Q.最強の職業は何ですか? A.遊び人です

ノベルバユーザー225229

Q.たまにはシリアスな場面も良いですよね? A.最後はオチが無いと許しません

 魔法使いのテテと、騎士エリーヌをパーティに加えた真とクリスであるが、その四人の元に緊急クエストを告げるガル爺が走ってくる。
「緊急クエスト?」
 ガル爺のただならぬ様子に真が眉根を寄せる。 その表情をガル爺が確認し、「そうじゃ」と軽く言ってから話を続ける。
「国王からギルドに登録しておる全員にじゃ! こんなことは滅多にないんじゃが――」
 とそこまでガル爺が話した時
『緊急クエスト! 緊急クエスト! ギルド登録者はこちらのギルドまで来てください』
 聞いたことのある声が放送で聞こえる。
「この声って確か、ミオンさん――だっけ?」
 この世界に来てギルドに登録した時、職業の説明やその他のことについて説明してくれた、女性の案内係の声である。 その声が、ガル爺と同じように逼迫した様子で緊急を伝える。
「ほれ小僧! 表通りのギルドまで急ぐのじゃ!」
 ガル爺がその場にいる四人に、指定された場所まで行くよう促す。
「いやぁ――俺あそこのギルドはちょっと気まずくて――」
「それでも今は行くべきじゃ!」
 行くのを渋る真だったが、それでも行くべきだと伝えるガル爺。 真を見つめるガル爺の瞳は強く、まっすぐに真の目を射抜いていた。
「――分かった」
 そのガル爺の表情から、今までの様におふざけは通じないと感じたのだろう。おとなしく指示に従い、表のギルドに行くことにする。
「みんな準備をしてくれ。急ごう!」
 真が三人の方を振り向きそう伝える。 いつもとは違う真の真剣な表情から何か感じたのだろうか、三人は無言で頷きガル爺の店を後にする。 表通りにあるギルドは、真やクリスにはあまり良い思い出がない。 何せ飲食代に利息が発生し、その利率がものすごい暴利であったからだ。 そんなことから二人は、なるべく近寄らない様にと心掛けていたのだが、やはりこの街での一番大きいギルドという事もあり、テテとエリーヌはなじみ深い様だ。
「最初は全然気にしなかったけど、ここって『月光花』っていうギルドなんだな」
 転生したばかりの頃は、その日その日を生き抜くことで精一杯だったこともあり、まともにギルドの名前を見る暇もなかった。
「そうね。私も初めて知ったけど、やっぱりおじいさんのところより全然大きいわね」
 改めて目の前のギルド『月光花』を見上げると、いつも食事をしている店の数倍はあろうかと思われるほ大きく、広い。 真が扉の前に立つと、既に中には大勢のハンターたちがいるのだろう、たくさんの声が聞こえる。 扉を開けようと取っ手に手を掛け、一瞬の躊躇いのあとゆっくりと扉を開く。 中に入るとやはり大勢のハンターがおり、その視線が一気に真たちに注がれるが、すぐに前を向きなおる。
「そなたたちが最後かな?」
 ガル爺とは違う、年老いた男性の柔らかな声が真達を迎え入れる。
「あ、はい! 遅くなりました」
 身に着けている豪華なマント。手には水晶を施した杖。髪と髭はガル爺と同じように白くなり、顔には皺が深く刻まれているが、表情は穏やかながら険しさを含んでいる。 そして頭にかぶる黄金の王冠。 誰が見ても分かる、この国の王様である。
「緊急の呼び出しに、これだけ多くの戦士が集まってくれたこと、光栄に思う」
 王はゆっくりと口を開き、この場に集まったハンター(戦士と呼んでいたが)に礼を述べる。
「皆に集まってもらったのは他でもない。今、この国に魔王の幹部ハマルの腹心であるメサルティムが、大軍を率いて向かっているとの報告を受けた。皆にはこれを打ち倒してもらいたい」
