きみのその手はやさしい手
幕間
「──ちょっと、演出が過ぎたかな」
遥、彼方と入れ替わりに病室を出る。なんとはなしに携帯を手のひらで滑らせると、メール受信の知らせと送り主の名前が見える。遥──ハルからだ。
「……別に返信しなくてもいいのに、律儀というか、なんというか」
私が出した空メールに対して、ほぼ直後に返された“今から行きます”の文字。そう、これは事前に示し合わせてのことだ。優之助へのサプライズに彼女達との再会を計画し、タイミングを逃さないよう付きっきりで貼り付いていた──けして心配したからではない──が、どうやらそれは成功したらしい。わざわざ覗くような真似などするまでもなく、扉ごしにもれ聞こえる優之助の様子でわかる。
だが、あまり劇的なのもそれはそれでおもしろくない。私とのやり取りが霞んでしまうからだ。
「(……まぁ、いいか)」
この三年間ほとんど会わずじまいだったのだ。久しぶりに家族水入らずで過ごした方がいい。私らしくない気の使い方だというのは百も承知だが、今の優之助には必要なことだと言い聞かせてこの場を離れる。しかし、その出鼻をくじくように私の進行方向に一人の女生徒が立ち塞がっている。
「……瞳子様」
天乃原学園生徒会副会長にして、当真家が真田凛華とは別に用意した監視役。そして不本意ながら私の分家筋にあたる親戚、平井要芽――本名、当真要"目"。
おそらく、ハルとカナと共にここへきたのだろう。なんの用だ? ……いや、むしろ都合がいい。聞きたいことがあるのは私の方だ。
「まさか、生徒会に提出したファイルに優之助の情報を紛れ込ませていたとはね」
今となっては私に知る術はないが、私がファイルをチェックした後、情報を混ぜたはずだ。生徒会の動向と当真家が把握している要"目"のスケジュール。両者のタイミングを考えればそこだろうとカマをかける。
「あなたに一度確認を頂いた後、即生徒会に回しました。タイミングはわずかでも割り込ませるのは簡単でした」
悪びれもせず、あっさりと認める要"目"。何かをやりかねないという警戒から報告や確認は念入りにしたはずだったが、それを逆手に取られた形だった。それにしても大胆な話だ。ただ正体をバラすだけならあんなマネをしなくとも、もっと早い時期から直接言えば済むのだから。
「……それで、どこまで流したの?」
バラしてしまったのなら仕方がない。諦めて、今後の対策のためにバラした範囲を聞かなければ、手の打ちようもない。
「瞳子様が当真の当主候補の一人である事。優之助さんが当真家の依頼でこの学園に潜り込んだというところまでです」
「他には?」
「それだけです」
「それだけ?」
「はい。瞳子様と優之助さんが年齢を誤魔化している点。優之助さんが彼女達の兄である点。優之助さんの目的など。優之助さんに関するその他全ての情報は伏せています」
「ならどうして、生徒会に情報を流したの?」
「こちらで情報を流しておけば、今後、優之助さんが生徒会に疑惑を持たれることがなくなるからです。少なくとも桐条飛鳥を倒した時点で優之助さんの正体を疑われるのは時間の問題でした。その為、優之助さんと当真家との関係をこちらで流し、それ以外の致命的な真実を探られるリスクを極限まで抑えようとしました」
それが、当真家の依頼云々の話ということか。
「でも、優之助が当真の関係者である事と当主候補の私という組み合わせは無用な詮索をされるような気もするけど?」
「真田凛華が当真から派遣した人材にもかかわらず、生徒会に与しています。それは当真家から天乃宮姫子を守るよう指示されているからです。同じように優之助さんは当真家の指示でこの学園を調査するために派遣されたという一点で押せば問題ありません。あちらにも思惑はあるでしょうが、瞳子様が個人的な事情で動かれている以上、詮索に意味を持つ事はないでしょう」
「ふん……」
