きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第56話

「まさか、こうもあっさり姿をあらわすとはな」

 成田を前に芯の部分が身構えるのを自覚しながら表面では平静を装い対峙する。そんな私の内心を知ってか知らずか──むしろ、それこそが彼女の素なのか──品定めするような成田の視線は常に見下し、なぶる。それは私だけではなく顔見知りどころか、味方であるはずの平井に対しても等しく。

「人聞きが悪いねぇ。まるであたしが逃げ隠れしたみたいじゃん」

「生徒会がこの一週間、しらみつぶしにお前を探していたんだ。それで見つからないなら逃げ隠れしたも同然だと思うが?」

「──なにタメ口でお前呼ばわりしてんだよ。なら敬語使えよ、け、い、ご」

「あなたが言えた義理ですか、稲──」

 それは一瞬の出来事。呆れの混じる台詞を塗りつぶすほど高く弾ける音と共に、平井の座っていた空間が。成田の"雷を操る異能"だ。

 ここから成田まで腰掛け四列分は離れた場所から正確かつ予備動作なしノーモーションで発現した雷光。私が『飛燕脚』を用いても回避できるか疑わしい攻撃を、しかし平井はその身を一つ横の席へ退避する事で苦もなくかわす。それは成田の性格を熟知しての事か、それとも何かがあるのか──今更だが平井要芽、まったくもって油断ならない。それは成田のいまいましげな顔も物語っている。

「──平井が裏切り者というのはどういう意味だ?」

 いつ成田が再び攻撃するかわからない弛緩した空気のまま数分、話が進まないのを危惧した私は意を決して成田に質問する。しかし、天邪鬼と評するすら生ぬるい性格の悪さの成田が素直に話すわけはなく──

「は? それがわかってるからボコりに来たんじゃねぇの? そっか、さっき証拠がどうのこうの言ってたもんなぁ──バカかよ、こいつ以外にそれらしい奴がいるわけないじゃん。とっとと捕まえて吐かせりゃ一発だってのにぬる過ぎか、生徒会てめぇんとこ

 ──このような感じでまともな会話にならない。ただ、成田の言う事を鵜呑みにするなら平井が生徒会の意図するものとは別に動いている──裏切っているかはさておき──のは間違いないのだろう。

 成田の信用云々というより、彼女のれ《・》が隠すまでもない事実だという態度と、私の勘に従って、ではあるが。どこまでいっても根拠は薄弱でしかないが、成田に言われるまでもなく、明確な証拠などどうでもいい。成田への質問を諦め半ば、わかりきった事ではあったが、平井に改めて向き直る。

「平井、なぜ生徒会を襲った──いや、襲わせた?」

 おそらく、これも愚問だろう。平井要芽にとって、生徒会はただ所属しているだけで思い入れはない。聞くべきは"どうして優之助と敵対する側についたのか?"その理由だ。

 平井が本当の意味で優之助の敵に回る可能性が皆無なのはもはや疑いようがない。成田の言を鵜呑みにすると仮定してさえ、裏切りという単語をさておいたのはその為だ。だとするなら、私や会長が知らない事情があるはず。それを知ってどうするかは聞いてからになるだろうが。

「そりゃ、あたしが電撃を操れるからじゃね?」

 ──それは手段に対しての理由であって動機ではない。言うまでもなく、成田はただ私を茶化しただけなので相手にする気はない。しかし、本来の質問対象である平井は変わらず手元を動かすだけで目ぼしい反応はなく、聞いているかすら疑わしい。

「――ま、どうでもいいんだけどさ」

 そう言ったのは私ではなく、成田だ。また何かふざける気なのか? さすがに非難するのを止められなくなり、そちらを向くと、成田の全身が薄暗がりの中で光を放っている──どのような感情が渦巻いているのか一目でわかるほど、激しく。

「知らなかった──なんて言わないよなぁ? 先輩が向こうについてるってさぁ。──どうしてくれんだよ? 先輩に知られたら、嫌われちゃうじゃん!」

「──やはりこうなりましたか」

 さほど驚きもなく平井。物理的にも状況的にもきな臭い中で、私の時と同じくよどみのない手つきで読みかけの文庫本に栞を挟み、邪魔にならないよう席の端に避難させている。その冷静さはヘラヘラとした嘲りから一転して、よくわからない激高を見せる成田とは対照的に映る。

「あなたはどうしますか桐条さん?」

「──どうする、とは?」

「あなたも成田彼女と同じように私を拘束するように動くか、それとも、何もせずここから離れるか──そういう意味です」

「どこの誰が拘束なんてタルい真似なんぞするかよ。二目と見れないほど焼いて、先輩の前に出れないようにしてやるよ、要芽ぇぇぇ!」

 『紫電装』。以前、対峙した時と同じく、触れられないほどの強力な電撃を身に纏い、平井へと突進する成田。私はいったいどうすべきだろうか──この状況下でぬるいとすら思える悩みを抱えながら、その体は二人の元へと駆けていた。


