きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第31話

「──音の正体はこれか」

 音のした方向を辿ってみると、東屋の近くに設置されている電灯の一本が何か鋭いもので切られていた。

 倒れた電灯は塀を巻き込んでおり、その被害を拡大しているが、東屋とは別方向に倒れたので怪我人がいないのは不幸中の幸いといった所だろう。ただし、“いるはずの人間がいない”という事が新たな問題をとして浮上していた。会長と当真晶子がいないのだ。

「寝かせておいた二人は無事だ。ひとまず空也も隣に寝かせておくが問題ないだろう」

 空也を背負って東屋まで運んでいた剣太郎が真田さんと飛鳥の無事を俺に告げる。

 少し離れた広場からでも聞こえる物音でも起きない嫁入り前の娘さんの横に空也を寝かせるのはいろいろな意味で問題では?と思わなくもないが、今はいない人間について考えを巡らせるべきだろう。

「……やっぱり、当真晶子なのか?」

 会長がこの場にいないのはもとより、電灯を倒した事も含めて。

「たしかに信じられんが、他にいないだろう?」

 ごもっともである。この期に及んで、未知の第三者がいきなり状況に加わったというよりかはまだ筋が通っている。それにしても当真晶子に会長を連れ去るなんて芸当が能力、度胸のどちらともあるとは思わなかった。

「……どうやら、“フリ”だったようだな」

 昼間の食堂や先程のやり取りを思い出してみる。俺に指摘された程度で勢いを失って密かに剣太郎達の方を見たり、妙な所で出しゃばってみたりと油断させる為の演技としては少々、芸が細かい。というか、やる意味があるのか怪しい。

 次期当主の選定に絡む天乃原学園の運営、ひいては天之宮家に侮られかねない立ち回りをするのはむしろマイナスのはずだ。まぁ、裏の裏をかくという考え方もあるわけだし、案外俺が気付かないだけで何かしらのメリットがあるのかもしれない。

「いや、あれは“フリ”ではない」

 そう言って、俺の考えをあっさりと一蹴する剣太郎。……この何秒かの想像を全否定かよ。

「雇い主の──何だったかか──も最近酷くなったと漏らしていた。身内がわざわざ俺達に愚痴る位だ、間違いない。それがなくてもあの迂闊さが“フリ”とは誰も思わん」

「何だったか、ってなんだよ」

「俺達を雇った当真の対立候補だ。名前を聞いたはずだが思い出せん。たしか当真の叔父だか甥だかだったな。空也に丸投げしたから詳しい話を聞きたいなら空也にしてくれ」

「叔父と甥だとだいぶ違うぞ」

「親戚には違いあるまい。……それより、追いかけなくていいのか? まぁ、どっちへ行ったかは知らんがな」

「いまやってるよ」

「……あぁ、なるほど」

 剣太郎の目が俺の両手に留まる。『制空圏』による探査は傍目に映らないが、剣太郎なら運動エネルギーの流れかセンサー代わりにこちらで操作した気流の乱れに何かしら気づくものがあるのだろう。

 瞳子や空也の異能とは違い、視覚的に地味な能力なので発動しているのがわかる剣太郎には気づいてもらって嬉しいととるかそんな些細な事も見逃さない感覚を警戒すべきか判断に迷う。

「──つかんだ」

 展開した『制空圏』で二人分の動きを文字通り“把握”する。会長と当真晶子は広場に来る前とは別の道を使って管理棟を迂回しつつ下山していた。要芽ちゃんに鉢合わせしないよう管理棟を迂回するのは理に適っているし、コテージからでも人里に下りる為の道が整備されているから道なりに行けば夜でも迷う事ないだろう。もしかすると逃走用の車をすでに手配しているのかもしれない。

 初めから狙っていたのか、誰かの差し金なのか所詮当真家から見て部外者である俺には知る由もないが、まったくの考えなしで動いているわけではなさそうだ。少なくとも目的に向かって行動しているのだと一連の流れが示している。……まぁ、俺にとってはそのあたりの背景などどうでもいいのだが。

