きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第52話



      *


「──なら、目の前にいる『皇帝』は幽霊か、何かかしら?」

 "ひょうこ"とは一体誰の名を呼んだつもりだろうか。インカムに応答した優之助の声はつまみ食いでもしていたらしく、物を頬張った時特有のやや間抜けなものになっていた。『制空圏』異能を使い続けているのはわかっているが、随分と間の悪い事だ。

 後ろでゴソゴソと物音を立てながら慌てた様子の優之助に、報告だけはしたから、とだけ告げ通話を打ち切る。同時通信でやり取りを聞いていた空也の生暖かい微笑みは優之助に向けてだろう。長男気質であれこれ小うるさいくせに(まぁ、あれはどちらかといえばつっこみだけど)、ここぞという時に限って、当人を引き金に面倒な事が起きる。

 持って生まれた星の巡りからなのか、変な所で不器用ゆえの性分からかはともかく、一概に優之助のせいだと責められないのでが悪い。まぁ、今、問題なのはそこではない。問題なのは──

「──探査に引っかからないのなら、わざわざ姿を見せる事はなかったんじゃない?」

「『制空圏異能』による探査はともかく、ここまで近づけば、お前達に気配をさとられるだけだ。第一、僕は元々コソコソした真似は好かない──それでは僕を影で嗤った連中と変わらないだろうよ」

「学園のすぐ裏手まで接近しておいていう台詞じゃないでしょ、それ」

「必要とあらば、それなりの手段もとろう。プライドに拘るなど愚の骨頂だとは思わないか?」

「一つ手前に吐いた言葉はなしですか? そうですか」

「だから言ったろう? 隠れる必要がないから姿を現しただけだと。僕の主義に関しては初めから二の次──いや、そんな御託はどうでもいい。そこを通してもらおうか、当真瞳子。それに篠崎空也。お前達にかかずらわっている暇は、あいにく、今も昔も僕にはない」

「そんなつもりはないって、答えがわかっていて言う意味はあるのかしらね。それと、フルネームで呼ばないでもらえる? そちらからすれば、ややこしいでしょう」

「目の前にいる相手の名を呼んでおかしい事があるか? トウマトウコと言う名前がこの場でお前しかいない以上、何の不都合がある」

「ま、そういうわよね」

 ──顔色一つ変えずに返すわね。もう少し、乗ってくれてもいいでしょうに。自他共に認める愛想のなさに内心、呆れ混じりの嘆息を吐く。まぁ、今さら和気あいあいという仲でもないのでどうでもいいが。

「……ねぇ、どうやって『制空圏』の監視をかわせたと思う?」

 ノリの悪い『皇帝』を視界に入れたまま、小声で隣の空也に話しかける。マッチング自体は予定通りでもここまで接近されるのはいささか想定外といえる。どの道やる事に変わりはないが、余計なファクターは戦う前に潰してからにしたい。

「思い当たるのは『英雄殺しエースキラー』かな? 彼の"異能無効化能力"ならある程度納得できるかも」

 口調は普段通りに、しかし、隠しようもないほどの戦意を発しながら空也が言う。喉の奥でなるほどと出るのを飲み込み、代わりに首肯で返す。『皇帝』が連れてきた異能者助っ人が『王国』だけとは思えない。もしくは──

「──例のアレかしらね」

 "異能を他者に与える異能者"の事だ。仮に"異能無効化能力"を『皇帝』かロイヤルガードに与えたのかもしれないし、与えた当人が自らの体に移したのか。何が出来て何が出来ない以前に、実在を確認できない以上──"いる"と確信してはいるが──ただただ仮定ばかりが頭をよぎる。

「わからないなら、確かめてみなきゃだよ──瞳子ちゃん」

 中性的なアルトボイスを置き去りに、私の横で風が弾ける。風は空也の足元から。『空駆ける足』の見えない踏み切り板──生成された力場が周囲の大気を押しのけたがゆえの現象は私の陳腐な表現をあるがままに展開していく。詰まる所、空也が『皇帝』へと向かって突進したのだ。

