オレンジ色の魂

ノベルバユーザー225269

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 もう耐えきれなくなって私は父に離婚の話を切り出した。すると父は言った。「離婚するなら子供をもうけてからにしろ」と。 父にとって私の存在は、私の気持ちはその程度のものだったのだ。ほんの少しは愛されていると思っていた。それなのに、父の頭の中にあることは家の存続だけ。 ロジャーと結婚してから何度流したか分からない涙が私の頬に落ちる。
「…サーシャ」
 珍しく早く家に帰ってきたロジャーはなぜかその日に限って私の部屋を訪ねてきた。私は涙を拭うこともせず、ロジャーを見た。するとロジャーはとても驚いた表情をしてた。 何をそんなに驚いているのだろう、と思ったけれどそういえばロジャーの前で泣いたのはこれで初めてだった気がする。
「何か?」「あっ、その」
 ロジャーは狼狽えていた。
「姉のことで何かありましたか?」
 ロジャーが話しかけるときいつだって話の中心に姉がいた。だから今回もそうなのだろう。
「あ…あぁ。サマンダが君に会いたがっている」
 ほらやっぱり。それにそれをロジャーを言うところからするにもう私に二人の関係を隠すつもりがなくなったのだろう。
「分かりました。近いうちに訪ねることにします」
 ロジャーは「あ、あぁ」と言うと私の様子を尋ねることもなく部屋から出て行った。


「ふふ、ははは、ふはははっ!」 ロジャーが出て行って私は泣きながら笑った。もうおかしくてたまらない。ロジャーは私のこと何てどうでもいいのだ。それにロジャーを性懲りもなく想っている私はなんて愚かなんだろう。馬鹿なんだろう。
「ほんと、馬鹿」
 私は「ふふふふ」と笑いながらずっと泣いた。もうなんで泣いているのか分からないくらい泣いた。


 それから私は姉のもとへ通うようになった。姉は一年以上も前のこと今更持ち出してとやかく言うようなことはしなかった。けれど「またあなたと話せるようになって嬉しいわ」それだけを何度も言った。「えぇ私もよ」そう言いながら私はこの部屋から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。 毎日のようにここにロジャーが通っている、それを思うだけで私はこの屋敷も土地も全部嫌いになってしまった。大好きな姉すらも嫌いに思えるほどに。 姉と会うたびに私の心の中は、ドロドロした黒いもので埋められていった。時にそれがあふれ出しそうになって吐きそうになるほどだった。
「ねぇサーシャ、サーシャは今幸せ?」
 姉は私が去る時にいつもそうやって尋ねる。私はそれをいつも笑って何も答えない。答えられないからだ。 姉の幸せを奪ってまで幸せという私はあまりにも最低だろう。けれど好きな人と結婚しておいて不幸だと言えばそれもそれで最低だろう。私は姉にその質問をされるたびに、姉のことを嫌いになった。 何を言わせたいのだろう、何を言えば納得するのだろう、何を求めているのだろう。私にはもう姉の考えていることは分からなかった。
 私は姉に対して以前のような感情を抱けなくなっていた。これ以上は駄目だ。これ以上このままでいたら私は姉を今まで以上に傷つけてしまう。 どうにかして私はロジャーと別れないといけない。早く早く、でもどうやって。どうすれば私とロジャーが離婚できる?子供ができまでこのまま?そんなに待てない。もう姉の命の期限も、私たちの関係もそう少しで尽きそうなのだから。