「……夜は冷える。あの三人は俺に任せてくれていい」

 剣太郎が事もなげに現状の後始末を買って出る。俺の後顧の憂いを断つように。言葉少なく唐突だが、それがむしろ剣太郎らしいと口の端がわずかに緩む。

「すまん。任せた」

「あぁ」

 短い遣り取りの末、会長と当真晶子を追う。速度は決して速くはないが、半径500m内を把握する『制空圏』のほぼ外側に反応があり、随分と離れてしまっている。それに速くないと言っても、当真晶子が会長を抱えているわけでもなく、会長が抵抗しているわけでもない。状況はわからないが、どうやら会長は大人しく当真晶子に従っているようだ。あまりグズグズしていると間に合わなくなる。

「──優之助」

「なんだ?」

「当真晶子が闘う器ではないというのは間違いない。だが、強力な武器を与えられた時、その器がどう変わるかは誰にもわからない。気を付けろ」

「おう!」

 剣太郎の確信めいた忠告を噛みしめて今度こそ走る。確信に至った根拠など聞く必要はない。例え剣太郎達が何かを言い惜しんでいたとしても問題はないのだ。どうせこの先に進めば嫌でも知るのだから。だからこそ今は──

「──追跡開始だ」


      *


「急いでください」

「私なりには急いでいるわよ」

 何度目かなど数えるのが馬鹿らしくほど繰り返す当真晶子の言葉に辟易しながらも我ながら律儀に返す。

 凛華達とは違い、一般の高校生と変わらない体力の私が無理に走った所で劇的に速度が上がるわけもなく、むしろ結果として遅くなってしまう。ならば、ほどほどの速さを維持しながら下りる方が効率がいい。

 当真晶子もそれがわかっているはずだけれど、今みたいな繰り言は止む事はなかった。おそらく釘を刺しているのだと思う──手を抜く事は許さない、と。

「(それこそ、言われなくてもわかっているわよ)」

 東屋の電灯を切り落とした張本人を一瞬横目で見ながら私の足は山を下りる道を(私なりではあるけれど)順調に進んでいる。

 天乃原学園生徒会がコテージを目指した時、学園から頂上を経由したルートを利用したが、当然ながら反対側の麓からでも目指す事はできる。現在、私達が通っているのは数あるルートの中でもジョギングに特化したコースで他より遠回りになる分、傾斜はなだらかで夜でも利用できるよう電灯が所々整備されている。

「(それに──)」

 他よりも車道に一番早く辿り着ける。こんな強硬手段に出たという事は車の用意をしている(というより、ここへ来た時の足をそのまま待機させていたという方が正しいと思う)はずだ。

 手際の良し悪しはともかく、行き当たりで出来る事ではない。明らかに事前の打ち合わせの上で計画されている。……計画するなら私を走らせるようなプランは立てるな、とは思うけれど。

「ねぇ! 仮に私を連れ出せても意味がないのは御村も言ったでしょう? ここまで来て言うのもなんだけど、無駄になるわよ」

「黙って走りなさい」

 当真晶子は言葉少なに私を追い立てる。彼女、こんな感じだったかしら? と、首を傾げたくなる。昼──いや、広場に着いた時と比べて様子がだいぶ違う。

 見下しているのがバレバレの外面と容易く言い負かされる割に前へと出ようとするつまらないプライドとおよそ上に立つには向かない印象しかなかったけれど、今はあの迂闊さと組みしやすさが微塵もない。と言ってもしたたかになった感じではなく、単になりふり構わなくなっただけなのかもしれない。

 外面を取り繕う事なく、妙に無言な当真晶子をもう一度視界に入れながらそう思う。何にしても癪ではあるけれど、今は従うしかない。当真瞳子と同じ芸当ができる彼女と真正面からやり合うつもりのは無謀でしかない。徐々に息が上がる感覚を味わいながら、“あの言葉”を思い出す。

 ──もうすぐこの茶番は終わる。何もしなくても優之助が終わらせる。

 東屋に凛華と桐条さんを運んだ刀山剣太郎がなぜか同道していた当真晶子に聞こえないように告げた一言。おそらく刀山はこうなる事がわかっていたようだ。ただ、わざわざ私に漏らしたのだから当真晶子の味方というわけでもないらしい。

