偏食な子犬拾いました

伊吹咲夜

香西さんを探しに

 大樹さんに香西さんが失踪したと連絡したが、期待に反して返信は来なかった。
 今までどんなに連絡しても付くことのなかった『既読』が初めてついたところから、一瞬でもこちらへ連絡しようとしていたのは窺える。

 でもこなかった。

 もしかしたらこの失踪というのを『嘘』と思ったのかもしれない。
 大樹さんを連れ戻す『嘘』だと勘ぐって、一度は返そうとしたラインも消してしまった可能性がある。

「大樹さんはもう、香西さんのことなんてどうでもよくなっちゃったのかよ」

 人の前で散々惚気ていちゃついてたくせに。
 そのくせに何の前触れもなく居なくなるし、恋人が失踪したと聞いても反応しない。

「まさか他に恋人が出来た、とか……?」

 ありえなくはない。
 僕がここに運ばれてきた時に診てくれた女医さんとも大樹さんは大人の関係があったし、料理教室のマダム達にもモテていたし、実際誘われてどこぞに出掛けて行ったのも目撃している。

「香西さんという存在より、『女性の身体』だったのかなぁ」

 考えれば考えるほど悶々としてくる。
 元々深く考えるのは苦手だ。
 大樹さんが常に冷静に深く考えているのをみると、僕も大人になればああいう風になれるんだろうなんて漠然と思ってみたこともあったが、あれは自然とああいう風になったわけではないっぽい。

 それが分かったのは、緊急事態に陥ったとき。
 大樹さんは行動するまえに目を閉じ深くゆっくりと深呼吸する癖がある。
 それは常ではなく、急に大きな問題に直面した時だけ。
 大樹さんは走りだそうとした足をピタリと止め、目を閉じた。
 そのまま目を閉じじっくりと考え、最善の方法を見つけ出し行動に移していた。

「そうだよ、大樹さんが何も考えないでこんな行動する訳がない」

 ふと気づいてしまった。
 そうだ、大樹さんは酷いと思われるような行動の裏にも、何かしらちゃんとした理由が存在した。
 嫌がらせや自分勝手なことはしているところを見た事が無い。

「この失踪にも何らかの理由があるんだ」

 香西さんが失踪したのに連絡してこないのにも、何らかの理由がある。
 香西さんが嫌いになったとか、他に恋人が出来たとかそういう理由ではない筈。

「だったら大樹さんは必ず帰ってくる。香西さんも僕も見捨てられた訳じゃない」

 言えない理由があって、突然僕達の前から消えた。
 それは『二度と帰らない』ではなく『またいずれは戻る』ということ。
 それが明日なのか、一年後なのかは分からないけど、大樹さんはきっと戻る。

「ならば僕がすべきことは一つなんじゃないか」

 香西さんを探す。
 大樹さんではなく、香西さんを、だ。

 放っておいたら心配なのは香西さんだ。
 過去の話を聞いた限りでは、下手すれば死んでしまう可能性だってある。

「あてはないけど、探すしかない」

 ぐるぐると回っていた思考がピタリと一点に収まる。
 もう迷いはない。あれこれ考えるのも止めだ。
 そう決まった途端、身体は外へと向かっていた。

 香西さんが行きそうな場所なんて知らない。
 ひとりで家に籠っている方が多かったのもあるが、二人がどこで何をしていたかなんて聞くこともなかった。
 興味がなかったわけではないけど、日用品にしろプライベートな物にしろ、聞くのは失礼かとも思っていた。
 僕が居候するようになって二人の時間が減ったわけだし、それこそ出掛け先が恋人たちがイチャイチャするための場所だったら聞いたこっちが赤面してしまう。

 知らないならなおさら勘で動くしかない。
 ひとりで静かに居れるような場所、長居していても怪しまれない場所、誰にもバレないような場所……。
 探せばいくらでもある。