「──って、当たって砕けろ、じゃ困るのよ!」

 止める間もなく空也の足が大地を離れていく。たった二歩でもう体は明らかに空中へと身を預けている。元序列七位『空駆ける足』の主戦場にして、唯一無二の戦法、"空間殺法"。

「それしかないとは言え、芸がないのは否めないな、『空駆ける足』」

 それを前にして、平然と言ってのけるのは元序列十位『皇帝』。その言葉が引き金となってか、周囲から微かに漂う複数の気配が活発化する。間を置かず、空也を射落とさんと何本もの矢が四方八方から殺到する。もちろん、私の方にもきっちりと狙いを定め、飛んでくる。

「──はっ」

 手にした白鞘の愛刀を抜き放ち、斬り落とす。昨日、実際に戦闘した優之助達から聞いた話より、やや手ごたえが想像していたものと比べて軽い。察するに、用いる武装の違い。昨日は長弓の類、今日は短弓だろうか。

 遠距離からの攻撃には違いなくとも、長弓に比べて射程が半分(昨日が100mとするなら50mほど)かつ威力も弱いが、腕力を必要とせずに取り回しの利く短弓の攻撃回数で制圧する戦法を選んだらしい。

 指をだけで弾が出る銃が一番労力を少なく、最大限に効果を得られるのは疑いようもない話だが、こと、達人が射る弓、特に短弓ならば、時に銃の効率に効率を重ねた機構速さをも上回る。威力、射程も下手な拳銃より脅威だ。

 それに合わさるのが、視覚からそれ以外の五感を同時に体感できる『導きの瞳』を持つ『皇帝』月ケ丘帝の戦術眼、『神算』。

 まるでチェスのように盤上を俯瞰し、支配する戦闘スタイルは単体の戦闘力こそ期待できないが、いざ指揮をとれば、優之助の『優しい手』や異能者随一の頑丈さを誇る『王国』とは違った鉄壁の守備を形成し、牽制、足止め、誘導、様々な戦術を駆使できる。

 そしてその戦術を伝えるのは単純かつ簡潔な方法、アイコンタクトだ。遠視、透視を併せ持つ『皇帝』の目ならば、離れた相手の視線を合わせるのは容易な事だ。しかし、情報の受け手であるロイヤルガードがそのアイコンタクトに気づくかどうかは別問題。だが、そんな疑問を嘲笑うように次々と細かに指令を受け、その動きは複雑かつ、一糸乱れる事なく攻撃、防御を『皇帝』の思うままに実行していく。

 狙撃に必要な要素としての視力・視野の広さを活かしてもあるが、おそらく、遠視・透視を駆使して届けられる『皇帝』の視線を"感じた"だけで意図を読み取り、行動している。

 そのような統制を実現させるのは、『皇帝』とロイヤルガードとの付き合いの深さからだろう。月ケ丘という本人達にとって呪うべき環境、境遇を共にする他の誰でもない彼と彼女達だから実現できる。ただ一度の目配せでお互いを共有しあえるほどの繋がり。歪だが純粋な主従関係。

 その連携は序列持ちの中でも間違いなく随一(協調性を期待するのが難しい序列持ちの中にあって、その一番に意味はあるかはともかく)で厄介な手合いなのは否定しない。私一人では苦戦は避けられなかった。しかし、その連携の厄介さも──

「──空也が相手なら、どうかしらね」

 まるで鳥の編隊を見るような無数の矢が空也を襲う。それに対して空也は空中を自在に走り、かわし、終いには蹴りで矢を弾いていく。すらっとした股下からのぞくしなやかな筋肉を持つその脚は鋼の鞭もかくやとばかりの威力を秘めている。その上、普段足場に使う力場干渉能力による障壁を瞬間的に蹴りの直撃部に展開させていて、例え鋼鉄の塊が対象でも痛痒を感じる事なく蹴り込める(今も空也に向っている矢もこの障壁で弾いているというのが正しい)。