私に黙ってやったことは気に食わないが、一応、的を射ている。むしろ、私から提案すべき方策だったかもしれない。あくまで手段の一環として考慮しておく、くらいではあるが。
「まぁ、いいわ。過程はともかく、結果的には今後の計画に都合がいいわ」
そう、今の状況は悪くない。優之助の正体を学園の人間(特に生徒会の連中)に知られず、当真家の関係者として堂々と接することができるからだ。
もし、優之助を普通に天乃宮側に紹介していたら、妹であるハルとカナも当真家と天乃宮家が起こす騒動に巻き込まれる。生徒会といざこざを起こすくらいならば問題ないが、それはあまりよろしくない。
そういった状況を作り出さないために優之助は二年間、妹達と離れて暮らすことにしたのだ。理由の大半は別にあったのだが、原因の一つには違いない。それだけ優之助は能力、性格、二人に対する思い入れ、いずれの観点から見ても騒動を呼ぶ天才(天災か?)で、あの子達の立ち位置はいろいろと狙われやすい存在なのだ。あれほど、相性の悪い兄妹も珍しい。
「でもね……」
言いつつ、要"目"を見やる。最大級の威圧を込めて。
「あんなふざけた真似は今回が最初で最後。破れば……」
「……殺す」
睨むだけのつもりが自分の瞳から殺意が漏れ出すのがわかる。……少し、制御が甘くなっている。自らの不快に瞳が応えた格好だ。
「……わかりました」
表情を硬くさせた要"目"を見て、溜飲を下げる。それと同時に瞳の制御が楽になった。……部下の動向で制御が左右されるなんて私もまだまだだ。
「ならいいわ」
内心、自嘲しながら、要"目"の横を通り過ぎる。これ以上の会話に意味はない。騒動の後始末がまだ残っている私はその場から微動だにしない要"目"を残し、今度こそこの場を離れようとする。しかし────
────ズキ!
「……っ」
不意に脇腹が痛む。後ろにいる要"目"は気づいていない。気づかれても困る。この三日間誰にも悟られることなく振舞ってきたのだから。
痛む部分を比較的、負担の掛からないように動き、いつも通りに歩み去る。
「("アレ"を喰らって、折れていないのが幸いか)」
優之助と交錯したあの瞬間、優之助の攻撃は寸止めになったが、行き場のなくなったその有り余る破壊力は衝撃波となって私の胴を貫通していた。……もし、直撃していたらどうなっていたことか、想像するだけで今でも背中から冷や汗が流れる。一歩間違えば当真の計画も私個人の思惑もすべてご破算だったのだから。
「──命を秤にするとしても、あんないきあたりばったりで、もののついでみたいな場で果てるなんてまっぴらごめんだわ」
    そうぼやく私から遠間で圧し殺した悲鳴と慌しく響く靴音が徐々に離れていくのが聞こえる。生徒か、職員か、人気のない廊下で私に出くわして逃げたみたいだ。
    計画といえば、その反応についてもだろう。優乃助が生徒会を追いつめたことへの収拾に躍り出た私は結果的にお咎めは──当然だが──なかった。しかし、真田凛華以上に刀を振るい、その刀以上に物騒な異能を振るった私を見る目は──これも当然だが──変わった。いうまでもなく悪い意味で。
     別に私は血を見なければ均衡を保てない破綻者でなければ、人を人と思わない異常者でもないのでそんな風に扱われるのは心外の上、後々の活動に支障をきたしそうで少々頭が痛い。
「……まったく、人を何かと勘違いしてるわね」
    あなた達有象無象の命を奪って──それを厭わないほど睦み合ってなにが楽しいというのか。これでも一途だとらしくないながらに自覚している。誰でもいいというほどふしだらなつもりはないのだ。
    その肝心の相手はなかなかその気にはならないし、こぶつきーー若干意味合いは違うが抱える感情と事情は同じだーーなのがその腰の重さに拍車をかけている。
「(──パンダの交配にかかるお膳立てとどちらがマシかしらね)」
自分でも馬鹿な比較と思いつつ、今度は“こぶ”の方へと考えを巡らせる──果たして、あの判断に間違いはなかったのかと。
