きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第51話

「──来ないな」

 天乃原学園の時を司る鐘が十二時ちょうどを告げ、その音色は舗装された山道を駆け抜けていく。それはまるで遠雷のようで、嵐の前の静けさを連想させる。しかし、そんなシリアスな空気とは裏腹に待ち人は影も形も、来そうな気配すらない。

「(そういえば、あの時もこんな風に待ちぼうけを食ったんだったな)」

 初めて高原市に到着した春先の事を思い出しつつ、汗だくで歩いた山道に陣取り、ハルとカナ達を迎え撃つ──平日の昼間なので当然ながら午前の授業を全て欠席して。

 もちろん俺だけではなく、瞳子、空也、剣太郎を含めた四人で生徒会への解任要求を届け出させないよう、各自の持ち場を決めて張り込んでいる最中である。ポイントはそれぞれ、次の通り。

 俺──学園と高原市を繋ぐ道路。

 瞳子と空也──学園と山頂との間にあるアスレチックコース。

 剣太郎──山頂。

 この布陣にした理由は学園に侵入できるルートが俺のいる道路と、剣太郎が待ち構えるキャンプ場へと続く道路の二つしかないという事(舗装されているという意味では、と注釈は入るが)。機動力のない俺と剣太郎を両端に配置し、『空駆ける足』を持つ空也と目に見える範囲全てが攻撃射程の瞳子の二人が両方の救援に回せるよう間に据えておけば、守りやすいという狙いからである。

 『制空圏』という索敵能力を持つ俺を中間ないし、見晴らしのいい山頂に据えればいいのでは? という考え方もあるが、そうしなかったのは範囲が500m程度では麓まで届かないので後手に回る事には変わらず、そもそも守るべき事務局のある学園を中心とするなら山頂から裏のキャンプ場までは距離があるので背後を突かれたとしても奇襲としての効果は薄いからだ。

 それでも剣太郎を配置するのは可能性が皆無ではないのと、仮に剣太郎をかわして突破されたとしても瞳子と空也のフォローがあるからだ。剣太郎も下り坂を駆け抜けて追いつける。ならば、俺が押さえるべきは学園と高原市とを結ぶ車道側というわけだ。

 事務局の業務時間は朝九時から夕方の五時まで。その間に事務局に駆けこまれればもちろんアウト。事務局の職員に目につく場所で確保しようとした場合も正当な訴えを妨害する行為としてアウト。仮に生徒会と無関係としらばっくれても、それを鵜呑みにはしないだろうし、その場は生徒会にお咎めがなくとも、生徒会のあり方に対しての誹りそのものは免れない。

 そもそも普通に授業している学園の敷地で待ち構えるのは難しい。いくら生徒主導といっても授業をサボって外をうろつけばさすがに見咎められる。それらの制約がある以上、学校外で受けて立つしかなく、そして、授業を全てサボってでも待ちぶぜなければ、間に合わない。

 そういうわけで、多少の素行不良など関係ない(何せ、学園に在籍している事自体が明確な違法行為だ)俺達、"とうの昔に高校出てるよ組"がその役を買って出た──買って出るも何も発案から、そもそもの発端に至るまでがっつりと当事者なわけで、当真家側が引き受けるのは当然の話である。むしろこれくらいやらないと釣り合いが取れない。

 ちなみに生徒会の面々は普通に授業を受けている。飛鳥は俺達に付き合うと言ってくれたのだが、事務局が生徒会の味方ではない以上、役員である飛鳥が表立って妨害に回るのは風聞が悪いと説き伏せて遠慮してもらった。

 事務局は学園の一組織であり、大きくいえば同じ学園を守り、繁栄させる仲間であるのは間違いない。しかし、その仕事の内容は対外交渉の他に学園内の手続きのいくつかを請け負っており、主に生徒会と一般生徒とを公平に橋渡しする為の折衝機関としての役割を担っている。生徒会の解任要求が正にそれだ。

 生徒会が誇張抜きで学園を運営しているのは今更言うまでもないが、一般の会社でも内部向けの監査機能があるように、この学園にも生徒会を監査する機関が存在し、事務局がそれにあたる。一話で以前言った理事側のチェック云々の話はここにあたる。もちろん生徒会との関係はなぁなぁではなく、それぞれがそれぞれの立場に徹しており、かなりシビアなものらしい。

 生徒会長は学園の長であり、会社で言えば、社長の立場にある。つまり、運営の責任者として、決算も提出すれば、予算確保の為に銀行の融資を申請する必要もある。

 対して事務局は監査の一環として、生徒会の会計処理や融資の妥当性を追求する。わずかなミスや不正を見逃さないよう、元大手銀行の融資担当を職員に据える所からして本気度が伺える。それくらいでなければ、社会の第一線で通用する人材を育成するという看板は背負えないのだろう。

 予算が通るのは"外"と比べて、動く金銭の規模が小さいからだと、会長が謙遜(珍しく)していたが、全国屈指の学校法人である天乃原学園だ。決して他とは遜色ないはず。単純に味方などと言えないというのは、そういう意味である。

 公平を保つという意味では中立といえるが、強権を持つ生徒会が暴走しないよう厳しく監査しているので自然、一般生徒への肩入れ具合は強く、下手をすると敵対したハルとカナよりも厄介な存在だ。

