きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第61話

 に居たのは一人の女生徒だった。天乃原学園の制服に黒縁の眼鏡、そして三つ編みの髪型はいかにも文学少女というを施していたが、この場ではむしろ違和感の塊でしかない。いうまでもなくこの学園で目立たない為の偽装──おそらく見た目通りの年齢ですらないだろう。

 手には文庫本。席に腰かけ、ページをめくる姿は先ほどここから離脱したを連想させるが、彼女ほど本の中身に目を通していないのはここからでもわかる。それも演出の範囲の内だが成田と私の視線に晒された今、長々とフリを続けても意味はない。

 その事に気づいたのか、あるいは単純に飽きたのか肩をすくめて文庫本を放り投げると、物静かな風体に似合わぬ爆発的な瞬発力を発揮して檀上──私達と同じ舞台へと降り立った。

「──せっかく変装までしたのにもう少し付き合ってくれてもよかったんじゃない?」

 冗談めかした物言いと共に目の前まで近寄ってくる女生徒。そんな彼女を見て、真っ先に思い浮かぶのは優之助友人のさらに友人である当真瞳子。姿かたちはともかく、物腰や口調はどことなくというレベルではなく似ている。

「むしろ突っ込み待ちだろ? 明らかに浮いてんじゃねぇか──も含めて」

 声に棘を込めながら成田が女生徒の手元を指さす。またしても姿恰好とは正反対の凶器──成田の『プラズマ・シャフト』より長い柄で構成された無骨な薙刀なぎなただった。立っている場所の効果もあってか、得物を携えているとますます春休み前の出来事がよみがえる。

「──綺麗でしょ? 当真の宝刀、名は『死化粧しにげしょう』。さすがに柄の方はとりかえたけど、刀身は間違いなく国宝ものの刃だわ。刃に掘ってある溝が肉の差し抜きにいい塩梅を与えてくれるのが特徴で、刃と突き刺した相手の両方を赤に染めるのがその名の由来だそうよ」

「──初対面の相手にする話かよ」

「(同感だ)」

 まさか皮肉で指摘した得物について嬉々として語られるとは思わなかったらしく、苦虫を噛み潰したような表情を見せる成田。当真瞳子も優之助相手に掴みどころのない一面を見せていたが、これもひと味違うだ。それでも見れば見るほど、話せば話すほど共通点が増えてくる。特に目だ。やや大きめのフレームの眼鏡の奥から覗くのは──

「──!!」

 思考を破ったのは一筋の銀閃。

 かろうじてかわす事が出来たが、それは私が彼女を警戒していたのと彼女の放つ刃が無造作だったから。無造作──人に向けるにはあまりにも感情のこもらない、まるで人を人とは認識していない動作だ。

「おそらく君の感じた通りだ」

 まるで栞を挿し込むように背後から現れた気配と、投げかけられる男の声──共に月ケ丘清臣のものだ。

「(いつの間に)」

 当真瞳呼よりは手前の座席にいたはずだが、いったいどうやって私に気づかれず舞台に降り立ったというのか? 疑問はあるが、を止めるつもりはなかった。振りかぶる遠心力を利用し、バックブローを放つ。

「む……」

 手ごたえはあった。だが、感触から伝わるのは攻撃の失敗、なにより狙ったはずの対象ではなかった。行動の結果に遅れて映し出された視覚には月ケ丘清臣と私との間に立ち塞がり主を守る二人の女。

「驚かせたようですまないね。こちらとしては君に危害を加えるつもりはない。彼女達は『シャドウエッジ』──一応、私の護衛だ」

 言いながら、軽く指を鳴らす。合図を受け、無言で私のバックブローを止めた女がしずしずと主の背後へと下がる。

 その姿かたちは、天乃原の制服とは違う黒で統一された衣装を身に纏い、整った造形だが冷たく、無機質な印象。だが、平井要芽のような氷でもなければ、天乃宮姫子のように人形じみたものではなく、不吉さをたたえた死人に近い。

「──感じた通りとは?」

 値踏みを悟られないよう、おうむ返しで質問する。そんな私のささやかな腹芸をどう受け止めたのか、特に追及する事なく、言葉の通りだ、とこちらの質問に短く答える月ケ丘清臣。

「端的に言えば、人を人とは思っていない。彼女は極端な異能者優位の差別主義でね──いや、もはや差別ではないな。異能者でない生物は同類とはないと"区別"している。だから、先ほどの一撃も本人からすれば、虫でも追い払ったつもりだろう」

「人を虫扱いとは相当だな」

「逆に言えば、虫扱いだからこうやって私と会話ができている。本当に殺す気ならばまた違った結果になっていただろう。下手に動かなければ、これ以上攻撃される事もない。まぁ、虫は虫でも油虫なら嫌悪、雀蜂のような危険な種なら警戒と防衛だ。場合によっては話は別だろうがね」

