きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第36話



      *


「会長。始業式解散後に転入生の一人が在校生を巻き込んでの乱闘騒ぎが発生しました。巻き込まれた在校生は勿論──」

「御村でしょ。今、聞いたところよ」

 生徒会室に入るなりそう報告した凛華に向けて携帯を振って見せる。まぁ、凛華の分かりやすい報告とは違って、話が長い上に妙に主観が混じっていたけれど、だいたいの事情は伝わったので良しとする事にした。というか、聞きたい事を聞いた時点で通話を切った。

 少し前の私ならすぐさま報告者を叱りつけ罰していたはずで、明らかに以前とは変わったな、と自覚している。その変化を成長とするか堕落とするかの判断は悩むけれど、少なくとも今はいちいちあげつらう暇はない。責めるのは後回しだと報告者の顔を思い浮かべながら思う。

 ……あれ? 眼鏡をかけた神経質そうな男子生徒だというのはすぐに思い出したけど、名前がどうにも出てこない──直属の組織を把握できないというのは管理者としていささか弛んでいるかもしれない。

「会長?」

「……ごめんなさい。少し考え事」

 まさか部下の名前を思い出していたと言うわけにもいかず、怪訝そうな凛華をそう言ってはぐらかす。少し気まずい空気になりかけたのを軽く咳払いして誤魔化しながら、会話の軌道修正を図る事にする。

「避難状況は?」

「御村が人の少ない方へと誘導しているらしく、幸い大きな混乱には至っていません。現在、手の空いている役員から順に手分けして事態の収拾に動いています」

 数ある行事の中では手の掛からないとはいえ、始業式の片づけもそれなりに一仕事だ。動かせる人員のいきなり全開で回せるというわけにもいかず、歯がゆいというのが正直なところ。もしかするとそれを見越して騒ぎを起こしたのかもしれない。

 それでも一月前の講堂での出来事御村と当真瞳子の喧嘩を経験しているからか、生徒会が事態の沈静化に向けて動けているというのは不幸中の幸いと言うべきだろう。もっとも、これから先も同程度かそれ以上のトラブルが日常茶飯事に起きそうな予感しかしないのだから、悩ましいことこの上ないのだけれど。

「──それと刀山剣太郎と篠崎空也が当事者達を追っているとの事です」

「……そう」

 補足として挙がったのは正式に天乃原学園の生徒として転入してきた二人先日までの敵の動向。いつもなら──どころかついさっき御村の報告時すら──いっそ嫌味なほど平静さの漂う凛華の声がこころなしか固さを帯びて聞こえる。凛華にとって二週間という時間は因縁を受け流すには少し短かったと思う。誘拐されかけた私も同様に心の整理はついていない。

 そもそもなぜ二人が転入しているのかと言うと、三年進級に合わせて事前に編入試験を受けていたからに他ならない。話を聞いた時はそんな馬鹿な、と学園に問い合わせると二ヶ月も前に実施し、御村より早い時期から転入が決まっていたとの事。

 運営はともかくとして生徒会は外の対応に関われない。その顕著な例が入学関連だ。事実はどうあれ、学園が"そう"だと言うのならこちらからはどうする事も出来ない。それでも私の誘拐に関わっていたとして不適格だと食い下がってみたが、

 ──当事者としていただけで誘拐には関わっておらず首謀者は罰せられ、実行犯だった当真晶子にも停学を科して話は終結した。

 ──合格を取り消すには相応の理由が必要であるがそれがなく、仮に取り消した場合、学籍に不具合が生じ、外から追求される危険性がある。万が一、合格取り消しが世間に露見した場合、学園にとりかえしのつかない打撃を被りかねない。

 とすでに下った決定は覆しようがないと淡々と説かれた。その上、理事長である当真慎吾が責任を持って身分を保証すると言われてしまってはこちらも挙げた手を下さざるを得ない。いくら私が天之宮当主の孫娘でも両家の判断に口を挟めるほど権限が大きいわけではないのだから仕方がない──少なくとも今は。それに平井さんからも、

 ──あの二人は天之宮と当真の政治に興味がありません。友人である優之助さんと戦ったのもそれが彼らの、時宮のコミュニケーションであり娯楽がゆえです。こちらから手を出さない限り害はないでしょう。

