偏食な子犬拾いました

伊吹咲夜

お粥とポチと成長

『お粥を作ろう』

 そう決意したまではよかったが、僕は今までまともに料理なんてしたことがなかった。
 最近香西さんの料理教室を手伝っていたとはいえ、全て計り終えたものを運ぶ、汚れたものを洗うといった仕事ばかりだった。
 米を研ぐのはここに来てから憶えた(やらされて憶えた)けど、あとは全然だ。

「米一合に対して水ってどのくらいなんだ」

 香西さんのお粥は土鍋で炊いていた。
 炊飯器みたいに『ここまで水』とか印がついているわけじゃない。

「こんな時こそ現代のお助けアイテム!」

 ゴソゴソとポケットからスマホを取り出し、『お粥 作り方』と入力して検索する。
 出るわ出るわ、数多のお粥の作り方が。
 白粥から中華粥、薬膳だのなんだのどれを見ていいのか分からないくらいに。
 とりあえずそんな凝ったものを作るのは技術的にも材料的にも無理がある。

「いろいろと無理!」

 あっさりと匙を投げてしまう。
 白粥ひとつ作るにしても分量を間違ってコゲコゲかデロデロにしかならない気がする。
 出来もしない料理を無理して失敗して材料を無駄にするなら、無理のない調理法で無駄にしない方が得策である。

「悩まずこうすればいいんだよ」

 炊飯器に研いだ米を入れ、『お粥』と書かれた線まで水を注いでメニュー選択・スイッチオン。
 あとは時間になるまで待つだけ。

「これなら食べられないものは出来上がらないだろう。これで失敗したら炊飯器が壊れているってことだ」

 待つこと数十分。炊き上がりを知らせるメロディーが軽快に鳴り響いた。
 よっぽど疲れていたんだろう、椅子に座ってスマホを眺めていた筈なのにいつの間にか眠っていた。
 突然鳴った炊飯器のメロディーに驚いてビクっとなってその事実に気が付いた。

「やべやべ、眠ってた」

 別にコンロに鍋をかけていた訳じゃないんだから焦る必要なんてないのに、慌てて炊飯器に駆け寄った。出来が気になっていたのもあるんだけど。

 失敗はないんだろうと思いつつもドキドキしながら炊飯器の蓋を開ける。
 モワン、と熱い白い湯気と共にお米の炊けたいい匂いが上ってくる。
 肝心の中身は……

「でき……てる」

 見た目、紛れもないお粥だ。
 香西さんが作ったのよりも米粒は崩れているものの、あの家政婦が作っていたデロンデロンの白い糊状の液体ではない。

「味は、味はどうなんだ!?」

 たかが米を煮たものに味の差なんてないと思っていた昔。でも香西さんの料理を食べていくうちに、材料の火加減や処理の仕方でだいぶ違うものだっていうのを知った。
 たかが炊飯器、されど炊飯器。

 小さいお椀に炊飯器からお粥をよそう。
 味見程度なので量は少なめ、おたまで半分くらい。
 フーフー、と冷ましてひと口。

「んー……」

 不味くはないが、劇的に旨いわけでもない。
 あの最初に香西さんのお粥を食べた時の味には程遠い。

「そりゃな、ゆっくりと火加減みながら愛情込めて作ったものとは手間が違うからな」

 愛情と手間はホント大切だ。

「今日はこれで勘弁してもらおう。少しでも食べてくれればそれでいいし」

 残ったら僕が食べるし、明日は土鍋で頑張ってみる予定だし。
 新しいお椀を出し、お椀に半分ほどお粥をよそう。キッチンに連れてくるのは無理なので、スプーンを添えてリビングまで持っていった。

「香西さん、お粥出来ましたよ」

 寝ているのか起きているのか分からなかったが、声をかけてドアを開ける。
 最後に見たときのままの格好で動いてはいなかったが、覗き込むと目は開いていた。

「香西さんお粥です。少し身体起こしますよ」

 腋の下に腕を入れ、ソファに寄り掛からせる。これなら流動食でもあまり溢れずに食べさせられそうだ。
 スプーンに半分お粥をすくい、自分で食べた時より少し長めに冷まして口へ運んでやる。
 少し開いた口からゆっくりと流し込む。

 おむすびの時同様、少しだけ口を動かしお粥を口の奥、喉へと運んでいく。

「良かった、食べてくれた。香西さん、ゆっくりでいいからいっぱい食べてね」

 飲み込んだのを確認しながらスプーンを繰り返し運んでいく。
 何回目かの往復で香西さんの口はピタリと閉ざされた。多分もうお腹いっぱいだということなのだろう。

「ごちそうさま、でいいのかな。お腹空いたら言ってくださいね」

 そうは言ったものの香西さんは発見以来一言もしゃべっていない。
 こちらが言っていることは聞こえてはいるんだろうが、それに対する意思表示はまるでない。
 全て閉ざしてしまった、そんな感じすらある。
 だからといって話しかけないでいるのも不自然だし、こうやってあれこれ話しているうちに香西さんが話してくれるようになるかもしれないし。