 つまり、私は羽虫程度の存在というわけだ。屈辱を覚えないわけではないが、他人が下した評価の如何をそのまた他人に詰め寄っても意味がない。

「目の前にうろちょろしなければ追い掛け回すほどの価値はない、か。私に切っ先を向けておいて、なかなか愉快な神経をしているようだな」

「付き合ってみればそんな皮肉も出てこなくなる。あれでも自分の価値観が他人と掛け離れているのを理解しているし、対外的に抑えるところは抑えている。ある意味、下手な狂人よりも厄介だよ」

「私を殺そうとしたのは対外的にどうなんだ?」

「当然、問題だ。だから私がわざわざここまで降りてきた。見えないかもしれないが、正直、私も辟易している。事前に天乃宮関係者に危害は加えないと打ち合わせたはずだが、どうやら顔を忘れたか、見分けがつかなかったのだろう。私としては天乃宮とは正面から対立したくはないのでね──本当に困ったものだ」

 それはつまり、天乃宮関係者でなければどうでもいい、という事か。他人をこき下ろせるほど立派な人柄ではないのは成田への言い様でわかっていたが、人物評価の訂正は必要なさそうだ。

「血を分けた肉親ですら異能者でなければ、別の種族扱いだ。犬猫に親愛を込めて家族と呼ぶ人間はいるが、彼女の場合、生物学上そうなったから仕方なく"対外的に"血縁と認知しているらしい──表情が一層固くなったが、どうかしたか?」

「……いいや、何でもない」

 よぎった記憶と感情を振り払う。揺れた視界には親しげに話しかける女生徒もどきと鋭い目つきに剣呑さをにじませる成田が見える。攻撃から逃れた分、離れているので会話のこまごまとした所は聞き取れない。だが、その後に何が起こるのかは嫌でもわかる。その予感に従い二人からさらに遠ざかる。

 ──判断は正しかった。空気を割らんとばかりに轟き、稲光が舞台の上を走る。現象の余波として衝撃が頬を叩くが、あと1、2歩分出遅れていたらそんなものでは済まなかっただろう。

 熱心にコミュニケーションをとろうとする女にいよいよ限界が来たのか両者の間に火花が散った──もちろん比喩ではなく成田の異能だ。

 さすがにそこまでされて近づくのは無理だったようで、女はから舞台の隅の方まで移動していた。再び見せた脚力にも驚きだが、例えるなら気の立った猫を微笑ましく見るような目をしている事に気づき戦慄する──あれを見てかわいらしさを見出すその神経に。

「少々、馴れ馴れしすぎたかしら? まぁ、初対面だと身構えるのも仕方がないわね。それに自己紹介もろくにしてないし──」

 屈託のない笑みを浮かべ、そう自己完結させる女。そして手にした薙刀を横に一閃させ、場の空気を切り替える。

 同時に表情をにこやかなものから礼を尽くすものへと引き締め、成田に向き直る。見つめたのは二呼吸ほど、敵対する意思はないとばかりに薙刀を後ろ手に構え、優雅に腰を折る。

「──はじめまして、時宮高校序列一位『サンダーガール』成田稲穂。私が月ケ丘高校元序列一位『絶槍』にして、当真家当主候補の一人、当真瞳呼──そこの男に倣うなら当真家側の黒幕として暗躍中よ」

「──トウマトウコ、ね。聞いちゃあいたが、マジであのと同じ名前かよ。……胸糞悪りぃ」

「字は違うわよ。私が"呼ぶ"と書いて、彼女は普通に子どもの"子"」

「あたしから見れば、大差はねぇよ──裏でこそこそ小細工するあたり特にな」

 当真側の黒幕、つまり当真瞳子や優之助を敵に回せるだけの相手を前にしても成田稲穂のガラの悪さは微塵も変わらない──当真瞳呼と名乗った女の底知れなさは私以上に理解しているにもかかわらず。

 おそらくあれが異能者が異能者たらしめる"性質"なのだろう。異能という力からくる妄信ではなく、その力の根源にある何らかの"確信"めいたものを核として我を通す──誰を相手にしたとしても。性格や言動を鑑みるに成田を尊敬できるものは何一つないが、その姿を見ていると悔しいが少し羨ましい。

 だが、それはこのきな臭さを残す──至近距離で炸裂した雷のせいで物理的な意味でも──舞台の上で成田と私に対し、『新世代』と月ケ丘清臣のシャドウエッジ、そして当真瞳呼が入り乱れる圧倒的不利な戦局への火種が生み出されるという事でもあった。

「成──」

「──止めた方がいい」

 成田を呼ぶ私を遮ったのは月ケ丘清臣。声は先ほどと同じく背後からだったが、もはや驚く事もない。ただ出来ていたのか、という感想くらいだ。

「戦えないと自ら評したわりによく出しゃばるものだな」

「これは手厳しい。私自身、責任感があると思うゆえの行動なのだが……。今もあの二人に割って入りかねない君を止めに」

「好意からくるものではないだろう? なら、それを感謝するいわれはないな──私とて二人をどうこうできるとは思わない。やり過ぎるな、と忠告するだけだ」

「──なるほど、思ったより肝が据わっているらしい」

 もちろん嘘だ。このままでは取り返しのつかない事態へと進展する。である以上、止められるなら止めたい。だが、助勢しようとした私を押し留めたのは月ケ丘清臣の制止ではなく、散々見てきたガラの悪さに隠された成田の明確な"怒り"だ。

