きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第59話



      *


「──今ので最後ね」

 自らの分身である『紅化粧愛刀』から伝わる手ごたえが戦闘の終了を告げる。遭遇した時点で向こうの頭数は十三。そして返り討ちにした数も斬り伏せたばかりの刺客とを足して同じく十三──どうやら討ち漏らしはないようだ。

「瞳子ちゃん、まさか殺した──わけじゃなさそうだね」

 足元から聞こえるうめき声で理解したらしく、明らかに安堵したと振る舞ってみせるのは高校からの友人である篠崎空也。

 私の名前を"とうこ"ではなく、"とおこ"と独特のイントネーション呼ぶところが唯一の不満だが、それ以外は能力や性格、修羅場での度胸、私のやろうとする事への付き合いの良さを含めて得難い存在である。

「──殺っちゃうと後でいろいろうるさく言われるんだよねぇ。処理に手がかかるっていうかさ」

 ──本当に私好みの性格だ。面倒臭い倫理観をいちいち持ち出さないあたりは特に。

「こいつらは『皇帝』の差し金か?」

 気の弱い人間ならそれだけで身をすくませそうな硬質の声は、空也と同じく高校からの友人にして厄介事に平然と付き合う変わり者、刀山剣太郎のもの。時折度が過ぎるほどのマイペースさに空也と違った手強さを感じつつも、こちらも私がうまく人間関係を築ける数少ない逸材だ。

「ううん、むしろ『皇帝』の確保に差し向けられたって方でしょうね」

「意外に苦労してるんだね。全くそう見えないけどさ」

 月ケ丘家当主『皇帝』と月ケ丘本家との確執をわずかなやり取りで察する空也。その反応の度合いがなんとも所帯じみていて、内心で少々萎える。

「(一応、話す相手によっては町一つを揺るがすスキャンダルのはずなんだけど……)」

「その手合いがこの程度ならお家騒動がいくら起きても問題ないだろう。で? どうする瞳子。このまま『皇帝』を追うか、それとも──」

 空也と同様、月ケ丘の下克上に興味のない剣太郎が現実的な提案を求める。

「そうねぇ。たしかに睛さ──当真睛明から聞いていた話と違いすぎる。発現した異能も。けれど──」

 そう、けれど、だ。問題ないと断じる事への違和感がどうしても拭えない。それは言い出しっぺである剣太郎ですら"それとも"と、もう一つ別の選択肢を上げようとしたのと同じ。いくらなんでも歯ごたえがなさすぎるのだ。

「月ケ丘の『新世代研究成果』がこの程度だとはどうしても思えないのよ。切り札なのか、それとも鬼札か、事を起こすに足りる成果があるはず」

 何より当真瞳呼あの女がこの程度の手駒で満足するような者を協力者にするなんてありえない。こんな事なら当真睛明睛さんに月ケ丘方面の話を聞いておけばよかったと悔いが残る。せめて逆崎くんと早めに合流できていれば情報交換ができたものを。しかし、今更言っても詮無い話。こちらはこちらで手一杯だったのだから。

「──事の発端を抑えましょう。ハルとカナじゃなくて、そこのつまらない連中を使って水を差しにきた方をね。『皇帝』も遠からずそちらを目指すはず。なら移動している後者より、このどこかにいるであろう黒幕──この場合、月ケ丘清臣の居場所へ向かう方が効率はいいでしょう」

 質はともかく、『新世代』は月ケ丘が携わった研究の成果。それを投入している以上、実戦投入のデータを収集する為に月ケ丘清臣もここに来ているのは間違いない。その月ケ丘清臣を確保できれば、当真瞳呼あの女が介入している証拠につながる。最低でも学園に月ケ丘を動員した手筈の痕跡でも見つかれば糾弾する事はできる。

「でも、どうやって探す気さ? 優之助に探してもらうのかい」

「いるじゃない。知っていそうなのが」

 目を向けるとそこら中で倒された『新世代』の面々。それだけでなるほど、と感心する空也と剣太郎。無論、私を止める様子はない──本当に話が早くて助かる。

「これだけいれば手加減はいらないわね。替えもきくし気楽にいける」

 とりあえず最後に倒した『新世代』の腹部を足でみる。腹筋の感触からそこそこ鍛えられた女──年は私達と同じくらいの刈り込まれた短髪──で陸上か何かに打ち込んでいそうなタイプ。襲撃なんて後ろ暗い事をしそうに見えない。

「(まぁ、どうでもいいけど)」

 ほんの少しつま先に力を込めると見た目とは裏腹にきれいなソプラノで歌う。

「それだけ声が出るなら問題ないわね。その調子で、とっとと居場所を話してもらえないかしら。気絶して寝てないなら私達の会話は聞こえてたでしょう?」

 結論から言って、『新世代』の女に口を割らせるのはそう時間はかからなかった。


      *
 

「──いい判断だ、当真瞳子。こちらからられている事を踏まえての発言だからこそ、な」

 当真瞳子が捕らえた『新世代』から行き先を聞き出したのを見届け、自らの異能を解除する『皇帝』月ケ丘帝。『導きの瞳』は視覚を基点にあらゆる共感覚を発動させる為、『優しい手』の『超触覚』以上の知覚能力を備えている。当然、瞳子も自分達の行動が帝に筒抜けであるのを知っていて、その上で逆にコントロールしようとした。帝がいい判断と評したのはこの部分だ。

