きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第68話



      *


「──なぁ、ホントに譲ってよかったのか?」

 その唐突な物言いに月ケ丘学園元序列四位『ドッペルゲンガー』創家操兵は自他共に認める平凡な造りをした顔に怪訝さを含みつつ問いかけた張本人を見る。


 集団に紛れ込みやすくさせる為、装いを天乃原学園の制服で固めた──昼を過ぎ午後の授業に入ってしまった今となってはむしろ逆に怪しいのだが、自らも黒のコートという季節感度外視の格好なので言えた義理はない──傍らの男、時宮高校元序列十一位『スロウハンド』逆崎縁はそのけだるさをまとわせた口ぶりと雰囲気を隠さない。

 しかし、どうでもよさげなで振舞っているが、本当にどうでもいいならそんな事は口にしないし、そもそも義理もないのに付き合いなどしない。この男なりの気遣いなのだろう──“誰に”、“何を”と言わないのも込みで。

「別に構わない。たしかに俺の手で始末をつけられるならそれがベストだが、俺自身が一切絡まないどこかで潰えてもらってもいいとすら思っている。誰が、どこで、も問わない。極論、自滅してくれてもいい──確実に無くせるのなら、な」

 そうは言ったものの、容易く譲れなかったのもまた確か。創家操兵が一連の騒動に関わった理由、それは自らの異能を研究し、それを元に生み出された存在、後天的異能者『新世代』を一人残らず始末する事にあったからだ。

 異能の本質や成り立ちについて諸説あるが、異能者にとって自らの異能がアイデンティティの一部──いや、そのものだと信じて疑う者はまずいない。普通の人間が逆立ちしても成し得る事は無く、類似・同一が皆無でないとはいえ千差万別の個性だ。言い方は悪いが、容易くかつ、明確に自己を証明する事が可能なのだから当然といえば当然だろう。

 そのアイデンティティを研究所のモルモットよろしく測られ、暴かれ、そして有象無象に切り売りされたのだ。当然、望んだわけもなく強制されての事。月ヶ丘家大元から『新世代末端』までのあらゆる存在に怒りを覚えるなという方が無体だ。無論、未だ冷めるべくも無い。だが──

「──俺の個人的な感傷とあいつの“それ”。比べるのも馬鹿馬鹿しい。譲るのは当たり前の話だ」

 創家の言葉に苦笑が混じる。個人的に──異能者にとって己こそが全てではなかったか。それ以外があるという事、そして創家自身がそれを酌み譲った事が苦笑の原因だ。

「(なるほど、がそうか)」

 今まで“それ以外”を必要に感じた事はなかった。いや、今でも創家は無意味だと考える。この一連の騒動──その手段、目的ですら、回りくどく面倒でいらない手順にしか見えない。

 だが、それは創家が知らないだけで、必要な事だったのかもしれない。そう思えば、横にいる逆崎の気遣いも、月ヶ丘帝のも、何かしらの意味があったのだとおぼろげではあるが見えてくる。遠回りに見えても、実のところ必要な手順を踏んでいるのだと。

 ゆえに、なるほど、と創家操兵は納得する。逆崎に御村、王崎、そして月ヶ丘エンペラー。彼らと出会い、目の当たりにした上でたしかにその強さは疑うべくもない。それでも“その”評価を下した当真の長老陣が手放しというのは身贔屓が幾分かあるだろうと思っていた。

 だが、やはり彼らは“そう”なのだ。強さはもとより、同じ異能者から見ても一線を画す面倒くさい精神性。仮にも月ヶ丘の序列上位に名を連ねた創家ですら無意味と判ずる行動原理。

 例えば、今回の一件。創家の参戦理由は己の異能を切り売りした月ヶ丘家への意趣返しと元の持ち主の許可無く異能を振るう『新世代』達の始末にあるのはすでに述べたとおり。これは誇りを他人に汚されたと同義、許せはしないし、落とし前をつけさせにいく。

 しかし、相手が世界の裏側にいたら?  それが最近ではなく古い話だったとしたら?  おそらく創家は追わない。人の恨みが消え去らないのは、それを奪われ、失い、なにより取り戻せないからだ。だから時間も距離もその大小も関係なくしこりは残る。

 だが、創家──総じて異能者にとって、己たる信念こそがただ一つの譲れないもので替えはきかないが、己が己である限り失うものではない。現に今も『多重幻肢ドッペルゲンガー』は何の制限も制約も無く使える。むしろ失うどころか、御村や逆崎との戦闘ではこれ以上無く能力を出し切れたといっていい。

