【旧】魔法の世界でプログラム

北きつね

逃避行

--- 王都民 Side ---数日前に、皇太子様の使いを名乗る者が、儂の宿屋にたずねてきた。近隣の店も回っているようで、集まって欲しいと言われた。貴族様のその上の存在が、儂等の様なものになんの用事があるのかと思った。
集められた人数は、本当に近隣に住む者達全員の様だ。儂の所も、息子夫婦と孫まで、必ず居るように言われている。皆同じようだ。
「おい。何が始まるのか聞いているか?」「いや、今日必ず、家族全員で来るように言われただけだ。それに、来なかったら、命の保証ができないとまで言われたからな」「・・・儂の所と同じだな」
脅された感じにはなるが、皇太子様の使いである事から、無碍なことはしないであろうという認識だ。これが、王弟殿下なら、娘や孫は逃して、儂もさっさと逃げ出す事を考えるだろう。
集められている部屋の中には、ざっと300名程度居る。話を聞くと、王都民に声を替えているのだと話していた。
王都に人がどのくらい居るか解らないが、かなりの回数をやらないとならないのだろう。それにしても・・・
前面のドアが開いた。そこには、皇太子様と多分フォイルゲン辺境伯様だろうか、並んで来られた。
そして、いきなり頭を下げた。”え?”
みな同じ思いで、二人を見つめている。貴族様だけでも雲の上の存在なのに、そのさらに上の人が、床に頭を擦り付ける位になっている。登場した時の、ざわざわした雰囲気が一気に静まって、今は、息遣いがうるさく感じてしまうくらいだ。
「皆。私は、カールハインツ・フォン・アーベントロートという。皇太子などと呼ばれているが、今はその事を忘れて欲しい。皆に集まってもらった事を、説明する」
皇太子様から、告げられる事は、本来なら儂らの様な人間に知らされる事がない事だ。王族間の争いが発生するという事だ。そして、皇太子対王弟の図式になっているということだ。最悪な事に、王弟側は準備を整えているのに、皇太子側は準備ができていなくて、負けるだろう事を、包み隠さず話してくれた。
それだけでも驚愕に値する事だが、皇太子と辺境伯は、その中で、もっとも被害を受けるだろう、儂らを逃がすための方策を考えたので、それに従って欲しいという事だ。
もちろん、従うかどうかは、儂らの判断に任せるという事だ。その方法が、ノース街に逃げる事だ。ノース街は、ここ数ヶ月で大きくなった街で、ライムバッハ子爵が統治している街だ。迷宮ダンジョンがあり、冒険者や商人などは、王都から、ノース街に拠点を移動する者も出始めている。その街が受け入れてくれる事になったらしい。
問題がまったくないわけではない。ノース街に行くための街道には、結界が貼られていて、許可された者しか通られない。
皇太子様と辺境伯様は、一通りの説明と謝罪を述べた後で、人を残して、次の場所に向かうと言っていた。最後に、もう一度だけ謝罪された。貴族の、それも辺境伯や皇太子が謝るとは儂を始め、誰も考えていない。
残された文官が、これからの事の、説明を始めた。簡単に言えば、ノース街に行く為の方法だ。北門から出る時に、結界を通り抜ける魔道具を渡された。そこに、魔力を登録する事で、本人以外は使えない物になるという。
そして、大事な事として、ノース街で、”難民”として受け入れてもらうか、”住民”となるかで対応が違ってくると説明された。難民なら、暫くは、ノース街で、衣食住を提供してくれるが、3ヶ月だけだという事だ。3ヶ月経った時に、ライムバッハ子爵と交渉する事になる。その時の代表を、3ヶ月間で決めて置かなければならないと言われた。住民となるのなら、王都に戻ってくる事ができなくなる。その代わり、今住んでいる場所を、皇太子か辺境伯かライムバッハ子爵が、相場で買い取ってくれるという事だ。その金を持って、ノース街に移動して、家を買ってもいいし、商売を始めてもいいと言われた。相場でいうと同じ広さなら、ノース街で買うと、王都の2/3程度で買えるらしい。それに、商売をする物に取っては、これからの街だから、チャンスが転がっている。ただし、ノース街が、今度発展する保証はできないと言われた。すぐに結論を出せとは言わないが、今日しかチャンスがなく、ここから出てしまったら、ノース街の結界に入る魔道具も自分で準備してもらう必要があると言われた。