「隠れるのと逃げるのは誰よりも得意なんだから」

 だから未だに連れ戻されない。
 もう探すのを諦めていてくれていれば当たり前だけど、あいつらがそこまで簡単に諦めたことはなかった。

「隠れるのが得意ってことは、そういう場所を見つけるのも得意ってことなんだよ香西さん」

 **********

 とにかく探した。
 路地裏、ネットカフェ、二十四時間営業の怪しげな店。
 以前料理教室で一枚だけ撮影した三人で撮ったスマホの写真を見せ、『精神不安定になった兄が家出した。自殺するかも』という触れで、行った先々の店で聞き込みもした。
 それでも芳しい情報は一切得られなかった。

 なまじ相手がお金を持っているだけに、ビジネスホテルやシティーホテルといった場所に隠れている可能性もある。
 そうなったらいくら『弟』といえども泊っている等の個人情報を教えては貰えない。
 いくら探してもそれではお手上げでしかない。

「香西さん、どこに隠れてるんだよ」

 大樹さんより質が悪い事に、香西さんはスマホの電源を落としている。
 こちらがいくら電話をしようが『おかけになった電話番号は~』のアナウンスしか流れてこない。

「まさか本当に……」

 大樹さんのいないことへの絶望から自死を選んでしまったのか。
 否定したくても、憔悴しきったあの顔が目の前にちらついて否定させてくれない。

「どこに隠れてるんだよ香西さん! あー、もう! ちくしょう!」

 自称・逃げ隠れのプロの僕ですら探せない。
 大樹さんみたいに裏の方々と繋がっている訳じゃないから、簡単に見つかるだろうと思った僕が甘かった。

「もう一週間以上経ってるのに……」

 警察に行った方がいいのだろうか。
 でもそうすると今度は僕の身元を確認されてしまう。
 そうなってしまえば、香西さんを探すどころか、自分がまた逃げて隠れなくてはいけなくなる。

「何だよ、二人して」

 やっと居場所ができたと思った。
 何も聞かないでいてくれる香西さんと、何もかも知っている(調べてしまった?)のに言わないでいてくれる大樹さん。
 我儘も文句もいっぱい言ったのに、それでも正面から受け止めぶつかってきてくれた。
 ここならばもう一度自分を見つけてみれるかな、って思ってた。

「お願いだから戻ってきてよ二人とも!」

 こんなときばかり神を信じるのアレだけど、もし願いを叶えてくれるなら僕が連れ戻されたっていい。
 心残りはあるけれど、二人がバラバラで過ごすのは見たくも想像もしたくもない。

