きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第47話

 始業式から一週間経った平日の昼休み。俺と瞳子、空也、剣太郎の四人は示し合せの上、とある空き教室に集まっていた。

 国彦や帝といった元序列持ちが当真瞳呼の協力者として学園に編入してきたものの、初日以降は表立った動きは見られない。名家の生まれで異能が戦闘向きではない帝は俺の時とは比べ物にならないほど周囲に溶け込み、あれだけ騒ぎを起こした国彦ですら今の所、大人しく学園生活を送っている。

 しかし国彦の場合、初日のインパクトのせいか周りの生徒が必要以上に構えてしまっていて完全に浮いている。警戒具合で言えば、俺や瞳子以上だ。凶悪ともいえる見た目と図体も一因となっているのだろう、例えるなら熊や獅子といった猛獣が近くに居るようなもので、本人にその気がないとはいえ、こればかりは仕方がない。

 だが、呑気に同情してもいられない。帝や国彦、ひいては当真瞳呼がどういう意図かわからない以上、今の膠着状態において、こちらから攻めるとまではいかないまでも何かしらした方がいいのでは? という瞳子の提案で昼休みの時間を利用して定期的に情報の交換をする事になった。

 とはいえ、向こうが行動らしい行動を起こさない以上、共有するほどの重要な情報などそうそう出てくるはずがない。そもそも向こうには、見るだけで全ての五感情報を取得できる"全知"の目を持つ『皇帝』月ケ丘帝がいるのだ。下手な打ち合わせはこちらの首を締めかねない。

 結局、報告会は翌日第二回から、単なる世間話の集まりとなり、集合場所空き教室は単なる溜まり場となった。溜まり場といえば、男子寮なら俺の部屋──甚だ不本意な話ではあるが──、校舎内なら今いる空き教室、というくらいには利用度は高く、瞳子と打ち合わせで使った時を加えると教室ここが一番入り浸っている場所と言える。居心地がいいのだ、単純に。誰も使っていない割にそれほど埃っぽくなく、机も椅子も一通り揃って──しかも教室にあるものよりいい品──いた。この一週間、天之宮学園の昼は机を囲んで菓子を摘まむか、時間まで思い思いに過ごすのが日課となっていた。

 余談だが、俺達が空き教室で集まっているのは有名で、校舎の端に位置する教室に近づく生徒は元々いなかった(だからこそ、瞳子がここを選んだ)のだが、俺達が使うようになると、近くの階段にすら寄り付かなくなった。

 上下の階には資料室や選択授業用の教室があるので階段を使わず迂回するとかなり遠回りなのだが、この一週間、俺の知る限り階段を通る生徒が一人もいないという徹底ぶり──いくらなんでも、少しビビり過ぎではなかろうか? 一般生徒をどうこうする気はさらさらない俺としてはそう思ってしまう。

 自業自得と理解しつつも、密かに落ち込む俺の気持ちはさておき、昼食を食堂で済ませ、今日も今日とて下らないやり取りで昼を過ごすのかと思った俺に瞳子が教室に入るなり、開口一番に告げたのは──

「──逆崎さかさきが襲撃されたぁ?」

 人員の追加と、その人員が襲撃を受け、増援が中止になったという報告だった。

 記念すべき第一回以降、初めてそれらしく機能したのはいいが、聞かされたのはなんとも穏やかではない内容。思わず素っ頓狂な声が出た俺は、軽く咳払いして誤魔化す。

「とりあえず、一から頼めるか?」

 何から何までノータッチで、ただ終わった事実を叩きつけられた身としては、唖然としたらいいのか、何一つ聞いていないと怒っていいのか反応一つ返すにしても困る。だが、いつまでもまごついてはいられない。ひとまず瞳子に詳しい事情を要求する。