何人かが質問している。”王都で何かが発生するのは間違いないのか?”答えは、”そう考えている。ただ、起きても被害が少ない事も考えられる”
”王弟が王位を継ぐのは決定なのか?”答えは、”皇太子様達は、そうならないようにするとは言っているが、分が悪いと言わざるをえない”
”もし、ノース街に移住を考えて、家を売った後で、王都で何もなかったら、家は戻してくれるのか?”答えは、”買った金額でお売りします。あと、数日間、生活にお金が必要でしょう。その場合には、話し合いましょう”
だった。概ね。こちらの事を考えてくれていると思う。儂は、嫁と子供と孫と話をした
「それから、ノース街には、子供なら誰でも通える学校があります」「それは、誰の子供でも通えるのか?」「・・・えーと。そうです。”給食”が昼に出ます。あと、計算や文字の読み書きを教えているそうです。あと、子供を学校に通わせていると、子供の人頭税はかからない様になる・・・そうです」
”なにぃぃ!!"「あ・・・申し訳ない」”そうだよな・・・”
「子供だけじゃなくて、大人も人頭税はかかりません。子供は、学校に通っていれば、神殿の加護は、何度でも無料で受けられます」”え?”
皆の頭にはてなマークが浮かぶのが解る。儂もそうだ。そんな事をして、ノース街。ライムバッハ子爵に何のメリットがある?
”子爵はなんでそんな事を・・・”「それは、子爵に聞いて下さい。私は、制度を説明しているだけです。あっ難民を選んだ皆さんも、学校にはいけますし、人頭税も取らないと言っています」
”子爵家はどうやって・・・”「それは、私も気になって訪ねました。商売をされる方には、説明が再度あるそうですが、”消費税”なる物を徴収すると言っていました」
”消費税?”「はい。今までは、一律で子供でも大人でも、税金額は同じ、人頭税でしたが、ノース街は、それらの税金を廃止して、消費=使ったお金に税金がかかる仕組みです」
”??”「例えば・・・そう、宿屋ですよね?」「儂か?あぁそうだ」「今、人頭税でいくら払っているかわかりますか?」「おい。いくらだったか?」「全員で、大銀貨216枚を、年間で納めています」「あっ6人家族なのですね」「え?あぁそうだ」「そう、王都ではそれでも安くて、一人大銀貨3枚です。30,000ワトを収めてもらう事になっています」
「あぁそうだ」「ノース街では、それがなくなります。その代わり、宿屋は、一泊いくらですか?銀貨5枚だ」「5,000ワトという事ですね。その時の消費税は、50ワトになります」「それをどうするのだ?」「はい。宿屋の場合には、泊まった人が、ワトを消費したので、5,000ワトを消費する時に、50ワトを、子爵家に収めます」「?それは、泊まった奴が、子爵に払うのか?」「いえ、それでは面倒ですので、旦那さんが、毎日でも、週間でも、月間でも、構わないので、ノースの行政区に申請して、治める事になります」
「?」「そうなりますよね。それは、ノース街で詳しくやり方を聞いて下さい。私が試算した所だと、子供が多い家庭では、年間の税金が半分以下になります。反対に、一人暮らしの人だと割高になると思います」”家族者が優遇か?”
「そうですが、一人者で商売されたり、冒険者になっている場合には、かなりの確立で、税金が安くなるそうです」”そうなのか?”