『──何はともあれ、邪魔が入らず事を進められるのだから、上出来の流れよね』

 俺の考えを読んでいたのかと思うほどにタイムリーな呟きが耳を通り抜ける。まるで耳元で囁くような台詞はここではない、遠くからの声。アスレチックコースで待ち構えているはずの瞳子だ。

の動作は正常みたいだな」

 傍から見れば、独り言をいきなり呟く危ない人間だが、もちろんそんなケッタイなメンタリティを持ち合わせているはずもなく、耳に付けたインカム(当真の特別性)が離れて待機している瞳子との会話をクリアに伝えているからだ。

『それはいいんだけど、本当に狙った組み合わせになるの?』

 インカムの同時通話によって聞こえる、瞳子とは別の声──瞳子に同行している空也のものだ──が、俺達との会話を抜けて疑問を投げかける。

「向こうには俺以上に見えている『皇帝』がいるからな。そんなに難しい話じゃない」

『その向こうが、どうしてこちらの意図通りに合わせてくれるかが、わからないんだよ』

「そっちも簡単な理屈だよ。俺達の勝利条件がハルとカナの確保にあるなら、確保される前に俺達を足止めするか、なんなら倒してしまってもいい。そして、ハルとカナを捕まえる可能性の高い空也をロイヤルガードで包囲できる『皇帝』が引き受ければ、その目論見は大方、成功だ。残りの俺らは──言い方は悪いが──適当にぶつけてしまえばいい。余程の事がない限り、持ち場を離れられない俺達を各個撃破でくるのか、同時に襲撃してくるかは向こうの戦力次第だが……」

 まぁ、実際に遭遇してそうなってしまえば、ハルとカナの確保主目的そっちのけで戦り合う事になるだろう。なんだかんだで時宮の人間は血の気が多い。そういう意味ではこんな待ち伏せ駆け引き自体必要ないかもしれない。身もふたもない話ではあるが。

「──そういうわけだから、いざ戦闘になったら、インカムでこまめに連絡をとる必要がある。戦況が変わりそうなら特にな──剣太郎、お前もだぞ」

『――あぁ』

 一応、釘を刺してはみたものの、さほどあてにならなそうな返事の剣太郎。この調子だと無理だろうな、と妙な諦念を覚えながらも警戒は続く。うねうねと伸びていく道路とカーブの切れ間から覗くその先にある街並み、手近にあるのは木々の壁。

 山頂のそれとは違い、学園からやや下部に位置する道路では、周囲を見渡すほどの解放感は期待できず、延々と変わり映えしない景色を見ながら待機するのは退屈の極みだ。朝の八時からそれぞれの場所で張っていたので、かれこれ四時間はこの調子。時折、瞳子がインカムで話しかけてくる以外に娯楽はおろか退屈しのぎらしいものは一つもなく、襲撃がいつなのかまで予想できないのなら暇つぶしの一つか二つ、用意すればよかったと軽く後悔する。

「そういえば、剣太郎は何か持って出てたな」

 朝、まとまって寮を出た時、剣太郎が文庫本を持っていたのを思い出す。カバーを掛けていたので中身まではわからないが、普段の剣太郎からは珍しい取り合わせになんとなく憶えていた。俺の部屋にある漫画を片っ端から読んでいたが、最後の方はライトノベルにも手を出していたので、おそらくその辺りだろう。

「──って事は、あれ俺のじゃないのか?」

 気づいてみると、カバーも俺の物だったと連鎖的に繋がっていく。買い集めているいくつかのレーベルの装丁は水分(主に手汗)に弱いので本を読む時はカバーを掛けて読む派だ。どうせならと、そこそこいいものを使っているわけだが、どうして見た時点でわからなかったのか不思議なくらいだ。

「……いいか、後で」

 インカムで文句を言ってやろうかと、耳に手を伸ばそうとして止める。本人的には盗んだというより、単に続きが気になって持っていったのだろうと予想はつく。

 それなら言えよ! と思うのだが、同じに住んでいるのだから兄弟の持ち物を少し持ち出したくらいの感覚だったのならわからなくはないし、変な所で天然な剣太郎ならあり得る話である。そう考えると妙な納得と諦め、そして空腹感が顔を出す。警戒中に気が抜けてしまったせいだ。

「……腹減ったな」

 何とはなしに呟きながら、道路脇に置いた鞄から段重ねになったタッパーを取り出し昼食にする。中身は簡単に食事がとれる事から様々な具の入ったおにぎり。他の生徒が勉強している中、早弁みたいで気が引けなくもないが『制空圏』を張り続けている身としては腹が減るのは彼らの比ではないと言い訳しつつ、一つ頬張る。

 国彦ほど極端な燃費の悪さはないが、『制空圏』を使用する要素の内、『超触覚』はともかく、展開した運動エネルギーの波は、つまり『優しい手異能』を何時間も使い続けているという事だ。激しく消耗するほどではないものの、カロリー消費による空腹はどうしても付きまとう。

 ほどよい塩味の米と具の鮭が腹に入れた瞬間に血となり肉となるような満足感を覚える。実際はそんな事あるわけがないのだが、空腹にはとても滲みいる味に、もっと味わいたいと二口三口とさらにかぶりつく。

『──優之助』

なんだ、瞳子ふぁんだ、ひょうこ

『本当に、『制空圏』には反応がないのよね?』

「あぁ」

『──なら、目の前にいる『皇帝』は幽霊か、何かかしら?』

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