    ハルとカナをこの学園に呼び戻した(より正確に言うなら三日前のあの瞬間に居合わせるように予定を組んだ)本当の理由。それは本気を出した優之助の攻撃で私が死なないよう保険を掛けるためだ。悔しいけれど、今の時点で優之助を止められる事ができるのはあの二人しかいない。
本音を言うなら優之助にあの二人を再会させたくはなかった。しかし、優之助の腑抜けっぷりは私に手段を選ばせてはもらえず、命懸けでぶつからない限り、その目を覚ますことはないという結論に至った。だから、渋々ながらではあるが、始めからギリギリで再会させるという筋書きを書いたのだ。
「出会って三年、つかず離れずで三年か──まったく、優之助があそこまで腑抜けていたなんてね」
この数日で何度目になるかわからないボヤキを口にする。結果として、保険は優之助に使われることになったのだから無駄ではなかったのだが、優之助が最後にあんな決断をするとわかっていれば、二人を戻さずにそのまま転校させるよう動いてもよかったのだ。どこまでも私の思惑を斜め上に狂わせてくれる男だ。
「……でも、まぁ」
ある意味、優之助らしく、そして、うれしくもある選択だったとも思う。再び交わる次の三年――いや、二度目の高校生活がとても待ち遠しい。それにしても──
「──優之助のやつ、聞いてなかったわね」
まぁ、あの状況で意識をしばらく持たせていたというのはさすがだし、それをやったのは自分なのであまり言えた義理はないが、折角の告白──卒業式当日まで進学先を伏せていた理由──を、その核心を伝えようとした矢先に気を失ったのは理不尽とわかっていながら肩透かし感は否めない。
──私が平然と保健室で目を覚ますのを待っていたと思うのか? 意識を取り戻したあの時、思わず逃げようと腰を浮かせたなんて言ったらどんな顔をするだろうか? おそらく私のこの気持ちと同じくらい複雑に歪めただろう。
「……言えるわけないじゃない。ハルとカナより私を選んで欲しかったなんて」
県外の大学進学は私自身の意向とは別に当真家の事情も多分に絡んでいる。私がその気はなくともまず断ることはできない。優之助に告げた言葉に嘘はないとはいえ、だからといってハルとカナを放っておけないと私の進学先について毛ほども考えずに地元の大学に即決したのは少し──そう、ほんの少し傷ついた。この私が、気のない相手に進学の援助をするわけがないのだから。
「もう金輪際、私から言うつもりはないわよ──優之助」
だから、今度はあなたから聞きにきなさいな。あの時のように。
*
「――だだ、優之助さんの情報を会長に流せばあなたは躊躇なく私を殺す」
一人、保健室棟の廊下に佇む私は独白を続ける。当真家当主候補である当真瞳子はもうここにはいない。おそらく、天乃原学園理事長──当真瞳子の叔父──の元に今回の後処理を手伝いにでも行ったのだろう。
「しかし、あなたを経由して情報を流せば、気づかなかった自分のミスを責め、私を罰することはない」
計画通りだ。ああ見えて当真瞳子の本質は(優之助さんの前ではおくびにも出さないが)、他人から下に見られるのを嫌う性格で、あの生徒会長以上にプライドが高い。
要するに自分を出し抜いた私をただ処分しても傷つけられたプライドが修復できないから、その行動を不問にする寛容さを示すことでなかったことにしたいのだ。
とはいえ、この手も一度きりの手段。本人が言うように、もう一度やれば、今度こそ私は消されるだろう。だが、そのリスク犯した甲斐があった。
「(これで優之助さんが学園内で動きやすくなる)」
この先、優之助さんには当真家の支援が必要になる。しかし、天乃宮家の承認がなければ表立って協力することはできない。
いろいろイレギュラーがあったが、なんとか目的は達せられた。私は達成感で胸がいっぱいになる。
「……んっ」
私を突き動かすのは優之助さんへの想い。私が動く理由、私の存在意義、私の……全て。
──ん? 名前?