「──『銭型兵器』」

 どこかで聞いた事のある技名単語。口にするには少々躊躇うセンスの文字列を気負いなく囁いたのは平井だった。落ち着いた様子で懐に忍ばせた筒状のケースを二つ取り出すと、両手に構え、中身のを器用に指弾で飛ばす。

 能力に対する過信からか、不用意に近づいた成田にそれをかわせるはずもなく、雷を帯びた肩に直撃する。

 優之助元の使い手に倣ってか、地面に落ちた際の金属音は間違いなく硬貨の"それ"だ。本家とは違い、異能で威力を増幅していない為、食らった成田にさしたる打撃を与えたようには見えない。しかし、飛び道具による不意打ちは成功といってよく、成田の足が止まる。そこに間を置かず、硬貨が次々と成田へと殺到する。

 どうやらケースそのものが特注された品らしい。いくら爪弾いても硬貨一枚飛んでいくたび、筒の底から硬貨がせり出していく(おそらくバネ仕掛けで)。そのおかげか、ただの筒なら無理な連射も容易に実現させている。

「(やはり、何かしらの用意はしていたか)」

 予想通りという納得とわずかばかりの安堵を胸にと平井の拘束に動く。

「──本当に読めませんね。ここは成田を抑えにかかると思っていました」

「一番考えが読めないおまえに言われると少々複雑だな、平井」

 短く返し、そのおまけとばかりに左拳を二発。元々私が平井寄りに居た事、『銭型兵器指弾』は成田を狙っていた事、その二つのおかげで、大した苦もなく手の届く位置までたどり着けた。

 合気は相手との位置取りが特にモノをいう武術。等間隔に固定された座席ではうまく立ち回れず、また、手のひらは筒を握ったままの為に組む事も、崩しにいく事もできない平井はその先手をむざむざと許す。

「──っ」

 風を裂くような呼気。私の攻撃を回避できない、そう判断した平井の対応は早かった。最低限の足場スペースから半歩下がり握り拳のまま右半身の構え──私と同じボクシングスタイル──をとると、右の小手を内へ外へと捻る事で打撃を受け流す。

 どちらかと言えば、空手の回し受けに近い打撃対応。そして残した左手もそれに準じる形で突きによるカウンターに──によって威力が増幅された中段突きに変わる。受けによって流された体──より正確に言えば左わき腹──は無防備。左腕を戻すにしろ、空いた右をすべり込ませるにしろ、防御は間に合わない。

 まるで全身が耳になったように重々しい音と衝撃が体の芯まで駆け抜ける。それは同時に、にわか仕込みの空手とはいえ、打撃を本職としていた私にとってはかなりの屈辱を伴う事実だった。打撃に絞っても平井要芽は私と互角以上に渡り合える、そんな事実が。

「──"古流"は古ければ古いほど武芸百般に近くなる。私に打撃がないというのはあなたの勝手な思い込みですよ、桐条さん。ただ──」

 その時、視界から平井の体が傾く。腰から下が打撃の衝撃で崩れ落ちたからだ。

「──迂闊なのは私も同じですが。そういえば、同じコンビネーションでしたね」

 自らの意思に反して震える右足を一瞥し、自嘲する。平井の左が中段に入る瞬間、ワンツーからのフィニッシュに対角で右のローを打ったのがいくらか効いたからだ。

「蹴りで踏み込みが甘くなった分、命拾いさせてもらった」

「それだけではないでしょう? 少々しまいました」

 『飛燕脚』による視覚誤認。地理と状況、二つの要因から有利でも平井が何の抵抗もなくやられるとは思わない──そう思った私は持てる技術を出し切った上で攻防に臨む必要があった。

 それが打撃だったのが、私にとってショックではあるものの、掛けた保険は平井のカウンターから急所を外させる形となって結果的に活きた。

 しかし、してやったり、とは思えないのは、蹴りによる威力の減衰と視覚誤認による急所外しの両方が揃っていなければ間違いなく沈んでいた事、本来の威力とは程遠いとはいえ、腹部はひきつれたように痛むせいだろう。それでも口角を上げて平井への意地を見せる。

「──おいおい、そんなのに不覚を取った挙句、こっちは無視シカトか?」

 耳障りな嫌味と共に、平井の手元で火花が弾ける。辺りに焦げ臭さを残すも、間一髪のところで電撃をかわす平井だが、その手にあった指弾用の特注ケースが一つ、熱で溶け落ち使い物にならなくなってしまう。

