きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第57話



      *


「──そろそろいいか? 

 "この前の決着"とやらがひと段落したのを確かめ、満を持して口を開く。そんな俺に対して不思議そうな顔をするのは因縁の当事者である逆崎縁と創家操兵。二人の表情から見て取れる困惑の色は昼の強い日差しを遮るほどの木々の下にあっても嫌味なほどはっきりとわかる。

「何が? って顔するなよ。お前ら二人の中で把握している事、全部話してもらうって言ってんだ」

 そこまで言って、逆崎と『ドッペルゲンガー創家』は、ああそういえば、と納得する。そのリアクションに少々イラッとするものはあるが、わかってもらえて幸いだ。

「言っておくが、つまらないボケはいらんからな。一連の騒動の肝がどこにあるのか、それを教えてくれればいい」

「意外だな。てっきり妹達の事しか頭にないと思ってたぞ」

 言葉だけではなく、俺を見る逆崎の目は珍しげに光る。本当に失礼な話だが、ここへ来た事情が事情なので、あまり強く抗弁できない。しかし──

「──たしかに、この学園に入学した理由の大半は、二年間没交渉だったハルとカナに会う為だったさ。だが、ただそれだけでこの学園にいるわけじゃない」

 逆崎が勘違いしているようなので説明すると、当初の目的は瞳子と戦った後の保健室で二人に再会した時点で達成している。

 それで万事解決とはいかないが、二人に俺の話を聞いてもらえる余地があるとわかれば充分。後は家族間で腰を落ち着けて話し合うべき事であって(その前から家族間の問題といわれれば、返す言葉もないし、瞳子のお膳立てである事は否定しない)、ひとまずの問題は解決している。なので、春休み以降に関しては瞳子と交した契約の為に残っている。

 魅力的な報酬の額は当然の事、ハルとカナと顔を合わせるのを密かに期待しているのも本心だ。しかし、この学園に残った最大の理由は、回りくどい上にもののついでではあったとはいえ、妹達と向き合うチャンスをくれた瞳子への義理があったからだ。それがなければ、もしかすると金額を積まれても残っていたかは怪しい(瞳子に振り回されるという事はそれだけ悩ましい)。過去の事例が頭をよぎり、人知れず幻痛が走る。

「この騒動の肝ねぇ──そういえば知っているか、御村。異能が願いによって形作られているって話を。俺はまるまる信じちゃいないが、それでもそういう説が全くない訳じゃない。物心つく最古の記憶で何となく、頭のなかで響いた言葉──光より速く。それが、どうして短距離テレポートアレになっちまうのか、不思議な話だがな」

 ふむ、と訳知り顔で自らのルーツを話してみせる逆崎。俺が口にした話の肝フレーズに思うところがあったようだが、いささか脱線している気がする。

「いったい何の話をしている。俺は──」

「落ち着け、『優しい手』。それがお前の言う肝というやつだ。『スロウハンド』は別にはぐらかしているわけじゃない。物には順序というものがある、最後まで聞いておけ」

「悪いな、『ドッペルゲンガー』──つまりそういうわけだ。お前が。今のお前には興味が薄いであろうこの話題を真剣に考察する集団は大なり小なり時宮には存在している。もちろん、隣の月ケ丘にも、な」

「その大なり小なりのうち、大の方──本格的な研究をしようと真っ先に動き出したのは異能者に関する知識量としては新参であった月ケ丘家。つまり自らが当主を務める『皇帝』の実家だ。その現当主が抑えきれないほどの野心と研究欲にかられた連中が当真瞳呼と秘密裏に手を結び、この学園に来ている。その人物というのが──」


「──月ケ丘清臣?」

 創家の口が紡ぎ出す聞きなれない人名を思わず呟く。おうむ返しに自ら音にしてみても、記憶に全く引っ掛かってこない。

「月ケ丘家の本家筋で異能研究の主任研究員だ」

 そんな俺を見かねてか、逆崎が助け舟とばかりに注釈が入る。

「詳しいな、逆崎」

高原ここへの生活の準備している間、ついでに調査するよう頼まれたんだ。当真晴明経由でな」

「そいつがその黒幕だっていうのか?」

「そうだ。当真瞳呼の共犯であると同時に、月ケ丘側──むしろ、事の発端を担っている。そして、当然、月ケ丘は今ここにある事態に関わっている」

 当真睛明瞳子の協力者のもとで情報収集をしていた分、俺とは比べ物にならないほど事の背景に詳しい逆崎の解説は一切の澱みがない。剣太郎の後輩赤谷達の時といい、役に立っていない自分の立場を嫌でも自覚させられて内臓が痛みと苦みで異様に沁みる。

「俺が聞いた計画によると連中は講堂で身を隠し、いざとなれば、生徒会解任要求の手助けをする為に動き出す算段らしい」

 人知れずコンプレックスを刺激される俺の心境などお構いなしに逆崎から解説を引き継いだ創家があっさりと月ケ丘清臣の居場所をバラす。まぁ、それどころではないのはわかっているので構わないし、ありがたいのだが、その遠慮のなさに苦笑を抑えきれない。

「──帝はともかく、何しに来たんだ? 月ヶ丘清臣そいつ

「当真瞳呼に向けての骨折り──つまり、手を貸すという証明の為だよ。そして月ケ丘清臣本人の事情からだ」

「それは?」

「一つは月ケ丘帝──現当主になにかをするつもりだろう。もう一つは月ヶ丘家が生み出した後天的異能者、通称『新世代』のお披露目を兼ねた実戦投入のテストを観察する為だ。そして俺は──」