 国王からの衝撃発言に、その場にいるハンター達がどよめく。
「しかし陛下! 軍が出れば我々は必要ないのではないでしょうか?」
 一人のハンターが国王に異を唱える。 国王はそのハンターを一瞥すると
「皆も知っての通り、この国の軍は勇者と共に魔王討伐に向かい――そのほとんどが無念の最期を遂げた」
 悲痛な表情を浮かべ国王は答える。 国王の言葉を聞き、その場にいた誰もが言葉を失い、辺りが静まり返る。
「今ではそなたたちが我が国の砦――この愚かな王に、皆の力を貸して欲しい」
 そう言うと国王は頭を下げ、その場にいる全員に嘆願する。 国王の思わぬ行動に、再びその場がざわつき、「やってやる」「我々にお任せを!」などの声が次々に上がる。
「魔王軍は明日にはここに到着すると見込まれる。皆、宜しく頼む」
 再び国王が頭を下げ、その場にいる全員に協力を要請する。 それが合図であるかのように、ハンター達が鬨の声を一斉に上げ、建物が揺れる錯覚を覚える。 国王がその場を去り、ハンター達が明日の決戦に備えて次々とギルド「月光花」を出てゆく中、真は他のハンター達とは別のことを考えていた。 その夜、「猫の足音」にて
「おいお前ら! 急いでこの街を離れるぞ!」
 街から逃げ出すことを真が口にする。
「ちょっと待ってよマコト! そんなことしたらこの国が――」
「そうですよ兄さん」
「マコト殿、我らが力を合わせればきっと――」
 クリス、テテ、エリーヌが次々と真を引き留めようとする。 しかし
「無理に決まってるだろ! 相手は大軍だぞ! それに対してあの場所にいたのは数十人そこそこ。一人一人が強くてもさすがに無理だろ!」
 論理的に無理だと語り、この街から逃げることを譲らない。
「それは、そうかもしれないけど――でも、たくさんの人が殺されちゃうのよ! 私はそんなの耐えられない」
 クリスが真の腕を引っ張って訴える。
「だからお前らも一緒に来いって言ってるんだ! とりあえずこの街を離れて、違うところで生活を安定させて――」
「お兄さん見損ないました」
 テテが軽蔑のまなざしをして
「マコト殿――」
 エリーヌが諦めの表情を浮かべる。
「死にたいのかお前らは! もういい!」
 二人を説得するのを無理と悟ったのだろうか、真は何かを決心したような表情をして、最後の一人に向きなおる。
「クリス!」
 真が怒声とも叫びとも取れる声を上げ、名前を呼んで手を差し出す。
「お前だけでも俺と一緒に来い!」
「――――――」
 しかし、クリスは真の手を取らなかった。
「いくらマコトでも、この手は取れない。私はみんなと一緒に戦う」
「くっ! もう勝手に――」
「しろ!」と言いかけたとき
「小僧の考えは間違っていないと思うがの」
 既に聞きなれたガル爺の声が聞こえ、その声がした方に全員が振り返る。
「ガルシア殿――しかし」
「まぁまぁ。合理的に考えるなら小僧の判断が正しい。一人一人が強力でも、大軍を相手にすれば敗北は目に見えておる。死にたくないと思うのは、誰でも同じじゃろう?」
 諭す様にゆっくりと、その場にいる四人に言い聞かせる。
「だから小僧の判断を間違いとは言わんし、責めん。それに押し寄せてくる奴らの大将はメサルティムじゃったな?」
 真の目をまっすぐに見つめて尋ねるガル爺。
「あ、あぁ――王様の話ではそうだった」
 その真剣な目を見て、頷きながら答える真。
「奴は儂の妻と子を奪った憎き奴じゃが、それでも若者がこれ以上、奴らに殺されるのは耐え切れん」
 ガル爺はそう言うと、二本の短剣を真に差し出し
「餞別じゃ! 儂がまだ現役だった頃に使っておった物じゃがの。形見代わりに持って行け!」
