もしも一つだけ願いが適うなら【上】

モブタツ

  まき姉ちゃんは病気のことを話してくれなかった。気を使われるのが嫌なのだと。それだけ言って、他は何も教えてくれなかった。
「忍君は、どうして入院してるの?」
「…分からない」
「分からない?」
「…うん。お父さんが教えてくれないんだ。どこも悪くないはずなのに…」
「そっかぁ…それはよくわからないねぇ…」
  それでも、少しだけまき姉ちゃんは教えてくれそうだった。
「…よし。忍君も少し教えてくれたし、私が退院する時に教えてあげる!それまでは我慢ね!」
「えぇ〜…今教えてくれてもいいじゃん…」
  中庭を散歩した日、まき姉ちゃんと交わした約束は、守られることはなかった。
…いや、厳密に言えば、しっかりと守られた。
  でも、それは俺が望んだ形ではなかったのだ。
「そっかぁ…それはよくわからないねぇ…」
  それでも、少しだけまき姉ちゃんは教えてくれそうだった。
「…よし。忍君も少し教えてくれたし、私が退院する時に教えてあげる!それまでは我慢ね!」
「えぇ〜…今教えてくれてもいいじゃん…」
  中庭を散歩した日、まき姉ちゃんと交わした約束は、守られることはなかった。
…いや、厳密に言えば、しっかりと守られた。
  でも、それは俺が望んだ形ではなかったのだ。

  3人で中庭を散歩した日から数日が経ったある日、俺とまき姉ちゃんは特別な許可を得て、近くに外出させてもらうことになった。
  もちろん、万が一のことがあった時のために看護師も一人付いている。
  外出と言っても、大して遠くにはいかなかった。
  病院付近に引っ越してきたのが最近だったまき姉ちゃんは、商店街があることも知らなかった。俺はそのことを聞いた時、引っ越してきたばかりで入院することになったとは、本当にかわいそうだと思った。
「ねぇねぇ、忍君!商店街って、いっぱい人がいるんだね!」
  父さんと夕飯の食材の確保のために何気なく使っていたこの商店街を、彼女は目を輝かせて見ていた。
…そんなに楽しいものなのだろうか。
「二人とも、遠くに行ってはダメよ?」
  看護師のお姉さんは姿勢を低くし、俺たちに目線を合わせてそう言った。
「忍君!お肉屋さん!」
  まき姉ちゃんが勢いよく指をさした先には、いつも父さんが肉を買ってくる店があった。
  肉屋には、ガラス一枚の先にズラリと並べられた肉の隣に、コロッケを売っている場所が隣接されていた。
  入院する前は、よく父さんが買ってくれたものだ。
「あそこのコロッケ、美味しいよ」
  俺の言葉を聞いた途端、彼女はキラキラとした目をこちらに向け、無言で視線を送り続けてきた。
「…まき姉ちゃん…あれ食べたいの?」
「うん!」
…これじゃあ、どっちが年上か分からないよ…と心の中でツッコミを入れつつ、外出前に父から受け取っていた千円を取り出し「コロッケください」と注文をする。
  作り置きされていたが、まだ出来上がってからそれ程時間は経っていなかったようで、受け取った紙袋の上からも熱が伝わってきた。
「…はい」
  嬉しそうに受け取り、紙袋の中を眩しい笑顔で見たまき姉ちゃんは、突然笑顔が消え、今度は俺に視線を向けてきた。
「忍君の分は?」
「僕はいいよ。いつも食べてるから」
  うーん…と唸り始めるまき姉ちゃんを見て、元気な子だなと改めて思う。
  芽衣は「いつも絵を描いてばかりで静かだ」とは言っていたが、とてもそんな風には思えなかった。
「じゃあ、はい!忍君の分!」
  紙袋を使って器用に半分に切られたコロッケを差し出してきた。
「いや、僕はいいって…」
「いいの!二人で食べる方が美味しいし!」
  俺は、彼女の勢いに負け、渋々コロッケを受け取った。
  近くのベンチで一休みしていた看護師のお姉さんが、微笑みながらこちらを見ている。
  まき姉ちゃんと食べたコロッケは、いつも食べているものと一緒のはずなのに、少しだけいつもより美味しく感じた。

  結局、その後は商店街の中を案内し、時間があっという間に過ぎて行ってしまった。
「ここは何のお店?」
  帰り際、まき姉ちゃんが指をさしたお店は雑貨屋さんだった。
「雑貨屋さんね。二人とも、最後にここを見たら帰ろっか」
  中に入ると、ご当地キーホルダーから茶碗やお菓子、木刀なども売っていた。
  奥まで入ると、手作りのアクセサリーを売っているコーナーがあり、そこで彼女の歩みが止まった。
「忍君。提案があるの。」
「ていあん?」
「そう。考えがあるってこと」
「なに?」
「この中から、好きなやつを一つだけ選んで、お互いプレゼントしない?」
  まき姉ちゃんの提案に少し驚きながらも、俺はその提案に乗ることにした。
「じゃあ、渡すまでのお楽しみね!」
  それだけ言い残すと、まき姉ちゃんは鼻歌を歌いながら少し離れたところへ歩いて行った。
  俺はまき姉ちゃんに渡すものを探さなければ。
  ズラリと並んだ…というと、少し大げさになってしまうが、手作りのアクセサリーが並んでいる。
  どれも一点ものだ。同じ見た目をしている物はなく、一つ一つ心を込めて作られているのが分かった。
  左から右へ。視線をゆっくりと動かしていく。
  完全に右端へ行く直前、俺の目はそこで止まった。
  青いネックレス。
  直感で、これがまき姉ちゃんに合うものだと確信した。
「すみません、これください」
  近くにレジがあったため、すぐに購入することができた。

  先に店を出て、看護師のお姉さんと一緒に、まき姉ちゃんが店から出てくるのを待っていた。
  五分くらい経った時、ようやくまき姉ちゃんが店から出てきた。
「お待たせ〜!はい!これあげる!」
  勢いよく差し出された紙袋の中には、赤いブレスレットが入っていた。
「うわぁ…綺麗…!」
「でしょ!?すごい綺麗だよね!忍君に合うと思ってさ!」
「よかったわねぇ、忍君」
「ありがとう…!」
「どうしたしまして!」
  ブレスレットに見とれていると、まき姉ちゃんは、コロッケをねだってきた時と同じ表情でこちらを見つめてきた。
  あ、そうだ…自分からも渡さないと。
「えっと…僕からは…これ」
  果たして喜んでもらえるのだろうか。そんな不安が頭を過る。
  しかし、紙袋の中から青いネックレスを取り出し、大はしゃぎする彼女を見て、その不安はどこかへ消えてしまっていた。
「すごぉ〜い!ありがとう忍君!すごい嬉しいよ!」
「よ、よかった…」
  まき姉ちゃんから来る勢いに押されつつ、俺は笑顔で応える。
「まきちゃんも、よかったわねぇ」
  看護師のお姉さんも、何だか嬉しそうだ。
「忍君!死ぬまで大事にするね!」
  彼女の言葉を聞き、俺はドキッとしてしまった。
  彼女が何気なく放った「死ぬまで」という言葉が、俺の心に突き刺さったのだ。
『…もし自分がいなくなっても、作品が残るから』
  芽衣の言葉が頭の中に響き渡る。
  彼女はどんな病に侵されているのだろうか。
  そんな疑問は、はしゃいだだけなのに異常に息を切らしている彼女を見て、さらに強くなった。
「忍君、どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。僕も、ずっと大事にするね」
「うん!」

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