 ロジャーと円滑に別れる方法を考えているとき、ある人物が私を訪ねてきた。
「初めましてサーシャ様。私はフレイアと申します」
 その人は黒い長い髪で真っ黒いドレスを身にまとっていた。唇には真っ赤な紅をひいていた。フレイアを見たとき私は母のことを思い出した。今でも母の美しい姿は思い出すことがある。母との思い出は年々薄れていくが、母の姿だけは忘れすことはなかった。
「サーシャ様?」「あ、すみません。それで、どういったご用でしょうか?」
 フレイアはニッコリとほほ笑みながら、あるものを取り出した。
「これは?」
 それは透明の液が入っている小瓶だった。見るからに怪しいと思うのは私だけだろうか。
「これは私が作った魔法の薬です」
 ふふふ、とフレイアはほほ笑んでいた。
「魔法の、薬?」「はい」「あなたは…魔女、なの?」
 私は魔女だとか魔法使いだとかは空想のものだと思っている。小説では数多く登場していて、夢見がちな姉は魔女たちはいると信じている。国の半分の人は魔法があると信じ、半分の人は信じていない。
「魔女とも、魔法使いとも言われます」
 そう言うとフレイアは、指をぱちんと鳴らすと一瞬にして女性の姿から男性の姿に変わった。
「え…」「私…いや今は俺かな?俺には決まった性別がないから男でも女でもなれるんだ」
 声も女性の姿の時と変わっていた。
「信じてもらえた?」「え…えぇ」「そっ、なら良かった。じゃあこの薬の説明をするね。この薬は君の願いを何でも一つだけ叶えてくれる魔法の薬なんだ」「何でも?」「そう。何でも一つだけ。だけど、それには対価も必要です。その願いに叶った対価が」「それは」「でもそれはその時にならないと分からないんだ」
 フレイアは女性の時と同じ妖艶な笑みで私を見てくる。
「どうして…そんな薬を私に」「俺はね、君のことずっと見てたんだ。君の母親が死ぬ前から。…とっても美味しそうな魂だなって思っていた」「美味しそうな、魂?」「可哀想な可哀想なサーシャ。愛する母は死に、大好きな姉とロジャーに負い目を感じて幸せになれないサーシャ。家のためだけにある可哀想なサーシャ。それなのに、人のことを思う哀れなサーシャ。愛されるはずもないロジャーに愛を向ける愚かなサーシャ。君の魂は俺にとって、誰よりも輝いて見えるよ」
 フレイアは私に近づき肩をガッと掴んだ。その力はとても強く私は顔を歪める。フレイアから、興奮、狂喜が見て取れた。私は恐ろしくなって目を背けた。
「あぁ君ほど美しい女性を俺は知らない」「わ、私は美しくなんかない」「いいや、君はとても美しいよ。この世の誰よりも美しい。あんな目にあいながらそれでも誇りを忘れない君は美しい。だからこそ、俺は君が欲しい。ねぇサーシャ。その薬を飲んで?そうすれば君の死後、君の魂は俺のものになるんだ」「何を、言って」
 フレイアは私の頬をさすった。壊れ物を扱うかのごとくそれは優しく。
「俺の魔力を何年も費やして作ったその薬を飲めば、君は俺のものになるんだよ。そういう魔法をその薬にはかけた。あぁ、でもそれじゃフェアじゃないから、君が死ぬまでに本当の愛を見つけることができたらその魂は貰わないようにちゃんと作ったよ」「本当の愛?」「そうだよ。簡単に言えばロジャーからの愛を君が得ればいいんだよ。君はこの薬で何でも一つ願いが叶うんだよ?そしてロジャーからの愛を得れば君は生きている間に何らかの対価を受けるだけでいいんだ。どう?魅惑的じゃない?」
 私は机に置かれている小瓶を見た。
「そう、飲んでしまいな?そうすれば君は楽になれるから」 
 フレイアの言葉に私はその小瓶に手を伸ばしそうになった。けれど思いとどまった。
「どうしたの?」「だ、だめよ。そんなことできない。…わ、私は自分の力でこの問題を解決しないと」
 フレイアは少し驚いた表情を見せた後、ふはははっと笑い出した。
「あぁやっぱり君はいいね!ここまで来てそんなことを言うなんて思いもしなかった!いいんだよ、今すぐ飲まなくても。でも俺には分かる。君はすぐにその薬に手を出すよ。もう変えようのない君にとって残酷な未来がすぐそこまで来ているんだから」
 残酷な未来?それはどういうこと、と聞こうとする前にフレイアの姿は消えていた。

 おかしなことにローリエを含む他のメイドもそんな人物は訪ねてきていないと言うのだ。おかしな話だ。私の部屋にフレイアを案内したのはローリエなのに。魔法使いは人の記憶も消すことができるのか、と後になって分かった。

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