【旧】チート能力を持った高校生の生き残りをかけた長く短い七日間

北きつね

マシュホム領解放

すでに、街の入口に転移門トランスポートが設置されていると、カエサルからの報告があがってきている。マガラ神殿からマシュホム街にミルとイリメリとだけで転移した。街は、驚くほど静寂に包まれていた。
整備されている街道には人が居ない。というよりも、人の気配が感じられないのだ。「カエサル。領民はどうしている?」「あっはい。それを含めて、領主の館に来て下さい。」
無人の街道を領主の館に急いだ。それで全部が氷解した。領民は、領主の館に集まっていたのだ。全員ではないという事だが、6割前後の人間が押しかけているのだ。
館までの道が領民で埋め尽くされているような状態だ。「どういう事だ?」「・・・はい。私達が、街を取り囲んで攻めようとしていた時に、守備隊と思われる者が、交渉を求めてきたのです。」「交渉?」「はい。そのものを連れてまいります。」「カエサル。その前に、涼味がここに集まっている理由は?」「あっはい。食料を求めてです。」「食料?アッシュやサリーカの推察では、食料はまだまだ有って籠城戦をやられると困るからと言う事で、一番最初にしたんだが?」「・・・そうですね。食料は沢山有りました。」「有りました?いいよ。どうした何が有ったんだ?」「私からだと推測になってしまいます。そこで、守備隊の者とお会いして聞いて頂けるのが一番だと思います」
イリメリがなんとなく悟ったようだ。「リン。守備隊の人と会って話そうよ。なんだか、気分が悪い話しになりそうだから、当事者の方が話しやすいと思うよ。」「そうだな。カエサル。どこに行けばいい?」「あっはい。近くの宿屋を臨時の休憩所にしています。そちらにご案内致します。」
カエサルを先頭に、横道に入って5分ほどの場所に"The宿屋”という様な趣の宿屋が存在していた。入り口に、ヒューマと数名が立っていた。「リン様。こちらに」今度は、ヒューマを先頭に宿屋の3階に上がった。そこには、男女二人が直立不動で居た。緊張している事が伝わってくる。案内されるまま、僕は”お誕生日席”に腰掛けた。左隣をミルが右隣をイリメリが。そして、いつの間にか、トリスタンが肩の上に乗っている。
「リン様。この者達が、マシュホム街の守備隊の者です。」
「リン=フリークス・テルメン・フォン・マノーラ侯爵閣下。初めて御意を得ます。マシュホム街守備隊隊長のニコルスキーといいます。本日は、面会のご機会ありがとうございます。」「同じく、マシュホム街守備隊隊長補佐のグレッドウィンといいます。よろしくお願いします。」
「うん。ニコルスキーとグレッドウィンだね。まぁまずは腰掛けて、それから話を聞かせてよ。」「はっ」「はっ」
「それで、カエサルから聞いたけど、君達が交渉を求めてきた守備隊なの?」「いえ、正確には、交渉に出向いたのは、私の部下です閣下」「閣下も侯爵も辞めて欲しいな。僕の頃は、リンと呼んでいいからね。閣下や侯爵と呼んだら、交渉はしないからね。解った?」「・・・はい。リン様。私の事は、ニコルとお呼び下さい。」「リン様。私の事はグレッドと呼んでいただければ幸いです。」
「わかった、ニコルとグレッドだね。それで、何が有ったのか順番におしえて。」「・・・はい。」
ニコルが話し始めるのは、御前会議の時まで遡った。御前会議の前から、ミヤナック家が何らかの処罰を求めた動議を発動するではないかと噂が出ていて、それに対抗するために伯爵は武力に訴える事にして、守備隊の多くを引き連れてニグラに向かった。まずそこで問題が生じた。守備隊を連れて行く事自体は問題ではなかったが、連れていくだけでも物資は必要になってしまう。その為に、マシュホム街や近隣の村々から物資を徴収したのだ、残る事を命令された、マシュホム家の三男にはレインが渡されて、それで物資を買い集めて、領民や村々に配布せよと命令されていた。御前会議の日時がすぎ、伯爵が戻ってくる予定になっても、伯爵はもどらずに書簡で、残りの守備隊も隊長以下数名だけを残して、全員アドゥナ街に集結せよと命令書が送られてきた。物資に関しては、以前渡したレインで買い揃えて来るようにと書かれていたのだという。
ここまでは問題はさほど起こっていなかった。守備隊の隊長として、領主代理をされていた三男の所に、物資の手配をお願いしに行った時からおかしくなっていった。