 背景はわからずとも、妙に信用したくなる言葉を残し刀山は広場へと戻り、これもおそらく予定に組み込んでいたであろう当真晶子が電灯を切り落とすデモンストレーションをもって、目を覚まさない凛華と桐条さんを盾に私を無理やり同行させて今に至る。

「(……助けに来るのなら、なるべく早くお願いしたいわね)」

 いくらなだらかと言っても、下り道を走るのは肉体労働に向かない私の足には相当な負担になっている。呼吸も維持し続けるのが難しくなってきた。正直な所、出来れば休みたいが、後ろにいる当真晶子がそれを許さないだろう。

 意外にも私とは対照的に息を切らす様子もなく、平然と付いてきている。どことなく講堂の時の当真瞳子に似た目は私が妙な真似をしないよう油断なく見据えている。改めて本当に先程とは別人だと思う。

 そうこうしている内に、コースの外側には足元を照らしているものとは別の光が等間隔に並んでいるのが見える。車道が近いのだ。

「……もう少し、もう少しで……」

 かすかに聞こえるのは当真晶子の呟き。抑揚のないが、どことなく熱に浮かされたようなその声に危ういものを感じて、ますます“あの時”の当真瞳子とダブる。けれど、一方で違和感も残る。

 うまく言えないが、当真瞳子は自ら進んで取り込み乗りこなしているが、当真晶子の“それ”は振り回されている風に見える。……いずれにしても迷惑である事には違いないが。

「──悪いが、そちらの思い通りにはいかねぇよ」

 さほど大きくないがよく通る声が私の乱れた吐息を押しのけて耳へと届く。次いで私の腰に包み込むような感触。横から抱えられ、持ち上げられたと気づいたのは私の体が地面と平行になっていたから。見た目、丸めたカーペットを担いだ感じに近い。

「……助けられて言うのもなんだけど、もう少し見栄えのいい方法はなかったの?」

「わかっているなら文句を言うなよ。不恰好なのは理解しているんだから」

 肩越からでは表情は見えない。見えるのは地面と相手の腰、抱えたはいいが、どこに持っていけばいいか少し戸惑っているのがわかる手のひら。

「今の状況ならどこに手をやっても事故で済むわよ」

「……というか降りろよ」

 油断なく当真晶子を牽制しながら御村はぶっきらぼうに返す。どこで付けてきたのかいくつかの葉と花びらを落としながら。

「今更、私の扱いをどうこう言うつもりもないけど、もう少しマシな助け方はなかったのかしら?」

「仕方ないだろ。動く対象を横からかっさらうには体割り込ませて担ぐ位しか思いつかなかったんだから。それともなにかお姫様抱っこで助けろと?」

「……柄じゃないわね」

 だろ? と御村が肩を竦め、動いた分だけ連動して私の腹部をくすぐる。突然の出来事で感覚が麻痺していたけれど、よくよく考えてみれば坂道を走る私に体当たりしたようなものにも関わらず、どこも痛んだ様子がない事に気付く。強いて言えば、御村が付けてきた砂埃で服が少々汚れたくらいだ。

 対して、淡い電灯が照らす御村の体に目を向けるとさっき落ちたのとは違う種類の葉が所々纏わりついている。舗装された道を通っていれば絶対に付く事のない汚れ。見た目の扱いはともかく、御村が色々配慮しているのがわかる。

「……一応、礼は言っておくわ」

「それはどうも」

 私がどう返すのかわかっていたのか、御村は気分を害した風もなく私のぞんざいな謝意を鷹揚に受け取る。あしらわれている事に引っ掛かりはあるが、助けられた側である今の私にはどうにも分が悪い話である。当真晶子がどう動くのかを警戒してしながら、私を手早く肩からおろし、昼の食堂であった時の様に自らを矢面に立たせる御村。完全に彼のペースだ。

「どうしてこうなったんだ?」

「それは私が聞きたいわね。凛華と桐条さんを運んだ刀山がいなくなったら、一緒に山を下りろと脅されたのよ」

「電灯を斬ってか?」

「電灯を斬ってよ」

 おそらく御村が私の口から確認したかったのはその部分だったと思う。つまり“誰”が“どうやって”電灯を斬ったのか。もはや理由を求める事に意味はない。後始末は天之宮や当真の領分。この場をどう凌ぎ、切り開くのかで御村は動いている。