──ずいぶんと個性的だな。
──たしかに親の中には、変な名前つけるやつ、いるよな。って、ゴメン、ゴメン。悪かったって! そう睨むなよ。なんか俺のクラスの女子に似ているよ、おまえ。
──お詫びっちゃあなんだけど、俺がおまえに名前をつけてやるよ。あれ? なにその目。心配するなって! 悪いようにはしないからさ。
──どうかな? かわいいと思うけど。もとの音自体はいい響きなんだから一文字いじるだけでいい名前になるんだよ。
──まんざらでもなさそうだな。えっ、うれしいけど、そういう問題じゃないって? あれ? 自分の名前が嫌だってことじゃなかったっけ? ……違うのか。
──でもさ。名前は気に入ってくれたよな。それなら今度からそう呼ぶよ。まぁ、読みそのものは変わらないんだけどさ。じゃ、今からな。
────要"芽"ちゃん。
「守って見せます……この世のあらゆるものから。あなたの笑顔とその暖かい手のためなら、この命すらいらない」
それは私の誓い。誰にも──あの時、あの場にいた優之助さんですら知らない、私だけの誓い。
遥、彼方と入れ替わりに病室を出る。なんとはなしに携帯を手のひらで滑らせると、メール受信の知らせと送り主の名前が見える。遥──ハルからだ。
「……別に返信しなくてもいいのに、律儀というか、なんというか」
私が出した空メールに対して、ほぼ直後に返された“今から行きます”の文字。そう、これは事前に示し合わせてのことだ。優之助へのサプライズに彼女達との再会を計画し、タイミングを逃さないよう付きっきりで貼り付いていた──けして心配したからではない──が、どうやらそれは成功したらしい。わざわざ覗くような真似などするまでもなく、扉ごしにもれ聞こえる優之助の様子でわかる。
だが、あまり劇的なのもそれはそれでおもしろくない。私とのやり取りが霞んでしまうからだ。
「(……まぁ、いいか)」
この三年間ほとんど会わずじまいだったのだ。久しぶりに家族水入らずで過ごした方がいい。私らしくない気の使い方だというのは百も承知だが、今の優之助には必要なことだと言い聞かせてこの場を離れる。しかし、その出鼻をくじくように私の進行方向に一人の女生徒が立ち塞がっている。
「……瞳子様」
天乃原学園生徒会副会長にして、当真家が真田凛華とは別に用意した監視役。そして不本意ながら私の分家筋にあたる親戚、平井要芽――本名、当真要"目"。
おそらく、ハルとカナと共にここへきたのだろう。なんの用だ? ……いや、むしろ都合がいい。聞きたいことがあるのは私の方だ。
「まさか、生徒会に提出したファイルに優之助の情報を紛れ込ませていたとはね」
今となっては私に知る術はないが、私がファイルをチェックした後、情報を混ぜたはずだ。生徒会の動向と当真家が把握している要"目"のスケジュール。両者のタイミングを考えればそこだろうとカマをかける。
「あなたに一度確認を頂いた後、即生徒会に回しました。タイミングはわずかでも割り込ませるのは簡単でした」
悪びれもせず、あっさりと認める要"目"。何かをやりかねないという警戒から報告や確認は念入りにしたはずだったが、それを逆手に取られた形だった。それにしても大胆な話だ。ただ正体をバラすだけならあんなマネをしなくとも、もっと早い時期から直接言えば済むのだから。
「……それで、どこまで流したの?」
バラしてしまったのなら仕方がない。諦めて、今後の対策のためにバラした範囲を聞かなければ、手の打ちようもない。
「瞳子様が当真の当主候補の一人である事。優之助さんが当真家の依頼でこの学園に潜り込んだというところまでです」
「他には?」
「それだけです」
「それだけ?」
「はい。瞳子様と優之助さんが年齢を誤魔化している点。優之助さんが彼女達の兄である点。優之助さんの目的など。優之助さんに関するその他全ての情報は伏せています」
「ならどうして、生徒会に情報を流したの?」
「こちらで情報を流しておけば、今後、優之助さんが生徒会に疑惑を持たれることがなくなるからです。少なくとも桐条飛鳥を倒した時点で優之助さんの正体を疑われるのは時間の問題でした。その為、優之助さんと当真家との関係をこちらで流し、それ以外の致命的な真実を探られるリスクを極限まで抑えようとしました」
それが、当真家の依頼云々の話ということか。
「でも、優之助が当真の関係者である事と当主候補の私という組み合わせは無用な詮索をされるような気もするけど?」
「真田凛華が当真から派遣した人材にもかかわらず、生徒会に与しています。それは当真家から天乃宮姫子を守るよう指示されているからです。同じように優之助さんは当真家の指示でこの学園を調査するために派遣されたという一点で押せば問題ありません。あちらにも思惑はあるでしょうが、瞳子様が個人的な事情で動かれている以上、詮索に意味を持つ事はないでしょう」