「お願いだ神様!」

 ぎゅっと目を瞑り両手を握り合わせる。
 暫くその体勢で立ち尽くしていると、尻のポケットでスマホが震えた。

「香西さん!?」

 慌てて取り出すと着信メールを知らせる表示が出ていた。
 件名もなく、アドレスもまるで見憶えがない。

「だれ……?」

 開くとそこには住所だけが書かれた本文のみ。
 全然知らない住所だし、ここからも香西さんのマンションからもだいぶ離れていることしか分からない。

「ここに行けというのかな」

 誰かが僕が香西さんを探していると知って、居場所を教えてくれたのかと思ったと同時に、これがただのイタズラだったら……? という不安にも襲われた。

「……イタズラならイタズラで上等じゃないか。他の町はまだ探してないし丁度いい」

 そう自分に言い聞かせて、これがただのイタズラでないことを願った。
 今はわずかな望みにもすがるしかない。

 地図アプリを頼りにJRを乗り継ぎ、書かれていた住所の町へ降り立った。
 時刻もすっかり遅くなり、夕暮れを超してほぼ夜といった風情になっていた。

「すげー静かな町……」

 夜だから当たり前という静けさではなく、人という気配がない静かさ。
 ベッドタウンなのか寂れているのか、家屋の灯りもポツンポツンとしか点っていない。

「こんなところに香西さん、いるの?」

 駅から離れるにつれ減っていく店舗。
 一人佇めるようなファミレスなんて存在してすらいなかった。

「イタズラメールだったのかな」

 住所の場所に着いたら囲まれて、暴行・カツアゲなんてされたらどうしよう。
 ケンカなんてしたことない。

「ボウズ、見たことない顔だね」

 怯えながら歩き、もう少しで該当住所周辺に着くというところで声を掛けられた。

「誰か知り合いでもいるのかね? こんな時間にここにいては危ないよ」

 振り向くと杖を付いたおばあさんがいた。
 危ないってことは、やはりそういった素行の悪い人間がいるんだ……。

「知り合いっていうか、あの、あ、兄を探しに……」
「兄ちゃん? ここらにそんな若いやつは住んでなかった筈だが?」
「あ、いや、その……。何かここらにいるって教えてくれた人がいて……」

 そこまで話す必要も義理もないのに、何故かこのおばあさんに言ってしまった。
 僕を怪しんで声を掛けてきた段階で逃げればよかったのに。

「写真か何か持ってるかい?」
「え? あ、はい」

 唐突に聞かれてつい素直に返事をしてしまった。
 おばあさんに促されるままにスマホの写真を見せる。

「ん~? おや、誰かと思ったら真尋ちゃんじゃないか。随分表情が明るくなって。その隣の無表情は大樹だね、相変わらずだ」
「え? まひろ……ちゃん? おばあさん、お二人を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、大樹はともかく真尋ちゃんのことは心配でよく様子を窺ってたからね。引っ越すって聞いて安心したものだったよ」

 口振りからするとおばあさんは、大樹さんが話していたあの事件の事を知っているっぽかった。
 引っ越すのを心配ではなく『安心』と言ってのけたように、よほど大きな騒ぎになっていたのだろう。

「で、ボウズは弟って言ってたね。真尋ちゃんの種違いの弟か。あの女、性懲りもなくまだ真尋ちゃんに集ってるんだね」
「いや、その……」

 どう返していいのか分からなかった。
 香西さんの母親は、大樹さんに怯えてあれ以来姿を見せていないと聞く。だけど『弟ではないんです。香西さんの母親はどっか消えました』と正直にも言えない。

 僕が黙っていたらおばあさんは何を勘違いしたのか同情しながら一方的に話始めてくれた。

「いいんだよ、あんな母親恥ずかしいもんなぁ。真尋ちゃんが逃げたくなるのも分かるよ。でもまあよくグレずにここまで育ってくれた。真尋ちゃんには感謝しないとな」

 うんうん、と頷いて涙を拭うおばあさん。
 そして急に僕の最初の目的を思い出して顔を上げた。

「そうだった、真尋ちゃんがここら辺にいないかって探しに来たんだったね。前に大樹と真尋ちゃんが住んでた家はとうに取り壊されてしまって無いんだよ。だからあの子が家出して住めるような場所は、ねぇ……」
「そうですか……」
「真尋ちゃんが母親と住んでたアパートは、いろんな事情で取り壊されずに残ってるが、あの廃墟じゃ住むどころじゃないし。ここには来てないんじゃないかね」
「来て……ない」

 おばあさんの一言に『やっぱり』と心の中で呟いて、お礼を言っておばあさんの背中を見送った。
 おばあさんの家は大樹さん達を知っていると言っていただけに、声を掛けられた場所からほんの数メートルしか離れていなかった。

「住所っていうだけに期待しすぎたかな」

 ここが香西さんが住んでいた街ということが分かった今、メールの送り主は間違いなく大樹さんだろう。
 ただ『そこに絶対いる』という意味を込めて送った訳ではないのがはっきりした。
 行けば『何か情報が得られるかも』という気持ちはあったと思う。

