きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第87話

 あれよあれよと日はまたいで土曜の夜。両陣営の了解のもと、指定された学園裏の公園に各々が集まった。

 場所については天乃原学園生徒会の提案に始まり、当真瞳呼側からも特に反対はなくすんなり決まる。過去に飛鳥と戦ったこともある広場は邪魔が入らず、それでいて寮から足を運びやすい。決闘などというあまりおおっぴらに行えないイベントには最適の場所だろう。

 そうして当日、顔を見せたのは当真瞳子側から俺、瞳子、剣太郎の三人。立会い人として、会長、真田さん、飛鳥の生徒会三人娘。当真瞳呼側から月ヶ丘朧と騎士峰武の計八名。持ちかけてきた側の心理か、それとも生来の性格ゆえか、先に到着していた騎士峰がこちらを見るなり夜でもおかまいなしのはつらつさを披露する。

「おぉ!  待っていたぞ、刀山剣太郎。お互い死力を尽くし、異能者の棟梁を据える儀式に華を添えようではないか!」

「──どうして決闘がここに決まったのかわかっているのかしら? 騎士峰

 こめかみの辺りを押さえながら会長が苦々しく呟く。他家のいざこざに付き合わされた挙句、その飛び火が学園に降りかかりかねない騎士峰の言動に懊悩するのも無理からぬことだ。

「……御村、あなた達はあなた達で集まりが悪いのはどういうつもり?  『王国』や『皇帝』と協力することになったのは知っているわよ。いつも一緒にいる篠崎もいないようだし、やる気が疑われるのだけれど?」

 自分が駆り出されているのに思いの外、人数が少ないのが気にくわないのか、苛立ちの矛先が俺の方を向く。……同情する部分はあるが俺に言われても困る。

「まぁ、決闘にこぞって行くのもそれはそれで変だからな。本当なら俺も剣太郎と瞳子に任せるつもりだったんだが……」

 それを許さなかったのは瞳子で、先の独断専行の罰として帯同することになったとはみなまで言うのもなんだろう。そんな態度に会長が幾分かの不審を視線に込めるが、長々と追及するのは不毛とみたか話題を変える。

「それで?   勝つ目算はついているの?   そうでなければ三人だけで来ることはないとは思うけれど」

「その言い様だと、剣太郎が負けたら俺達が闇討ちするみたいじゃねぇか──っと、失礼」

「いまさら無理に言い方を気にしなくても……当真瞳子達にするように馴れ馴れしくして構わないわ。そもそも大して変わらないのを目の前で散々聞いているのだし、むしろ使い分けようとする方が不快よ」

「これまた失礼。ことさら取り繕うつもりはないんだが、気安過ぎるのもどうかと思ったんだ。……話を戻そう。仮に剣太郎が負けたとしても決闘に異議を唱えるほど恥知らずじゃない。そして、剣太郎が勝つ以上、そもそもそんな心配の必要がない」

「──だが、負ける想定をしていないのは向こうとて同じだろう。会長からあので刀山の剣を止めたと聞いたぞ。けして侮れる相手ではないはずだが?」

 ここ数日にわたる学園生活のすれ違いから俺達の対戦相手をはじめて目にする飛鳥が興味深げに会話に加わる。初っ端からテンションの高い騎士峰に多少面を食らっていたようだが、どうやら回復したらしい。

「それとも私が知らないだけで明確な根拠があるのか──なぁ、優之助?」

 断定口調で勝敗を予期する俺の態度を前に対抗? してか、飛鳥の問い詰め方はどことなく会長のそれに似ている。

 もちろん本気で詰め寄っているわけではないが、本家本元との身長差ゆえに目のやり場というか、体勢が微妙に困る。かといって、立ち位置的に目の端に映るはずの会長と真田さんを見るのもなんとなく怖ろしい。

「い、いや、強いは強いだろうよ。俺の知らない奥の手も一つ、二つあるとも思う。でもなぁ、それでも剣太郎が負ける気はしないな。うまく説明はできないが……ま、見てればわかるさ」

