きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第49話

「──そ、それじゃあ、始めましょうか」

 白々しい自己紹介もそこそこにハルとカナ──いや、海東遥、彼方姉妹に声を掛ける。そこはいつか望んだ誰にも邪魔されず、椅子を持ち寄っての差し向かいの状況。

「(……たしかに、願ったり叶ったりなんだけどなぁ)」

 俺の後ろに陣取る他の生徒達の気配を感じつつ、どうしてこうなった──そういう気持ちが拭えない。

 偶然・・にも海東姉妹とバッティングした選択授業は初回とあってか、自己紹介を兼ねたディスカッションの時間となった。面子・内訳は状況が示す通り、俺と遥と彼方の三人。

 しかし、同じ授業を選んだ生徒は俺達を含め、全部で十二人。そのくらいの人数ならまとめてディスカッションした方が手っ取り早いと思うのだが、担当教員(この学園ではお目付け役と定義した方が近いか)が開始を宣言した途端、他の生徒達が五人と四人に分かれ、そそくさと始めてしまった。要はハブられたのだ、俺が。

 おそらく示し合せての事だろう。ここでハルとカナが漏れたのは嫌われてではなく、俺だけ残すとどちらかに入ってしまうからだろう。自分のいるグループに入れないようにするには確実な手段といえるかもしれない。

 この場合、なぜハルとカナなのか。説明がいるとするなら、二人が俺に物怖じするとは思われていないからで、つまりはそれだけ買われているのだ。誇張でも、勘違いでも、まして、お世辞でもない事実として。

 そもそもの話、ハルとカナはこの学園でもかなり有名な部類に入る生徒だ。この学園でも当たり前にある実力考査でトップクラスの成績をたたき出し、全国模試も上位に名を連ねた事がある学業成績は当然の事、生徒会の目に留まり、会長にスカウトされたのだが、"運営手法やり口があわない"という理由でそれを蹴ったエピソード込みでひとかどの人物として認知されていた。いわゆるクールでイケてるスーパーな女子高生というやつだ……いろいろ古い上に古臭いな。

 ちなみに勧誘を断った際、衆人環視の前だったので生徒会に真っ向から対立したとして、いつ退学処分になるのでは、と周りから野次馬めいた心配をされているらしい。だが、生徒会の真実を知る身としては、袖にされたからといって天之宮姫子生徒会が優秀な人材を手放すなんて愚行はしないので特に心配していない──ハルとカナが明確な敵対行動をとらない内は、だが。

 どうやら、俺がこの学園に編入せざるを得ない理由となった、"ハルとカナが退学の危機にある"という瞳子の方便はこの事からきているようだ。

 とまぁ、やや脱線したが詰まる所、二人は貧乏くじを引かされたに等しい。俺としては望ましくとも、俺と距離を置きたい二人にとっては腹立たしい事こと上ないだろう。俺の取った行動のとばっちりをバッチリ受けたのだから無理もない。

 俺はといえば、いきなり面と向かっての相対に幸先が良すぎて、逆にどう接していいものやら困る。短期留学なんて手段でかわされ続けたのだから、もう一波乱あってもいいはずと、変に高を括っていたので、むしろ出鼻を挫かれた感じだ。

「──なんか、周りが勝手に始めちゃったしね」

 後出しで言い訳をこねくり回しながら、二人の反応を伺う。というか、ちゃったしね、ってなんだ? と自らの気持ち悪い言い回しに内心つっこみを入れながら、それでも腰を低くする──してしまう俺。

「──その卑屈さは、何かの嫌味か皮肉ですか? 御村

 こちらがすり寄るのをハルが容赦なく撃ち落とす。君付けの方が嫌味か皮肉じゃないのか? という気がしないでもないが、初手を間違えたのはたしかに俺の方だ。

「いや、そういうつもりはなかったんだが……。初対面・・・だと、どう接していいかわからなくてね。馴れ馴れしいのは嫌かと思っただけなんだ。気を悪くしたなら謝るよ」

 取り付く島もないハルにそう弁解しながら、一方で気まずい空気から逃げたいが為に監視員役の男性教師を見る。当の本人は五人と四人二組三人一組に横たわる明らかな疎外感を特に咎める様子もなく、日誌(と思われるもの)に何やらせっせっと書き込んでいる。

