きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第88話

「──はじめ!」

 その、ただ一言が剣太郎と騎士峰との決闘開始を告げる合図。音頭をとった会長は不満げにその場から退く。いち早く決闘の邪魔にならないポジションまで下がった手際の良さを見るに俺が真田さんと戦った時の教訓は活きているらしい。

 不満の中身は茶番に付き合わされたことに対してか?    気持ちはわかるし、申し訳なさすら覚えるが、ここで仕切り役にふさわしいのは学園の責任者である会長しかいないということでどうにか納得してほしいものだ。……まさかあの時のように自分が目立てる演出がないから不機嫌ってわけじゃないよな?

 さて、それはともかく、剣太郎と騎士峰はというと、意外(といっては失礼だが)にも騎士峰は静かに慎重に剣太郎との間合いを詰めていく。キャラ的に高らかと口上でも述べるのかもと思っていたので別の意味で面を食らった。

 まぁ、実際にそれをしたらアホ確定なわけだが、自分のスタンスを貫きながら、それに伴う言動への反応をわきまえているあたり、どうやら騎士峰は俺が想像する以上に真面な性格のようだ。いずれにしても俺や剣太郎には詮無い話ではあるが。

 一方、剣太郎はそんな騎士峰の探りを意に解する様子もなく無造作に動く。まるで透明な板の上に乗っているのでは?    と錯覚しそうなレベルのすり足で彼我の間合いを潰す。その足捌きの滑らかさは飛鳥の飛燕脚の動きに通じるものがあるが、剣太郎のすり足それは視覚誤認を誘発させるためではない。純粋に速く、滞りなく剣を届かせるものだ。鍛えてはいるが常人の、しかし異能や超人が起こす奇跡となんら遜色ない技の極致。

 同時に構えるどころか下げたままだった刀身──といっても木刀の、だが──がこの日はじめて敵を討たんと切っ先が閃く。軌道は瞳子の剣筋を連想させる斜め下から急角度の切り上げ。──パクられた、という呟きはこの際どうでもいいだろう。

 思惑が外れ、先手を許す形となった騎士峰だが、虚を突かれたというには程遠く剣太郎の切り上げを難なく回避する。そういえばフェンシングは大きく踏み込んで攻撃する。自然、低い位置からの攻防は意外でもなんでもないようだ。

 そして今度は騎士峰の反撃──フェンシングではリポストというらしい──手にしたレイピアが剣太郎の剣の持ち手側、より正確にはその前腕部へと鋭く走る。

 それを受けまいと手首を返す仕草だけで突きから避難しつつ、斜め下へと薙ぎ払う剣太郎の反撃の反撃。しかしそれは牽制に毛が生えたようなもので騎士峰がその体をわずかに下がるだけで無傷でしのげてしまう。

 この間のやりとりはおよそ一呼吸分。コンマ数秒を駆け引きするとフェンシングで評したが、異種剣闘においても同じことが言えそうだ。

「さすがは『剣──」

 一拍に凝縮された剣戟の冴えに対し、共に務めた相手へ賛辞を送ろうとしたのだろう。それが半ばとなったのはそのあたりの情緒や風情をガン無視にする剣太郎の追撃によってだった。いや、この場合、半歩踏み込めば得物が届き得る距離にいる敵を前にしても自らの性分に付き従った騎士峰の方がか。

 追撃で見せたのは袈裟斬りに振り抜いた態勢からかろうじて剣身を前にの動き。

 もちろん、それだけで騎士峰がどうこうなるわけがない──剣太郎は丸みを帯びた武器ですら斬れ味を生じさせられるのでするのは簡単だが。しかし、そんな異能に依らずとも“斬る”ことは可能だ。

「──ゼロインチスラッシュ」

 さしたる感慨も込めず名付けられた技を呟く。中国武術における寸勁の斬撃版、あるいはへし切りだろうか。要は押して斬るという単純なもの。本来“引く”ところを刃の尖りに任せて両断する不恰好この上ない行為も木刀を携えた『剣聖』がやるとそれなりの術理に下支えされている。

 その要点である内転筋──前述のすり足のコツにもかかわっている──と体幹から効率よく機能させる呼吸によって『優しい手』並みの運動エネルギー制御を発揮し、至近距離から最小限の動きで騎士峰を攻撃する。ごく一部こそ、非常識な現象としか言いようがないが、基本的に剣太郎の剣は辿誰にでも再現できるのだ。

「──やはり貴公はさすがだ。その剣腕はただただ尊敬に値する。これほどの感動は瞳呼殿以来だ」

 今度こそ、自分の想いを告げた騎士峰が晴れやかな表情を浮かべる。剣太郎相手に見栄や伊達を通すのも大変だろうが、曲がりなりにも“それ”をやってのける実力はあるらしい。今さらだし、上から目線になるが、感心したのは嘘ではない。

 剣太郎の斬撃を止めたのは当然ながら騎士峰の得物であるレイピア。フェンシングで扱われるような競技用──そもそも剣の種類からして違う──厚みがあり、剣太郎が持つ木刀より長い。用途としては突くというより貫通することに比重が置かれているだろう。

