きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第67話

「“予定通り”ねぇ……やっぱりそういう事か」

 突然姿を見せ、味方につくと言い放った月ヶ丘帝の言葉をどう咀嚼したのか、さしたる反応を見せず(そして疑う素振りすらなく)当真瞳子は受け入れる。当然のように私の存在を横に追いやって話がまとまろうとしている訳だが、はいそうですか、で済むはずがない。

「──そういう訳知り顔で勝手に納得しないでもらえるかしら?  私は何一つ理解も了承もしたつもりがないわよ」

 ともすれば、この段になって何をでしゃばるのかと感じるかもしれないけれど、そういうわけにはいかない。月ヶ丘帝は海東姉妹の──生徒会に対して解任要求を突きつけようとする勢力の協力者だからだ。

 たしかに成田や当真瞳呼、そして『調停者』の異能はどう贔屓目に見ても生徒会の手に負える代物ではなく、成田をこちら側に引き込む工作しか打てる手だてはなかった。協力者であるはずの当真瞳子達ですら『調停者』との不可解な因縁といい、今の展開といい、よくも学園人の庭で好き勝手にやってくれるものだと改めて思う。

 しかし、それら全ては究極的に私の一存でどうとにでも出来るのだ。当真瞳呼達には不法侵入で公権力の介入を、当真瞳子達には学籍に準じた処分を、それぞれ科してしまえばどんなに強力な異能を持っていても(少なくとも社会的に)倒す事は不可能ではない。そもそも天乃宮と当真、両家の関係をないがしろにする事を誰も──当真瞳呼ですら──望んでいない。

 それを今やらないのはひとえに海東姉妹を確保出来ていないから。今日だけ、今日さえ、解任要求を止められるならいかようにもやりようはある──これはそういう勝利条件の盤の上だ。

 生徒会海東姉妹解任要求という弱味があり、海東姉妹解任要求には当真異能者がいなければ目的を達成するには足りず、当真異能者がいくら強く何を成そうとも天乃宮の意志一つで簡単に茶番に成り下がる、そんな三竦みと言い換えてもいい。

「その抗議は学園の最高責任者としてか、それとも天乃宮の一員としてか、天乃宮姫子? いずれにしても今回の一件に関しては天乃宮はおろか、月ヶ丘、当真全ての家とは関係のない話だ。おとなしく隅にでも下がっているといい」

 一切の問答を受け付けないとばかりの態度は月ヶ丘帝のもの。異能の厄介さやそれなりに複雑そうな生い立ちは優之助御村から聞いていたものの、初めての面識とは思えないほど刺々しい。正ににべもないという言葉がしっくり来る排他具合だ。これで本当に一血族の長だろうか?

「ならば、他所でやってもらえる? この学園で好き勝手を私は許した覚えはなくてよ」

 売り言葉に買い言葉だと思いつつ間髪入れず言い返す。そういえば月ヶ丘実家やその血筋を嫌っているのだったか、御村の言葉を不意に思い出す。月ヶ丘清臣の建前に満ちた言動を好ましいとはどう間違えても思わないが、月ヶ丘帝は月ヶ丘帝でにべもない。

 いや、それはともかく、どの家とも関係がないとはどういう意味か?  現に当真瞳呼や月ヶ丘清臣はここにいる。成田の確保はに当真瞳呼の個人的な意図が込み入っていてもおおよそは家の(総意までとはいかなくとも)思惑によって動いているのは確実だ。

「(あるとすれば、海東姉妹、もしくは平井さん、か)」

「僕としても不要な要素のあるここでどうこうする意味のなさは承知している。抗議がしたいなら“向こう”にすることだ。もっとも──」

 そこで月ヶ丘帝は言葉を区切り別のものへと視線を(といっても私の方を一度とりとて向いたわけではない。失礼な話だけれど、当真瞳子を不機嫌そうに見た以外は別方向ばかりを見ていた)いくつか走らせる。『新世代』の集団、『シャドウエッジ』、そして月ヶ丘清臣だ。

「──もっとも、こちらとしては片付けておきたい人物要件ばかりでね。悪いが君の用事は後回しだ」

 剣呑さを一切隠す事ない月ヶ丘帝の意を汲み、彼に付き従う少女達──『ロイヤルガード』──が四方に散らばる。そして展開、拡大する高く鈍く響くそれぞれ何かが破壊される音。時折混じるのはその中にあって切り取られたかのようにはっきりと聞こえる会話の数々。

 ──それは、穂先が失われたカーボン製の長柄を杖術のごとく操り当真瞳子に対峙する当真瞳呼。

 ──それは、一網打尽に失敗した『調停者』へと再び切り込む篠崎と、再度“影”を斬り払いつつ刀身を異様に伸ばし今度は本体を狙う刀山。

 ──それは、浮き足立つだけで烏合の衆と化した『新世代』を規則的な連携で追いたてる『ロイヤルガード』の面々。

「──さすが月ヶ丘当主が指揮する近衛、せっかくの研究成果も形無しですよ」

「物言いも物腰もあらゆるものが白々しいな、清臣。僕に提出したカタログスペックが全てではない事ぐらい“見なくとも”わかるぞ。大方、僕の能力射程外にある地で本命の調整中だろう?」