 この学園ならではの影の薄さだが、俺の視線を受けないよう、やや過剰にペンを走らせる姿は俺に"見逃してくれ"と訴えている風にも見える。線の細く神経質そうな二十代後半の男性教員だ。立場もなく、押し付けられた──主に俺を──と見え、その表情はなんとも悲哀を誘っている。存外、何かしら吹き込まれているのでは? と思う。"今まで以上に関わるな"、"向こうのするがままに任せろ"そんな所だろうか? 理事長あたりなら、やりそうな気はする。

「──いいえ、私も少し態度が悪かったようです」

 俺の逡巡を見飽きたのか、ハルが一言。どうあがいても無駄とわかっているからだろう。下手にゴネるより流した方が面倒がない。そんな消極的肯定にも見える。

 カナの方も特に異論はないのか、俺からできるだけ距離をとっているものの、ギリギリ会話が成立しそうな距離をハルを挟んで確保していた。

 二人とも軟化したわけではなく、あくまで妥協の範囲なのだが、一応話は進みそうだ。そうか、と特に引っ張る事はせず、開始を受け入れる。ディスカッションの内容は自分が選択した授業──ひいては進路にまつわる事。既に始めている二組のグループの方へ耳傾けると、生徒会長のスピーチの分析、具体的なテクニック、といったディベート関連が多い。

「こちらは何を話し合ったらいいと思う?」

「何を目指しているのか? ──それでどうでしょうか、御村君?」

「すまない、もう少し具体的に頼む」

「言葉通りの意味ですよ。分かり辛いというのなら、無難に進路の事で構いません──そちらはすでに決めているのでしょう?」

 三年前から。そんな幻聴すら聞き取れそうなハルの台詞に、答えを窮する俺。いっそ開き直って、決めるどころかもう進学しているけどな! くらい返せばスッキリするだろうが、当然ながら出来るはずがない。幾分か迷った末、"設定"に無理の出ない範囲で三年前と同じ選択を口にする。

「──教師になろうと思っている」

 在りし日の妹達に向けて告げたものと一言一句過たず発音する。一度喋りだすと重たげだった口元は嘘みたいに軽くなるのはよくある話。堰を切ったように、地元の大学に進学する事、体育の教員免許を狙おうとしたが、そこの教育学部にはなかったので社会科を目指している事、元いた高校の担任にその事を話したら鼻で笑われた事など、しまいにはどうでもいい内容を滑らせていく。

「どうして──どうしてそれを選んだんですか?」

 言葉の上では定型の質問だが、俺達の間ではそれは空々しいやり取り。何を今更、とも思う、しかし何故を問うハル、そして、こちらを密やかに伺うカナは他人海東としてではなく、家族御村の"それ"だ。

「──最初は教師どころか大学に行くつもりすらなかったよ。なるべく早く働けるようになりたかったからな」

 だから、俺は変わらず三年前あの時と同じ気持ちで話す。二人の兄として、どうしてその道を選んだのか、後に続こうとする・・・・・・・・二人にとって、何らかの道しるべになる事を願って。

「でもそんな時、世話になっているや──人から、せっかくだから、大学を楽しめと言われてさ。進学する事に決めた。だけど、ただ大学行って、ただ卒業しましたでは悪いと思ってな。大学ならではの資格をとってそれを仕事にしようと思った」

 社会を選んだ理由はさっきも言ったが消去法。体育以外の科目は取得可能だったが、英語は苦手で、理数系も同様に苦手意識がある。残ったのは国語と社会。社会なら、まだ取っつきやすいかと思い、そういう道を選んだ。

「なっちまえば固い職業だもんな、教師って。大学に入って無駄にならない為に選んだけど、思えば、これでよかったと納得してるよ」

 たった二人の妹達家族の気持ちを察せられなかった俺が人を導く教師に向いているなんて、おこがましい勘違いをしているわけではないが、なりたいものを遠慮する理由にはなりえない。