「片付けてきますね。香西さんはゆっくり寝ていてください」

 起こしていた身体を布団に横たわらせて、僕は空になったお椀を持ってキッチンへと戻った。



 僕とお粥の格闘はそこから一週間続き、八日目の朝になってようやく土鍋でおいしいと思えるお粥を作ることに成功した。
 あれこれとサイトを検索し、香西さんが食べる分以外に練習でお粥を作り、それを自分の食事にし……を繰り返した結果だ。

「香西さん、今日は少し工夫してみました」

 土鍋でお粥をマスターしてから、白粥をやめて味のあるお粥や消化のよさそうな具材が入ったお粥を作るようにし始めた。
 さすがに白粥だけでは栄養が不足するし、残ったのを食べる僕としてもかなり飽きてきた。
 おかずが作れないだけに、白粥にふりかけとか梅干しとかそんなのばっかりでは辟易してくる。
 きっと香西さんだって同じ気持ちだろうし。

 入れるだけアレンジのお粥は米だけの味でないだけで、俄然とおいしく感じた。
 卵を入れただけのものから始まり、鶏肉、鮭のフレーク缶、既成の具材でやってきたがこのところはちゃんとした食材っぽいものを使っている。

 そんな今日のお粥は干し貝柱を戻したものに卵と三つ葉を放したもの。
 存在は知っていたが見たことも触ったこともない干し貝柱なんてものを料理することになったのも、香西さんのお陰だ。
 本当はこんな形ではなく教えて貰いたかったのだけど致し方無い。

「へー、結構塩味が出るんだ。入れなくて正解」

 塩加減をみるために味見して、こんなちっさい貝柱から出汁も塩味もしっかり出ていることに驚かされた。
 そして意外に僕が料理出来るように(といってもお粥からは脱出していないが)ことにも驚いた。

「これなら香西さんも満足するだろう」

 正気だったならば『おいしいよ、ポチ』くらい言ってくれそうなだ、なんて思ってみたりもしたが、未だ香西さんは焦点の合わない目でぼんやりとしてしゃべりもしない。

「大樹さんもいつになったら連絡くれるんだろう。おむすび以来なにもアクションがないし」

 どこかで見守っているのかもしれないが、生きてるのか死んでるのかくらいたまに連絡くれればいいのに。
 ひっちゃかめっちゃかではあるが、一通り家事が出来るようになった今だから思えることだけど、大樹さんは裏で何かをしているのだろう。
 姿を見せれないくらいヤバいことなのかもしれないけど、香西さんを待たせてまですることではないと思うんだ。
 いっそのこと足を洗って表の仕事だけしてればいいのに、と思うのは僕がまだ子供だから考えることなのだろうか。

「がっつり冷めないうちに香西さんのとこに持って行かなきゃ。お腹空かせてるだろうしな」

 お粥を入れたお椀を二つ、トレイに乗せてリビングへ向かう。
 ひとつは僕の分。
 冷めてしまうが香西さんが食べ終わった後、すぐに寝かせないでソファにもたれかけさせていることにしたので、表情の変化などないか見ながら食事を摂る習慣がついた。

「今日も変わりないんだろうな」

 冷めてもそこそこ旨い貝柱のお粥を食べながら表情を伺う。
 スポーツ会系の男っぽい顔に似つかわしい大きな瞳と長いまつげ。体格だってマッチョに近いのにあんな繊細でおいしい料理を作るとは不思議でしかない。
 笑えば『可愛い』という表現が似合う笑顔を見せてくれる。

「いつになったら前みたいに笑ってくれるんだろうな……」

 もしかしたら明日にでも『ポチはお寝坊さんだね』って笑って起こしてくれるかもしれない。
 逆にこのまま一生笑うこともしゃべることも……。
 叶えたい未来。考えたくない未来。
 混在する思いを断ち切るように、意識を無理矢理お粥に戻してやった。

「このお粥おいしいけど、アクセントが欲しいな。辛さ? 香り? 中華風だからラー油なのかな? でもコショウでも合いそうな感じするな。ねぇ、香西さん」

 あまり刺激物はよくないかな? と思って入れなかったけど、少し物足りなさを憶えてしまう。
 応えてくれることはないと分かっていても、香西さんに話しかける形で独り言を言ってしまう。

 反応がないとばかり思って見過ごすところだったが、ほんの僅か、香西さんの目元が緩んだ気がした。
 合ってないと思っていた焦点は僕を見ているように思え、口角が若干上がっている。

「香西さん!? 気が付いたんですか!? 香西さん!?」

 両手を握り、香西さんの正面に座りじっと目を見つめて話しかけた。
 気のせいではなく、やはり香西さんの焦点はしっかりと合っていて、ほんの少し笑っている。
 だけどそれ以上は何もなかった。
 喋らないし動かない。
 それでも発見当時と比べればかなりの進展だ。