「原理はわからない。けれど彼女はやってのけた──当真瞳子と同じ事を」

 その時、当真晶子の唇がわずかに笑みで形作られるのが見えた。

 合わせて、当真晶子の周りの風景が歪む。蜃気楼でできた粘土をこねた様に“それ”は丸め、引き伸ばされ、その姿を表していく。半透明ながらもはっきりとわかる長柄の刃物──いわゆる薙刀──の形に。

「“あれ”よ。電灯を斬り倒したのも、護衛がいなくても余裕を保っていられる根拠──いえ、あまり頭のいいとは言えない手段に打って出た理由と言い換えればいいのかしら?」

「どう見ても危ない状態の相手にそういう挑発はやめろよ。標的になるの俺なんだから」

 次々と新たな薙刀を生み出していく中、私のからかいも御村の緊張感のない態度も眉一つ動かさない当真晶子。もしかすると私達を気にも留めていないのかもしれない。どこを見ているかわからないその目には生み出した架空の薙刀が放つものと同じ怪しい光が映る。

 薙刀の光が反射しているのか、自身の目から発しているのか、どちらかは定かでないけれど、その二つが一連の事象によるものだとはもはや疑いようのない。

「……どう思う?」

「どう思うとは?」

 当真晶子に聞こえないよう声を潜めて(今の当真晶子に意味があるのかはともかく)、現状についての意見を御村に求める。だが、当の御村は間抜けなオウム返しで目の前の当真晶子に対して妙に歯切れが悪い(というより察しが悪い)。

「(考えてみれば、こっちも変よね)」

 私を当真晶子から引き離してから今まで、御村の態度がどうも軽い。いや、緩い。先程も私の挑発に乗っかったのではなく、単に素の反応だったのだと今になって気付く。

「ちょっと! 今の状況わかってる?」

「と言われてもな。とりあえず会長確保できたし、問題ないんじゃないかな?」

 私が焦っている事を理解しているが、何に焦っているのかわからない。当惑している理由を御村はその声が余さず私に伝える。意思の疎通はこれ以上ないほど良好なのに、どうしてこうも隔たりがあるのか、軽い頭痛を覚える。そんな遣り取りの間にも薙刀の数は増えていく。

 その数は当真瞳子が生み出した時より多い。そんな大量の刃が私達を包囲しつつあるにも関わらず、御村は気にした風もなく、その態度が揺らぐ事はなかった。

「──天之宮姫子を置いてここを去りなさい」

 当真晶子の感情のこもらない冷えた声が取り囲む刃の代わりに私達の耳に切り込んでくる。それは交渉の余地はなく言わば命令。少し前の彼女に対してなら鼻で笑う所が、今は背中に冷や汗が流れるほどの緊迫感に包まれていた。

「……御村、癪だけどここは引いてもいいわよ」

 自分のものとは思えないほど、重々しい声が夜の山道を通り抜ける。御村が負けるとは思っていないが、私を守りながらではまともに戦えないのは目に見えている。そう、勝てるはずの相手に私と言うハンデがある為に要求を飲まざるを得ない。私が力及ばず負けるのならともかく、私が原因で他者に負けを強要する。それが私の気持ちを重くさせる。

「……」

 御村は答えない。私を庇うように立っていて、その背中越しからでは表情は見えないが、下がる様子もない。迷っているのだと結論付けた私は自ら当真晶子へと歩を進める。私の選択にも当真晶子の表情に浮かぶものは見当たらない。これで勝ち誇るなら、つけ込む隙の一つくらいうまれるものだが、それもなさそうだ。

「(……まぁ、どうにかなるわね)」

 そんな後ろ向き気味のポジティブ思考に浸りながら、御村の横を通り抜け──ようとして足が止まる。腕をつかまれたからだ。

「何?」

「少し、落ち着け会長」

 腕をつかんだまま放さない御村を知らず睨む。だが、御村は怯まない。それどこか聞き分けのない子を諭すように私に語り掛ける。

「なぁ、まさか俺が彼女に負けると思っているのか?」

 御村が言いながら指差したのは当真晶子。気負いのないその態度に頼もしさを感じるが、そういう問題ではないと、私は首を横に振る。

「私の存在を忘れてるわよ。この状況で守り切れるわけないじゃない」

 当真晶子の生み出した薙刀はすでに道の両端を十重二十重と敷き詰め、立ち塞がっている。戻る事も、突っ切って先に進む事も、御村がしたように道を外れて怪我を承知で坂を下る事すらできない。この包囲網を御村一人でならともかく、私を守りながら突破する事は無理だ。だが、そんな私を御村はため息交じりに再度諭す。