 ──少なくともあなたの目の前にいる人物よりは信用できる、と微妙に聞き逃せない一言で締めくくった点はさておき、私や凛華の中にあるわだかまりに目をつぶれば悪いようにならないというのが彼らに対するおおよその評価。

 結局、立場的にも人格的にも非がないとして編入は進められ、一週間前に入寮の手続きで顔を合わせたが特に揉める事なく現在に至る。

「──わかりました」

 不意に聞こえた凛華の声に思わず身を固くする。見ると凛華が携帯で誰かと連絡を取っていた。おそらく御村と転入生について進展があったのだと思う。また考え込んでいたらしく、凛華がいつ携帯に出たのかまったく気が付かなかった。やはりこのままでは示しがつかないな、と苦笑する。

「会長、警備部からです。現在、御村、刀山、篠崎の三人と転入生が外壁部脇の林で戦闘を開始。また、正体不明の集団が転入生に協力している模様。引き続き監視は続行するとの事です」

「正体不明の集団?」

「少なくとも監視カメラに映った顔からは該当する生徒はいなかったそうです。全員統一された服装で行動しているので組織的な企てと推察されます」

「……それはつまり、当真が裏で手を引いていると?」

「さすがにそこまでは……」

 私の推論に凛華が珍しく言葉を濁す。普通に考えてこの学園にちょっかいを出すような集団なんて当真しか考えられない。その一方、私の誘拐未遂で平謝りし、相応のペナルティを受けてから間もない内に騒動を起こすというのも不自然といえば不自然。

 たしかに当真家は今までも一枚岩ではなかった。それは御村が生徒会に敵対したように、もしくは先日の誘拐未遂のように、一族全体において目的を同じくしていても派閥が違えばアプローチも異なるのはすでに体験済みだ。

 むしろ、当真家は一つの物事において複数の立場を作り上げ、協力ではなく対立によって事に当たらせている節がある。その是非はともかく、競争によって成し得ようとする意図があるのはわかる。

 けれど、今回のそれを差し置いても行動の意図が読めない。当真は何をしたいのだ? それとも本当に当真は関わっていないのか? いくつもの考えが浮かんでは消える中、凛華も判断が難しい為かいつものキレがなく積極的な意見が上がらない。

「──あー、あんたが生徒会長であってる?」

 生徒会室に漂う沈黙を破ったのは気の抜けた確認だった。凛華のそれとはまったく違った第三者の声はつまるところ部外者の侵入を許したという事。護衛の本領と言うべきか、すぐさま反応し、私を庇う位置に動く凛華。それにつられる形で凛華の肩口から声の主を見ると生徒会室のドアを塞ぐように──実際に私達の逃走を認めるつもりはないだろう──一人の女子生徒が立っていた。

 身長は私と同じか少し低め。実は中学生でした、と言われても納得できる体躯に天乃原学園の制服をだらしなく着ている。リボンを外しているので学年は不明だが、私を知らないという事は転入生か新入生のどちらか。ただ、事前に届いた転入生に関する資料には思い当たる節がない事からおそらく新入生として"紛れ"こんだクチだろう。

 小顔で愛らしく整っているのに唯一、目つきの悪さ(鋭い、ではなく、恨めしげに睨んでいる感じ)がその魅力を台無しにしている。同性の容姿なんて興味はないし、かわいい女子にスキンシップするような趣味もないが、もったいないな、とは少しだけ思う。本当にどうでもいい話ではあるが。

「何の用かしら不法侵入者さん」

「……あってるかどうか聞いてんだけど?」

 ドアの片側にもたれながら、気だるげに確認を重ねる女生徒。その態度は勘に触るものの、冷静な部分がペースに呑まれるなと警告する。相手は侵入経路不明の襲撃者である事を肝に銘じながら会話を進めていく。

「……間違いないわ。私が天乃原学園生徒会長、天乃宮姫子よ。あなたの名前は? どうやって生徒会室まで侵入出来たのかしら?」

「どちらも知ったところで意味なんてないっしょ? っていうか、正直に答える馬鹿がどこにいるのさ」

 薄い唇を皮肉気に歪めて私の質問を封殺する。最初の遣り取りでこうなる事は織り込み済み、相手を苛立たせる言動(狙ってではなく素だろうけれど)も気にしない。情報が必要ならこちらから引っ張ればいいのだ。