三男は、渡されたレインを全て自分の為に使ってしまっていた。その為に、守備隊に持たせる物資を用意出来ないだけではなく、領民の食料もなくなってしまう状態になっていた。なんとか、隊長や残る守備隊がなんとか工面してアドゥナに向かう守備隊に物資を持たせる事が出来た。最初の頃は、領民もなんとか切り崩したりして物資を確保していたが、商隊が来なくなってしまって、三男は自分の所に居る人間たちを使って、村々から物資を徴収し始めた。村々では抵抗しようにも、最低限の人間しか残っていない事から、それも出来ない現状になってしまっていた。守備隊としては、サボタージュを決め込む事も出来ずに、街の守備だけを行っていた。
そこに、近隣の街や村が、占拠されたという知らせが入った。迎撃も出来ず、かと言って籠城するにも物資が少ない上に守備隊の数も少ない。三男から指示が出たのは、全ての門の前を塞がれた状態になってからだった。『俺たちをアドゥナまで逃がせ』が命令だった。それも、残っている守備隊全員で警護しながら夜陰に紛れて逃げるという物だった。逃げ出す時に、混乱が有ったほうが良いだろうと言い出して、領内に火を放って、混乱しているすきに逃げ出すと言いだしたのだ。
その夜ではなく、次の日に実行される事になった。隊長と補佐は二人で話し合って、このままでは、何の罪もない領民が飢えて死ぬか、火事で焼け死んでしまうかになってしまうと思い、包囲している隊に交渉を持ちかけたのだ。
カエサルとヒューマには、領主に連なる者以外は殺すなと厳命してあったので、それに従って、二名は隊長と補佐に話を聞いて、領主代行の捕縛と抵抗する可能性がある者の捕縛と引き換えに領民には一切の危害を加えない約束をした。
そして、昨日の夜に領内から逃げ出そうとするルートを先に聞いていた、カエサル達は待ち伏せをした。領内に火を放つ役目は守備隊の人間だったので、捕縛したがすぐに解き放たれた。
「うん。そこまでは理解できた。それで、領主の館に領民が集まっている理由は?」「・・・それはですね。」「気にしないで言っていいよ。」「っはい。『領主がレインだけではなく、食料も隠し持っている。』と噂が流れ出して、領民が取り返そうと、館に集まってきたのです。」「それで、館はどんな状況なんだ?」「守備隊も居ませんし、警備兵も全部アドゥナ領内に行っています。三男と一緒に居た人間だけですが、それも拘束された状態でして・・・」「ようするに、どんな状況なのか解らないが正解なんだな。」「はい・・・・。」
「それで僕に何を交渉したいんだ?」「・・・はい。私と守備隊の命をリン様にお預けいたします。その代わり、領民には関大な処置と、出来ましたら食料の提供をお願いいたします。」「お前たちの命なんて貰ってもな・・・。それよりも、領主代行の三男の安否は?」「わかりません。申し訳ありません。」「そうか・・・。」
死んでいるだろうけど、身柄は抑えたいな。アドゥナ街に送りつける必要があるからな。
「カエサル。ヒューマ。」「「はっ」」「街の入口は三箇所あるだろう。その三箇所で、食料の配給を始めろ。水とポーションも必要なら渡してやれ。」「「はっ」」「イリメリ。悪いんだけど、マガラ神殿やマノーラ神殿から物資の搬送を手配してもらっていい?」「了解。どのくらい?」「エミールかアッシュに、マシュホム街の人口がどのくらいか確認して、3日程度安心出来る位の量を搬送して」「代金はどうする?」「そうだな。ニコル。グレッド。領民を助ける物資のレインは、お前たち残った守備隊につけておく。”働いて”返せ。いいな。」「・・・・解りました。」「・・・・わかりました。リン様。働くとは?」「ニコルお前を、臨時の代官に任命する。レインを返し終わるまで、お前はこのマシュホム街の代官だからな。グレッド。お前は、そのままニコルの補佐をしろ。二人とも拒否権はない。」「・・・はい。」「俺でいいんですか?」「いい。もっと適任者が出てきたら、変わるだけだからな。」「解りました。謹んでお受けいたします。」
「納得したら、さっさと領民に、入り口で食料と水の配給が始まると行って来い。それから、領主の館から物を持ち去ったり、破壊した者は正直に名乗り出るように言っておけ、今日中なら”何を壊して”も問題にしないし、持ち去った物も今日中に返すのなら、問題にはしないと伝達しろ。」「はっ」「かしこまりました。」
二人が勢い良く立ち上がって、一礼して部屋から出ていった。「リン。良かったの?」「何が?」「多分、三男と取り巻きは殺されているよ。」「だろうね。自業自得だし、気にしてもしょうがないよ。それに、犯人を罰する事なんて出来ないからね。かと言って褒美を出せるような事でもないよね。」「まぁそうだね。物資も良かったの?かなりの量になるよね」「うん。まぁ領民には罪はないし、ここでばらまいておけば、僕の名前が広がるだろうからね」「優しいね。リン。」