 だが、剣太郎からすれば大した違いはない。真田さんの愛刀を、『怪腕』に耐えられる設計の武器をこれまた『怪腕』の打ち込みに力負けせず斬ったくらいなのだ。

 それを防ぎ、フェンシングよろしく片手半身で操るのだから騎士峰はすでに己が異能を発動していたらしい。

 そこは仮にも名うての異能者、能力の正体はすでに知っている。──ある意味、最も有名な超能力が『ナイトマスター』騎士峰武が持つ異能だ。

 その出力は強力な代わりに射程が自身と自身が触れたものに限定されるという逆崎と同じタイプ、つまり作用範囲の狭さデメリットが使い方次第でハンデになっていない。今の攻防で解説するなら、念じるだけで発揮する不可視の力はその射程の短さゆえに剣太郎の動きを妨害することは叶わない。しかし、出力そのものは高いため、自力を補正しながら得物の強度にもその恩恵を与えられる。

 剣太郎の打ち込みも寸勁よろしく止めただけではその衝撃を防ぎきれない。剣道でたびたび見かける鍔元同士の交錯があるように剣太郎は“打撃”もけして不得手ではない。だが、騎士峰の堂々した立ち振る舞いからは傷んだ様子は皆無だ。空也のように異能で障壁は張れなくても念動力で向上した防御はかなり強固といえるようだ。

「『聖騎士の鎧アーマード・セイント』。手前味噌であるがその堅牢は銃弾すら通さぬ。さて、今度はこちらがその威を示す番であろう」

 言うや否や、先ほどの慎重な足取りから一転して軽やかなステップを刻む騎士峰。ステップと表したが、正確にはフェイントを織り交ぜた踏み込みの連続があまりに高速で逆に緩いステップにすら見えているのだ。これも念動力による強化によりもたらされた現象。

 『優しい手』と似通っている部分が多いが、出力を増幅・累積できるこちらの方が総合的に上だ。しかし、頑丈さにも作用できる騎士峰の念動力は、一歩間違えば身体が吹っ飛びかねないリスクとは無縁だ。安定感に限れば、あちらに軍配があがるだろう。

「刮目せよ!   『スレイプニル』」

 剣太郎のそれとは対照的に目まぐるしく跳ねる足さばきをもって縦横無尽に地を駆ける騎士峰。一見すると無駄なステップの数々も相手に隙を与えないほどの回転数であるなら急襲も方向転換も自在だ。『ドッペルゲンガー』創家操兵も地上戦特化で複数の足を生成したが、狙いは同じところにある。

「(速いは速いが──)」

 とはいえ、騎士峰の移動術を目の当たりにした俺の感想と顔色一つ変えない剣太郎の内心はおそらく大差がない。なぜなら同じ場所学校、同じ世代学年で共に肩を並べて見てきたから。成田稲穂の『リニアステップ』、古流剣術当真流の一本指歩法、逆崎縁の極短距離テレポート、月ヶ丘帝の神算による連携、そして篠崎空也の空間殺法。それらを時に見、時に対峙した俺達にとって、せかせか動かれたところでなんら驚くことはない。

「──そして、凌げるか『プリューナク』!」

 徐々に本領というか台詞が芝居掛かってきた騎士峰が剣太郎の左側──木刀を持たない方だ──に回り込み突きを放つ。本来は両手用の得物を片手かつ半身で扱ってみせたのだから、たしかにその名を冠することに違和感はない。たしか神話かなにかで登場する槍を由来とする技を剣太郎は難儀そうに体を入れ替えることで回避する。

「──なにやってるのよ、剣太郎。動きじゃないでしょ」

 そのらしくない反応に思うところは同じなのか、隣の瞳子が苦々しく剣太郎をなじる。同じ剣士として──しかも、人一倍プライドの高い自身がそれでも敵わないと認める対象の不手際は許さないということだろう。ちなみにこの場合の“とれない”とは相手の仕掛けに関係なく斬れる、つまり“れない”という意味だ。念のため。

 それはそれとして瞳子のいうことにも一理ある。俺の見立てでも剣太郎の腕ならカウンターを取るのは難しくないはず。そもそも、いかに騎士峰の『アーマード・セイント念動力の守り』が“打撃”を防げるほど強固でも“斬撃”の方はそういうわけにはいかない。大雑把に振るうだけでも騎士峰は少なくとも近づけない。しかし、実際は一方的に騎士峰が突貫しただけ。

「──あ」

 心当たりがあるのか、瞳子がなにか思い至ったらしく声が漏れる。連想するのは心先輩と『新世代』の繋がりか。そう、気づいたのは俺も同じだ。当真瞳呼の切り札である当真十槍。彼らになんらかの異能を追加されているのは明白だ。

「──彼等も気づいたようだぞ。さすが貴公と肩を並べるだけはあるな」

 観客である俺達に目を配っていたのは性分か自信からくる余裕か。騎士峰が剣太郎への注意を払いながら律儀にも自らの手札を開示する。

「借り物に頼るのは少々業腹だが、瞳呼殿に与えられた力──なにより全てを出し尽くすのは決闘の習い。ゆえに遠慮なく使わせてもらうぞ。貴公らの世代、序列一位の異能、“重力制御”を!」

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