 真はその短剣を受け取ると無言で頷き、振り返らずに店を飛び出して行く。 その真の背中を見送ったガル爺に、エリーヌが語り掛ける。
「ガルシア殿も逃げたほうが良いのではないですか?」
「ふむ、そうかも知れんが――」
 逃げたほうが良いと言うエリーヌだが、それに答えたガル爺の表情は、いつもより暗く沈んでいるように見えた。


「ちっ! あの馬鹿どもが! 死んじまったら意味がねえだろ!」
 一人街を出て、草原を歩きながら真が悪態をつく。 満月に照らされ、草原を一人で歩く。
「邪魔だ!」
 時折、モンスターに襲われる。 しかし、クエストクリアによる経験値で優先度が上がり、草原に出現するザコモンスターならば真の敵ではない。 現れるモンスターを鞭で薙ぎ払い、ガル爺からもらった短剣も駆使しながら、月明かりに照らされた草原を一人進む。
「オラァ!」
 目の前に現れたネズミのモンスター二匹を鞭で一薙ぎし、後ろに迫っていた蜘蛛のモンスターを振り向き様に短剣で一閃する。 草原でモンスターを倒し続けてどのくらいの時間が経過したのだろう。 その真の視界に
「ん?」
 二足歩行の羊型モンスターが現れる。 見たことがある。忘れもしない。この世界に転生した瞬間に襲われた、あのモンスターだ。
「何者だ?」
 その羊が真の姿を確認し、低い唸り声を上げる。 人語を話せることに一瞬驚くが
「あんた、生きてたのか?」
 谷底に落ちて死んだと思っていたことに。そのモンスターが生きていたとなれば、当然この反応になるだろう。
「生きてた? 貴様とは遭うのは初めてだが――」
「そうか。人違いみたいだな。それじゃ!」
 手を振って何気なくその場を去ろうとする真だったが
「ちょっと待て! 我が名はメサルティム! 貴様なぜここにいる?」
「貴様が――メサルティム? 確か明日王国に攻めてくる――」
 真の目の前に出現したのは、明日王国に押し寄せてくる敵軍の大将であった。 その大将は続けて言う。
「その通り! 聖ゾディアック王国の正面に大軍で押し寄せ、俺は忍び込んで国王を抹殺する予定だったが――」
 大将と遭遇し、敵の情報を意図せずに知ってしまうあたり、運が良いのかもしれない。 と真が考えていると
「見られてしまっては仕方がない。貴様はここで始末する!」
 前言撤回、確実に運が悪い。
「見逃すってことは?」
 無駄だとわかっていても命乞いをしてみるが
「無い!」
 やはり見逃すという選択肢は、このモンスターにはないらしい。
「何も見なかったことにするから」
 なおも見苦しく命乞いをするが
「問答無用!!」
 そう叫ぶと同時にメサルティムが剣を抜き、真に襲い掛かる。
「(予定とはちょっと違うが仕方ない!)行くぞ!」
 真も鞭を構え、襲い来るメサルティムを迎え撃つ。


 真がガル爺から餞別をもらって店を出て行ってから数分後
「お兄さんがあんな薄情だとは思わなかったです」
 テテが逃げだした真に苦言を呈す。
「そう言うなテテ。マコト殿の言う事も一理ある」
 エリーヌが真を弁護するが、その声には若干の諦めが混じっていた。 その二人に挟まれ、クリスは一人カウンター席に伏せていた。
「クリス殿――きっとマコト殿は帰って来る。今はそう信じよう」
「そ、そうですよ。口ではあんなこと言いながら、兄さんはきっと戻ってきますよ!」
 クリスに慰めの言葉を投げるテテとエリーヌ。 その二人の言葉を聞き、ゆっくりと伏せていた顔を上げると
「うわあああぁぁぁ! マコトの馬鹿ぁぁぁぁ!」
 声を上げて泣き出すクリス。
「あまり大きな声を上げると、さすがにみっともないですよ」
 そのクリスにテテが苦言を呈すが、その瞳はやはり暗く沈んでいる。