 わずかにくすぶる負い目を隅に追いやり、大学三年間、順調に単位を取り、教育実習の予定まで組んだが、結局いけなくなった、とまでは言えず、一人語りは続く。

「地元じゃあ、ガラの悪い異能者が多いし、教師もそんな連中を御せる人材が求められる割に肝心のなり手が少ないんだ。歴戦の異能者出来る奴当真の実戦部隊いいとこ にいくし、地元の母校というのも多少は勝算に繋がる──なんて下心もあるけど、さ」

 思春期面倒くさい時期にさしかかる問題児面倒くさい連中の吹き溜まり、るつば、蠱毒、呼び方はなんでもいい。あんな母校とこの教師、向いているか適切は別にして、俺くらいじゃないと御せないという自負はある。

「だから俺は選んだ、教師へのそういう道を── ハルとカナ海東さん達は違うのか? ここは教育学専攻こういう教室だろ?」

 選択授業(正確には選択教科というらしいが)は必修教科(国数などの)とは違い、国の学習指導要領に依らないその学園独特の学習活動を構築できる。俺とハル、カナが選んだ科目名『教育学専攻』は教育学部志望の生徒──つまり、教師になりたい生徒が集まった教室なのだ。

「──ここを選択したからといって、教員志望とは限らない。そう思いませんか? 御村君」

 俺の断言に対して、そう言ってはぐらかすハル。その装いからは家族御村から他人海東に戻っている。他人の目があるからだろうが、自分を見せないのは、やはり向き合うなんて簡単にはいかないという証左だろう。

 また、ハルの言った事も残念ながら事実だ。『教育学専攻』の授業は提携する大学の紹介や授業風景の観察、現役学生との対談など進路先を想定したカリキュラムの他、適切な授業作りを下支えする弁論技能の習得が盛り込まれている。

 しかし肝心の教員免許の取得が大学である以上、提携企業での就業体験がある他の授業とでは、比較的に得られるものが少なく、どうしても見劣りしてしまう(目の前に教師というなによりの"教科書"が居るが、具体的な業務を教わろうとする生徒はいないだろう、少なくともこの学園においては)。極論だが、仮に教員志望でもここを選ぶ必要はない。大学で教員免許取得の単位を履修すればいいのだから。

 それでも、あえてここを選ぶ可能性があるとしたら、自身の進路志望が高等部の選択では抑えきれない分野か、あるいは自前でいくらでも補える自信があるかのどちらか。要は"授業を流す"か"レクリエーション感覚でディベートの練習"に来た生徒──ハルの言う教員志望とは限らないというのは、そういう意味だ。

 俺の後ろでディスカッションに勤しむ連中は十中八九、そんな面々で固められている。まぁ、連中はそんな舐めた"選択"をしたから俺という"ババ"を引いだのでざまあみろ、という所だ。いや、結局は空しいだけだが。

 だが、目の前の二人は違う。そんな片手間での選択はしないと家族である俺がそう確信している。そして、ハルとカナのクラスは三年A組──学業成績上位者で構成された進学希望組・・・・・。離れてからこのかた、数少ない情報から辛うじて読み取れる彼女達の意志を確かめようと、身を乗り出しそうになるのを抑えつつ、改めて問いかける。

「──二人は教師を目指しているのか?」

「あなたに言う必要は──」

「──そうだよ」

 ほぼ同時に発せられた否定と肯定。切り捨てるように言い放とうとしたハルが隣のカナを呆然と見つめる。カナはどことなくおっかなびっくりな挙動(ハルに対する気まずさからだろう)で、ハルの視線を受け止める。その挙動とついさっきの通る声が俺の中でうまく重ならない。だが、間違いなく彼女カナだ。それが事実と示すように一拍おいて、続きを紡ぐ。

「ハルちゃ──姉の遥は数学、私が国語の教師になる予定です──時宮地元の大学を受験して」

 先ほどまでの声の細さはどこへやら、カナが自分達の選択を淀みなく告げる。同時にカナの体が少しずつ、ハルの後ろから横、横からやや前のめりに隠れがちだった姿をこちらへと向ける。それらはむしろ俺に問いかけているように見える。