 まず、どうやって生徒会室まで来れたのか? 唯一の手段であるエレベーターは一部の生徒しか使用できない。目の前の女生徒に使用を許可した覚えはないのでここへ来るのは不可能なはず──ただの人間ならば。

 わずかに開いたドアから流れてくる焦げた臭いが鼻を刺激する。生徒の個人情報や重要資料を保管している関係上、セキュリティは入っている。だが現在、侵入を許していながら警報の一つすら鳴らない。異能でセキュリティを無力化させたと考えて間違いない。焦げた臭いはその名残だろう。

「凛華、勝算は?」

 勝算とは当然、目の前の女生徒と戦って、の話。私から侵入者を庇う背中は、

「かなり厳しいかと」

 状況の深刻さを率直に認める。刀山との戦いで短くなった刀を抜き放ち、半身で構えるが、私という足枷の存在が普段の爆発的な加速による強襲を出来ないでいるのだ。

 護衛という名目で当真家から派遣された『怪腕』の少女はその実、生徒会に反抗する勢力の制圧を主な目的としていて、今の様に本来の意味で守りながら戦うのは初めてだった。その上、相手の手の内はわからないでは楽天的になる要素なんてどこにもない。けれど──

「──なら、足止めならどうかしら? 私を守らなくていいという条件も込みで」

 私の提案に侵入者の空気が一瞬、剣呑なものを帯びる。その反応で向こうの狙いをかすめた手ごたえを感じる。おそらく、"そういう事"なのだと。

「どういう事ですか?」

「彼女の目的は私をここで足止めしたまま、生徒会への指示をさせない事よ。それにどういった意図があるのかはまだわからないけれど、御村達の戦いとほぼ同時の襲撃。それは──」

 凛華の疑問に答える私の後ろで何かが弾けた音。振り返ると机の上にある電話の子機が煙を上げていた。煙が天井に到達しても火災警報器が作動する気配はなく、すでに生徒会室の機能はあらかたダウンさせられた事を示していた。

「あんたさぁ……ウザいよ」

 気だるげな口調に明確な敵意を込めて女生徒が私を睨む。それに合わせて彼女の周囲でパチパチと弾ける様な音と光。焦げた臭いに紛れて、わずかに感じるオゾン臭──高電圧の電気機器などで発生する独特な臭い。

「つまり、あなたの異能は──」

「──もういいよ。……元々、打ち合わせとかあたしにはどうでもいいし、付き合う義理もないし」

 私が見たのは独り言を呟きながら、人差し指を私に向けて突き出す女生徒の姿。その瞬間、突然襲った衝撃と共に目の前が真っ暗になった。

「……いたた」

 体のあちこちから訴え出る痛みに顔をしかめながら思わずつぶっていた目を開ける。所々焼け焦げた生徒会室を横目にしながら、自分が無事である事を確認する。

「守らなくていいって、言ったのに」

「……それは自身が襲われないと推理しての話のはずです。違いますか?」

 私に覆い被さっていた凛華がくぐもった声でそう言って返す。それに対して反論しようと口を開かけた矢先、全身が弾かれた様に地面から天井へと持ち上がる。

 当然ながら私の意志ではなく、上に乗っていた凛華が片足だけで跳んで見せた結果である。天井に到達すると間髪入れず、今度は入り口側の壁へ向かって蹴り足に力を込める。接地したら次へ次へと跳んでいく、地面も壁も天井すら関係なく。それは『空駆ける足』スカイウォーカー篠崎空也が食堂で見せた室内での全方向移動。

 オリジナルと比べると蹴った後の壁や床は轟音と衝撃で震え、柔らかさの欠片もないが、向こうは何もない空間ですら足場にして跳べるのだから比較そのものがナンセンスなのだろう。それより人を抱えながら教室より一回り広く、そして高く設計された天井まで届くほどの跳躍力を発揮するあたりはさすが生徒会が誇る『怪腕』の真田凛華と言うべきだと思う。けれど、今の私にそれを称賛する余裕などあるはずがない。私の体を自らの背中に回し背負う形にしようとする凛華。

 いつまでも前に抱えたままでは動きにくいゆえの判断(そうでなくとも片側は刀で塞がれていて腕一本で私を支えている格好で輪をかけて動きにくいはず)、しかしあちこち跳びながらする体の入れ替えはいくら凛華がしっかりと掴んでいるとは言え、振り回されている事に変わりはなく、口からは呻きに似た吐息しか出ない。