「テテの言う通りだ。女性なんだから、もう少しお淑やかに泣いた方が、可愛げがあるというものだぞ」
 エリーヌもクリスに注意を促す。 しかし、エリーヌもテテも気持ちはクリスと一緒なのだろう。うっすらと瞳に涙がにじんでいるのが分かる。
「でも、だってぇ――グスッ、グス」
 二人の慰めと注意を聞いても、なお泣き止まないクリスである。 そのクリスの肩をテテが軽く叩き、次に疑問を口にする。
「でも、どうしましょうか? 王様の話では大軍が押し寄せてくるらしいですが、兄さんの言ったように多勢に無勢だと思います」
「確かに。国王陛下の話では、メサルティムというやつが大将と言っていたな。ガルシア殿はご存知のようでしたが――」
 泣き止まないクリスを横目に、ガル爺に向きなおったエリーヌが尋ねる。 エリーヌの表情を見て一度頷いてから
「奴は、魔王幹部のハマルの双子の弟らしい。その実力はハマルに勝るとも劣らず、儂がまだ現役だったころに妻を奪い――テテの両親を奪った奴じゃ」
 そう語るガル爺の表情に、いつもと変わった様子はない。
「「「――――」」」
 ガル爺の衝撃の告白を聞き、全員が言葉を失う。
「でも、じいちゃん。あたしのパパとママは、確か不慮の事故で――」
 自分の両親がいない理由が、聞いてた話と違っていることに気付き、テテが沈黙を破る。 クリスとエリーヌはテテの身上を初めて聞き、テテの幼さの残る顔を同時に見て、再びガル爺の方を見る。 ガル爺が短く嘆息すると再び口を開きだす。
「それは嘘じゃ。幼いころに両親を亡くしたお前には、本当のことなど話せん。しかし、お前がハンターになると聞いた時に、いずれこの日が来るとは思っておったがの」
 そう語るガル爺の表情は変わることなく、しかしどことなく悲し気に映る。
「今から来る奴が、パパとママを――」
 憎しみを色濃く映したテテの瞳を見てガル爺が再び口を開く。
「さて、ここからは儂の本音じゃ。小僧はさっき一人で出て行ったな。それは何故じゃか分かるか?」
 ガル爺の質問に、目の前の女性たちが三者三様に首を傾げ、お互いを見る。
「小僧の本当の気持ちは分からん――じゃが、奴は奴なりの考えがあるのじゃろう」
 そう言うとガル爺は天井を仰ぎ、首を二度三度振り
「小僧には悪いことをした」
 と一言だけ呟く。
「どういうこと? おじいさん」
 ガル爺の言葉を正確に理解できた者は、その場には一人もいない。 いや、正確に表現するならば、この街には誰一人としていなかった。 三人の疑問に満ちる視線を受け止め、ガル爺は訥々と語りだす。
「明日押し寄せてくるのは魔王軍幹部、ハマルの腹心じゃろう? 魔王軍であれば、自分の思った場所に、突然出現することも出来るはずじゃ。それなのになぜ、人間に戦うための準備を整えるだけの時間を用意する?」
 ガル爺は何を伝えたいのか、未だに要領を得ない三人に、ガル爺が再び口を開いていう。
「儂じゃったらこう考える。正面に大軍で押し寄せて注目を集め、本命は裏から国王の命を奪う。とな」
「でも、兄さんはそんなこと一言も――」
「あの小僧、頭は良いのであろう?」
 テテの言葉にガル爺が答える。 戦闘は不得意でも、戦略や戦術を練るのは得意だろう――と。
「そしたらマコトは!」
 その言葉を理解したクリスが、椅子から立ち上がってガル爺に詰め寄る。
「メサルティムを倒しに行ったと考えるべきじゃろう。そのための、儂からの『餞別』じゃ」