 自分の中で消化出来るならどんな運命も宿命も自分にとっては些事でしかない。いくら異能者の本質が己の信念を曲げない事にあると言っても、その我を示す事自体にさほど執着はない。極論ではあるが、異能が発現したルーツに基づいての一貫した言動や我を通す為の闘争、それらですら、自分が自分で在り続けられるのなら──まずありえないが、異能を失いさえしなければ──必要が無い、自己完結型の存在。それが異能者というものだ。
 
 異能者をマイペースや自己中心的だと見えたとしたなら、それは誤解の余地すらない真実だ。なぜなら本当に自分自身以外の興味が薄いのだから。今回、創家が参戦をよしとしたのも単に距離と時間が“落とし前”をつけさせる事を許す範囲にあったに過ぎず、それ以外の理由など欠片もない。創家操兵はそんな典型的な異能者の一人だった。

 だからこそ、創家操兵は思う。戦闘力で及ばないとは思わない、しかし、に戦うあいつらほど酔狂だとはに思わない。、など自己完結で満たされた異能者創家はそこまで強欲になれない。

 余談になるが、異能者はほぼ全てが自らを人間であると自覚している。異能はあれど、別種の生物であるとなどと認識した事は無い。

 だから、遠い先祖が迫害を恐れて隠れ住んだ事も、現代においてもそうなる可能性も頭ではわかっていたが、その根の部分までは理解していなかったのかもしれない。

 つまり事実はどうあれ、姿かたちは似通っていながら自分とは違う生き物の存在と相対した時になって頭をよぎるもの。しかし恐怖やそれに類する忌避ではない、もう少しシンプルで原初といえるもの──自分とは違うというだ。

 まったく同じ生物などいるわけがない。人は誰も違っている。生物学上の視点で見ればヒトとオランウータンの差異などほんのわずかでしかないらしい。ならば、いまさら誰それとの存在の違いなど大した問題ではないのだろう。

 だが、それでも──その言の葉に込められた感情はいかほどか、初めての扱いかね、戸惑いながらも“それ”を止める事は決してなかった。

「──“黄金”と呼ばれる世代、か」

 それは一人の異能者創家操兵が生まれて初めて他者を認め、肯定した瞬間だった。


      *


 『ロイヤルガード』と『シャドウエッジ』の戦い──と呼ぶにはいささか一方的だけれど──は目まぐるしくお互いの体を入れ替え立ち替えの乱戦となっていた。

 調整によって該当する対象者への攻撃を禁止されている『ロイヤルガード』達は『シャドウエッジ』の前に動く的と化していて、決着は時間の問題といったところだろう。ただし、その時間は意外とかかるのかもしれない。

 攻撃はともかく防御や回避は禁止事項から外れているらしく、はじめに見せていたぎこちなさは欠片も見受けられない(それでも『シャドウエッジ』からすれば反撃される心配のない標的には違いなく、攻撃のみに集中出来る為、全てを防ぐのは無理だが)。

 その上十人近く──何せ高速で入り乱れているので何人いるのか把握は難しい──いる『ロイヤルガード』が二人の『シャドウエッジ』から与えられるダメージを交代交代で分散させているので、消耗する進度は極めて緩やかなものだ。その意味においては見事な連携だけれど、打開策がなければいずれは──

「──そうだ、凜華と桐条さんが加勢に入れば、この膠着を打破出来るわよね?」

 月ヶ丘帝に打開策がないのなら、生徒会で作ればいい。当真瞳呼や『調停者』が相手ならともかく、目の前の戦闘に限れば桐条さんの実力が見劣りする事はありえないし、成田を私が抱えれば凜華も参戦は可能。十人単位で高度に動く『ロイヤルガード』達もこの二人なら連携を乱す事はないはず。

「いえ、やはり手出しは無用かと」

 凜華が私の案に否と返す。隣の桐条さんも同様に反応は芳しくない。反りが合わないとまではいわなくとも意見が一致するのは珍しい(考え方や性格が違い過ぎるだけで好悪で意見を曲げているわけではない)二人が結論を同じくするという事は反対に明確な理由があるという事。なぜを問おうとする私に先んじて凜華が口を開く。

