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偏食な子犬拾いました

伊吹咲夜

見つけた!

「香西さん!?」

 襖を押し退け、押し入れの影から香西さんを引きずり出し、明るいとは言いがたい部屋の中に座らせた。
 目は開いているのにどこを見ているのか焦点は定まっていない。

「ねえ香西さん、しっかりして!」

 僕の問いかけにもまるで反応しない。
 揺さぶれば、その反動で身体は傾いて倒れてしまう。

「もう! こんな時に大樹さんがいなきゃダメだろう!」

 香西さんのことを一番分かってるのは大樹さんなんだから。

「しかし、ここにいたままじゃヤバいだろうな」

 おばあさんの話では不良の皆様がたむろってるらしいし、見つけた以上は家に連れ戻す必要もある。

 しかしどうやって……。
 香西さんが自立歩行してくれる様子はないし、僕がおぶるなり出来る体型でもない。
 そうなると電車にも乗せられない。

「僕の手持ちでは……」

 諦めてここで一晩過ごそうと思ったとき、ふと思いついた。

「香西さん、ここまで歩いて来たわけじゃないよな?」

 だったら財布を持っている筈。
 悪いと思いつつ、香西さんの上着やズボンのポケットを漁らせてもらった。
 やはりあった。
 ズボンの後ろポケットに、二つ折りの革財布。
 心の中で『香西さんゴメン』と謝りつつ中身を確認した。

 クレジットカードが三枚、保険証、診察券。
 お札や硬貨は!?もしや遣いきった!?と焦っていたが、二重になった内側の部分に数枚のお札を発見した。幾らかは暗がりでよく見えなかったが何とかなりそうではある。

「これならタクシー呼べる」

 住所は送られてきたメールで分かっている。
 場所の説明は難しいが、どのくらいで到着するか聞いて外で待っていると告げればいい。

 子供がこんな時間にタクシーを呼んでいたずらだと思われないか心配しながら、検索した番号でタクシーを呼ぶ。

『ありがとうございます、××タクシーです』
「あ、あの、タクシーを、お、お願いします」

 初めて自分でタクシーを呼ぶ。
 顔の見えない相手だというのに緊張してどもってしまった。

『はい、どちらまで配車いたしましょう?』
「はいしゃ?」
『どちらにお迎えに伺えばよろしいでしょうか?』

『はいしゃ』という聞きなれない言葉に聞き返してしまうと、電話の向こうでそれを察して言い直して聞いてくれた。
 何故かそれだけでホッとしてしまった。

「えっと、××町の細い路地にある廃墟みたいなアパートなんですけど」

 みたいな、ではなく廃墟なんだが。

『正確な番地はお分かりになりますか?』
「はい、多分……」

 そう言って大樹さんと思われるメールから送られてきた番地を告げた。

「あと、変なお願いなんですが、タクシーに乗せるお手伝いをして欲しいんですが」

 来てから断られるよりは今断られた方が、次に当たりやすいと思って言ってみた。
 するとあっさりと相手はOKを出してくれた。

『その旨運転手に伝えておきます。それではお名前をお願いいたします』
「名前……」

 それはそうだ。
 例え他に誰もいなかろうが、依頼主が不明ではトラブルの元になる。

「こ、香西です」
『香西様ですね。十五分くらいでお伺いできると思います』

 相手の『ご予約ありがとうございます』の言葉を聞いて、電話を切った。
 別にただの確認なんだから偽名でも良かったのかも、と今になって思い立った。
 でもあんなテンパった状態で思いついた名前なんて、きっと忘れてしまうに違いない。
 逆に良かったのか? なんて思いながらスマホの時計を見ながらタクシーが来るのを待った。

 そろそろ十五分が経ったかなという辺りで、香西さんをひとりにしておく不安がありながらも外に出てみた。
 真っ暗な一方通行をちょうどこちらに向かってくる一台の車があった。
 スピードもそんなに出ていなかったから、多分タクシーだろうと思っていたら目の前で停まった。

「予約されていた方ですか?」
「はい。香西です」

 そう運転手さんに告げると、タクシーのエンジンを止め運転席から降りて来た。

「あの……すいません、変なお願いして」
「いえいえ、よくありますので。脚が不自由だったり、病気で自力では動けないけど誰も助けて貰える人がいなかったり」
「そうなんですか」

 確かに世の中には誰かに手助けして貰いたくてもして貰えない人というのは多くいる。独居老人だったり、事情があって一人暮らしをしている人だったり。

「で、乗せる人はどちらにいらっしゃるんでしょうか?」
「こっちです」

 暗がりになれてきた目で、香西さんがいる部屋を案内する。
 さっきまで明るい中を走ってきた運転手さんにはよく見えないのだろう、ゆっくり歩いて案内しているつもりだが、短い距離ながら僕に後れをとって付いてくる。
 懐中電灯を持ってきてと言っておけばよかったとちょっとだけ後悔した。