 餞別は単なる別れの印あるいは金銭的援助として贈られるだけでなく、安全を願う意味も込められている。 ガル爺は真に「餞別」と言い、短剣を渡した。どこの世界に安全を願って武器を渡す奴がいる。 そしてガル爺の気持ちを、真が正確に汲み取って武器を手にした。 一瞬交錯させた視線と会話。 それだけですべてを理解した真も真であるが、真がそうすると見越し、武器を用意したガル爺もガル爺である。 真の出て行った意味を知り、力なく俯くクリス。
「お前さんらを危険に晒したくない。と考えての事じゃろうな」
 そのクリスの肩に手を置き、ガル爺がそう告げる。
「行こう! マコト殿のところへ」
 エリーヌが剣を掴んで立ち上がり二人に呼びかける。
「行きましょう!」
 その言葉にテテも立ち上がって答える。
「あの馬鹿! 何で黙って一人で行くのよ」
 俯いていたクリスが最後に立ち上がって二人と目を合わせ、店の扉を勢いよく開けて外に出てゆく。
「――無事に、戻って来てくれ」
 残されたガル爺が四人の無事を祈り、一人店の中で呟く。


 頭上から満月が優しく放つ月明かりを、スポットライトにした草原の舞台。 幻想的な舞台に響く二つの乾いた金属音。 時折、裂帛の気合と怒号が交錯し、その声は月夜に虚しく響き渡る。 敵将メサルティムとの戦闘が始まって、どのくらいの時間が経過したのだろう。 戦闘は熾烈を極め、二人の間に流れる空気は灼熱に炙られた様に熱せられた。
「ウラアアアアァァ!」
「ヌウウウウゥン!!」
 金属音が一際大きく響き渡り、その時を凍らせる。
「確かに、貴様はかなり腕が立つようだ。それは認めよう。だが――」
 メサルティムの剣を双剣で受け止め、地に膝を着く真に、低く唸るような声が掛かる。
「くっ――」
 真の目が剣を隔てて、熱せられた空気が陽炎を発生するのを捉える。
「この我に一人で戦いを挑むには、少々力不足であったな!」
 メサルティムはそう叫ぶと、剣を弾き真を脚で蹴り飛ばす。
「終わりだ」
 草原の上に大の字になって倒れ込む真に剣を向け、勝利を確信したように口を歪めながらそう語る。
「(くそっ! 確かにその通りだ。今の俺ではこいつに勝てない)――さてね。まだ隠し玉があるかもしれないぜ」
 武器を弾かれて無手となる真が強がって見せるが
「貴様にそんなものは無い。もしそんなものがあれば、我と戦い始めた時に出していたはずだからだ」
「(ちっ! 悔しいがその通りだ。こいつ、モンスターのくせに知恵も回るってのか)」
 唇を噛み、真が相手を睨みつける。
「万策尽きたようだな――では死ね!」
 メサルティムの剣が、倒れている真の正中線めがけて振り下ろされた。 その時
神槍召喚魔法グーングニル!!」
 一筋の巨大な光がメサルティムの体を捉え、後方に大きく退ける。 突然の出来事に思考回路が追い付かず、目を白黒とさせていた真に
「マコト!」殿!」
 二人の女性が自分の名前を言って駆け寄ってくる。 一人は金髪に鎧を着た女性で、もう一人は銀髪に蒼い瞳を携えた少女。 駆け寄ってくる二人の後ろには、黒髪に未成熟な体系の少女が手に持つ杖を掲げ、ほっとしている様子が見える。
「みんな――どうして?」
「ここにいるのか?」というのは口にせずに問う。
「それはこっちのセリフよ! あんた馬鹿じゃないの?」
 銀髪を振り乱して真に駆け寄り、蒼い瞳に涙を浮かべながら叫ぶ少女は
「私たち仲間でしょ?」
 真にそう言うと、重力に耐え切れなくなった涙が真の頬にニ、三滴落ちる。 倒れる真を抱き上げるのは、その少年を想う少女――クリスだ。
「優しすぎるというのも考え物だぞ、マコト殿。もう少し私たちを頼ってくれてもいいと思うのだが――」
 そう語るのは、真達に初めて正式なクエスト依頼をした女騎士――エリーヌである。
「自分で全て抱え込むところは、兄さんの良いところであり、悪いところですよ!」
