きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

幕間

「──もしもし。……あぁ、わかった。引き続き頼む」

 外は完全に暗くなり、室内を蛍光灯の光が照らす男子寮の一室。会長達が帰った後も溜まり場となっているリビングに味も素っ気もない着信音が木霊する。それに対応したのは携帯の持ち主である剣太郎。着信音に負けず劣らずの簡素な相槌をそこそこに通話を切り、一言。

「──ロイヤルガードが女子寮に入ったらしい」

「いや、それだけじゃわからんだろ!」

 中身をいろいろすっ飛ばした報告に間髪入れず、つっこみを入れる。当の剣太郎はそんな俺を珍妙な動物を見るような目で一瞥すると、手にしていた本のページを栞を挟み、脇に追いやる。

「──それで、何が聞きたいんだ?」

「何で仕方なさそうな感じ? あれで分からない俺が駄目なのかな?」

「優之助、どうどう」

 空也が俺の引き攣った頬をほぐしながら、宥めにかかる。子供か! と振り返ると屈託のない笑顔と妙にいい匂いが俺の尖った気持ちが萎えていくのを感じる──うん、まぁ、本当に馬鹿らしくなってきた。
「それで剣太郎、誰から電話だったの?」

 俺と空也を生暖かく見守りながら、瞳子が本題であるところの通話の内容を剣太郎に問う。

「青山からだ」

 答える剣太郎は変わらず、率直に一言。しかし、今度のは返答が一言で済むので問題なくわかる。ただ、

「えっ、ここに来てるのか?」

 挙がった名前に少々驚く。青山というのは弟子と称して剣太郎の追っかけをしている三人のうちの一人だ。俺達の一つ下の後輩で、三人が三人とも剣太郎に心酔し、剣太郎が卒業後全国を回る際にもわざわざ中退してまで剣太郎について行った筋金入りのストーカー──もとい信奉者ファンである。

「天乃原の一年として潜入してもらっているの。三年は私達がいるから充分だし、二年も私達が編入する前にあらかた調査済み。だから一年の方に回ってもらったわ」

 瞳子が三人の雇い主である事を明かす。俺達が瞳子に雇われている以上、三人も当真の預かりとしてこの学園に来たのだろう。特に親しかったわけではないが、顔見知りの後輩と肩を並べて仕事にあたるというのはどこかこそばゆいものがある。

「ちなみに潜入調査ってどんな事をやるんだ? 指示らしい指示を受けた事がないから、少し気になる」

「簡単に言えば素行調査よ。入学審査に使った資料と実際の人物像を照らし合わせたり、目星をつけた生徒と積極的に交流してみたり──あとは当真瞳呼が送り込んだ異能者を探させたりとか、かな。資料でのチェックをみすみす見逃した国彦や帝前例があるから、目視で探させているところ」

 ──人数もいるし難しいでしょうけどね、最後に関してはさほどあてにしていないと瞳子が独り言に近い響きで締める。どうやら思った以上に重要そうな仕事を任されているらしい。しかし、それでは──

「──後から来たやつの方が仕事を振られるのは少々居心地というか、すわりが悪いな」

「いいのよ。あなた達は今のままで。……その方が三人のとっては仕事が捗るわけだし」

 それはナニか? 俺達は囮というわけだろうか。今更、驚きはしないが諜報関係は本当に期待されていないのだとつくづく思い知らされる。空也と剣太郎同類に目を向けると、空也は特に気にした風もなく、剣太郎に至っては少し目を離した間に再び漫画を手に取ってページを進めていた。

「(──それにしても)」

 まさかあの三人も来ていたとは、改めてそう思う。当真──時宮とは天乃原学園こんな所までついてきたなんて正直感心を通り越して空恐ろしいものを感じる。なにせ──

 ──三人とも異能者ではないどころか、時宮出身ですらないのだから。


 一人目は赤谷あかや。元レディースの総長で何の因果か遠征中で時宮近辺に立ち寄った所、偶然通りかかった剣太郎に壊滅させられた過去を持つ。その後改心し、舎弟として──改心したのに舎弟なのかというつっこみは置いといて──身を粉にして尽くしている。

 その時の理由が、チーム同士で談笑して駄弁っていた際、剣太郎が好きだった漫画を知らず大声で貶し、それを耳にした剣太郎に蹂躙されたらしい。この辺り、剣太郎は男女の別なく容赦がない。

 当時はかなりどぎつい色の特攻服トップクを纏い、赤だか紫だかに染めた髪と派手なメイクで暴れまわる事から『狂犬の赤谷』なんて異名がついていたらしい。今時ベタなネーミングセンスとは思うのだが、どうやらバイクと喧嘩の腕を至上の価値とし、湘○乃風を流すクラシックスタイル──そもそもクラシックスタイルってなんだ? というのはさておき──な暴走族らしい。