「や……ったぁ……。香西さんが笑った……」

 嬉し過ぎて言葉が出ない。マンガや小説のような大げさなリアクションというのは、現実には咄嗟に出てこない。

「とりあえず大樹さんに教えなきゃ」

 きっと知ったら大樹さんも喜んでくれる。返事がこなくても、それくらいは僕にだって分かる。
 チラチラと香西さんの表情を確認しながらメールを打つ。
 笑顔ではなくなったが、あのぼんやりとした顔に戻ることはなかった。

「また前みたいに三人で暮らせるんだ」

 遠くない、近い将来。
 また香西さんの作った料理を囲んで、大樹さんと僕と香西さんで笑って、怒って、生活していけるんだ。

「これ読んだらすぐに戻ってきてよ、大樹さん」

 いつものように香西さんの寝る布団の横に、自分用の布団を敷いて横になる。
 昨日までは眠る香西さんの横顔を見るのが不安なこともあった。
 このまま起きなかったらどうしよう、とまで妄想が広がることもあった。
 今日は違う。
 穏やかな寝息と無垢な寝顔を見ていると、幸せな気持ちだけが広がっていく。

「明日はもっと笑顔になっているといいですね、香西さん」

 香西さんの寝息に呼吸を合わせると、同じような穏やかな眠気が全身を包んでいく。
 久し振りに安心した眠りにつけそうだと思ったあとは記憶がなくなっていた。



 よく眠ったー、と布団の中から出てスマホの時計を見ると、まだ六時になっていなかった。
 いつもと同じくらいの睡眠時間なのに、倍くらい眠った感じがするほど頭も身体もスッキリしていた。

「おはようございます香西さん。今日はちょっと冷えますね」

 それもそうだ。季節はすっかり冬になっている。
 発見から数か月。今や羽毛布団が欠かせないくらいにリビングといえども冷え込みが激しくなっている。

「加湿器、あった方がいいですかね。乾燥すると風邪ひきますし」

 家の中を探してなさそうなら買いに行こうと思った。
 今のこの生活を支えているのは実は大樹さんだった。
 おむすびと一緒に、僕名義の通帳とメモがキッチンに置いてあったんだ。

『必要なものはここから買え。食費も惜しむな。無くなったらまた入れておく』

 事実、残高が心もとなくなるとネットバンキングからかなりの金額が振り込まれてきていた。
 お陰で何不自由なく、飢えることなくこれまで生活してこれた。

「もう少し栄養つけなきゃ冬越せないかなぁ。おかず作る練習もしようかな? あ、前に香西さんが作ったおからのハンバーグもいいな」

 あの消しゴムカスみたいな食材が、あんなに美味しいハンバーグに化けるとは思いもしなかった。
 あれならあっさりとしていたし、肉肉していないから食べやすいかもしれない。

「よし、じゃあ今日の夕飯は頑張って作ってみよう! 香西さん楽しみにしていてくださいね」

 まだ寝ているのかまるで布団の中で動いていない香西さんを起こそうと、布団を捲った。
 が、そこに眠っている筈の姿はなく、布団の中には冷え切った毛布が丸まって納まっていた。

「!! 香西さんがいない!?」

 ちょっと笑顔にはなったが、自ら立ち上がることが出来ない香西さんがどこかへ行くことはない筈。
 仮に立ち上がることが出来るようになっていたとしても、こんな寒空の中、どこへ行くというのだ?

「まさか誘拐、とか……?」

 あんな大男誘拐して何になる? と思ったが、この間まで有名な料理教室の先生だった。営利目的とか、ストーカーチックに色欲目的での誘拐はありえなくはない。

「警察に言った方がいいのかな。でもでも……」

 何かで成人男性の失踪は事件として扱ってくれないと読んだことがある。
 あんな状態でも『自らの意思で失踪』と判断されてしまえば、誘拐事件として探してはもらえない。

「お悩みのようだねポチくん。少し見ない間に逞しくなったように思えるけど、俺の気のせいか?」

 スマホ片手に座り込んでオロオロしていると、いる筈のない人の声が上から降ってきた。

「少し話があるんだが、時間は大丈夫かな?」
「ひ、大樹さん!? どうして!? てか、香西さんが……!」
「はいストップ。まず落ち着け。香西は無事だ。あと俺はポチに用事があって少しの間だけ戻ってきた。用事が済んだらまた消える。で、時間は強制的に作ってもらうが、いいな?」

 相変わらずの主導権を握った話し方で、僕のパニック状態を無視して話を進める。
 時間の融通なんて、今は仕事の手伝いもしていないし学校にも行っていないし、世話をしている筈の香西さんが消えてしまっては、いくらでも自由にどうぞ状態としか言えない。

「時間の都合なんていくらでもつきますけど、大樹さん、今までどこ行ってたんですか!?」
「だから落ち着けってポチ。コーヒーでも飲みながら話そう。俺が淹れてくるから、深呼吸でもして待ってろ」
「そう言ってまたどこか行っちゃうんでしょ!?」
「だから言ったろ、まだ用事が済んでないから消えないって」

 そう言って僕にデコピンすると、珍しく優し気な笑顔を見せてキッチンへと行ってしまった。

「用事って、何さ。香西さん消えたのに探さないで話す用事って、そんなに大事なことなのかよ」

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