なんとなくいい雰囲気になっていたが「雰囲気だしている所申し訳ないけど、リン。マガラ神殿からの配送の手配終わったよ。」「イリメリ。ありがとう。足りそう?」「うん。十分だよ。」「イリメリ。早すぎ。折角、リンと二人っきりだったのに・・・。」「ミル。あんたね。」「だって・・・」「いいわよ。でも、次は私だからね」「考えておく。」なんか、イリメリとミルが言い争っているけど、突っ込んでもきっといいことは起きないだろうから無視する事にした。
「あるじさま。あるじさま。」首に巻き付くように休んでいると思ったら、いつの間にか寝ていたトリスタンが起きた。「どうした?」「何かする事ある?」「トリスタンが?」「うん。」「そうだ、外の様子を見てきて欲しい。僕達が行くと全体が見られないかもしれないから、空から領主の館の周りに人が居なくなったら教えて」「わかった。行ってくる。」
領主の館に領民が居なくなってから、場所を領主の館に移動した。荒らされては居たが調度品などは剥ぎ取られたりしていたが、幸い書類などは手が付けられていなかった。鍵を壊してまで部屋に入るような事はしていなかったようだ。ニコル達が最低限の事はしていたようだ。
食堂の奥の食料庫は全部が持ち出されていたが、これは致し方ない。領主の部屋は、守られていたが、カエサル達が言っていた食堂には、縛られたまま事切れている男が8名横たわっていた。一番上等な服を着ているのが、三男だろう。眷属に言って、全員を箱に詰めて、アドゥナ街のマシュホム伯爵宛に届けさせる事にした。
流石に、食堂に居続けることには抵抗があったので、比較的広い部屋に腰を落ち着ける事にした。
外からの喧騒が一段落した時に、ニコルが戻ってきた。「リン様。ありがとうございます。領民を代表してお礼を・・・。」「いいよ。それよりも、足りそう?」「あっはい。大丈夫です。」「あぁよかった。今日は無理だけど、明日には商隊も来ると思うからね。」「え”本当ですか?」「あぁそうだ、イリメリ。ギルドの設置も大丈夫なんだよね?」「うん。ヘルダーにお願いして、ギルドの設置が出来る人員も送るように言ってあるよ」「あぁありがとう。」
ギルドができれば、最低げのセーフティネットが出来るだろう。領民が登録してくれれば、最悪アドゥナ街から伯爵が戻ってきても対抗出来るだろう。暫くは、眷属を駐屯させていけばいいだろうからな。
「それから、リン様。」「なに?」「領主代行を殺したと申し出てきた者がいますが・・・。」「イリメリ。ミル。この館に来た時に、人の死体とか見つけた?」「僕は、知らない。”物”しかなかったよ。壊れて動かなくなった”物”は有ったけど、人なんていなかったよ?」「イリメリは?」「私も来た時には、何もなかったよ。殺したのなら、死体なりが残っているだろうけど、何もなかったから、殺したって言うのが間違いなんじゃないの?」
「って事だけど、ニコル。その人達の勘違いじゃないの?もし、それでもどうしても殺したと言ってくるようなら、お前たちの部下として、レインの返済を手伝わせろ。いいな。」
にこやかな顔になって、一礼して部屋から出ていった。「カエサル。他の街は言った通りにしてあるのか?」「はい。代官にまかせてあります。ただし、屋敷のドアや鍵は全部壊してあります。」
うん。後は、街の人間が捌いてくれるだろう。問題がある人物なら、領民が許さないだろうし、この街の情報が他の街に伝われば、街を捨てて、この街に移り住んでくるだろう。商隊の派遣も始まるし、情報も順次ばらまき始めるから判断出来る状況にはなるだろう。
「ニコル。」「はっ」「僕の為に働こうとか考えなくていい。領民の為に働いて欲しい。」「わかりました。リン様達から受けた御恩は必ず返したいと思います。」「高く付くぞ。」「大丈夫です。死ぬまで働いて返します。」「そうか、それじゃ返し終わるまで死ぬことは許さないからな。」「はっ」「グレッドもだからな。」「かしこまりました」
領民の事を第一に考えて動いた奴らだから、問題にはならないだろう。政治的な手腕なんて、この歳、前領主よりましであればいい。歴史に名前が残るような政治家にならなくても、領民を飢えさせない領主になってくれればいい。
マシュホムの領地を全て僕の配下に置くことができた。これで、残るはホレイズとアドゥナになった。ここまでは、大きな戦いにはなっていないが、これからは戦いは避けられないだろう。
「まずは、ホレイズだな。」

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