 それが今では文学少女か! と言うくらい地味かつ、おしとやかに振る舞う大和撫子(これも古いな)でビフォーとアフターが同一人物に見えないが、たまに当時の顔──というより地だろう──が出るらしく、整った顔が崩れて恫喝する姿にトラウマとして刻まれた人間は一人二人ではないとの事。

 二人目は先ほど剣太郎に連絡してきた青山あおやま。他県のお嬢様学校出身で、時宮との接点はなかったのだが、部活ラクロスの遠征にきたのが切っ掛けで一目惚れし、独り暮らしも辞さない覚悟で両親を説得。結果、独り暮らしはならなかったが、お手伝いさん付きでならと許可され、時宮高校に転校した。

 ちなみに一目惚れした切っ掛けというのが、前述の剣太郎が赤谷をボコボコにした場面で、初対面での悪印象から赤谷とは仲が悪い。無論、それだけが理由というわけでもないのは言うまでもない。

 お嬢様学校出身だが、世間知らず(というより浮世離れ)というわけではなく、見た目もショートカットに小麦色の肌という正にスポーツ少女という印象で、むしろ赤谷の方がお嬢様っぽく見える。家がというギャップ以外はどこにでもいる普通の女の子だと言いたい所だが、一目惚れしたからといって、かなり大胆な行動力を発揮する辺り、やはり普通とは言い難い。

 また、何をどう勘違いしたのか彼女の両親も剣太郎の事をラストサムライとばかりに惚れ込んで様々な形で援助しており(そのままでは剣太郎が断るので巧妙に隠して)、どうやら将来の婿と見ている節がある(当然、青山自身も拒むそぶりはない)。

 余談として、一言断っておくと、剣太郎のメンタリティはサムライのそれとは程遠い。少なくとも忠儀や礼節といったコテコテのサムライ像とには縁がない。

 確かに鋼に例えられる立ち振る舞いと剣に対するストイックさは誰もが認める所ではあるし、義理堅く、面倒見もいい。しかし、あくまで"意外に"や"ある意味"が冠につくのであって、実際はマイペースの権化と言っていい。どちらかといえば、瞳子の方がいくらかは近いだろう(あくまで礼節を知っているというだけで、実践するかは別の話ではあるが)。

 三人目は緑川みどりかわ。剣太郎との付き合いは長く、前の二人はおろか、俺や瞳子、空也と時宮高校で知り合う以前の仲だ。

 なんでも、剣太郎が一時期身を寄せた剣術道場の跡取りで、剣太郎の剣に惚れ込み、半ば家出同然で時宮までついてきた。だが、青山のケースとは違い、家を出た経緯から絶縁状態らしく、現在もその関係は修復されていないそうだ。

 剣の腕は相当なもので、俺達の高校現役時代、試合形式に限ってなら瞳子を相手に三本に一本、ないし十本に四、五はとり、果ては他校の異能者と何度か互角に渡り合った経験もある。

 性格は竹を割ったというのがしっくるくるほど、真っ直ぐかつ素直。赤谷と青山のキャットファイトにも動じず対処する三人組の橋渡し役だ。まぁ、そこまでは問題はないのだが……、

「なぁ、緑川の事なんだが」

「緑川に用事か? なら俺の部屋にいけば会えるぞ。なにせだからな」

 事もなげに言う剣太郎。あぁそうか、という俺の声はおそらく乾いているだろう。

 そう、緑川は男だ。だが、剣太郎への入れ込みようは他の二人と同じ、滝に打たれている剣太郎の半裸で鼻血を出す程度にはライバルといっていい。

「(──瞳子のやつ、なんで同部屋にするかな)」

「──しょうがないじゃない。剣太郎がそれでいいって言っちゃったもの」

 俺の非難の気配を察したのか、小声で弁解する。珍しく言葉に棘も毒っ気も、皮肉すらない。

「……その大丈夫か?」

「何がだ?」

「その緑川の様子とか」

「どういう──そうだな、たまに血走った眼でこちらを見る事はたしかにあるな」

「それってどんな時だ?」

「主に寝起きや風呂上がりが多い。他にもあるが、往々にして俺が油断しそうな時、あるいは無防備にならざるを得ない時だな」

「それは」

「俺を倒して下剋上でも狙っているのだろう。あの殺気染みた視線はかなり有意義な訓練になる」

「確かにある意味倒そうとしているな」

 だが、狙っているのは下剋上ではなく、おまえの貞──

「なんにしても、退屈する事はなさそうだ。現状、問題はない」

「──問題ないんだ」

 知らない方が幸せという事だろうか? とりあえず、剣太郎が気づかない事を祈る。

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