「ほう。気になる物言いだが、あまり聞き出してばかりも興が削がれるな。答えは決闘の中で確かめるとしようか」

 元々、冗談の類だったので飛鳥もそれ以上深く突っ込んではこず、際どい距離に置かれた身を俺から離す。

 別にやましいことをしていたわけではないが──そう前置きするとやぶ蛇な気もするが──なんとなく周囲に目を向けると瞳子が月ヶ丘朧、そしていつの間にか会長と真田さんが加わってなにやら話し合っている。多分、今日の決闘の流れを確認していると思う。飛鳥はそんな会長に合流するつもりらしい。

 単なる打ち合わせとはいえ、異能者同士がいがみ合おうとしている席だ。その間を取り持つ会長の護衛は一人でも多いに越したことはない。だからこそ、会長の傍を長々と離れるのを良しとしなかった。はじまりは望んだものでなくても飛鳥は自分のできること、しなければならないことを理解している。

「(なら、俺も自分の役割を果たすとしますか)」

 といっても飛鳥のように役職を全うしようとする姿勢ほど上等なものではないが。



「──よう、調子はどうだ?」

 連れ立って出発したのだし、これほど間抜けな質問はないだろうと思いながら、会話の定型、あるいは社交辞令で剣太郎にそう声を掛けてみる。

「……あぁ」

 などと返答にならない返答をしながら剣太郎は決闘の開始を今か今か──というほど積極的ではないが、その時がくるのを待っている。

 その姿は一見、泰然自若といったふうに見えなくもないが、実際は手持ち無沙汰でぼーっとしているのを俺は知っている。いつもはうちの本棚から何かしらちょろまかして間を持たせていたが、それができないので身の置きどころからして困るようだ。

「なんだ?」

「いや、特に何かあるわけじゃないんだが、強いて言うなら暇潰しに声を掛けただけだ」

「……たしかに暇だな。たかが決闘で随分と大仰なことだ」

 怪我どころでは済まなくなるかもしれない決闘を前に暇とのたまう俺も俺だが、たかが、と言い切ってしまう剣太郎もまた大概だ。なんとも緊張感に欠けるやり取りに、もし会長が聞いていたら不真面目と叱責されそうではある。

 しかし、だからといって剣太郎が隙だらけかと指摘されようものなら違うと断言する。試しで奇襲をかけようものなら手痛い反撃を受けるだろう。少なくとも俺はそんなこと、冗談でも勧めたりはしない。

 改めて目の前の友人を見る。会長は剣太郎の第一印象に鋼を連想したそうだが、あながち間違いではない。

 純粋な身体能力は国彦、総合的な運動能力では空也に譲るものの、服の上からでも鍛練された肉の気配を感じる。剣身一体──というほどたいそうなものではないが、その体はやはり剣と共にあるために据えられたのだろう。

 不思議なやつだと思う。瞳子、空也と並んで付き合いは長いが、権謀術数や天才による隔絶した思考回路とは別の意味で考えが読めない。

 刀剣に愛されているとしか思えない才を持ちながら得物に執着を示さず、培ってきた技術に一家言あるようだが他の異能者連中ほど存在証明をこだわっている様子もない。その絶好の披露の場である戦闘を降りかかる火の粉を払う作業程度にしか思っていないのが証拠だ。

 そもそも武者修行の旅を中断してまで瞳子の求めに応じた理由すら曖昧だ。意外に付き合いがいいとは思うが、人恋しさからわざわざ骨を折るタイプでもなかろう。

「──なぁ、剣太郎。なんでこの決闘を受けたんだ?  別に断ろうと思えば出来ただろ」

「断る理由が必要か?」

 そう言われてみるとたしかに固辞する必要はないかもしれないが──いやいや、なんとなくで決闘するものでもないだろう。

「でも受ける理由だってないはずだ。……あっちはどうか知らんけど」

 剣太郎と対峙する位置で待機している騎士峰を見る。ここに着いた俺達──正確には決闘相手の剣太郎に向けた──への第一声こそ初対面で披露したけったいなテンションのままだったが同行していた月ヶ丘朧にたしなめられたのか今は大人しくしている。あるいははじめからそのつもりだったのか、一転しての黙想はそれだけこの決闘にかけているのだと感じさせる。