「ふん……」
私に黙ってやったことは気に食わないが、一応、的を射ている。むしろ、私から提案すべき方策だったかもしれない。あくまで手段の一環として考慮しておく、くらいではあるが。
「まぁ、いいわ。過程はともかく、結果的には今後の計画に都合がいいわ」
そう、今の状況は悪くない。優之助の正体を学園の人間(特に生徒会の連中)に知られず、当真家の関係者として堂々と接することができるからだ。
もし、優之助を普通に天乃宮側に紹介していたら、妹であるハルとカナも当真家と天乃宮家が起こす騒動に巻き込まれる。生徒会といざこざを起こすくらいならば問題ないが、それはあまりよろしくない。
そういった状況を作り出さないために優之助は二年間、妹達と離れて暮らすことにしたのだ。理由の大半は別にあったのだが、原因の一つには違いない。それだけ優之助は能力、性格、二人に対する思い入れ、いずれの観点から見ても騒動を呼ぶ天才(天災か?)で、あの子達の立ち位置はいろいろと狙われやすい存在なのだ。あれほど、相性の悪い兄妹も珍しい。
「でもね……」
言いつつ、要"目"を見やる。最大級の威圧を込めて。
「あんなふざけた真似は今回が最初で最後。破れば……」
「……殺す」
睨むだけのつもりが自分の瞳から殺意が漏れ出すのがわかる。……少し、制御が甘くなっている。自らの不快に瞳が応えた格好だ。
「……わかりました」
表情を硬くさせた要"目"を見て、溜飲を下げる。それと同時に瞳の制御が楽になった。……部下の動向で制御が左右されるなんて私もまだまだだ。
「ならいいわ」
内心、自嘲しながら、要"目"の横を通り過ぎる。これ以上の会話に意味はない。騒動の後始末がまだ残っている私はその場から微動だにしない要"目"を残し、今度こそこの場を離れようとする。しかし────
────ズキ!
「……っ」
不意に脇腹が痛む。後ろにいる要"目"は気づいていない。気づかれても困る。この三日間誰にも悟られることなく振舞ってきたのだから。
痛む部分を比較的、負担の掛からないように動き、いつも通りに歩み去る。
「("アレ"を喰らって、折れていないのが幸いか)」
優之助と交錯したあの瞬間、優之助の攻撃は寸止めになったが、行き場のなくなったその有り余る破壊力は衝撃波となって私の胴を貫通していた。……もし、直撃していたらどうなっていたことか、想像するだけで今でも背中から冷や汗が流れる。一歩間違えば当真の計画も私個人の思惑もすべてご破算だったのだから。
「──命を秤にするとしても、あんないきあたりばったりで、もののついでみたいな場で果てるなんてまっぴらごめんだわ」
    そうぼやく私から遠間で圧し殺した悲鳴と慌しく響く靴音が徐々に離れていくのが聞こえる。生徒か、職員か、人気のない廊下で私に出くわして逃げたみたいだ。
    計画といえば、その反応についてもだろう。優乃助が生徒会を追いつめたことへの収拾に躍り出た私は結果的にお咎めは──当然だが──なかった。しかし、真田凛華以上に刀を振るい、その刀以上に物騒な異能を振るった私を見る目は──これも当然だが──変わった。いうまでもなく悪い意味で。
     別に私は血を見なければ均衡を保てない破綻者でなければ、人を人と思わない異常者でもないのでそんな風に扱われるのは心外の上、後々の活動に支障をきたしそうで少々頭が痛い。
「……まったく、人を何かと勘違いしてるわね」
    あなた達有象無象の命を奪って──それを厭わないほど睦み合ってなにが楽しいというのか。これでも一途だとらしくないながらに自覚している。誰でもいいというほどふしだらなつもりはないのだ。
    その肝心の相手はなかなかその気にはならないし、こぶつきーー若干意味合いは違うが抱える感情と事情は同じだーーなのがその腰の重さに拍車をかけている。
「(──パンダの交配にかかるお膳立てとどちらがマシかしらね)」
自分でも馬鹿な比較と思いつつ、今度は“こぶ”の方へと考えを巡らせる──果たして、あの判断に間違いはなかったのかと。
    ハルとカナをこの学園に呼び戻した(より正確に言うなら三日前のあの瞬間に居合わせるように予定を組んだ)本当の理由。それは本気を出した優之助の攻撃で私が死なないよう保険を掛けるためだ。悔しいけれど、今の時点で優之助を止められる事ができるのはあの二人しかいない。