 創家との会話が途切れ、不自然な間が生じる。不意に区切りを入れた創家のその苦み走った表情を見るに、そこから先はよほど創家にとって嫌な部分に触れる中身らしい。

 だが、それは躊躇ではなく、その身に宿る怒りが言葉を失わせたからだ。ややあって、再び創家の口が開く。己が核心と覚悟を語る為に。

「──そして俺は、連中から奪われたものを取り返すのが目的でここにいる。『新世代』を生成する過程で暴かれた『ドッペルゲンガー』の研究データ。それを『新世代研究成果』もろとも破棄し、自分・・を取り戻す。どんな手段を使ってでも!」


      *


「清臣の子飼いか」

 『導きの瞳』という絶対的把握能力を持つ身からすれば、それはいっそといえるほどだった。十や二十では足りない歩数の向こうで木々を押しのけながら迫りくる害意の正体を看破する『皇帝』月ケ丘帝。

 当主と一研究員という立場の違いから二つ年上の親戚を呼び捨てにする不遜な物言いの中に嫌悪が見え隠れするのは、月ケ丘清臣が月ケ丘を象徴するような人物である事をこの上なく物語っている。そばに、遠くに、控える少女ロイヤルガード達は一言も発する事はない。だが、主の心情を反映する様に迎え撃たんとする姿はものものしさがにじんで見える。

「どうやら手が回っているらしい──ならば、ここで頭数を減らしておくのがよさそうだ」

 その言葉を引き金に主の意を叶えんと少女達は動く。ややあって、帝を中心とした数百m圏内のそこかしこから武器がかち合う音が響き出した。


      *


 ──同時刻、日原山中腹。

「瞳子ちゃんの知り合いかい? あの人達」

「なんで真っ先に私が候補に挙がるのよ」
 周囲を取り囲む集団を物珍しそうに眺める友人の問いに否で答える瞳子。自分達と同じく天乃原の制服を纏ってはいるが、正規の手続きでこの場にいるわけではないのは、この状況と向けられる強烈な敵意から明らかだ。

 ──まさか帝じゃなくて、こっちが先に当たるなんてね。拭いきれない面倒臭さを感じながら、瞳子の内心で舌打ちが鳴る。

 『皇帝』月ケ丘帝を追う事にした当真瞳子、篠崎空也、刀山剣太郎の三人はアスレチックコースの正規ルートから外れ、学園の敷地内ではあるが、ほぼ道という森へと踏み入っていた。

 なぜ森へ? それは瞳子達からすれば、帝に聞けと言いたいだろう。『王国』王崎国彦を離脱させた後、空也の偵察によって、学園に真っ直ぐ向かったのではないと確証を得て、帝とロイヤルガードの痕跡を辿り、その道すがら上述の集団と遭遇し今に至る。

 追跡自体はさほど苦もなく順調そのものだった、といえる。なにせ都合13人分の移動の跡だ。アスレチックコースから直接学園に向かえば、空也に見つかる以上、遮蔽物の多い森を経由した方が勝算があるのだろう。

 帝の異能なら迷う事はまず皆無だし、戦闘になったとしても『皇帝』の戦闘スタイルを考えるなら地の利も働くはず──最悪、帝自身が囮を演じている可能性も、ある。お互い、それらをわきまえた上での追撃戦は瞳子達にとって(そしておそらく帝側にとっても)無粋な第三者によって妨害されている。

「心当たりもないの?」

 重ねて問う友人──空也の目は、無邪気な様で有無を言わせない妙な迫力がある。普段、御村優之助お気に入りの相手に煙を巻く言動を楽しむ瞳子だが状況もあってか、空也相手にはそういったゆとりを許してもらえない。

 結局のところ、若干不服そうに顔をしかめつつ、再度否──つまり正体を知っている──と、答える。

「本当は月ケ丘の序列持ちが来ると思ったけれど、見知った顔がいないから──多分、の協力している月ケ丘清臣の私兵、『新世代』ってやつでしょうね」

 正体を言い当てられてか、瞳子達を取り囲む集団の間に緊張が走る。一方、その正体について、当たりと確信しながら不満げな態度を崩さない瞳子。そこには興味のない対象に向ける投げやりさがありありと見て取れる。

「月ケ丘──清臣? 『新世代』? なんだか聞きなれない名前と単語だね」

 反応が芳しくないという意味では空也の返しも瞳子の態度と同様に鈍い。その理由が、月ケ丘の事情を調査していたのは当真晴明別口なので隣で首をかしげる友人が知らないのも無理はないと瞳子は理解している。

「……後で説明するわよ」

 面倒見のいい言葉とは裏腹に気怠さそうに愛刀を抜き放つ瞳子。

「──アレは敵でいいのか?」

 その正体も背後関係からくる事情も興味のなかった剣太郎がこの時初めて口を開く。開口一番から物騒な物言いに瞳子が珍しく懊悩交じりの溜息がこぼれる。

「(こういう役割は優之助の領分でしょうに)」

 内心で初期配置を誤ったと後悔しながら、剣太郎に向けて首肯する。剣太郎はそうか、と戦闘態勢(といっても、基本的に構えないので、普段の立ち姿との違いはないが)をとり、空也もそれに倣う。

「誰が来ようとやる事は変わらない。ひとまずの目的は帝に追いついて確保するでいくわよ」

 返答は衝撃波を伴う踏み込みと剣閃だった。飛びかかる『新世代刺客』達を相手に戦端が開かれたのを実感しながら、瞳子の頭をよぎったのは戦いのゆくえでもなければ、帝の居所でもなく、別──それこそ学園の反対側位に離れるほど──の事だった。

「多分、行っちゃったわよねぇ。そうならないように割り振ったはずだけど──」

 瞳子の意味深な呟きは誰にも知られる事なく戦場の風に消えていく。仮に聞こえたとしてを止められるかどうか、この時点では当人達にもわからない。

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