 そんな手荒い扱いにも拘らず、私が凛華に不平を言わないのは、そうする事でしか侵入者の攻撃をかわせないと理解しているからだ。生徒会室内のいたる所にできた焦げ跡と凛華が跳んだ後を一瞬遅れて弾ける花火に似た"それ"が私に高慢を許させない。

 ──それは電気を操る異能。どれだけの出力・応用が利くのかは今の所不明。わかるのは、狙いに入らないよう動き続ける凛華を視線で追うだけという事から念じるだけで発動できる点、そしてかわせているとは言え一瞬前に凛華の居た位置を正確に焼いている点、つまり指一つ動かさなくても正確に狙い、そして制御できるようだ。

 そんな強力といえる異能を凛華がかわし続けられるのは、おそらく凛華の脚力とノーモーションで発動する電撃、そのどちらも"速すぎる"から。

 それこそ光の速度で狙った場所に電撃を与えられるといってもトリガーは異能者本人の意思、つまりは反射神経に依存している。念じるだけでほぼノータイムで発動する異能と周囲の空間をすべて利用して移動する凛華の運動能力にその反応速度がついていけないのだと思う。凛華の通った跡に次々と、やがて生徒会室のそこかしこに紫電の花が咲く。

「──隙を見て部屋から出ます。もう少し辛抱してください」

 凛華が小声で私に告げる。女生徒に気付かれない為、そして言葉通り向こうの隙を見逃さないように、こちらを一顧だにせず女生徒を見据える。私も意図を汲んで肩に回した腕に力を込め、同意したと伝える。それを受けた凛華の踏み込みが一段と強くなり、室内が地震でも起きたかと錯覚するほど机や本棚が揺れる。

「(後の掃除が大変ね。……いや、工事が先に必要かも)」

 凛華の『怪腕』によって建物の強度が落ちているというのもあるけれど、侵入された際に防犯システムも打撃を受けている。程度は実際に見ないとわからないが、十中八九で修復不能だろう。新学期早々頭が痛い。

「っ!」

 私の呑気な内心とは裏腹に凛華が片手で机の端を掴んで女生徒に向かって投げて飛ばす。マボガニー材でできたアンティーク調のデスクは人一人分の重さはあるであろう生徒会長が使う備品として私が密かに気に入っていた一品。それが無体に扱われるのにショックを覚えるが、あれならば電撃で止めるのは無理だ。

「──」

 女生徒の口元が何事かに形作られるが、距離をとっている私には聞きとれない。しかし凛華の投げた机をどうにもできない事には違いないらしく、体を机が飛んでくる射線上から避難させる。

 止めるものなく飛んでいく机は女生徒がいた位置の後、つまり彼女が塞いでいた生徒会室の扉に直撃し、蝶番の外れた扉を巻き込んで廊下へと到達する。

 一方、凛華は机を投げたと同時に一本指歩法で出入り口へと走り出していて、既に足が廊下に届いていた。女生徒からは飛んできた机で私達は見えなかったはずで、仮に凛華の企みに気づいていても電撃では机を撃ち落せない以上、かわすしかない。その分だけこちらへの対応が遅れ追撃される危険性を減らすという算段。

 そしてそれは成功し、あとはここを出て平井さんや桐条さんと合流するだけだ。エレベーターの横には災害対策用のシューターがあるので即座に脱出出来る。

「(そうだ。二人に連絡を──)」

「──無駄な努力ご苦労様」

 爆発的な加速で狭まった視界が突如、斜めに傾く。──倒れる。瞬間、理解した結論で思わず固くなった体に浮遊感。凛華が共倒れにならないよう私を投げたのだと、着地に失敗して尻餅をついた衝撃と一本指歩法の加速を殺しきれず、壁に打ち付けられる事でようやく止まった凛華の状態とを比べてから遅まきに気づく。

「り、凛華……」

 尻餅による痛みに顔をしかめながら声を掛けるが凛華からの返事はない。完全に意識を失っている。怪我の程度を確認しようと凛華に近づくと右足が不自然に痙攣している。

「一度や二度まぐれでかわせただけで調子にのりすぎ。こっちはわざと当てなかっただけだつーの」

 軽薄な口調で凛華を蔑む。声の主を睨みつけようと見上げるとつま先が私の顔面スレスレまで迫っていた。息を飲む私をいやらしく笑う女生徒。眼前で留まっているつま先を軽く揺らしてこちらの反応を伺っているかと思えば、どこに笑いどころを見出したのか、再び顔が笑みに歪む。薄々感じていたけれどこの女、かなり性格が悪い。