「ああいうのが普通じゃないかってな」

「おまえが妹達にするようにか?」

「別に俺はハルとカナのためってわけじゃ──いやそれもあるけど、って、なんか暗にシスコン扱いしてないか?   そういうイジり方やめろ!」

「──月ヶ丘高校元序列七位、『騎士の極みナイトマスター』騎士峰武。その二つ名の由来は異能と西洋剣術を組み合わせた戦闘スタイルとその生き方にあるという」

 俺の抗議を無視して、騎士峰のプロフィールを諳んじる剣太郎。個人的な知り合いでもないのにすらすらと出てくるのはおそらく剣太郎の取り巻き赤谷達が事前に調べてきたのだろう。相変わらず俺達よりいい仕事をしているようだ。

「生き方?」

「忠義と名誉を尊び、不義不正と戦う──だったか。高校時代では治安維持の名目で異能者同士のいさかいを仲裁に回っていたらしい」

「意外にまともなことやってたんだな」

「ただし、異能が飛び交う喧嘩を止めるためとはいえ、当事者は一人残らず病院送りになったそうだ」

「ダメじゃん」

「しかも同級生はあの当真瞳呼で、一目見ただけで周囲をはばかることなく忠誠を宣誓した高校の入学式は今でも向こうの語り草となっているそうだ」

「さらにダメじゃん」

 ていうか、さりげにそんなやつの同類扱いしやがったな、剣太郎。

 その部分に関しては首肯しかねるが、それだけの動機がなければ好きこのんで騒動に首を突っ込みはしないだろう。騎士峰の場合、殉じた対象当真瞳呼と己が生き方のためにあったわけだ。

「他者を第一に考えるなんて異能者としてはかなり珍しいタイプだな。……いや、“他者のために生きる”という考え方そのものが異能者として譲れない核なのか。そのどちらにしてもわかりやすいやつだ」

「何をそんなに不思議がっているのかは知らんが──」

「剣太郎?」

「──大層な理由がなくても手くらい貸す。優之助、おまえは異能者を特別に考え過ぎだ」

 こともなげにそう言ってのける剣太郎。たが、たしかに剣太郎の言う通りかもしれない。思えば、心先輩と異能者の在り方を話し合っていたせいか、ことさら異能者のメンタリティが常人のそれと違うのだと知らず思い込んでいた気がする。

 だが、異能者だって迷いはするし、他者を尊重もすれば、折り合いだってつけている。人ならざる力を持っているのは違いないが、単に我を通せる範囲の中に世界の理がほんの少し含まれるだけだ。それだって、科学の発達した現代なら異能者でなくても大抵実現可能──それ以上のことだって今、あるいは将来やってのけるだろう。

 そんな、よくよく考えたらわかることに気づかなかったのは俺の周りの連中が一等、アクが強かったからだ。言い訳くさいが本当なのだから仕方がない。

 だから、剣太郎がこの決闘に関わったことも、その背景に大した理由がないことも、異能者であるかどうかは関係ない。ただの一般人はまず決闘なんてしないし、異能者ならそれなりの事情がない限りなおさらここにいるはずがないのだが、そこはおそらく俺の思い過ごしなんだろう。

 不意に剣太郎の体が傾ぐ。どうやら進行の打ち合わせが終了したのか、ひとかたまりだった集団が二つ、三つにと分かれていく。剣太郎はそれに合わせて前に出たようだ。

「──待たせたわね、剣太郎。あとは好きにやっていいわよ」

「了解した」

 すれ違う形になった瞳子と短く言葉を交わし、と歩を進め、同様に月ヶ丘朧と交差した騎士峰との間合いを徐々に詰めていく。それは見る者次第で超然とも、はたまた覚悟なき無謀とも取れる。多分、どちらも正解だ。剣太郎にとって必要だから近づいた以上の意味はない。仮にも命がかかっているというのに──

「(──あれ?  やっぱり理由がないとこんなことに付き合わないよな?)」

 堂々巡りになった思考が決闘の緊張感を台無しにしていく。俺は今日、剣太郎という人間がわからなくなった。

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