「はい。ですから、独り身で、王都に家がない場合などは、ノース街に難民で入って、拠点を探してみるのも良いかと思います」
そこに集まった者達は、個別に相談したり、話をしたりしている。「儂は・・」「ノース街に行きましょう。ここで、骨を埋める義理はありません。それに、学校に通わせる事が出来るのもいいことです」「そうだな。宿屋も、ノース街の方が、客の入りが多そうだな」「そうですね。アナタも気がついていたと思うけど、最近の泊り客は、以前と違って、一泊だけして、そのままノース街に向かってしまう事が多いですからね」「あぁそうだな。まだノース街は宿屋も少ないと聞く、今ならいい場所が確保出来るかもしれないな」「えぇそうですわね」「わかった、ノース街に行こう!」「アナタ。王都で何も無くても、ノース街に行けないか聞いてみてくださらない?もしかしたら、早く動いたほうがいいかもしれませんよ」「そうだな」
儂は、説明してくれていた、奴を捕まえて、話を聞いた。答えは、明快だった、ノース街として、すぐに来てくれるのは、歓迎するという事だ。その上、本来なら、王都から出る時には、税金を払う事になっているが、これも免除されるという事だ。
本来なら、逃避行なるはずの旅程も、今なら自動馬車ゴーレム馬車での移動が可能で、その手配もしてくれるらしい。すぐに順番待ちに加えてもらった。
何か、魔道具に向かって、話しかけていて、にっこり笑って、紙を渡してきた。順番は、37番と言われた。明日の昼くらいの便になると思うと言われたので、結界を超える魔道具を貰って、急いで店に戻った。家財道具や商売道具を詰めた。ノース街には、オーナがいない宿屋がまだ50軒程あって、それぞれ値段が決まっているらしい。それを早いもの順で決めていって言いそうだ。儂は、その順番も3番目と言われた。かなりいいところがキープできそうだ。部屋の内装を始め、全て揃っていて、すぐにでも始められるようになっていると言われた。そんな物件が50軒も残っている。儂より先の二人が選んだとしても、48軒から選べるのは、大きい。そして、王都の宿屋の売買金額と同じ金額の店を見つければ、それこそ、借金無しで始められる。もし、もっといい物件を望んだとしたら、ライムバッハ子爵家が、無利子で貸し付けてくれるらしい。だが、大きな所では、儂と家内だけでは回らない可能性もある。ノース街までの、3日間で、家内や子供たちとゆっくり話し合って決めればいい。その為に、”物件の一覧”という冊子も貰った。2つ程、×がついているのは、すでに決まったのだろう。家族には、残っている物件なら、どれでも選べる事も告げている。
そして、物件を見て・・・ぶっ飛んだ!!
半分の宿屋に、大浴場がついている。1/4の宿屋には、個室にも風呂とトイレがついている。そして、宿屋は、迷宮ダンジョンの入口にも近い所に固まっている物と、少し離れた場所に立っている物がある。少し離れているのは、注意書きで”貴族が泊まる高級宿屋を希望”と書かれていて、値段もそれなりにする。
そして、殆どの宿屋が、宿の店主。儂らの住む家が別になっている。一部の大型の宿屋には、従業員が住む場所を持っている物もあった。
「アナタ・・・どうします?」「あぁ正直、困惑している。それに、値段を見たか?」「・・・はい。ほぼ全ての宿屋が買えてしまいます」
従業員も、難民から従業員を雇ったら、難民の補助が出ている間は、出し続けると明記されていた。
「どうする・・・も、何も、あまり大きくしたら、手に負えなくなる」「そうですね。従業員を入れるのは・・・。でも・・・」「あぁそうだな」
獣人族やエルフ族の従業員を雇うと、冒険者ギルドと商人ギルドから、優先的に紹介してくれるという。「アナタ。一つ、私の我儘を聞いて頂けませんか?」「なんだ?」「はい。以前、アナタが言っていた事をやりませんか?」「儂が言っていた事?」「はい。食堂を持った、宿屋を作りませんか?」「・・・」「ほら、この物件を見て下さい」「おぉぉ」