 『皇帝』の命を受けたロイヤルガード達の攻撃は本人達の技量も相まって、『皇帝』の狙い通りに空也を誘い出し、導いている。もとより空也は読み合い差し合いが得意ではない為、それ自体は『皇帝』に一枚も二枚も上手。しかし、望む通りに展開を操作できても、決定的な一押し──つまり、空也に手傷を負わせる事が出来ずにいる。

「いくら、『皇帝あなた』が盤上を我が物に出来ても、盤上の外まで飛び出しそうな駒を抑えられるとは思えないわ。それとも、他になにか有効な差し手でもあるのかしら?」

 私のそんな挑発を無視し『皇帝』はなおも空也を狙って、絶え間なく矢を浴びせかけていく。

 戦場となっているアスレチックコースは普通の山道と比べて遮蔽物は少なく(ついでに言えば、少し歩くと優之助と桐条飛鳥が戦った公園に続いていて、学園にほど近く、起伏も比較的緩やか)、空也の動きを阻害する事はないが、逆に言えば、遮蔽物を盾にするのが難しいとも言える。いくら天性の身軽さと柔軟性、そしてバランス感覚のおかげで危なげなくかわしていく空也でも数撃たれれば、当たる可能性はゼロではない。『皇帝』の空也への対応策がただの物量によるゴリ押しだとすれば、なんとも頭の悪い話ではあるけれど、有効かもしれない。

「──らしくないな、当真瞳子。まさか僕が愚直に矢を撃たせるだけだと思ったか?」

 『皇帝』の瞳が妖しく光る。知る者が見れば当真の遠縁だとわかる特徴的な輝きは、罠にかかった獲物を仕留める時のそれだ。他でもない私だからこそ気づく最大の警戒を促すサインに思わず身を固くする。しかし、狙いは私ではなく──

「──あれ?」

 場にそぐわない気の抜けた驚きと共に空也の体がする。錐もみしながら落ちていく原因は、その身に絡まる投網のせい。網の両端に矢を結び、発射した矢と矢の間に空也を挟んで捕獲したのだ。らしくないという『皇帝』の指摘も道理だ。空也を相手にするなら、点による攻撃より線や面でのアプローチが有効なのは明らか。ある意味、物量で攻めるより、単純な発想なのに気づかない方がどうかしている。

「(──今はそれどころじゃない)」

 内に燻るしくじりの念を振り払い、私は今も空也に巻き付く網を"見据える"。ただの視線に殺意と物理的干渉の属性を乗せた架空の刃、『殺刃』。視界に入るのなら例え空中にいる対象にも刃を届かせる事ができる。空也にまとわりつく網だけを斬る事も。だが──

「──あえての出し惜しみかとも思ったが、どうやら本当に使えないらしいな」

「ごめん、空也。今の私じゃあ、

 気が乗らない、というとふざけているように聞こえるかもしれないが、冗談で言っているわけはない。

 私の異能、『殺眼』は瞳を通じて、相手に殺意を伝える能力。本質は念動力と若干のテレパス(相手の感覚誤認をもって、威力を高めている。ダイレクトに伝わる殺意は心理状況の悪化における身体の不調を引き起こす)を含んだ複合能力。その照準でありトリガーは瞳を介して行われ、相手が見える限り、狙いは外さないし、逆にいえば、見えない相手には私の殺意を伝える事が出来ない。

 そして、私の異能は自らの心理状態(もう少し踏み込むと、真にそう願っているか、これは私だけではなく、異能者全てに当てはまるのだが)に左右される。単純なやる気の有り無しでは測れない。現に私は本気で戦っている。

 しかしそれでも、理屈でどうにもならないのが気持ちだ。他人事のように言うのであれば、優之助と戦ったあの時と今ではテンションも自然と違っても無理はない。いうなれば、私の異能は誰よりも私の"願い"に直結している分、不安定で、未完成な異能といえる。『剣聖』刀山剣太郎にも勝利した事のある私が、序列十四位に甘んじていたのはこのあたりにある。もちろん、純粋な戦闘力──特に剣技──は今はまだ・・・・剣太郎の方が上という事もあるが。

