先輩はわがまま

Joker0808

20

「ただいま~」

 俺はそう言って、家のドアを開けて部屋の中に入る。
 そこで俺は二つの違和感に気がついた。
 一つは、先輩の靴以外に見慣れない靴がもう一足、綺麗にそろえて置かれている事。
 そしてもう一つは、部屋が異様に静かだと言う事。
 いつもは、テレビの音かゲームの音が漏れているハズなのに、今日はそれが無い。
 俺は不思議に思いながら、部屋のドアを開ける。

「先輩、帰ってきま………し……た?」

「どうも、こんにちは」

「あ、はい……どうも」

 部屋の中には先輩以外にもう一人、お客さんが居た。
 俺や先輩よりもずっと年上の女性。
 しかも、とびきりの美人だ。
 服装はレディーススーツを着ていて、出来る女って感じがした。

「初めまして、私は間宮冷華(まみやれいか)。この馬鹿娘の母親です」

「え!? は、母親!?」

 そう言えばどことなく似ている。
 俺は先輩のお母さんを見ながら、驚き開いた口が塞がらない。
 先輩はと言うと、何やら不機嫌そうに頬を膨らませて俺を見ている。

「えっと……は、初めまして、俺はその……娘さんと交際させていただいている岬と……」

「存じて下ります。今日は貴方にお願いがあって参りました」

「え? 俺に……ですか?」

「はい」

 淡々と話す先輩のお母さん。
 一体なんの用だろうか?
 もしかして、同棲に反対とか?
 それは俺も賛成なので、先輩を家に帰らせる口実が出来るので、俺にとっては朗報だ。
 まぁ、一緒に住むのも楽しいけど、流石に毎日求められるのもねぇ……。
 考えている俺に、先輩のお母さんは座って俺の方を向く。
 俺も慌てて先輩のお母さんの前に正座する。

「単刀直入に言います、うちの娘と結婚する気はありますか?」

「は、はいぃぃぃ??」

 先輩のお母さんからのまさかの言葉に、俺は驚き声を上げる。

「な、なに言ってるのよお母さん!!」

「貴方は黙ってなさい! 連絡も全くよこさず、愛生ちゃんに聞いてビックリしたのよ! 同棲だなんて!」

 驚く俺を放って、親子喧嘩を始める先輩と先輩のお母さん。
 俺はそんな二人を見ながら、ただ呆然としていた。
 だって、結婚だよ?!
 就活だってまだ本格的に動いて無いのに、その先の事を言われても……。

「いい、アンタみたいな、見てくれだけ良くて、猫かぶりで、わがままな娘を貰ってくれる人なんて中々居ないのよ? それなら、今のうちに既成事実をつくっておいた方が良いのよ! じゃないと、彼に愛想を尽かされて、すぐに破局よ?」

「うるさいわね! お母さんだって、お父さんに頼ってばっかりじゃない!」

「私は良いのよ、お父さんは私の事を生涯愛してくれるから。問題は貴方よ! コレを逃したら、お見合いか婚活するしか、貴方に結婚のチャンスは無いわ!」

「自分の娘になんて事を言うのよ!」

 白熱する親子喧嘩。
 俺はその様子をただただぼーっと眺めていた。
 だって結婚だよ?
 考えた事も無い。
 それに、先輩と付き合い始めたのは、つい一ヶ月前の事だ。
 簡単に「結婚します」なんて言えるはずが無い。

「失礼ながら、一週間ほど探偵を雇って、岬さんの事を調べて貰いました」

「え?! ま、まじですか…」

「娘の婿です。それくらいしなければ」

「お母さん!」

 憤慨する先輩。
 ここのところなんか視線を感じると思ったら、そのせいか……。

「正直、娘にはもったいない好青年だと感じました」

「え? お、俺が……ですか?」

「はい。バイト先での信頼も厚く、大学の成績も決して悪くありません。それに、友好関係は広く浅く、色々な人との友好関係を持っているようですね」

「ま、まぁ……そうですけね」

「そして、毎日家に帰る時には必ず、コンビニに寄って抹茶プリンを購入していますね?」

「えっと……そうですが?」

「コレは娘の小さい頃からの好物です。貴方は娘への気遣いもしっかりしていて、母親としては、是非娘を貰って欲しいのです」

「お母さん!」

 深々と頭を下げられる俺。
 そう言われて悪い気はしない。
 しかし、簡単に「はい」とは言えない。
 それこそ先輩に失礼だ。
 結婚は簡単にして良いものでは無い。
 俺はそう思っている。
 だから、俺は先輩のお母さんに言う。

「あの……すいません、今すぐに結婚と言う訳には行きません……」

「それは……娘とは結婚を考えてはいないと言うことですか?」

「じ、次郎……君?」

 厳しい目つきの先輩のお母さんと、逆に不安そうな先輩。
 俺はそんな二人に、俺の気持ちを伝える。

「そうじゃありません、僕と先輩……いえ、御子さんは、まだ付き合って一ヶ月です。なのに、簡単に結婚なんて言えません」

「愛に期間なんて関係ないのでは?」

「いえ、俺はあると思います」

 俺は先輩のお母さんに反論する。
 その様子を先輩は黙って見ていた。
 
「俺……最初先輩の事、嫌いだったんです」

「なるほど……無理も無いでしょう、この子は知っての通り、わがままですから」

「はい、でも……いろいろ知って行くうちに……付き合うようになって……俺多分……先輩の事、どんどん好きになってきてます」

「なら、問題ないじゃない?」

「それでも、簡単に結婚なんて言えません、それに……俺が良くても、先輩が俺に飽きるかもしれません……だから、今すぐに結婚すると約束は出来ません」

 俺は真面目に先輩のお母さんにそう答える。
 俺はいつも不安だ、先輩が俺に飽きて、他の男のところに行ってしまうのでは無いかと……。
 いくら先輩から好きだと言われても、その思いは消えない。
 だって、先輩は人気があるから……。

「ば、バッカじゃないの!!」

「先輩?」

 俺の言葉の後にそう言ったのは、先輩だった。
 怒っている、でも何故か泣きそうな表情で俺の事を睨みながら口を開く。

「わ、私が次郎君に飽きるなんて無いわよ!」

「せ、先輩……」

「初めてなのよ……本当に誰かを好きになったのなんて……」

 怒ったかと思えば、先輩は顔を赤らめ、俺から目を反らす。
 その様子を見て、先輩のお母さんは柔らかい笑みを浮かべる。
 
「この分なら……問題はなさそうね……」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品