だけどそれ以上でもそれ以下でもなかったって分かってしまった。彼がいつか私を好きなってくれるって勝手に思い込んでいた。美雪さんに会った後必ず彼は私に言う、「ごめんね」って。








私が13歳になってすぐ美雪さんは亡くなった。よくあそこまでもったものだってお医者さんが言っていた。もし美雪さんが元気だったら私は彼と婚約することは無かったかもしれない。そう考えると美雪さんの死を喜ぶ自分がいた。そんな自分が嫌で嫌でしょうがなかった。

彼は毎日泣いていると、彼のお姉さんの智子さんから聞いた。あの絵の前で毎日毎日泣いていると。そして何かに取りつかれたように絵を描きだすのだと。そんな彼を心配して智子さんは私に彼を止めてほしいといった。

「あなたはあの子の婚約者だけど、妹みたいな存在だからきっと聞いてくれると思うの」

智子さんも私と彼の関係を兄妹みたいだっていった。





私も毎日毎日泣いていた。彼の美雪さんへの想いを知ってから。
でも誰もそんなこと知らない。ううん、知らなくてもいい。誰も私のこの気持ちが本物だとは思わないから。



智子さんに言われて彼の様子を見に行った。彼はひどくやつれていた。「・・・こんな姿でごめんね」そう言って彼はほほ笑んだ。私はぎゅっと彼を抱きしめた。

「・・・もう我慢しなくても大丈夫です」

そう呟くと彼は堰を切ったように泣き出した。

「彼女が、美雪が好きだったんだ。・・・なのに、なのに何もしてやれなかった」

そのあとはずっと「ごめん」って言っていた。何に対してなのか、誰に対してなのかは分からないけれど。


彼はそれから前のように笑顔を見せてくれるようになった。家族とも食事をするようになったと智子さんから聞いた。
彼は美雪さんの死から立ち直れたのだと思った。これで私のことを見てもらえると思った。
けれど美雪さんの死から半年が経ったとき、おじい様から告げられた。彼が睡眠薬を大量に飲んで自殺未遂をしたと。命に別状はないとお医者様は言った。けれど彼はずっと眠り続けた。いつ目が覚めてもおかしくないのに、彼の目は開かなかった。



彼は美雪さんの死に耐えられなかったのだ。ずっと愛していた人が2度と手に入らないところに行ってしまった。どれだけ苦しんだのだろう。1人で色んなものを抱え込んで辛かっただろう。
その色んなものに私が含まれていることは分かっていた。分からないふりをしていたけど、本当は分かってた。私と言う婚約者がいなければきっと彼は美雪さんと駆け落ちしていた。でも彼は私がおじい様たちとうまくいっていないことを知っていたから。残された私が心配だったのだろう。私をどうするか、彼はずっと悩んでいたのだろう。
彼が智子さんに相談していたのも知っている。

「美雪と一緒になりたいんだ。でも」「姉として弟の幸せを1番に考えたいわ。本気なら私はあなたを応援するから。あの子のことは私に任せて?」

でもその計画が実行される前に美雪さんが亡くなった。






私を責める人なんていない。でも、1番責められなくてはいけなくて罪深いのは私。
全てをわかって上で行動しなかった。彼の背を押すことも、泣いて彼を止めることも。どちらもしなかった。彼にすべての判断を任せたのだ。
彼が出て行って私が周りから冷たい目で見られたとき私は、彼が彼女と駆け落ちしたせいだ。彼のせいだ、そうやって彼を恨んだろう。しかし彼が残っていようと、きっと心の中で思うのだ。
彼は後悔している、彼女を連れ出さなかったことを、彼は一生私を愛してくれない。その思いがいつしか私の心を蝕んで彼を憎んでしまう。
彼はそれを何となく分かっていたのかもしれない。だからこそ彼は決断できなかったのだ。妹のような子の幸せかそれとも愛する人との幸せか。どちらをとっても誰かを犠牲にしてしまう。





私は心優しい彼を利用した。彼をあんな目にあわせたのは私だ。私が彼をあんな風にした。私が身を引けばよかったのだ。自分の幸せなど二の次に愛する人のために自分が・・・。
でもできなかった。そばにいてほしかったから。私を見てほしかったから。いつか好きだよって彼が言ってくれるのを信じていたから。





私は彼のもとに通い続けた。私の声に反応なんてしない。いつも私は学校であったことを彼に話す。たまに智子さんも一緒に。だけど反応はない。
彼が反応するのは美雪さんだけだって心の底では分かってた。それでも信じたかった。私の声で彼が起きてくれるって。でもそんな奇跡は起きなかった。
眠りについたお姫様が王子様のキスで起きる、女の子の憧れのシュチュエーションだと誰かが言っていた。なら眠りについた王子様がお姫様のキスで起きる、これも憧れのシュチュエーションになるのだろうか。キスをすればあなたは起きてくれる?そして私だけを見てくれる?でもきっとあなたは起きてくれない、そして私を見てくれない。だったらキスなんてできるはずない。私がみじめになるだけだから。