「……よく見ろ。あの薙刀を。瞳子──当真瞳子の“殺刃”を見た時と比べてどう思う?」

「どう、って……」

「当真瞳子の“殺刃”がなぜ刀の形だったのか。それはあいつにとって、殺意や害意、相手を攻撃する為のものをイメージした結果、それが一番身近なものだったからだ。古流剣術当真流の師範であり、真剣を肌身離さず手にしてきた。そんな瞳子だったからこそ、“殺刃”の形は刀だった。じゃあ、“あれ”はなんだ」

 御村が再び指をさす。今度は当真晶子の生み出した薙刀へと。

「薙刀だ。見ればわかるよな? でもあれが当真晶子にとって、身近で最も殺意をイメージしやすいものだったように見えるか? 俺には見えない。当真晶子が武道をやっているようにはな。あれが瞳子と同列に語れるわけないだろう!」

 次第に御村の言葉から、熱のようなものが伝わってくる。私を真っ直ぐに見ながら。そんな御村は当真晶子から見れば明らかに無防備だったからなのか、私を引き渡さない時点ですでに決まっていたのか、架空の薙刀が御村に向けて斬りかかる。

 御村の背後から矢のごとく飛ぶ“それ”を見て、私は御村に危機を伝えようとするが、咄嗟の事で声にならない。目を背ける間もなく御村に殺到する薙刀の群れをしかし、御村は退けていく──『優しい手』と呼ばれるその両手で。

「──な? この通りだ」

 今この瞬間にも、薙刀は息つく暇すら与えず御村を狙い飛んでいくが、一つすら傷つける事なくガラスが砕けるようなどことなく儚い音を残し消えていく当真晶子の殺意の形。時折、私の横を掠め御村の死角を突いていくが、それも容易く薙ぎ払われる。それでも気が遠くなるほどの数を未だ残す中、御村は飛んできた薙刀の内の一つをあっさりと掴んで私に言う。

「“殺刃”だったら、こんな風に掴む事なんて出来ない。仮に柄を持っても手を切るだろうよ。なぜなら、あいつの“斬る”という意志が込めれているからな。見た目からして、持ち手の方が大きい薙刀を大して思い入れのないにも関わらず、こうやって形にしている。どういう事だと思う? ──刃を遠ざけながらも自らの手で操りたい。そんな当人の心象を表すのに近い形が薙刀だった。ただそれだけの話なんだよ!」

 御村が掴んだ薙刀が砕けていく。力を込めて握った様子はなく、御村の気迫に負けた様に見えた。周りを囲う他の薙刀もそれに圧されてか動きに精彩を欠いていく。

「──たし、は……わたしは……」

 薙刀の動きに動揺が見られるという事はその大元にも同じ事が言える。薙刀が不自然に揺らいでいく個体をそのふり幅が大きくなる順に追っていくと、その先には当真晶子がいた。浮かべた表情にはやり込められた時よりも彼女の本質に近い“生”の反応が見て取れる──それは誰かに対する劣等感だった。

「──私は“姉上”より数多く生み出せる! 私は“姉上”より長く大きいものを生み出せる! 私は、私は──“姉上”より強い!」

「──“姉上”とやらは知らんが、それはない」

 いつの間にか当真晶子に手が届く距離まで近づいていた御村がその両手を振るう。武の手ほどきどころか、心得すらない当真晶子にそれを防ぐ術はなく、まるで憑き物が落ちたようにその体が沈んでいく。

「……たしかにどうにかなったわね」

「だろ?」

 自ら倒した当真晶子を地面に激突させないよう受け止めながら、御村がどこか自慢げにこちらを振り返る。それを見てなぜか胸のあたりがざわつく。……運動不足かもしれない、そう結論付けた私は当真晶子を背負った御村と共にコテージへと足を向けた。

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