「それにしても、意外に早く居場所が知れたな。しかも講堂の地下に潜んでいたとは僕の能力を知っている割にお粗末な隠れ方だ」

 月ケ丘清臣年上の親戚のにじみ出る慇懃無礼さを思い浮かべながら辛辣に言い捨てる。

 遠視・透視を備えた『導きの瞳』がその能力をもってしてカバーしきれない場所を一つ挙げるとしたら、それは"地下"だ。木々や壁といった障害物程度なら問題ないが、何層も折り重なった地面の向こう側を見通すのは帝にとっても困難を極める。その意味では月ケ丘清臣が講堂の地下を潜伏場所に選んだ事、そこに留まっている事もなんら不思議な話ではない。

 しかし、難しいというだけで地下を全く透視できないわけではなく──能力の限界というより、際限なく地面まで透視してしまうと上下天地左右の区別がつけにくくなるのを嫌って、というのが理由──広大な敷地を誇る天乃原学園でも地下階層がある施設は数えるほどなので、その気になれば探すのは苦ではないからだ。

 帝がそれをせず今日まで野放しにしていたのは、第三者が介入する状況下でなければ──対外に下克上が起きているのを知らしめなければ──形ばかりの当主である帝に月ケ丘清臣を処断する機会が得られなかったゆえである。

 それ以前のタイミングで見つけたとしても何もできない以上、長々と見ていたい顔でもなし。そんな精神衛生上の観点から探す事をしなかった。どちらの点にしても見えすぎる事への弊害だろう。

「それともか? ──まぁ、いいさ。どちらにしてもやる事は変わらない」

 遠くへ向けた『導きの瞳知覚』を手元に戻していくのに比例して色彩が、質感が、残響が、それぞれ本来の五感に存在厚みを訴えかけてくる。

 五感が受け取る情報量が変化した事による"酔い"みたいなものだ。普段では味わえない拡大されたものを見聞きした感覚。例えば、映画館で視聴した後の奇妙な浮遊感が近いのかもしれない。どちらかと言えば気難しい側に立つ帝もそれを味わうのはやぶさかではなく、その言の葉は心地よさそうに響いている。

 だが、その感覚に浸りそうになる誘惑を打ち消したのは、かち合う金属音、風に乗って鼻腔を叩く血臭、どちらもさっきまでの瞳子達遠くからではなく、近くから伝わってくる不快さを伴う情報──木々を向こう側で主を守る為、足止めしているロイヤルガード達と『新世代襲撃者』との戦闘の余波だ。

 戦闘の開始は瞳子達とそう変わらないにも関わらず、かたや早々に決着し、尋問まで終えたのに対し、帝側は未だに戦闘は続き、終わる気配がない。それは序列持ちの数でもなければ、ロイヤルガード達の実力不足からくるものでもない。どうやら襲撃者の実力にかなりの波があるらしく、こちらに差し向けられた『新世代』の質は瞳子達の"それ"より数段上のようだ。

「なるほど、こちらが本命というわけか」

 『導きの瞳』で瞳子達の戦闘を観察していたが、襲ってきた『新世代』達は手足を伸ばして振り回す程度で瞳子達は異能を使わずあしらっていた。だが、ロイヤルガード達が戦っている『新世代』は──

「──『ドッペルゲンガー』と同じ"生体操作"と"物質変異"。本人の申告通りだな」

 再び異能を発動させ、相手の正体を見極めようとする帝。数百m離れた場所で戦う少女達と対峙するのは学生服で偽装した一団。その学生服が一様に破損しているが、それはロイヤルガード達の得物によってではなく、自らで行った"変身"による弊害からであった。肥大化した両腕が袖を内側から弾き飛ばし、増やした足がベルトの金具を軋ませ、ズボンを股下から裾口を割いていく。それら異能によって変化した体はロイヤルガード達を圧倒する。

 素手でありながらサイやトンファーはおろか投擲用の槍長柄の得物とも距離で渡り合い、武器が地肌に当たっても硬質な手ごたえを残すだけで傷らしい傷は見られない。

 身一つでありながら武器持ちと相対して金属音が響くはずである。"生体操作"はただ手足を伸ばしたり増やしたりするだけではなく、強度も底上げする事もできるようだ。

 あるいは無機物を吸収するだけだと思われた"物質変異"が作用しているのかもしれない。さすがは月ケ丘高校元序列四位の異能。ロイヤルガード達も善戦しているが、かすかに漂う金臭さは一方的に彼女達からのものであった。

「──仕方がないな」

 それは『皇帝』の名を冠するにふさわしくない諦念の呟き。はたして主の意図を正しく読み取ったのか、聞こえるはずのない距離にもかかわらず、各々が持つ得物を放棄するロイヤルガード達。『新世代』の面々は彼女達の突然の武装解除にしばらく怪訝な表情を浮かべるが、己が優位を思い出しいやらしく顔を歪める。