その物件は、1階部分が、食堂になっていて、2~3階が宿泊施設になっている。周りには、宿屋しかなく、食事処は無いようだ。部屋数も、全部で20部屋。食堂の裏に、大浴場が3つある形だ。家の部屋数も多い。
「そうだな。この物件を見て、皆が気に入ったら、ここにするか?」「はい」「そうしたら、お前が料理を作ってもいいし、料理人を探して雇ってもいいだろうな」
子供たちも、学校の事や、新しい家の事を考え出していた。王都を出る時の不安な表情はもう見せないでいる。
逃避行だが、逃避行じゃない。新天地で、儂たちは、新しい生活を始める。そんな気持ちで一杯になっていた。
--- 宰相 Side ---「宰相。急ぎますよ」「解っています。ロットナー子爵」「その・・・子爵というの、辞めてもらえないでしょうかね?」「なぜだ?」「なれないからです!」
儂と、ロットナーと、モルトケで王宮を出た。
皇太子とフォイルゲンが、王宮の中を引っ掻き回すと、言っていた。最初、儂も残るつもりじゃったが、邪魔だと言われた。モルトケも同じだ。二人の方が、動きやすいと言われてしまった。それに、儂がユリウス殿下の所にたどり着かなければならないのも事実だ。
その時に、ロットナーとモルトケが犠牲になるかもしれない。それを解った上で、皆動き始めている。
王宮の出入り口は、豚と猿と馬の軍勢で封じられている。ロットナーが力づくで、こじ開けると言ったが、辞めてもらった。儂が、その後で逃げられるとは思えないからだ。
モルトケは、何か秘策があると言っていたが、聞いていない。
王宮には、いくつか隠し通路がある。儂が知っている物は、豚や猿は知っているのだろう。ロットナーが、軍部に伝わる通路を知っていた。これは、陛下に何か有った時に、玉座近くに、外から助けに入る為の物だ。陛下が逃げ出す時にも、使える通路になっているらしい。ただ、場所が玉座の近くというのが問題だ。今、ご満悦な豚が座っているだろう。気を見るしか無い。
隠れていた秘密の部屋から外をうかがっている。なにやら騒がしい。”皇太子を見つけた”と騒いでいる。
ロットナーを先頭に、次に儂が続いて、最後にモルトケが続いた。
隠し通路は、玉座の部屋に隣接した、控えの部屋にある。誰にも見つからずに、そこまで行くことができた。幸いな事に、通路は開かれていなかった。隠し通路に入る扉を開いた時に、猿の部下に見つかった・・・。
ロットナーを先頭に隠し通路を急ぐ。どのくらい走ったのだろうか、後ろから、追ってくる音が聞こえる。
外への扉が見えてきた。ロットナーが扉を開けて、外に出た。そこは、北門の近くだ。北門を抜ければ、結界があって、猿の部下はおってこられない。
北門までの500m位を走りきれば、儂らの勝ちだ!
儂が扉から出る。儂が扉から出たら、モルトケが、続いている・・・はずだ!
「ロットナー!モルトケが・・・中に残されている!助けに行かなければ」「宰相。モルトケ殿は、自ら残られたのです」「なに?」「儂らを逃がす為に、あそこで、追手を、食い止めるつもりなのです」「そんな事が・・・。自爆か?」「はい」「ロットナー知っていたな!」「申し訳ない。モルトケ殿が持っていた魔道具は、私が持っていた物です。逃げる時に、モルトケ殿にバレてしまって・・・儂が死んでしまったら、宰相をノース街まで守れなくなる。だから、モルトケ殿が道を塞いででも、追手を食い止めると・・・・」「・・・すまん。わかった。急ごう・・・・・・・モルトケ殿。すまん」
儂たちが出てきた。通路から、爆発音が聞こえる。出口だけではなく、通路までも塞いでしまったようだ。
モルトケ殿。すまん。ヴァルハラで会った時に、存分に文句を言うからな。そのつもりで待っていて下さい。絶対に、エルマールやホルストやカールハインツ様と酒盛りをして、私達を笑っていないようにして下さい。
絶対に、貴方たちの事は忘れません。そして、無駄にしません。次世代に必ずつなげます。必ず、ユリウス殿下に・・・・。

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