結局、彼を目を覚ましたのは美雪さんだった。智子さんが録音していた美雪さんと彼の会話を流した。すると半年もの間開かなかった彼の目が開いた。そして「美雪」って呟いた。








あの時ほど自分の無力を呪ったことは無い。
あの時ほど自分の身勝手な行動を後悔したことは無い。
あの時ほど自分を憎いと思ったことは無い。
あの時ほど・・・
あの時ほど彼を憎いと思ったことは無い。








彼の家族や友達は泣いて喜んだ。でも私だけは違う理由で泣いた。
結局彼が愛しているのも選んだのも私じゃなくて美雪さんだった。
その事実が私には耐えられなかった。苦しかった。どうして、私を見てくれないの。いつになったら私を見てくれるの!美雪さんはもう死んでいないのに、いつになったらその呪縛から解き放たれるの。





彼が目を覚ましてから数日が経った頃、私はようやく彼と2人っきりで話すことができた。

「寝ている間、夢を見ていたんだ」「夢?」「美雪が元気だったころ2人で遊んでいた時のころのこととか」

それから彼は嬉しそうにその夢の内容を語ってくれた。

「夢から覚めるときにね、美雪に言われたんだ。そろそろ起きないとねって。そして目を開けると病室だったんだ。泣いている皆を見て、僕はなんてことをしたんだって後悔したんだ。だからね」

彼と私の目がぶつかった。

「僕はこれからちゃんと生きようって思うんだ。思うことができなかった美雪の分も僕は生きていこうって」

久しぶりに見る彼の笑顔だった。

「きっと親の反対はあるだろうけど、僕は僕のやりたいことしようと思うんだ」

晴れ晴れとした彼の顔に私は泣きそうになった。

「・・・やりたいことが、あるんですか?」「やっぱり絵は描き続けたいし、小説だって書きたい。親の会社は兄さんたちがいるし。僕は今まで殻にこもりすぎてたんだ。殻を破るのはこれからだって遅くないだろう?」

小さいころのように彼は私の頭をポンポンした。えぇ、あなたがやりたいことならだれも反対しない。みんなあなたが大好きで大事だから。




それから彼は人が変わったように明るくなった。色んな人と交流をして、自分の世界を広げていった。
彼は美雪さんの死を乗り越えてその想いを抱きながらも1歩を踏み出した。取り残されたのは私だった。私だけがずっと何も変わらずにそこに立っていた。私の世界は広がりもせず、彼のあとをちょこちょこついて行くだけ。

惨めだった。私は誰にも必要とされていないと痛感した。私がいてもいなくても変わらなかった。
じゃあ今までの私は何だったのだろうか。おじい様たちにいいように利用されて、叶わない想いを抱いて。
彼が笑うたびに悲しくなる。無性に叫びたくなる。
何のために私は生まれてきたのだと。こんな自分が嫌だった。こんな生活が嫌だった。
全てを変えるために私は決断をした。








「どうしたんだい?明日は入学式だろう?君が僕の母校に進学するのは嬉しいよ」

彼は私を見ることなく絵を描いている。彼はいつからか私を見なくなった。話をするとき、いつも違う所を見ていることは知っている。
だからきっと私が今どんな顔をしているのか彼は知らない。
ねぇ、いつ私がその高校に進学すると言ったの?私はあなたに高校の話なんて一度もしたことがない。


「あそこの弓道部はレベルが高いからね、きっと君も気に入るよ」

いつ私が弓道をすると言ったの?私は弓道なんてしたことない。あなたは、誰を見ているの?
そんなこと聞かなくても分かってる。美雪さんでしょ?あなたの中に私はいない。




「そう言えば、まだ入学祝何もしていなかったよね?何か欲しいものはある?」「あなたは」「うん?」「私と結婚する気がありますか?」「勿論だよ」

彼の目が一瞬揺らいだのが分かった。

「美雪さんを忘れてほしいと言ったら忘れてくれますか?」「・・・何言って」「美雪さんを愛した以上に私を愛せると誓えますか?」「ねぇ落ち着いて」

彼がようやく私を見てそばに寄ってくる。

「どうしたの?いつもの君らしくない」「私らしい・・・?」「そうだよ。いつもの君は人の話をよく聞いて、我慢強くて、空気をきちんと読めて人をたてることができる、そうだろ?」「それが・・・あなたから見た私なんですか?」「違うのかい?」