「──相当ご立腹ね」

 とは、当真瞳呼の言。つい先ほどまで『新世代』を差し向けられ舞台は戦闘の真っただ中だったのだから、立腹も何もないだろう。むしろ差し向けた側がなぜああも親しげにいられるのか疑問だ。

「お怒りはごもっとも。ただ、こちらの言い分を聞いてからにしてくれるかしら。察しているようだけど、要芽があなたに生徒会室を襲わせたのは私の指示よ。だから、あまりあの子を責めないでくれるとうれしい」

「──ほう」

 言質を取った、という顔の成田。怪しければ問答無用も辞さないタイプだが、それでも認めさせるとそうでないとでは違うのだろう──その身を走る雷が直撃すれば結果など一つしかないと思うが。

「いきなり私からの指示といったら断られるのはわかっていたから伏せたけど、ちゃんと目的があっての事なの。といっても、敵としてあなたを貶めるつもりはない──むしろ逆の事をする為にあえて遠回りな手段に出たの」

「はっ、あの当真瞳子クソ女との権力争いに巻き込んだだけだろ。それ以上もそれ以下もあるか」

「たしかに、目的は当真家当主の座にあるし、あなたの言う権力争いを使って場を用意したのは間違いないけれど、あなたを襲撃者に指名したのは理由あっての事よ」

「──もったいつけずに言ってみろや。戯言として鼻で笑ってやんよ」

「あなたをこちら側に引き込みたい。現序列一位、『雷と共にある少女サンダーガール』成田稲穂。あなたにはその資格がある」

「頭沸いてんのか?」

 身も蓋もついでに言えばそっけもない返しだが、答えは十人が十人とも同じだろう。月ケ丘清臣も当真瞳呼のやろうとしている事は事前に知っていたはずだが、わずかに見えたその目からは理解という色は見えない──案外、組んでいて辟易しているというのは本心だったのかもしれない。

「本気よ。その為にわざわざこの学園まで足を伸ばしたの。普段表に出ない私なりの誠意と受け取ってもらえると嬉しいわ」

「その誠意とやらにどれほどの価値があるんだよ。あたしからすればゴミクズほどもねぇよ──まぁ、わざわざ出てきてくれた事には感謝してるよ」

 言うや否や、成田の目が剣呑に光る。それが引き金となり生まれたのは唐突な刺激臭と耳障りな音を共にする再びの雷火──視線で狙いをつけ、一瞬のうちに発動するノーモーションの一撃だった。

 虚を突かれた当真瞳呼にその雷撃をかわす術はなく、目を覆いたくなるほど激しい光が落とす人影は棒立ちのまま、その雷を受けている。『新世代』相手では火力不足でも生身の当真瞳呼だと話は別だ。

「──そんなてめえでも、強いて価値を求めるならその首だな。大人しくあたしに狩られろよ。それでに褒めてもらうんだからさぁ……」

「(──まさか、あれで終わるのか?)」

 成田の気性を考えるなら何らおかしくない奇襲。かわせるかどうかは別として、私ですら成田の暴発を警戒していたが、当真瞳呼にとってはさしたる脅威に映らなかったのかあまりにも無防備だった。そのまま数秒間、雷のただ中に晒されたのだ、最悪死んでいても不思議ではない。

 にもかかわらず、この場に居る誰もが、その想像を否定する──私も即座に考えを取り消した──いまだに感じる異質な気配がそれを許さない。

「──か。聞いていた通り、一途な子ね」

 一瞬でも終わったと思った私を嘲笑うように平然した声が講堂の中を駆け抜ける。さして大きな声量ではないが、よく響くのは無意識の警戒が否が応でも拾うのか。眩んだ目がようやく収まり舞台へと視線を戻すと、その声と同じく無傷の当真瞳呼が変わらずそこに居た。

「(偽装で纏った制服にも焦げた形跡すらない。当真瞳呼の能力か?)」

「残念だけど、とりあえず説得は後にした方が良さそうね。しばらく大人しくしてもらいましょうか」

 当真瞳呼の周りで景色が歪む。ついで薄く引き伸ばされたのようなものが歪みの部分から漏れ出し、発動者の望みのままに形作られる。

 産み出されたのは手にした得物を彷彿とさせる武骨な薙刀、当真晶子が使っていたという能力だ。だが、会長から聞いた話よりも実物はなおも危険に映る。それは本来の使い手からか、本人の心象によるものか。

「上等だよ。要芽の前にてめえを黒焦げにしてやる」

 その意思を表すように成田の全身を雷が踊る。それは期せずして二人の異能を対比する構図となった。雷と架空の刃、それぞれの化身が互いの威を相手に認めさせる──異能者同士の競いによって。

「きみのその手はやさしい手」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く