「そう、仕方がない。これを早々に使ってしまうのは」

 深い森の中、わずかに差し込む日向が帝の手元を照らす。光から覗くのは、吸い込まれそうな黒地の手袋と、木漏れ日を弾く指先から伸びた細い糸状の何か。その黒色はロイヤルガード達の制服と同じ繊維──つまり、戦闘用に作成されている事が容易に見て取れる。

「そして、貴様らが僕に勝てない事も──仕方がない」

 帝の両腕が閃く。同時に木々の向こう側が再び騒がしくなる。しかし先ほどとは違い、積極的に交戦している様子はなく、その証拠にそこかしこで頻繁に打ち鳴らされていた金属音が一切なかった。

「まず第一に、"物質変異"は集中しないと使えない。当然、戦いながら補給するのは困難。それができるなら優之助の銭型兵器遠距離攻撃を真正面から受けて弾を吸収できたはず。しかし、それをしない、いや出来なかった。森に入って攪乱しようとしたのがいい証拠──ならば、無理に手を出さず、補給させないよう立ち回ればいい」

 ひとりごちる帝の周りには誰もいない。この場合、友人がいない、という意味ではなく、ロイヤルガードによって物理的に誰も近寄れないのだ。終始追い込まれていたはずのこの戦闘ですら。

 『皇帝』は基本的に待ち、防衛、足止めを主とした守備よりの戦闘スタイル。それを可能にするのが、ロイヤルガードと呼ばれた少女達。

 序列持ちクラスの異能を持つ『新世代』に圧倒されていたとはいえ、被害は軽微──出血を認識したのはあくまで帝の『導きの瞳能力』。常人では対峙しても気づかれないほど傷は浅い──で消耗具合で言えば無傷であるはずの『新世代』の方だった。何人かの『新世代』は手ごたえに違和感を覚え、ロイヤルガードをかわし、主である帝を攻略しようとしたが、立ち回りと連携、そして卓越した戦闘技術でその狙いを打ち崩されていた。

 そして今や最低限の攻め手の象徴である得物を放棄し、その体術で翻弄に回っている。戦況は完全に膠着状態だった。そうして補給が途切れ、体力が尽き、異能が使えなくなるまで時を稼ぐ。持久戦は異能者との戦闘における基本戦術だ。そう、持久戦はあくまで。帝の本当の狙いは持久戦ではなく──

「第二に、"物質変異"は認識できない見えないものを吸収する事ができない──ならば、僕は視認の難しい攻撃手段を取ればいい」

 ロイヤルガード達の動き、指先を伝う感触、『導きの瞳異能』によって拡大された知覚が準備完了を知らせる。

 ──いくぞ、帝の唇がそう形作られ、瞬間、硬質の何かが弾ける音がする。次いで、引きずるような音。例えるなら、バイオリンの弦が弓と弾き合う音に似ている。この場合、弦と弓にあたるのは異能によって作り変えられた『新世代』の体と、帝の指先──正確には嵌めた手袋──から伸びた糸。当真家から提供された蜘蛛由来の特殊繊維『アラクネ』。

 特注の糸をロイヤルガードと分けて持ち、その糸とロイヤルガードを操り、対象を絡めとり、そして、切り刻む。手袋にも用いられた特殊繊維『アラクネ』、自らの『神算戦術眼』と『導きの瞳異能』、そしてロイヤルガードとの連携が揃ってはじめて成立する我流・絃糸法げんしほう

 その名が示すとおり、帝の周囲で糸が跳ねるのと同時に複数の音が混じる。それは苦悶、痛苦、といった合唱。ある意味でそれは楽器と言えなくもないが、その機構が生み出す結果をそう呼んでいいものか、判断に迷う。

 しばらく聞き入ったように棒立ちしていたが、静寂が戻ると、何事もなかった風に再び歩を進める帝。本人からすれば、他人の痛苦の声を音楽代わりにする悪趣味さはないが、さりとて、自らを害そうとする連中に手加減するほどお人好しでもない。その声から徹底的に痛めつけたかを確認したに過ぎない。

「──を使っていたなら、当真達を前にむざむざと撤退する必要はなかった」

 その独り言はもしかしたら、無意識に聞き手を望んでいたのかもしれない。『ロイヤルガード』が傍へと戻る瞬間に呟いた負け惜しみの一言は彼女達に届いたかはわからない。仮に聞こえたとしても追従する事も反論する事もない、ただ命令に従うだけ。彼女達はとうの昔に壊されてしまったからだ。月ケ丘家によって。

 余談だが、『導きの瞳』は常時展開されているわけではない。異能である以上、無制限に使い続けるわけにはいかないからだ。帝は隙を突かれない場面を見計らってオンオフを切り替えている。相手に気取られない工夫をこらしながら。

 だから、その瞬間、異能を解除した帝は知る事はない。負け惜しみの矛先がほんの少し前に急襲してきた篠崎空也相手まで差し掛かった頃、背後で少女達の目尻と口角がほんの少し──他人からみれば違いなどわかるものではないが──緩んでいたのを。

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