「どうしようかなぁ。……ねぇ、どうしてほしい?」

「……とりあえず、私達を通してくれると助かるのだけど」

「お願いします、は?」

「お願いします」

「オウムかよ! そこはもう少し工夫しろよ──あるだろ? それなりの態度とか言葉遣いとかさぁ!」

「(まず間違いなく、目の前の女には言われたくないわね。特に言葉遣い)」

 だが、それで目的が果たせるのなら、いくらでもへりくだろうではないか。無力な私にはプライドより先に取るものがある。その為ならば、向こうのいいように踊ってやろうと思う。私は地面に額をこすり付け、あらん限りの大声を張り上げる。

「──哀れで矮小な私にあなた様のご慈悲をすがる事をお許しください」

「うわっ、ホントに言っちゃたよ」

 返ってきたのはわざとらしいリアクションと嘲りの声と予想通りの結果。わかりやす過ぎて地面を至近距離で見つめている屈辱的な状況にも拘わらず可笑しさすら覚える。

 ──ギリっ、と耳の奥から聞こえた気がする。それは私の奥歯を噛んだ音か、それとも私の頭を踏みつける音だったのか。

「必死過ぎてなんかヒく……って理由で却下」

「もう少し捻りなさいよ」

「……随分と余裕じゃない」

 私の態度が気に障ったのだろう。頭を踏みつけていた足を上げ、今度は肩をすくい上げるように蹴る。私とさほど変わらない体格から繰り出された蹴りは思いの外強く、私の体を仰向けにさせる。痛みで呻きながら目線を上げるとスマートフォンを構える女生徒の姿。

「あぁ、これ? ちょっとした小遣い稼ぎ。あんたみたいなのを痛めつけた動画って売れるのよ。ま、あたしにはそんな趣味はないけど」

「──まるで説得力のない台詞ですね。稲《・》

 まるで私の心を読んだ一言と共に人影が仰向いた私の上を飛び越えて走る。稲穂と呼ばれた女生徒は一瞬何かを躊躇して反応が遅れる。人影はその隙を見逃さず、スマートフォンを持った側の手首を取り、体の外側へ押し倒す様に捻る──合気道でいう所の小手返しだ。

「……もっとも、そのおかげでこうして接近できたわけですが」

「誰が名前呼びを許したよ要《・》芽《・》!」

 今までとは打って変わってドスの利いたアルトで威圧する女生徒を意に介さず、平然と関節を固めているのは天乃原学園生徒会副会長、平井要芽。私は平井さんの足手まといにならないよう、肩の痛みに顔をしかめながらも、二人から体を遠ざける。

「エレベーターが停止していたので時間が掛かってしまい遅れました」

「充分よ。むしろあれでよく気づいてくれたわね」

 未だに痛みの引かない肩をさすりながら、生徒会室のドアまで近づき、所々擦ったあとのあるアンティークデスクの足元に転がっていた携帯を拾う。端末には通話相手の名前──平井要芽──と通話終了の表示。生徒会室を出た時に連絡を取ろうとした名残だ。凛華に投げ出された際に思わず手放してしまったが、直前に繋がったのを見ていたので平井さんなら異変に気付くだろうと見越して時間を稼いでいたのだ。

「いつまで触ってんだよ! 離れろこのブス!」

 そう悪態をついた女生徒の手からスマートフォンが離れる。痛みで持てなくなったのか? しかし、抑え込みを解除して大げさと言えるほど距離を取る平井さん。離れるか離れないかという瞬間、女生徒の体が電流に包まれる。もし一呼吸遅れていたら感電、いや黒焦げになっていても不思議ではないほど高出力の電撃。

「……あれだと、機械関係は身に着けられないわね」

「えぇ、だから、今まで全力を出していませんでした」

 平井さんが冷静に解説する。念じるだけで発動する遠距離からの電撃ならばともかく、ああも電撃を身に纏っているとこちらからは攻撃できない。

「で、どうやってこの場を切り抜けるのかしら?」

 その質問に答えず、平井さんは無言で一歩前に出る。 

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