 二人に遅れて真の元に駆け寄り、そう苦言を呈すのはこのパーティの最大火力――テテだ。
「柄でもない事してる、とは自分でも思ったんだけどなぁ――さすがに無理があったか」
 面倒なことはしない、が心情だったはずの真であるが――
「何でだろうな? お前らと一緒にいると、昔を思い出す」
「昔の――マコト?」
 その言葉に、クリスが腕の中の真を見て首を傾げる。「昔」とは転生する前に地球で、更にいうならまだ母親が生きていたころの話である。 あの頃は自分のためだけでなく、周囲の事も考えて行動をしていたな――と思い出して口にした言葉である。
「さて――あとは私たちに任せて、マコト殿はそこで休んでいてくれ!」
「相手が一人なら、あたし達でも勝てるかも知れない!」
 騎士と魔法使いがそう言うと、先ほど神槍召喚魔法グーングニルで後方に跳ばされたモンスター、メサルティムがゆっくりと立ち上がる。
「貴様ら――」
 誰にも聞こえない呟きを一つ、続けて魔法が直撃した胸を見て血が流れているのを確認する。
「我に傷を負わせたのは兄者以来、初めてだ!」
 雷鳴にもにた怒号が辺り一面に響き、同時に地面を蹴ってメサルティムが四人との距離を一気に詰めてくる。
「テテは魔法を唱えて待機! 前衛は私がする!」
 エリーヌがそう叫んで剣を構え、メサルティムを迎え撃つ。
「ダメだ! 逃げろ!」
 真がそう叫ぶが時すでに遅し。メサルティムがエリーヌめがけて剣を振り下ろしていた。
「なめるなああぁ!」
 エリーヌが雄叫びを上げ、振り下ろされた剣を自らの剣で受け止める。 周囲に甲高く鈍い音が響き、エリーヌとメサルティムを中心に突風が発生する。
「エリーヌ! くそ! 体が、動かねぇ」
 メサルティムによるダメージは思いのほか重く、立ち上がろうとした真の体は、所有者の意思を無視して硬く動かなくなっていた。
「ダメだよマコト! もう全身ボロボロなんだから! お願いだから無理しないで――ね。お願い」
 その真に肩を貸して立ち上がらせ、クリスがそう真に伝える。
「――クリス、確かお前ビショップだったよな?」
 重い体を無理矢理に動かし、クリスの職業を確認する。
「――うん、そうだけど」
 魔法発動を待機しているテテをチラリと見て突如、真の頭に閃いた妙案。
「少しで良い、耐久値を回復してくれ。体が動かせる程度で構わない」
 それを実行するべく、
「また無理するつもりなの?」
「大丈夫だよ。ちょっとした実験だ。テテ!」
 心配するクリスを安心させ、魔法を詠唱して待機しているテテに呼びかける。
「あまり話しかけないでください! 集中出来なくなります。それで何ですか?」
 詠唱を完了した状態で魔法を留めておくのは、かなり集中力がいるらしい。
「悪い。それでも教えてくれ! 今発動しようとしている魔法は何だ?」
 一言謝りを入れ、発動する魔法が何なのかを聞く。
「敵が獣人ですから火属性の魔法、焦熱地獄魔法ムスペルヘイムです!」
「(多分失敗だな。代わりに発動する魔法は――)」
 以前、永久凍土魔法ニブルヘイムを発動しようとして失敗し、代わりに焦熱地獄魔法ムスペルヘイムが発動した。 その焦熱地獄魔法ムスペルヘイム発動の際に見た、赤い輝きは今発生していない。 代わりに、静電気のような音を伴って黄色く光る閃光が弾けている。
「(恐らく雷系統――このまま発動させれば、剣を持っているエリーヌも――しかし、それなら方法はある!)」
 真がにやりと不敵な笑みを浮かべると
「やっぱり何か危ないことしそうな顔してる――何を企んでるか知らないけど、失敗したらどうするの?」
 ぼそりとクリスが横で呟く。
「大丈夫だよ。俺はこれでも運が良いんだぜ! 知ってるだろ?」