本音を言うなら優之助にあの二人を再会させたくはなかった。しかし、優之助の腑抜けっぷりは私に手段を選ばせてはもらえず、命懸けでぶつからない限り、その目を覚ますことはないという結論に至った。だから、渋々ながらではあるが、始めからギリギリで再会させるという筋書きを書いたのだ。
「出会って三年、つかず離れずで三年か──まったく、優之助があそこまで腑抜けていたなんてね」
この数日で何度目になるかわからないボヤキを口にする。結果として、保険は優之助に使われることになったのだから無駄ではなかったのだが、優之助が最後にあんな決断をするとわかっていれば、二人を戻さずにそのまま転校させるよう動いてもよかったのだ。どこまでも私の思惑を斜め上に狂わせてくれる男だ。
「……でも、まぁ」
ある意味、優之助らしく、そして、うれしくもある選択だったとも思う。再び交わる次の三年――いや、二度目の高校生活がとても待ち遠しい。それにしても──
「──優之助のやつ、聞いてなかったわね」
まぁ、あの状況で意識をしばらく持たせていたというのはさすがだし、それをやったのは自分なのであまり言えた義理はないが、折角の告白──卒業式当日まで進学先を伏せていた理由──を、その核心を伝えようとした矢先に気を失ったのは理不尽とわかっていながら肩透かし感は否めない。
──私が平然と保健室で目を覚ますのを待っていたと思うのか? 意識を取り戻したあの時、思わず逃げようと腰を浮かせたなんて言ったらどんな顔をするだろうか? おそらく私のこの気持ちと同じくらい複雑に歪めただろう。
「……言えるわけないじゃない。ハルとカナより私を選んで欲しかったなんて」
県外の大学進学は私自身の意向とは別に当真家の事情も多分に絡んでいる。私がその気はなくともまず断ることはできない。優之助に告げた言葉に嘘はないとはいえ、だからといってハルとカナを放っておけないと私の進学先について毛ほども考えずに地元の大学に即決したのは少し──そう、ほんの少し傷ついた。この私が、気のない相手に進学の援助をするわけがないのだから。
「もう金輪際、私から言うつもりはないわよ──優之助」
だから、今度はあなたから聞きにきなさいな。あの時のように。
*
「――だだ、優之助さんの情報を会長に流せばあなたは躊躇なく私を殺す」
一人、保健室棟の廊下に佇む私は独白を続ける。当真家当主候補である当真瞳子はもうここにはいない。おそらく、天乃原学園理事長──当真瞳子の叔父──の元に今回の後処理を手伝いにでも行ったのだろう。
「しかし、あなたを経由して情報を流せば、気づかなかった自分のミスを責め、私を罰することはない」
計画通りだ。ああ見えて当真瞳子の本質は(優之助さんの前ではおくびにも出さないが)、他人から下に見られるのを嫌う性格で、あの生徒会長以上にプライドが高い。
要するに自分を出し抜いた私をただ処分しても傷つけられたプライドが修復できないから、その行動を不問にする寛容さを示すことでなかったことにしたいのだ。
とはいえ、この手も一度きりの手段。本人が言うように、もう一度やれば、今度こそ私は消されるだろう。だが、そのリスク犯した甲斐があった。
「(これで優之助さんが学園内で動きやすくなる)」
この先、優之助さんには当真家の支援が必要になる。しかし、天乃宮家の承認がなければ表立って協力することはできない。
いろいろイレギュラーがあったが、なんとか目的は達せられた。私は達成感で胸がいっぱいになる。
「……んっ」
私を突き動かすのは優之助さんへの想い。私が動く理由、私の存在意義、私の……全て。
──ん? 名前?
──ずいぶんと個性的だな。
──たしかに親の中には、変な名前つけるやつ、いるよな。って、ゴメン、ゴメン。悪かったって! そう睨むなよ。なんか俺のクラスの女子に似ているよ、おまえ。
──お詫びっちゃあなんだけど、俺がおまえに名前をつけてやるよ。あれ? なにその目。心配するなって! 悪いようにはしないからさ。
──どうかな? かわいいと思うけど。もとの音自体はいい響きなんだから一文字いじるだけでいい名前になるんだよ。
──まんざらでもなさそうだな。えっ、うれしいけど、そういう問題じゃないって? あれ? 自分の名前が嫌だってことじゃなかったっけ? ……違うのか。
──でもさ。名前は気に入ってくれたよな。それなら今度からそう呼ぶよ。まぁ、読みそのものは変わらないんだけどさ。じゃ、今からな。
────要"芽"ちゃん。
「守って見せます……この世のあらゆるものから。あなたの笑顔とその暖かい手のためなら、この命すらいらない」
それは私の誓い。誰にも──あの時、あの場にいた優之助さんですら知らない、私だけの誓い。
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