オレンジ色の魂

ノベルバユーザー225269

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 ロジャーとの結婚生活は何も改善されぬまま一年が過ぎた。
 ロジャーは相変わらず姉のもとへ通っている。最近では泊りがけも多くなった。決まってロジャーは「仕事が忙しいんだ」と言うけれどそれは調べればすぐに嘘だと分かることだし、あえて調べなくても分かる。帰ってきたロジャーの周りからは姉の匂いがするのだから。こんなに匂いが移るまで何をしていたの?そう聞きたい気持ちを私はぐっとこらえる。
 そんなことが続いて行くうちに、私はロジャーを本当に好きなのかという問いを深く考えるようになった。 恋に落ちるのは非常に簡単だった。私はロジャーに声を褒められた。澄んだ声でとても聞きやすいと。姉にそっくりだと言われた。今考えると褒められているのか姉の良さを間接的に言いたかったのか分からないけれど。 そんなことで恋に落ちた私は、前にも言ったけれど姉に花を届けたりお菓子を焼いたりした。それは全てロジャーに良く思われたくて。ロジャーは決まって私の頭を撫でて褒めてくれた。
 もしかしたら最初はロジャーに褒められたかっただけかもしれない。「よくできたね」「えらいね」そう言ってもらいたかったのかもしれない。父はそんなことを言わないし、母も滅多に私を褒めなかった。唯一私をきちんと叱り褒め、飴と鞭を心得ていたのは死んでしまった実の母だった。 母は幼い私に世の中の善悪を教え、それがどうして善いことなのか悪いことなのか私の気のすむまで話してくれた。そんな母私に何かを強制させることはなかった。けれど母の背中を見て育ってきた私は当たり前のように畑仕事などを手伝った。すると時たま母は「ありがとう、助かるわ」そう言って私を抱っこしてくれた。私はそれが嬉しくてたまらなかった。 けれどここに引き取られてから私は両親からそんな愛を受けたことがなかった。平等に接してくれる母はいるけれど、子どもに対する愛が平等かと言えばそうではない。やはり我が子が可愛くて、何かあれば我が子を優先してしまう。しかも姉は体が弱い。姉をとてつもなく贔屓することはなかったが、その愛はやはり姉に向けられていた。
 だからこそ私は愛を欲した。私だけを見て、私だけを愛してくれる人を。それがロジャーだと思った。私は彼が好き。だからその分ロジャーも私が好きだと思いたかった。だけど母の言葉の通りだった。
「自分の好きな人が、同じように自分のことを想ってくるなんて世界中の半分の人だけが経験することよ。いいえ、もしかしたらそれよりも低いかもしれないわね」
 本当にその通り。ロジャーの想いは姉にあって、姉の想いもロジャーにあった。それはとんでもない奇跡なのね。そして私はその奇跡を起こせなかった。どれだけ頑張っても想いあうことが出来なかった。



 私とロジャーが結婚して一年と半年が過ぎたころ、私は一度便りを出さずに姉の療養地を訪ねた。姉が好きだったクッキーを持って。
「ふふ、ロジャーッたらまたそんなこと言って」
 部屋にたどり着いたときそんな声が聞こえた。ロジャー?ロジャーは遠征のために二週間クーグル地方に言ったって。私は部屋に入らず中の声に耳を澄ませた。
「本当のことだよ。サマンダは綺麗になったよ」
 次に聞こえてきたのは紛れもないロジャーの声だった。もうずいぶんと聞いたことのなかった甘い声。かつてはその声は私にも向いていた。
「誰かに聞かれたらどうするのよ」「いいんだよ。言っただろう?僕が愛しているのはサマンダだけだ」
 私は声をあげそうになるのを懸命にこらえた。少しでも力を抜くと、叫んで部屋の中に飛び込んでいきそうだった。手に抱えていたクッキーがグシャッと割れる音が聞こえた。
「もうロジャーったら。あなたはサーシャの夫なのよ?」「サーシャは妻としてよくしてくれているよ、でもやっぱり妹としか見られないんだ。…申し訳ないけれど」
 私がここにいるのを知っているような話が飛び出してきて驚いた。そしてロジャーに妹としてか見られていないことにショックを受けた。
「…私の体がもっと丈夫だったらこんなことにならなかったのに」「君のせいじゃないよ」
 私はたまらなくなって屋敷から飛び出した。メイドたちに怪訝な目で見られていたからもしかしたらロジャーたちにこのことが知られるかもしれない。けれど私はそんなことよりもここから早く出て行きたかった。昔はあんなに好きだった二人が、二人の空気が吐き気がするほど気持ち悪かった。 乗ってきた馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
 持ってきていたクッキーをバンッと床に投げつけた。これを渡してどうしたかった?前のように仲の良い姉妹になりたかった?なれるわけないじゃない。私は姉から大切な人を奪った最低な妹なんだから。 姉にもロジャーにも嫌われてしまった。それなのにどうしてこの結婚を続けないといけないの。
「父様の嘘つき…」 二人の愛は一時の気の迷いなんかじゃない。本物の愛よ。簡単に忘れられるような恋じゃないのよ。私の存在は邪魔でしかないじゃない。




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