「すいません、こんな暗い場所で」
「だいぶ目が慣れてきたんで大丈夫ですよ」

 言っていることは本当らしく、部屋と部屋の間にあった段差につまずくことなく香西さんの元まで一緒に来てくれた。

「……本人が、まるで反応しなくて、動かなくて」
「まあ、私よりも少し大きいですが運べないことないですよ」

 そう言うと『よいしょ』と香西さんの両腕を肩に担ぎ上げた。
 若干足を引きずる形ではあったが、運転手さんはさほど重そうに感じさせない風で香西さんを外に運び出してタクシーの後部座席に乗せた。

「あの……、何も聞かないんですね」

 同じく後部座席に乗った僕は運転手さんにおずおず声をかけた。

「犯罪に関与していそうな場合以外は、立ち入って聞いちゃいけない決まりがあるんですよ。お客様にも聞かれたくない事情ってのもありますしね」
「……僕なんてあからさまに怪しいじゃないですか。なのに……」
「こっちに電話する時にちゃんと番号表示でかけてきてたでしょ。それにこんな申し訳なさそうに話してる少年が、犯罪に関わっているとは思えないですしね」

 ゆっくりと車を発進させた運転手さんは僕にそう告げて、香西さんのマンションに向かって走ってくれた。
 電車を乗り継ぐと結構かかった時間も、車だとあっという間に感じた。
 実際はそこまで大幅に時間の差はなかったものの、乗ったままで目的地に着くという事がどんなに楽なのか思い知らされた。

「お客さん、良ければ家の中までお手伝いしますよ」
「いいんですか?」
「降ろしたところで、お客さんひとりじゃ家の中までこんな大きな大人は運べないでしょう?」

 言われてみればそうだ。
 とにかくマンションまで連れて帰ることしか考えていなかったから、マンションの前から部屋の中までどうやって運ぶなんて考えてもいなかった。

「お願いします。玄関の中まで運んでいただければ、あとは何とかなります」

 さすがに香西さんの部屋の中まではお願い出来ないし、それは香西さんのプライベートにも関わる事だから頼みたくても頼めないことだとは思った。
 あとは家の中だから多少引きずっても大きな傷はつくまい。

 請求された運賃を払い終わると運転手さんは、車に乗せたときと同じように香西さんの大きな身体を抱きかかえて降ろし、その体勢でマンションのエントランスを抜け、エレベーターに乗せた。
 タクシーに運んだときのように足を引きずることなく、玄関の中に香西さんを運んでくれた。

「すいません、こんなにまでお世話になっちゃって」
「いやいや、困ったときは助け合わないとね。お大事に」

 運転手さんはそう言って帽子を脱いで一礼して帰っていった。
 最後の『お大事に』がやけに心にジンときた。

「よし! 頑張ろう! 大樹さんが戻ってくるまでに、香西さんに元気に戻ってもらおう!」

 決意を新たに、玄関に座った形で置いていかれた香西さんをどうにか部屋の中に運ぶことにした。
 ベッドに上げるのは絶対に無理だから、せめてリビングには運びたい。
 さっき運転手さんがやっていたように、腋の下に両腕を入れて引きずる。するとあの廃墟アパートの時よりは幾分かスムーズに移動させる。
 重いといえば重いが、まだ全然いい。

 リビングのドアを開け、ローテーブルの手前に香西さんを寝かせた。
 ここだけ毛足の長いラグが敷いてあるから、少し長い時間寝かせていても身体は痛くならないだろう、と思ってみた。

「結構ホコリと泥で汚れてる……」

 当たり前なんだが、問題はどうやって着替えさせるかだ。
 今まで人の着替えなんてさせたことがないから勝手が分からない。
 とにかく脱がせばいいのか?
 悩んでいても仕方がないので、出来る範囲で着替えさせることを試みることにした。

「多分上着は楽勝」

 ボタンを外し、だらりとした腕を持ち上げ袖から外す。自由に動くからすんなり脱がせることが出来た。

「で、だ」

 ズボンってのは多分難しいだろう。
 脚が長いだけに途中で引っ掛かりそうだ。細身のズボンならなおさら。

 勝手に服を脱がすことはおろか下着姿にさせてしまうなんて羞恥にさらすことに、仕方がないとはいえ申し訳なくなった僕は、心の中で香西さんに『ごめんなさい』と言ってボタンを外しファスナーを下ろした。
 ウエスト部分から下げていったら、案の定膝で突っ掛かり下ろせなくなってしまった。

「てことは足首部分から引っ張るしかない?」

 一度脱がせかかったズボンをもう一度もとに戻して、今度は足首から脱がせにかかった。
 お尻に敷かれたところをクリアするまで少し手こずったが、今度は何とか上手く脱がせられた。

 しかしここまでやってかなり疲れてしまい、『着せる』作業をする余力がなくなった。
 幸いエアコンが効いていて寒くもないし、毛布もある。

「ごめん香西さん。着せるのはまた明日にさせて」

 時計を見れば時刻はとっくに二十四時を過ぎていた。
 こんな時間まで動いていたことに今さらながら気付いて、疲れがどっと出てしまった。自分の着替えをするのも億劫に感じる。

「もう全部まとめて明日にするぅ……」

 部屋に帰るのももどかしく埃にまみれた服のまま、香西さんの隣に転がって眠ってしまった。

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