 心配そうな顔を向けるクリスに、転生するとき何を与えられたのかを思い出させる。
「――うん。完全回復魔法フルヒール!!」
 短く呟き、真の耐久値を上限いっぱいまで回復させ
「頑張ってね!」
 次に紡いだ言葉は、真を心配する言葉ではなく、応援する言葉だった。
「絶対に成功させるさ。成功しなけりゃ、なんで俺が『運』に選ばれたのか分からねぇよ!」
 クリスにそう答え、鍔迫り合いをしているエリーヌの元へ走っていく。
「でも、無茶だけはしないでね」
 その呟きは真には届かなかった。


「離れろエリーヌ!」
 真がエリーヌの元に駆けつけ、同時に右手に握る武器を振るう。
「マコト殿!」
 目を見開き真を確認すると、鍔迫り合いをしていた剣を手放し、後ろに跳んで真の攻撃を躱す。 真が振るった武器はガル爺からもらった短剣――ではなく、ギルムタイト製の鞭であった。 鞭は先端に行くほど威力が増す武器である。誰でもそのことは知っており、メサルティムも当然知っている。 しかし、不意打ちに近い形で振るわれた鞭の速度は、視認するのも困難なほどである事もメサルティムは知っている。 そのため先端での直撃ダメージを防ぐためにメサルティムがとった防御手段は、後ろに躱すことではなく、前に出て威力の弱い場所で受けることであった。 メサルティムの判断は正しく、そして間違っていた。 威力の弱い場所で受けた鞭は、そこを中心として円を描きながら速度を増し、メサルティムの体に巻き付いて自由を奪う。 メサルティムが鞭にまかれたのを確認し
「テテー!!」
 真が叫ぶ。
「――行きます!! 焦熱地獄魔法ムスペルヘイム!!」
 満を持してテテが魔法発動の最後の一文句を叫ぶ。 詠唱の全てが完了した魔法が発動し、敵を煉獄の灼熱地獄へと落と――――ーさなかった。 代わりに落ちたのは、閃光と共に天より降り注ぐ驚異の自然現象、雷であった。 発生した雷は、真のギルムタイト製の鞭を目指して迫り
「これは――神雷降臨魔法ミョルニルだと!! グ――ーガアアアアァァァァァ」
 一瞬でメサルティムの頭からつま先までを貫き、草原に爆発音にも似た轟音を響かせた。 雷撃が収まると同時に、敵将メサルティムは膝を地につき、頭から倒れ込んだ。 その様子を見て
「えっと――勝った――の?」
 クリスが小さく呟く。
「多分――」
「きっと――」
「恐らく――」
 エリーヌ、テテ、真の順番に同じ意味を成す言葉を紡ぐ。 そのまま誰も喋らずに一分近くが過ぎようとした時
「念のため確認するわ」
 一番近くにいた真が、誰に言うとでもなく呟き、倒れているメサルティムを確認する。 近くに落ちていた木の枝を拾い、目の前の敵を突く。 メサルティムは――――ー絶命していた。 テテの魔法により草原に突如発生した雷の直撃を受け、魔王幹部ハマルの腹心は全身を黒く炭と化して、息絶えていたのだ。
「大丈夫だ!」
 死んでいるのを確かめ、三人に声を掛ける真。 その言葉にほっとし、続けて真に駆け寄っていく。
「本当だ――」
「さすがにこれでは――」
「生きていないだろう――」
 クリス、テテ、エリーヌが順番にメサルティムの死体を確認する。 全員が戦闘に勝利した事を、たっぷりと一分以上掛けて理解すると同時に
「「「「ぃやったああぁぁぁぁあああ」」」」
 歓喜の雄叫びを上げる。
「本当に? 本当に私たち勝てたのね!」
「あぁ! 本当だ!」
「あたしたちの勝ちー」
「やったぜええ」
 もう誰が誰だかわからないぐらいにテンションが上がり、ひとしきり騒いでから
「ところで、マコト」
 幾分冷静さを取り戻したクリスが真の名前を呼ぶ。
「ん?」
 まだ完全に興奮冷めやらぬ真がそれに反応する。 真の心ここにあらずな返事を聞いて