胸が押しつぶされそうだった。
彼は何も見てくれていなかった。表向きの私しか彼は見てなかった。私が嫌いな表向きの私を彼は私らしいと言った。



どうして気づいてくれないのだろう。本当の私を、こんなに傍にいて気づいてくれないのだろう。そんなにも私に興味がないのだろうか。
私は聖人君子なんかじゃない。ずっとずっといろんなことを我慢して生きてきた。
彼なら分かってくれていると思っていたのに。でも、何も理解してくれていなかった。





「俊哉さん、婚約を解消しましょう?」「・・・え?」

もう限界だった。

「いつ私がその高校に行くって言いました?弓道部に入りたいって言いました?」「それは」「あなたは何も知らない」「どういう」「知ろうともしてくれなかった」

彼の情報源は智子さんとかおじい様とかそう言ったところだ。おじい様が嘘をつくなんて俊哉さんは思っていないことだろう。

「あなたは最後まで私を見てはくれなかった」「君は」「名前も呼んでくれない。春って名前があるのに、俊哉さんは美雪さんと再会してからずっと私のことを名前で呼んでくれない」

彼の目が大きく開かれた。

「私がずっとあなたを好きだったことを知っているくせに全部無視して美雪さんのもとへあなたは行った」「っ」「全部全部分かってました。俊哉さんが私を憐れんでいたのも妹くらいの存在にしか見てないのも」

だからこそ悲しかった。大好きだったのに。ずっと一緒にいたいと思ったのに。

「きっとこれからも俊哉さんの中で心の中にいるのは美雪さんで私じゃない」「それは時間がたてば」「もう無理なんです」「え・・・」「もう限界なんです。これ以上いけば私は俊哉さんや周りの人を恨んで憎んで一生を終えることになるから」

耐えられなかった。誰も私を見てくれない世界にいるのは。


「おじい様の了承は得ています。・・・俊哉さんのご両親からも。婚約は無かったことに」「君は・・・それでいいのか」「私は・・・人を不幸にすることはあっても幸せにすることはできないんです」「それは違う!」「でも実際に誰も幸せになってないですよ?きっと私が身を引くことで幸せになれる人はいっぱいいます」「何を根拠に」「少なくともあなたは私から解放されます。もう美雪さんとあなたを引き裂いた憎い憎い人間はいなくなります」

自分で言っていて泣きそうになった。

「これからあなたが誰かを好きなった時、私はあなたとその人の幸せの邪魔をしたくはないんです」「僕は君を好きなる」「義務で好きなられても嬉しくないんです」

ついにこらえていた涙が零れ落ちる。


「・・・私はあなたがいつか本当の私を分かってくれると思っていました」「それは」「でも私だって何もしなかったんですよね」

不思議と笑いがこみあげてきた。

「あなたに愛してほしいと傍にいてほしいと見てもらいたいと思っているくせに何もしなかった。美雪さんに嫉妬して、俊也さんと智子さんの話に勝手に傷ついて、私は可愛そうな子だと自分で決めつけて悲劇のヒロインのように思っていました」「そんなことない」

私は泣きながら首を振る。

「私は・・・私は、本当に俊哉さんを好きでした。・・・大好きでした」

やっと私は言うことができた。彼への気持ちを。

「初めて会ったとき一目ぼれをしたんです。あなたの婚約者になれて・・・嬉しかったんです」「・・・あぁ」「だからあなたを手放せなかった。美雪さんを好きなあなたを手放すことができなかったんです」「は・・・る」

彼が苦しそうに私の名前を呟く。

「・・・春。僕は」

けれど私は言葉を遮る。

「今までありがとうございました。俊哉さんと過ごした日々は本当に・・・本当に幸せでした。・・・さようなら」



そう言うと私は涙をぬぐって、部屋から飛び出した。彼の声が聞こえたけれど止まることも振り返ることもしなかった。
彼は追いかけてきてくれなかった。それが答えなのだ。彼の心は私には向かなかったのだ。あんなにも傍にいたのに。



私は迎えに来ていた車の中で泣いた。
大好きだった。この想いが偽物だなんて思わない。

「う・・・うあぁぁぁ」

泣きながら思い出されるのは彼だった。
笑顔や絵を描いてる姿、色んな彼を思い出すのに、ずっと頭の中に消えずにあるのは彼が私の胸の中で泣いていたときのこと。
私は彼に何をあげられたのだろう。奪うだけ奪って・・・。

「ごめんなさい・・・。ほんとうに、ごめん。ごめんなさい」

俊哉さんと美雪さんのあったかもしれない幸せな日々を奪ったのは私だ。

「ごめんなさい、ごめんなさい」


決して人前で泣くことはなかったけれど、今いるのは運転手さんだけだからと思って泣いた。涙は滝のようにあふれ出して止まらなかった。好きや愛している、そんな言葉では片づけられないような想いが胸を締め付ける。













8歳のときの初恋は15歳にして幕を閉じた。こんなにも長くて辛い片思いはきっと誰にも分からない。








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