オレンジ色の魂

ノベルバユーザー225269

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 そんな時、再び父が倒れた。疲労と心労によるものだった。今度は四日も目を覚まさず、起きたときには一時的に下半身が麻痺していた。 父はもう待てなかった。早くロジャーを婿養子に向かえないと自分はいつ死ぬかもしれない、そう思ったからだった。 けれど姉は体調が悪く、もしかしたら結婚を待たずに死んでしまうかもしれない、そう思った父はある恐ろしい提案をした。
「サーシャ、形だけでいいロジャーと夫婦になってくれないか」「何を、言っておられるのですか」
 父は私を呼び出すと、そう切り出した。傍に控えていた母はそのことを知っているのかその話を静かに聞いていた。
「サマンダはグレイス家が所有しているある土地で療養することになった。そこはここよりも空気も良い。けれど治る見込みはない。だから」「私とロジャー様が結婚すればいいと?」「…あぁ。そうすればすべてがうまくいく」「すべて?」「この家には新たな当主が誕生する。そしてお前たちが結婚することでグレイス家とトールキス家、それに妻の実家であるシークリ家との繋がりが深くなる」
 グレイス家、トールキス家、シークリ家それらは全て今の政治で勢力を誇っている家だ。姉たちが結婚してもこれらの家の繋がりは深くなり、私たちが結婚してもまた同じだと父は言っているのだ。
「それならば、トールキス家にはロジャー様の兄の一人であるエド様も未婚であられます。姉とロジャー様はそのまま結婚し、私がエド様と結婚すれば」「それは駄目だ。お前たち姉妹が同じ家の者と結婚することは許されない」「何故です!」「家の存続のためだ」「家の、ため」
 父にとって姉たちの恋愛は家の存続と比べたら取るに足らない事なのだろう。けれどずっと傍で二人の恋を、あんな思いをしてまで見てきたのはやっぱり二人には幸せになってほしかったからだ。
「家のためなら姉の気持ちを踏みにじってもいいと言われるのですか!?」「そうだ。私が何よりも優先すべきはサマンダの気持ちではない。家の存続だ。愛なんてものは一時の気の迷いだ。すぐに忘れるだろう」
 すぐに忘れる?何を言っているのだ、この男は。 あんなにもお互いが思いあっている人たちが簡単に忘れられるわけがないはずなのに。それに愛が一時の気の迷い、だって?
「母のこともそう思っていたのですか?」「何」「私の母のことも、一時の愛だったのですか!?自分はすぐに忘れることが出来るから、そう思って手を出したのですか!?」「サーシャ!」
 私が叫ぶと母が止めに入った。
「母はあなたを愛していたのに!あなたは母と別れてすぐに母のことを忘れたのですか!答えてください!父様!」
 父は私の前に大股で来ると、バチンっと私の頬をぶった。
「いらぬことを聞くな」
 父は私のことを睨むと「いいか、よく聞け。お前を引き取ったのはこの家の存続のためだ。お前は口答えせず、頷いていればいいのだ。お前はロジャーと結婚するのだ」そう言った。
「っ父様!」「やめなさいサーシャ!」「クレイア、そいつを連れて出て行け」「…はい。来なさい、サーシャ」「母様放して!父様!」
 私が母様、父様と叫んでも母それに耳を貸さず部屋から私を連れ出した。そして母の部屋へ連れて行かれた。


「…母様はこれでいいのですか」
 何も言わない母に向かって私はそう尋ねていた。
「母様だって知っているでしょう?姉様がロジャー様を愛しているって。ロジャー様だって」「分かっているわ」「ならどうして」「もうどうすることもできないのよ!」
 母の目には涙が溜まっていた。
「あの人は二度も倒れてもう長くないと自分で思っている。そしてサマンダの体の不調。家のためには」「わ、私が違う方のもとに嫁ぎ子を産み、その子を姉とロジャー様の子にすれば」「私もそう思ってあの人に言ったわ。けれどあの人の答えはあなたとロジャーを結婚させるって変わらなかった」「何故…」
 母は首を横に振った。
「分からない。あの人は一度倒れたあのころからどこか変わってしまった。…前ならこんな風に事を急いたりしなかったのに」
 もうどうにもならないのだと、私は愕然とした。 それからどうやって自分の部屋に戻ったのか分からない。気が付いたらベットの上で泣いていた。涙がぽろぽろと零れ落ちる。最初自分でも泣いていると気が付かなかったくらい静かに私は泣いていた。 大好きなロジャーと結婚できるのに私はどうして泣いているのだろう。
「サーシャ様…」
 ローリエの声がしたけれどそれにこたえる元気が私にはなかった。
 大好きな姉、大好きなロジャーの顔が現れて消えていく。私が知っている二人の表情は笑顔ばかりなのにどうして今現れるのは泣きそうな悲しそうな顔なのだろう。 どうして父は私とロジャーを夫婦にさせることにこだわるのだろう。私には父の真意がつかめなかった。 ぐるぐると色んなことを考えているうちに私はいつの間にか眠ってしまっていた。

 そして姉の泣き叫ぶ声で私は目を覚ました。 まだ夜も明けぬ時間だった。ローリエも私の部屋にいなかった。私はそっと部屋を抜け出すと姉の部屋に向かった。 姉の部屋にはほんのりと灯りがともっていて、扉が少し開いていた。そっと近づくと部屋の中には姉と母がいた。 姉は母の胸に顔を押し付けて泣いていた。
「嘘よ、嘘!ロジャーと結婚できないなんて!ねぇ母様!嘘でしょう!」「ごめんね、サマンダ。ごめん」「嫌よ、ずっと一緒だよって言ったのよ。幸せになろうねって、約束したのよ!なのにどうして!」「本当にごめんなさい、サマンダ」
 初めて姉が大きな声を出しているのを聞いた。私が知っている姉はまるで聖人君子のようで私がばかなことをしようと「何してるの?」そう言って笑っているような人だ。 姉の大切にしていたお皿を割ってしまった時も「サーシャが無事ならいいのよ」そう言って抱きしめてくれるような人だ。
 そんな人が泣いて叫んで怒鳴っている。どれだけ姉がロジャーのことを愛しているのか、この結婚を大事にしていたのか痛いほど伝わってきた。 私は声をかけることもできずそっとその場を立ち去った。すると後ろから走って姉の部屋に入っていく人の気配がした。気づかれないように振り向くとやっぱりロジャーだった。

「サマンダ!」「ロジャー!」
 二人がお互いの名前を呼ぶのが遠くにいながらも分かった。私はあの二人を引き裂いてまで結婚をしていいのだろうか。こんなに望まれていない結婚をしていいのだろうか。
「ロジャー、私嫌よ!」
 姉の泣き叫ぶ声を聞きながら私は部屋に戻った。そしてベッドに潜って枕に耳を押し当てた。それなのに姉の泣き叫ぶ声が聞こえてくるようだった。





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