「何で一人で無茶したの?」
 クリスがさらに問い詰める。
「それは――まぁ、お前らを危険に晒したくないから――かな」
 これは嘘ではないが、本音というわけでもないだろう。 しかし今、気持ちを伝えられるだけの国語力を真に望むのは酷というものである。
「マコト殿、それは失礼というものではないか?」
 その言葉を完全に信用した、というわけではないだろうが、エリーヌが苦言を呈す。
「そうですよ兄さん! もう私たちパーティを組んだ仲間なんですから!」
 続いてテテからも嬉しい言葉が掛けられ
「死ぬも生きるも一蓮托生よ!」
 真と違ってクリスが本音を言う。その言葉を受けて
「――仲間、か。なんか――サンキューな」
 この言葉は恐らく本音だろう。人は本当に感謝をする時、自然と言葉を紡ぐというが、真が今述べた言葉はまさにそれだろう。
「ん、許す! だから――これからは、何かをしようとする時は全部話して!」
 クリスが涙を浮かべて真に嘆願する。
「ん――分かった」
 短く、だがしっかりと、全員の目を見て真がそう返事をする。
「うむ――して、どうする?」
 エリーヌがどうすると聞いたのは、これからどうする? という事ではない。 メサルティム討伐を報告する方法である。 戦国時代に倣い、首級みしるしを本来なら持っていくべきなのだろうが、炭化してしまっているため、触れた箇所からボロボロと崩れ、討伐を証明するものが持ち帰れないのである。 もっとも、炭化していなくても、生首を持って帰る度胸は真には、ない。 どうしようかとエリーヌが悩んでいると
「これでいいんじゃないでしょうか?」
 テテが何かを発見し、草原のある場所を指さしている。
「あぁ、なるほど!」
 エリーヌが頷き、それを拾い上げると
「これはマコト殿が持っているべきだろう」 
 拾い上げたそれをまことに差し出してくる。
「でも――」
「気にする必要はない。メサルティムを討伐したのはマコト殿だ。この場にいる誰もが納得している」
 そう言ってエリーヌがまことにそれを押し付け
「では、ガルシア殿のところに戻ろう!」
 四人の先頭に立ち、草原をガル爺の店に向かって帰るのである。


 メサルティムを討伐し、報告と自慢するためガル爺の元を訪れた四人は
「もう飲めな~い」
「マコト殿! 私の酒が飲めないのか?」
「まだまだ! あと百杯はいけるわよ~」
「zzZZZ」
 ぶっ壊れていた。 メサルティム討伐の報告を聞き、真からメサルティム討伐の証である『白羊の剣』を見せられたガル爺が
「今夜はおごりだ! 盛大にやれ!」
 と言ったのがきっかけである。
「お前らそろそろ帰れ!」
 さすがに夜も更け、大騒ぎしすぎたためもあり、帰宅を強制される四人であるが
「あと一杯だけ!」
 クリスがガル爺に懇願する。 しかし
「ダメじゃ! 明日は朝一番に討伐の報告をするのじゃろう? そろそろ帰らんと集合時間に間に合わなくなるのではないか?」
「「「「――――――――」」」」
 ガル爺の何気ない一言であるが、今の四人には会心の一撃だったようである。 明日の朝一番に、敵の大将を討伐したことを報告しなければ、ハンターたちとモンスターの大群による戦闘は避けられないだろう。 まだ飲み足りないと嘆くクリスを引きずり、それぞれの寝床に帰ってゆく。 翌日
「起きろクリス! 寝坊だ!」
 日は既に高く上り、時刻が朝を通り越して昼近くになっている。 昨晩、魔王軍幹部の腹心メサルティムを討伐した英雄は、盛大に寝坊していたのだった。

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