 ──自分達をどうしたいのか、を。

 見つめる瞳が否が応でも俺へと伝えてくるのは家族ゆえだろうか。

 カナ──声には出さなくとも、ハルの口とその表情がそう歪んだのがわかる。渦巻く感情は一瞬。眉間が強張るのを防ごうと人差し指の第一関節で抑える──責任感の強いハルが時折見せる癖──事で平静をどうにか保つ。思う所があるのか、カナ自身に後悔している様子はない。

「──カリキュラムの中に架空の生徒と学籍を題材に実際の業務に近い形での体験授業があると聞いて選びました」

 それがわかったのか、諦念染みた息を軽く吐いて(グループ分けの時を含めると二度目)、わりと細かな部分まで掘り下げて説明するハル。普段弱気な癖に意外な所で大胆かつ粘り強く動くカナと、普段はしっかりしてブレなく動きカナを引っ張るかと思えば、変なところで意気地なしが発動して妹に追い立てられるハル、たまに見せる二人の逆転現象。

「俺も同じだよ。それを知って──知ったからこそ、ここを選んだ」

 学園に居ながらも俺から避け続ける二人に接近する──その為に他クラス合同で行う選択授業で機会を狙っていたのは、割と始めの内から。ただ、瞳子から告げられた二人に真意が嘘偽りがないと知っている身としては、下手に近づいていいものか、そんな悩みはあった(二人の選択授業先を知るには当真から不正に聞き出すしかない以上、不信感を煽るだけというのもあり得る為)。

 しかし、選んだのが教育学専攻俺と同じ道だと知った時、二人の非難を受けてでも向き合う覚悟が出来た。

「(よれては立ち直り、立ち直った先にまたよれる──そんな情けない覚悟だが、な)」

 そんな起き上がりこぼしみたいな覚悟を奮い立たせ、二人を見据える。そんな俺を見て呆けていたのは指折り数えて片手分の出来事、文字通り我に返ったとばかりに目の焦点をこちらに引き絞ったのはハルだった。

「──でしたら、同じ進路を行く者同士、仲良くなれそうですね」

「(そう思うなら、もう少しフレンドリーぽい感じが欲しいなぁ)」

 社交辞令でも、もう少し愛想があってもよさそうな所、ハルの表情からはどこをどう探しても同士とやらに向ける"それ"ではない。まるで仇敵を前にした時のようであるが、ある意味間違ってはいないだろう。心情的なものはともかく、俺は今、立場上でハルとカナの敵なのだから。

「仲良くなれそう、ですか。何事も起こらなければ、なれますよ。いえ、こちらからお願いしたいくらいです──なにも起こさないでほしい、とね」

「どういう意味でしょうか?」

「そういう恍け方は少し間を空けてから方がいいですよ。始めからそう返されるの承知で言ったのがバレるので」

「全てわかった上でここにいる相手に恍けたつもりはありません。どういう意味と聞いたのは、事を起こした時、私達をあなたはどうするつもりなのか、それを伺いたかったのです──妹もそう望んでいるので」

 水を向けたハルを肯定するようにカナが頷く。いつものカナなら強引に促されれば容易く傾きそうな首も、ことこの場においては心からのメッセージとばかりに、雄弁に動く──話題を振られた際、背筋と肩が不自然に強張ったのは見なかった事にしておこう。

「──どうするも何も、俺は止めるとしか言えないぞ? そちらのお友達・・・を押しのけてでも、な」

 再び、家族御村に向けて宣言する。単に他人設定を装うのが面倒になったからであって、特に深い理由があっての事ではない。ただ、向かいに座るハルとカナにとっては俺の意図が読めないのか、押し黙る──いや、違うな。俺の事とは別に何か、気にしている感じだ。

 急に大人しくなった二人に違和感を覚える。こちらを見ているようでいて、そうでない事に思い至り、視線の先を探る。俺の後ろの方へと──

「(──うぉ!)」

 振り返ると、俺達を除け者にした二つのグループがこぞってこちらを見ていた。俺が向くなり顔を逸らしたので正しく過去形になるのだが、そんな事はどうでもよく、ハルとカナが押し黙った理由にようやく気づく。

「(そりゃあ、初対面であんな物々しい雰囲気にならないよな、普通は)」

 いくら俺を放逐したとして、同じ教室の中には違いない。向こうからすれば見ざる聞かざるを決め込んでも伝わる空気を無視するのは難しい。俺達の他人同士とは思えないやり取りに好奇心が疼いたのだろう。