「まぁ、香西さんの下の名前が『まひろ』ってことは分かったけど」

 改めて送られてきた住所を見る。
 番地からいくとおばあさんの家から数件離れた、道路向いのアパートにあたる。

「廃墟って言ってたな。ついでだから見て行こうかな」

 動画などで見ることはあるが、本物の廃墟なんて見たことはない。
 街灯の少ない細い道を進んでいく。
 ちょっとした緩やかなカーブの先にそのアパートはひっそりと建っていた。

「う、っわー……。確かに廃墟だな」

 二階建て四部屋のみの小さなアパート。
 暗がりの中でも分かるくらいに外壁はひび割れて崩れ、ドアや窓といったガラス部分は全て割られていた。
 部屋のひとつはドアが無くなっている始末だ。

「こんな場所じゃ、解体するのは難しいだろうな」

 おばあさんはいろいろな事情で取り壊されずにあると言ってたが、この立地では解体するための車両や廃材を運ぶトラック、騒音などの問題が解体されずにいる理由のひとつなんだろうと納得させられる。

「……中も見ていっちゃおうかな」

 崩れ落ちそうではあるけど、あちこち触らなければそこまで危険はない、はず。

「入ってくださいと言わんばかりに一部屋ドアないしさ」

 幸い誰も通っていない。おばあさんも家に入って以来出てくる気配はない。

「危険そうならスグ出ればいいし」

 好奇心の赴くままにドアのない部屋の中へ進む。
 玄関だった場所には空き缶や空き瓶が転がっていて、住人ではない誰かがここをたまり場としていたことを物語っていた。
 おばあさんが危ないと言っていただけに、未だにたまり場にされている可能性だってある。
 でも今さら引き返すのも勿体ない。

 前の住人の置き土産と思わしき壊れたタンスと食器棚が横転している部屋には、土ぼこりとガラス片以外なにも存在しなかった。
 ゴミが散らかっていたのも玄関のみで、中は意外と整然としていた。

「もっといろいろ残されてるのかと思った。……普通に引っ越していったなら当たり前か」

 これ以上見ても一緒かと思って踵を返そうとしたとき、奥の部屋からガタン! と大きな音がした。

「!? ま、まさか不良、さんが……」

 しかしここに入ってきた時から一切声は聞こえていない。
 ガラス片をパキパキ鳴らしながら歩きまわっていたのに、その時点で怒鳴られていないから不良の可能性は低いが、倒れるような物がないのは一目瞭然だった。

「犬? 猫? まさか誰か囚われてる……」

 ありえなくはない。
 誰かを呼びに、と思って部屋を飛び出しかけて足を止めた。
 誰にどう説明すればいいんだろう。
 不良の姿をみた訳でもないのに、『不良に囚われた人がいます』とは説明できない。
 それにベッドタウンのようなこの町の、どこの家に飛び込めばいいというのだ。

「……ヤバそうなら、おばあさんの家に行って助けを求めよう」

 まずは現状確認しよう。助けを求めるのはそれからでも間に合う。
 音をたてないようにガラス片を避けながら奥の部屋に進む。
 電気など点いていない真っ暗な部屋の中を、外から差し込む街灯の明るさのみでそっと窺っていく。

 何もない。
 畳の剥がされた板間だけが存在している。

「どこから音が……」

 音がしたのは間違いない。
 ぐるりと部屋を見回すが、誰もいないし倒れるような物もない。
 暗がりに慣れ始めた目で、もう一度ゆっくりと部屋見回す。
 さっきまで見えなかった、部屋の左壁に沿った位置にある壊れた襖の存在に気が付いた。
 じーっと目を凝らすと、襖の奥、押し入れの中に何かがあることに気が付いた。

「ひ、と……?」

 大きさからいって犬猫ではない。

「まさか」

 複雑な予感が過っていく。
 嫌な予感と、嬉しい予感。

 警戒を解かずにゆっくり静かに押し入れに近づき、スマホのライト機能を使って中を照らして覗く。

「!! 香西さん!」

 押し入れの奥の、壊れた襖の影に、香西さんは小さく蹲って倒れていた。

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