「そうだな。俺達には一つ一つ聞く権利があるはずだ」

 剣太郎が珍しく会話に参加する。食指が動いた理由は一つ、手練れの異能者が不覚をとった事に対する興味からだろう。

「言われなくても一から話すわよ──せっかちね」

 やれやれとため息を吐く瞳子。そのまま、立ち話もなんだからと、教室に元からあった椅子に着席する。せっかちもなにも皆が席に着く前にいきなり暴露したのは瞳子の方だ。釈然としないが大人しく従い、空也と剣太郎もそれに倣う。普段そうするように机を囲み、そこでようやく瞳子が口を開く。

 俺達と同学年だった元序列十一位、『スロウ・ハンド』の逆崎縁。瞳子は彼を空也と剣太郎を誘ったのとほぼ同時期に協力を打診したらしい。交渉の末、了承は受けたが身辺整理が理由でここ最近まで合流予定が伸びていたらしい。それがひと段落し、いざ天乃原学園こちらに向かおうとした矢先、何者かと交戦、傷そのものは軽傷だが、未だに目覚めていないのだという。

「事件の発覚は匿名による連絡。しかも、ご丁寧な事に当真家所属の医療機関へ連絡があったそうよ。現場は郊外にある広場──まず深夜の人通りはない所ね。その上、念の入った事に人払いがされた形跡あり──ここまでが一連の報告。ほとんど何もわかっていないというのが現状ね」

「当真瞳呼の差し金か?」

「他に誰がいるのよ?」

 瞳子の返しはにべもない。天之宮姫子会長に対してもそうだが、敵に後れを取る自分自身が許せないのだろう。ただ、後手に回って苛立つ気持ちはわかるが、俺に当たるなよ、と思う。

「──ただ、妙なの」

「何が?」

「逆崎くんの怪我の具合よ。発見時の見立てでは、命に別条はないけど、全治に二月はかかる重傷だった。けど、今朝の報告では一週間ほどで傷が塞がるまでに回復。それどころか、今この瞬間も急速に治癒が進んでいて、担当した医師の見解は怪我そのものは今日の晩にも完治するとの事よ。もちろん。ただし、依然として昏睡状態は解ける気配はなく、そちらの原因追及が課題らしいわ」

「それは──」

「──妙だね」

「──妙だな」

 言いかけた台詞を空也と剣太郎が口を揃えて代弁する。逆崎の異常ともいえる回復ぶりはもちろん異能の仕業だろう。それ自体は妙でも何でもないのだが、逆崎にそういった異能が何者かによってというのが妙なのだ。

「他者の傷を癒す異能──ひじりか?」

「いえ、『聖女』彼女ではないわ。まだ"渡り"がついていないから。そもそも彼女の異能なら対象に昏睡を強いる事なくたちまち治癒させられるでしょう?」

 基本的に異能は大なり小なり戦闘向きな(というより、それしか転用できない)ものが多い。それ以外に使い道があるなら、それだけでも当真家に高く評価される。中でも他者の傷を癒す異能者はかなりの希少能力で、当真家が厳重に管理している。それこそ、籠の鳥もかくや、というほどに。

 理由は二つ。悪人に利用させられるのを危惧しての事、そしてリスクがとてつもなく大きい──例えば、どんな大怪我も治せる異能者がいたとして、治癒の代償が使用者の寿命だったり、発動そのものの条件が厳しい──からだ。また、怪我は治せても病は無理だとか、あるいはその逆だったりと、決して万能や便利とはいえる代物ではない。

 それでも希少な事には変わりなく、俺の知り合いで該当するのは、元序列六位、『聖女せいじょひじり奈月なつきだけだ。以前国彦が口にした"歴代最強"──ソースは当真の長老連中による主観──である俺達の世代ですら、それである。全ての世代の使い手を足したとしても二桁存在するか怪しい。

 その二桁いるかいないかの存在を当真家が厳重に管理しているのだ。という以上、こう判断するしかない──当真家の知らない異能者がこの件に関わっていると。そして──

 ──が当真瞳呼と手を組んでいるという事も。

「──逆崎の回復待ちか」

 敵の正体がわからない以上、直接り合った逆崎に聞くのが一番だ。時宮高校でも屈指の実力を誇った逆崎なら事件の核心をつかんだ、とは言わないまでもなんらかのヒントは得ているはず。打てる手段がそれくらいしか思いつかないのは業腹だが、現状打破の切っ掛けにはなるだろう。