「──わかってもらえたようですね、御村君」

 他人であると強調する為か、これ見よがしに苗字を区切るハル。ここへ来る前、周りの生徒などお構いなしに接触していた帝とは対極の振る舞いだな、とどうでもいい感想がよぎる。

「別に聞かれて困る所まで踏み込んだつもりはないんだがな。そう過敏にならなくてもいいだろ」

「どうしてそう余裕なんですか?」

 俺の態度に不審なものを感じたハルが他の生徒を意識してか小声で問いかけてくる。カナに至っては思いもよらず晒された視線に固まって、すっかりハルの後ろ定位置に戻ってしまっていた。今この教室で平常を保っているのは俺と監視役の教師(最初の態度と変わらないという意味では合っている)の二人くらいだろう。

 それはさておき、どうして俺が周りを気にせずいられるのか? 察しのいい人は気づいているかもだが(誰に向けて言っているのか自分でもわからないが)、春休み前、衆人環視の元で瞳子を相手に遠慮なく異能を振るって暴れた時点で俺が一般人として学園に潜入するという当初の目論見は跡形もなく崩れている。

 また、それ以前に俺を学園に連れ込んだのは瞳子の独断であり、当真家にとって見れば、俺は計算に入れられない不純物でしかないのだ(これは後から当真家に協力している赤谷、青山、緑川剣太郎の追っかけ達が即座に仕事を割り振られている点を考えても間違いない)。

 まとめると、俺個人はハルとカナが血縁関係にある事、年齢に関する事以外、バレて困る情報はない。前者は騒ぎの中心異能者が身内にいるせいで二人の学園生活に支障をきたして学園に居られなくなるから、後者は俺がこの学園に居られなくなるからだ(当真家の手先である事も、異能者である事も容認する天之宮家でもさすがに年齢と経歴詐称にはいい顔をしない)。今のハルとのやり取りにしても、兄妹を示唆する内容はない。精々、関係を不審がられる程度。むしろ──

「──なぜそこまで意識するんだ?」

 自分が目立つ存在だと自覚している事を差し引いても、やや過剰な反応。多少きわどい会話を混ぜても、ただの一生徒に背後関係を探るのは難しい以上、そこまでビクつく必要はない。

「なにかを意識したつもりはありません」

 もう少しマシな返し方はなかったのかよ、ハル? これでは、"なにかある"と言っているようなものだ。

「──わかっているくせに」

 ますますフラグを立てるハルの斜め後ろ、完全にハルの影に引き篭もってしまったカナが呟く。他の生徒が顔を逸らした分だけ前に出た形。兄としてはその引っ込み思案ぶりが心配だぞ、カナ。

 カナへの心配はともかく、彼女の小さな反抗はたしかに的を射ている。帝と国彦、そしてハルとカナが当真瞳呼と繋がっているのはとうに割れている。意地の悪い質問であるのは間違いなく、チクリと言いたくなるのは無理もない。それならと、率直にこちらの考えを二人にぶつける。

「当真瞳呼に協力するのはやめるんだ、ハル、カナ。お前達が手を貸す女は単なる異能者上位主義というだけじゃない。それ以上に非異能者を蔑視──いいや、人としてすら扱わない最悪の人間性なんだ。利用する価値がなくなればすぐに排除されるのがオチだ」

「直接会った時にそういう人物であるのはわかっています。隠しもしなかったので。彼女からすれば交渉と言うより、計画に組み込んでも支障がないか──まるで芸を仕込んだペットの調教具合をわざわざ確認しに来た。そんな瞳で私達を見ていいました」

「それがわかっていながらなんで──」

「──り、利害が一致しているから」

 カナがどもりながら答える。意図して遮ったのではなく、会話が苦手なタイプによくあるタイミングのズレで起こった被せは、結果的にこちらの追及を半ばで挫く。

「当真瞳呼が当真家当主の座を狙っている事は知っています。それが実現すれば、異能者と非異能者双方にとって望ましくない舵取りをするであろう事も察しはつきます。──ですが、次期当主の選定が天乃原学園ここでの出来事に直接関わると思いますか?」