「まず第一に桐条が言った様に不利とわかっていながら無策で挑む人間を御村が意識するとは思えない点」

「そんなあてにならない──」

「第二に、月ヶ丘帝自身の言葉です」

「──判断材料で……言葉?」

「“隅で固まって動かず、黙っていろ”──私達への邪険にしてもどこか念押しで具体的です。手助けを望まないなら邪魔の一言でいい。人間関係が煩わしそうなタイプでしょうし、そちらの方がより自然です」

「(言いきったわね。そう見えたのは同感だけれど)」

「策があるとすれば、援軍待ちの持久戦。しかし、私達の加勢を拒んだ以上それも考えにくい。仮に『シャドウエッジ』の疲弊を目的としても、手助けが必要でしょう」

「単にあなたや桐条さんと組む価値を見出だせないだけという可能性は?」

「それはないでしょう。転入から数日、王崎国彦との不仲は確認済みです。本人が目立たないのを徹底しているにもかかわらず無神経に絡むのは一度や二度の事ではないらしく、相性はどう好意的に解釈しても良好ではないのは確実です」

「つまり?」

「目的の為なら、どんなに気にくわない相手とも協力出来るという事です。そんな人物がここで手を借りない理由はありません」

 実力の面で加勢を拒まれた可能性をはじめから除外しているあたり、なんというか、相変わらず凜華はさすがだ。こんな時に意地の悪い質問をする私も我ながらどうかしているのだけれど。

「ではなぜか。持久戦、時間稼ぎは“当たり”として、別の目的──なんらかの準備の為だとしたら。それで加勢が必要ないのだとしたら。私達はたしかに“固まって動かない”方がいい──そう思うだろう? 桐条」

 最後の部分で水を向けられた桐条さんは視線を月ヶ丘帝と『ロイヤルガード』達の方へ固定させたまま短く、あぁ、と返す。まるで手品を見破ろうと、あるいはただ種明かしを待つ様にその結末を見守っていた。そしてその推察の果てを知る時は否が応でもやってくる。

「ようやくだ」

 その一言にいったいどのような感情がどれだけ込められているのだろう。強く握りしめた手の力を抜き、『ロイヤルガード』と『シャドウエッジ』とが生み出す嵐へと足を踏み入れていく。およそ荒事に向いていそうにない月ヶ丘帝が、である。戦闘向きの異能だったのか? そうでなければ明らかに無謀、正気の沙汰とは思えない。

「らしくないな、帝。期待するだけ無駄なのは君が一番よくわかっているはずだ」

 その言葉の真意は不明だけれど、思うところは同じ。月ヶ丘清臣のどこか憐れむ態度は差し向けた刃の無情さと月ヶ丘帝の無力を知っているからだ。

 『シャドウエッジ』、読み替えれば、懐刀というところだろうか。腹心の部下、側近の意味。時に主を諫める事を求められる重要な役割──それが例え主の命を奪う事になったとしても。ゆえに懐刀。護身とは別に自決としても用いられる不退転の覚悟を示す最小単位の武装の一つ。

 どうやら『ロイヤルガード同類』だけではなく、当主である月ヶ丘帝への攻撃も可能らしい。何度目、何人目かの『ロイヤルガード』を打ち据えていた『シャドウエッジ』が攻撃を中断し、その標的を月ヶ丘帝へと移す。

「──まずいな。あの位置では月ヶ丘が完全に無防備だ」

 桐条さんの呟き通り、月ヶ丘帝の手足として交戦の矢面に立っていた『ロイヤルガード』達は一人残らず主の元から離れ、今や『シャドウエッジ』の二人の方が距離的に近くなっている。攻撃出来ないという制限がある中で防戦一方の結果としては無理からぬ話ではあるが、その上、月ヶ丘帝本人から近寄っているのだからなおさらだ。

 一足飛びで触れ合えそうな距離間にを挟む月ヶ丘と『シャドウエッジ』を中心に四方八方に追いやられた『ロイヤルガード』達が外周を形成する。見方によっては包囲しているともとれるが、抑え込む事すら禁じられては無意味。当然、敵に対してその様な好機を躊躇する理由はない。遮るもののない空間をあっけなく渡り、月ヶ丘帝に肉薄する『シャドウエッジ』。

「ようやく、解放してやれるよ──

 はじめて見せる月ヶ丘帝の柔らかな笑み。しかし、笑顔に込められた親愛を『シャドウエッジ』には──姉と呼ばれた二人の女性には──届かない。

 その言葉の意味するところなど理解が追いつく間もなく、鋭角に握った四つの手先が月ヶ丘を貫こうと構え、やはり何の感慨も浮かべず、その貫手を目の前の家族に突き出した。

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