「そういう訳にもいかないわ。いつまでも手をこまねいていたら取り返しがつかなくなる──当真瞳呼あの女が相手だと、ね」

 瞳子が俺の楽観的な意見に釘を刺す。実際、帝や国彦が大人していた間に仕掛けられたのだ、咎められるのも当然と言えば当然の話。詫びを入れる代わりに、それもそうだな、と嘆息してみせる。

「──縁を倒した異能者というのも気になるよね。僕としてはむしろしか興味がない」

 煮詰まりそうな会話空気の中、空也が話題を逆崎襲撃の犯人へと逸らす。

 こちらも正体がわからない事には違いないが『スロウ・ハンド逆崎』を倒すほどの異能者だ。あれこれ頭を悩ませるより、まだ見ぬ強者を思い描いた方がいくらか気分転換になる、つまりはそういう事だろう。空也の話題転換気遣いに同調してか瞳子と剣太郎の目の奥が妖しく輝く。

「(おーおー、テンションが上がっちゃってまぁ。一般人が見たらまずチビるわ)」

 武闘派というか、脳筋というか、"競いたがり"もここまでくると生まれてくる時代を間違えたのでは? と疑いたくなる。横では空也が、うまくいったでしょ、とこちらにドヤ顔。はいはい、凄い凄い。

「──私なら後の先から──」

「──先手を許してからでは遅い。俺なら──」

「──流は異能を想定──の攻めでは──」

 いつも間にか、剣で異能者とどう戦うかへと話がすり替わっている瞳子と剣太郎。共に剣に一家言ある者同士、些細な食い違いすら許せないらしく、次第に熱を帯び、比例して本題からさらに脱線していく。

 どう収拾つけるんだ? これ。切っ掛けを作った空也は白々しく困った顔をこちらに向ける。いや、おまえが火種をぶち込んだんだろうがよ!

「──っていうか、そろそろだな」

 何気なく(現実逃避からではない、決して)時計を見ると、昼休みの終了が近い事を示している。

「悪い、出るわ」

「──まだチャイムまで十分あるよ」

「次、選択だろ。ここからだと、距離があるんだよ」

 おざなりに言う俺を六つの目──剣術談義に白熱していた瞳子と剣太郎が中断してまで──が捉える。

「……なんだよ?」

「恍けなくていいわよ。それなりに付き合いは長いんだから、あなたの事くらい想像がつくわ」

「そんな、大げさな話じゃないんだがな」

 本当にそこまでではない、のだから。──だから、そんな心配そうな目で見ないで欲しい。

「そういう強がりはいいわよ──言っても無駄でしょうけどね」

 それはどちらの意味で? とは聞かない。自分の馬鹿さ加減も、わかってそれを止めるつもりがないのも、覚悟承知している。

「悪かったな。あまりいい案が出せなくて」

 代わりに吐いて出たのは当真瞳呼の企みに関して役立たずだった侘び。こんな調子では強がりだと指摘されても仕方ないかもしれない。そんな俺を心得ているとばかりに瞳子達が送り出す。

「いいわよ。あなた達の頭に期待してないもの。精々、私の手足として使い倒してあげるから楽しみにしてなさい」

「だってさ。頑張ってね、優之助! 剣太郎!」

「……だそうだぞ、優之助」

「──さりげに自分を外すなよ空也。剣太郎も他人事みたいに言ってんな。おまえらも入ってんだよ!」

 そんなやり取りで残り九分。いつまでもグタグタしているわけにもいかない。今度こそ、教室を出ようとする。

「──ま、頑張りなさい」

 扉を開け、廊下に出た俺の背後から優しい声。その声に背を押され、不思議と歩みが軽くなる。

「──あぁ」

 誰に向けてでもなく、そう呟いた。

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