 そして最後に残るのは私、凜華、桐条さん、人形のごとく意に従う『シャドウエッジ』とここまで騒がしくあるはずなのに目覚める気配のない成田、そして、数メートルを挟んでお互いから目を離さない月ヶ丘の二人。

「──その様子では場所も絞り混んでいるようだな」

「長老衆にを付けている。探るのは容易い」

「あいからず抜け目がない。まぁ、ご老人がたの手を借りなければならない時点でいずれそうなるとわかっていたことだがね」

「(もしかしなくても、どうやら敵同士のようね。それも相当に根が深い間柄の)」

 月ヶ丘清臣の言葉遣いから当主に対する振る舞いが消えると、まるで同世代の親戚同士のやり取りに聞こえる。けれど、物理的な距離が表すように両者の間には隔たりが見え隠れしている。井戸の底のごとく静かに、そして奥深く。私にも天乃宮の中に政敵がいないわけでもないがここまでではない。いっそ、当真瞳子の毛嫌いぶりの方がまだまともに見える。

「貴様が表立って動いたという事は、目的にある程度の目処がついたらしいな」

「その通りだ、帝。君の方は変わらず不毛の道を進むだけだな」

「そうでもない。ここで取り戻せるならいくらかは満たされる──返してもらうぞ」

「──出来るものなら」

 その言葉を引き金に動いたのは月ヶ丘帝の『ロイヤルガード』達。すでに『新世代』を片していたのか、講堂内に五体満足で立っている『新世代』は一人もいない。今までの会話はその為の時間稼ぎだったらしい。

 だが、その先制攻撃に立ちはだかる一対の影、月ヶ丘清臣を守る『シャドウエッジ』だ。幽鬼じみた雰囲気とは裏腹に異様なほど機敏な動きで倍以上の手勢を返り討ちにしていく。

「──妙ですね」

「──妙だな」

 ほぼ同時に呟く凜華と桐条さん。声のハモり具合に微妙に顔をしかめながらも感じたものに確信を得たのか桐条さんが続きを述べる。

「『ロイヤルガード』の動きが明らかにぎこちない。あれで本当に『新世代』を短時間で制圧したのか疑わしいほどにな。そもそも先日や今日も含めて優之助達とも数度小競り合いもしていたはず。あの程度の動き、まず手こずるとは思えない」

 言われていればたしかに『ロイヤルガード』の動きはおかしい。戦闘は門外漢で説明が難しいが、例えるなら叩こうと手を振り上げるがわざと当たらないよう下ろす感じ。合理的かつ効率的に攻撃を加える『シャドウエッジ』とは対照的だ。あまりに不自然で滑稽な動作に八百長か何かと勘繰りたくなるが、それにしても、もう少しうまくやろうというもの。そもそもそんな事をする意味がないし、『ロイヤルガード』──月ヶ丘帝の敵対心は疑うまでもなく本物なのは見ればわかる。なればこそ、ますます不可解な話。

「──当然ですよ、天乃宮さん。『ロイヤルガード』はその名の通り一族を害する事が出来ないよう調整されています。例え月ヶ丘当主の命であっても月ヶ丘に連なる者への攻撃はおろか抑え込みも禁じられている。同士討ちもご覧になったとおり」

 余裕のつもりか、変えようのない性分からか、補足を続ける月ヶ丘清臣に辟易するがひとまずの疑問は解消されたので押し黙る事にする。話を聞くに『シャドウエッジ』は『ロイヤルガード』とは別の調整とやらを受けているらしく、同類を認識している『ロイヤルガード』を遠慮も手加減もなく攻撃していた。

 月ヶ丘帝は手助けに動く気配はなく(あっても戦闘力はないらしいのでどうにか出来るとは思えないが)、ただ見ているだけ。性分か余裕かはともかく月ヶ丘清臣が晒した情報にさしたる反応を示さなかったのは周知の事実としてはじめからわかっていたという事。ならば、なぜ──

「月ヶ丘帝! なぜ『ロイヤルガード』を引かせないの。このままだと彼女達が──」

「君らは後だといったはず。二度も言わせるな──隅で固まって動かず、そして黙っていろ」

 主の命令を愚直に従う『ロイヤルガード』に居心地の悪いものを感じて思わず上げた声を冷たく切り捨てる月ヶ丘帝。曲がりなりにも名家を背負う同じ立場と思う分、相容れないやり口に不快感は増すばかりだ。

「この──」

 思わず月ヶ丘帝へと掴みかかろうとする私を桐条さんが腕を引く事で止める。振りかぶり彼女を見ると落ち着けとばかりに首を横に揺らし、ある一点を指差す。

「気持ちはわかるが、月ヶ丘の言葉に従った方がいい。仮にも優之助が認める男が無意味にあんな真似をさせるとは思えない──それに」

 それ以上はみなまで言わず、私の腕をゆっくりと離し、空いた手である一点を指し示す。桐条さんが差した指の先、そこには黒の手袋をはめた月ヶ丘帝の両手が皮を突き破らんばかりに強く握りしめ震えているのが見えた。

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