 私の『殺刃』による援護がないのを確信するや否や、間を置かず矢と網の波状攻撃(風でたわむ帆のように射線を沿う網は文字通り波に見える)を空也に浴びせかける。網が邪魔で普段の体捌きができない空也は障壁で落下角度を変えるのが精一杯という所。『空駆ける足』という異名から誤解されがちだが、足が動かなくなったとしても空中で姿勢を維持し続ける事は可能で、墜落しかかりはするものの、地面に叩きつけられることはない。しかし、それも一時しのぎ。いずれ網に引っ掛かるどころか矢の直撃をなすがままに受ける事になる。

「こっちに!」

 私の短い言葉に意図を察したのか矢をかわしながらの軟着陸を目指していた空也の動き(というか身じろぎと表するのがわかりやすい)が一直線に私の方へとくる。見えないので想像するしかないが、障壁を斜めに傾けた形で私の方へと展開しているらしい。

「──させるか」

 遅れて私の意図を読んだ『皇帝』が私へと向けられる矢の数を増やす。狙いの中心は『紅化粧』を持つ手元。

「舐めないで頂戴!」

 いかに数があっても、武器を構えた剣士が愛刀に繋がる手元を狙撃されるわけにはいかない。四方八方から降り注ぐ矢の雨を撃ち落し、間を潜り抜け、私は空也へと迫る。

「「──っ」」

 突貫する私の前に少女が二人降り立つ。その手にはトンファーとサイ、背中には盾を背負う、近接戦闘重視の──あるいは『皇帝』の身辺護衛に特化した──ロイヤルガードだ。

「どきなさい」

 無駄と知りつつ、相手を威圧する。当然、向こうの動きに怯むという文字はない。そしてこの段になっても私の『殺眼異能』は発動しない。ならば、押し通るまでだ。牽制の意図で突き出された相手の得物サイを切っ先で絡め取り、同時に相手の懐へと踏み込んでいく。当真流剣術、ニノ太刀『竜巻』。

 カウンターを用途とする事の多い技だが、竜巻と名付けられた"それ"は本来、射程に入った対象を円を描く動きでこちらへと引き込み、制圧する、を一連の動きとした巻き込む事を前提の整体技である。一対二である今の場面で悠長に抑え込みをしている暇はないし、する必要もないが、肝心なのは相手の重心を崩し、こちらに有利な状況を作り出す事。

 その狙いは計算通りにサイを武装した少女の片方の得物を弾き飛ばし、さらに回りながら彼女の腹部に『紅化粧』の柄を叩き込もうと私の愛刀が唸りを上げる。

「(これで──)」

 進路を塞いでいるのはこの二人のみ。片方を押しのけて通路を確保できれば、十歩もしない距離まで近づいている空也に届く──そう考えていた私が逆に押しのけられるのは皮肉な話だった。

「くっ!」

 私の顔半分に当たる硬くてひんやりした感触の物体。距離が近すぎて判別できないが、おおよその見当はつく。放っておいたもう一方のロイヤルガードが得物をトンファーから盾に持ち替え、そのまま私に突っ込んできたのだ。暴徒鎮圧でよく見られる比較的、安全かつ容易、そしてなにより、防がれにくい制圧方法。一瞬でも人の顔を不細工にしてくれた苛立ちは同時に、弾き飛ばされ、空也との距離が離れてしまった事への焦りもあり、奥歯が軋む。

 即座に体勢を立て直した私は、すぐさま空也の姿を探す。まるで黒い芋虫みたいな異物と化した空也は風景に溶け込めず、すぐに見つかる。だが現状は少しも好転していない。いくつもの網に絡め取られ、身じろぎですら僅かにしかできないからだ。そこへ襲いかかるのはとどめとばかりに押し寄せる矢の雨。──駄目だ、空也が自力で距離を詰めた分よりも私が跳ね飛ばされてしまった。もはや『不知火』の速度でも間に合わない。

「──空也!」

 思わず出た私の叫びは戦場をただむなしく駆け抜けていくだけだった。

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