 双子だからこそわかる間の空気だろう、間隙を縫ってハルが反論を予測した牽制を流暢に紡ぐ。

「いや、待て。学園が当主の選定に関係しないって、どういう事だ? 次期当主は学園の理事長も兼任するんだ。関係ないはずがないだろう」

 学園は将来的に当真家の(正確には当真家に属する異能者達の)社会進出への鍵と目されている。瞳子自ら学園の問題に関わろうとしたのもその事が大きい。俺を学園に引き入れたのは独断としても、言動の根幹にあるものはやはり家の利害だといえる。ハルの発言はそんな瞳子の思惑を前提から崩しにきていると言っていい。

「学園の価値は想像する通りだと思います。想像する通りだからこそ、一当主の裁量で扱うべき事案ではない。当真──いえ、時宮に住む全ての者が携わっていくべき事案でしょう」

 たしかに当主は王様ではない。あくまで時宮という船の船頭──舵取りと表するならこれが合うだろう──だ。相応に権力はあるがついて回る責任の方が大きく、導きはすれど支配はしない、それが当真家当主というものなのだ。

「現に他の当主候補はこの学園に一切手を出していません。この学園は当真の未来を象徴する場所ですから、横たわる問題を解決すれば、当主の器をこれ以上なく示す事は出来るでしょう。逆に失敗すれば器不足の烙印は免れませんし、そもそも仮に成功したとしてもそれだけで当主になれるとは限らない。他に手堅く進める方法はいくらでもある──そういう事でもあります」

「当主になる為の必須条件でないわりにリスクがでかすぎるってことか。まぁたしかに、他の要件で当主の資格を満たせるなら関係ないというのも過言ではないな。なら、どうして当真瞳呼はこの件に首を突っ込んだ? 今まで裏からこそこそとしか手を出さなかった奴だ、失敗イコール当主失格なんてリスクのある手段はまず頭から排除する。だが実際はその反対だ。仮に言う通りだったとしたら、なぜ、その分の労力を他に回さない? 回せたなら、それだけ当主に近くなるだろ」

「──も、目的が瞳子さ──当真瞳子さんの排除にあるとしたら、ど、どうですか?」

 カナが物騒な推論を提示する。たどたどしい割に一音一音ハッキリしているからニュアンスがダイレクトに伝わってくる。

「現状、有力なのは二人のトウコ。お互いをいかに当主レースから押しのけるか──そう考えるのは自然だと思いますが?」

「いや、それ全然自然じゃねぇから、基準にしちゃいけない方面だから」

「ともかく、当真瞳子の身さえ無事で居続けるならレースから脱落する事なく、他の候補者より優位に立てます」

 リスクも他の手堅いアピール手段もあるが、この学園の問題に立ち向かっている瞳子が最も目立っているには違いない。当真瞳呼の妨害──どこまで望んでいるか、単に学園に居られなくするのか、それとも再起不能になるまで痛めつけるのかは不明だが──をかわして、瞳子に何事も起きなければ勝算はある。

「──だから、当真瞳呼に手を貸しても問題ないと? そうまでして、俺達の敵に回る必要があるのか?」

「──そ、それは」

「──言う必要はありません。今のあなたには・・・・・・・

 言葉に詰まるカナを遮り、ハルが言い放つ。その目に宿るのは敵対も辞さないという拒絶。いつかの保健室で見た差し出す事すら躊躇わせる固い決意。今までの俺ならただ立ち尽くすしか出来なかったと思う。だが──

「(──前ほど、ショックでもなければ、絶望もしちゃいないさ)」

 掴んだ気がするのだ。ハルとカナがどうして"そう"なるように事を起こしたのか、ただの反抗期ではない不可解な行動の理由がそこにあるのだと、ハルの態度がそう伝えている──確証はないがそう確信できる。

 ハルの覚悟に触発されたカナも俺を振り切るように目を伏せる。喉元過ぎれば、とばかりに俺達を隠れ見る他の生徒達に対して、今度は取り繕いもしない。少しずつ遠慮がなくなる視線と比例して頻度が多くなる密やかな会話が前よりも規模が大きくなった頃、授業終了を告げる鐘が鳴る──同時に俺達の穏やかでない対峙もひとまず終わる。

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