「さぁ、これでいじましくも、あたしに対抗できる可能性が半分になっちゃったよー。どぅするぅ~」

「語尾を伸ばすほど心配する必要はありません」

 そう言い捨てて座席に身を隠す平井。成田の異能は当真瞳子と同じく相手を見る事で狙いをつけている以上、遮蔽物を利用するのは有効な手段といえる。しかし、背もたれのない座席に隠れるという事は中腰より低く、それこそ前進でもしなければ、間合いをあっさりと詰められてしまうだろう。

 にもかかわらず、一瞬出遅れた私が追いかけ、消えた場所を探しても姿は見えない。いったいどうやって移動したのか? よぎった疑問に浸る間もなく、成田のものでも、私のものでもない足音が高く、そして間隔短く響く──私が通った廊下の方から。

「──逃げた?」

 勝手なイメージとは百も承知だが、平井らしくない選択。再び呆けた私を先ほどのやり取りで平井と組んでいないと確信した成田が苛立たしげに指示を飛ばす。

「っ、あのアバズレが呑気にかくれんぼするわけないじゃん! 頭回ってねぇのかよ! ──あぁ、いい、何もしゃべんな、追うぞ」

 有無を言わせず、走り出す成田。いろいろ言いたい事はあるが、平井を放っておけないのは同じであるなら、変に反発するのは得策ではない。そうして、ほんの数分前では考えられない協力体制で平井を追いかけようとする。

「──そこまでだ」

 その声を聞いた瞬間、肌が粟立つのを感じる。足もその気配に意図せず止まるが、責めると思われた成田も同じ反応だ。そう、勘違いを許さないほどの異様な気配。この講堂に入った時から漂っていたものの正体がその姿を現そうとしている。

「仕掛けてこねぇと思ったら、そういう事かよ。たかだか異能者一人を足止めにたいそうなこったなぁ? ──あぁ!」

 この時ばかりは、成田のガラの悪さに救われた気がする。振り向きざまに飛ばしたは中央にある丸盆──優之助と当真瞳子が戦ったところ──の上。同時に放たれた挨拶がわりの電撃に照らされて映るのは、針金のようにスラリとした長身と天乃原の制服──成田と同じ理由の格好をした部外者だ。

「知り合いか?」

「この状況で他の線があるわけねぇだろ? あれか? 世の中にはどんなに小さくてもすべての可能性を考える必要があるんですぅ~、ってか? ──次つまんねぇ事聞いたら、焦がすぞ」

「質問が悪かった。あいつは誰だ?」

「──月ケ丘清臣きよおみだ。初めまして、よろしく──という気にはならないだろう。に言われても、な」

 私の質問に答えたのは成田ではなく、壇上に立つ男。言葉の上には謝意はあるが、黒幕──敵である事に何の申し訳なさを感じられない以上、ある意味成田の嫌味それよりタチが悪い。

「重ねて侘びよう。君もここから出る事はできない。そこの"出来損ない"と共にここでと時間を過ごしてもらう。なに、出る以外ならそれなりに善処しよう」

 その言葉に合わせて、複数の人影が私と成田──いや、成田だけを取り囲む。残念ながら私は眼中にないらしい。

「(異様な気配の正体があれか)」

 油断なく周りを見回して観察する。月ケ丘清臣と同じく、制服で正体をカムフラージュした複数の男女。その顔の造形は、天乃宮姫子のような白皙から漂う気品も、真田凛華の内から発する洗練さも、平井要芽が持つどこまでも一途な覚悟を秘めたまなざしもない。にもかかわらず、横にいる成田稲穂にすら感じられなかった不気味さがついて回って離れない。

 今のところ、足止めという言葉そのままに積極的な動きは見せないが、月ケ丘清臣の気遣わしい言葉とは裏腹にこちらの要求など一切聞く気がないのは明らかだ。

「──誰が"出来損ない"だ。このエセ紳士が! てめぇら""とやらが、いかに勘違いしているか教えてやんよ!」

 彼女の全身が再び雷で青く光る。心なしか平井に対した時より眩く見えるのは、私と同じく月ケ丘清臣の慇懃無礼な態度に苛立っているせいだろう。いずれにしても、彼女らの会話の端々にある聞きなれない単語を気にする余裕はなさそうだ。

「少しでも足を引っ張ったら、焦がす」

「そうならないように善処しよう」

「仕方がないな──やれ」

 言葉ほど仕方なさそうにない月ケ丘清臣が手首を軽く揺らす。それが合図となってか、瞬間、いくつかの影が折り重なるように降ってくる── 揺らした手首の主の真意を誤解することなく、無情さを伴いながら。

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