きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第28話

 『不知火』から繰り出す当真流剣術の中でも珍しい刺突技。名を『炎竜』。竜が吐く炎に例えられたそれは、フェンシングの突きに近い。腰より低く走り、強襲する攻撃はいかな『剣聖』でも防げない──はずだった。

「……いい攻撃だ。守るのが精々なほどにな」

 そう感心する刀山の手にある木製の柄は傷一つない。何故だ──そう言い放ちたくなるのを抑え、動く。“刀山剣太郎に攻撃動作を許してはならない”という御村のアドバイスから推察した結果、辿り着いた予想を実践されないように。

 半分以上刀身を失った刀は刃渡りおよそ二十㎝ほど。お互いの手が届く距離まで近づいた今、まだ私の方に分がある。『炎竜』を習得した際、鍛えた突きを二度三度繰り返す。

「──ふっ」

 その突きを刀山は手首を少し動かすだけでいなす。恐らく『炎竜』の時もこうやって防がれたのだ。

 そして今現在、二度三度、さらに続けて何度も突きを繰り出していく内に嫌でも気付いていく。私の刀と刀山の得物が交錯した時、導かれるように力が逃げていく感触に。私の突きの軌道を先読みし、手の延長線上と化した木製の柄を繊細に操り、緩衝材が物体を包み込むように刃を受け止めていく刀山の技量に。

 傷らしい傷すら見当たらない刀山の得物。次第に武器破壊より傷をつける事に目的が下方修正を余儀なくされ、躍起なった私の狭まった視界に刀山以外の動く物体──桐条だ。

「っ!」

 桐条の狙いは私の攻撃を受け流す刀山の右手、右半身。律儀にも外側に回り込み、回避の難しい上腕部──最初の奇襲で惜しくもかすった部位──を攻める。

「(今度こそ捉えた)」

 私だけではなく、桐条も思ったはずのその言葉は結果、現実となる事はなかった。

「甘い!」

 そんな私達を叱責するような刀山の鋭い声。次いで、私の刀からわずかに感じた手ごたえが完全に消える。刀山が桐条に向かって肩ごしに体ごと突っ込んだからだ。桐条の攻め手が封じられ、同時に得物を抑えこんでいた私から離れる。刀山にとって逆転するには充分な隙。

「桐条!」

 それは一瞬の出来事。刀山の持つただの木の柄が線を描いて走る。通った後に残されたのは糸の切れた人形のごとく崩れ落ちる桐条の体。

「──!」

 あぁ、今の私は自分を止められない。声にならない叫びが辺りを満たす中、他人事のようにそんな事を考える。そんな矛盾を抱えながら、無謀にも刀山へと肉薄し、刀を間合いも測らず、技もなくただ振り回す。

 『怪腕』が生み出す剣風が間近にいる刀山の髪をなびかせるが、その刃が刀山に届く事は決してなかった。

「それでは昼の時と同じだぞ」

 刀山がさらに一歩私へと近づく。先程競り合った時とほぼ同じ、お互いの手すら届く距離まで。ここまで近づくと刀山の剣は繰り出すには窮屈で、反面、私の剣は短い分楽に取り回しが利く。

 自分でも止められないほど荒れ狂う“私”がこの男を倒すと叫び、俯瞰で見ていた冷静なもう一人の“私”が 今がそうだ、と背中を押す。みっともなく振り回した体がバランスを崩したように前へ傾く。

「そうか──」

 ここで刀山の目に理解の光が灯る。傾いた体は自然、つま先──特に親指──に力が集中する。極近接距離における一本指歩法の発動。腰だめに刀を構え、レスリングの低空タックルの要領で体ごと刀山に押し込もうとして──足から崩れ落ちる。腕も動かない。

「(いつ斬られた?)」

 私の頭を第一によぎったのは自分がどの場面で詰んでいたのか。敗北による悔しさは湧いてこない。それだけ、完膚なきまでに“私達”は負けたのだ。

 代わりに芽生えたのは桐条を犠牲にして挑みながらも、手傷はおろか、刀山の得物にすら一矢を報いる事の出来なかったという結果に対する申し訳なさ。

「──手足の腱を“一瞬だけ”斬った。後遺症はないが、しばらくは動けまい」

 刀山の呟きに近いその声で思わず辛うじて動く首を桐条の方へ傾ける。崩れ落ちたままの桐条の体はピクリともしないが、かすか聞こえるうめき声から生存が確認できる。出血も見られない。

 不意に当真瞳子に腹を刺された御村を思い出す。刺されば部位は痕跡すら残さず一日と掛からず塞がったと聞いた。当真瞳子以上の剣腕を持つ刀山なら一瞬で塞がるよう斬る事など造作もないはず。

 斬りたい所だけをピンポイントで狙って斬る。それは部位に限らず、事象にも適用されるという事。その気になれば、どんな治療を施しても塞がらない傷を永遠に刻めるのだろう。この期に及んで、改めて認識する。これが『剣聖』。

「……この茶番はもうすぐ終わる。それまで休んでおくといい」

「それはどういう──」

 問いかける私に刀山の当て身が腹部へ突き入れられる。手足が動かない私に抗う術はなく、眠るように意識を手放した。


      *


 時は遡って、およそ二時間前。日原山水源の大元である貯水池での事。

「──いや、だからいいのか」

 とある可能性からそう思い直す。できるかどうかは真田さん次第だが、これなら一矢報いる事が出来る。とりあえずプランは固まった。後は──

「──後はおまえと話をする必要があるよな。空也!」

「あれ、気づいてたの?」

「そうそう人が立ち寄りそうにないこんな場所で人間大の何かが身じろぎすれば気付きもするよ。とりあえず、さっさと出てこい」

「ご挨拶だね」

 貯水池を囲う木々の一部が震え、飛び出す人影。ついさっき、食堂で二年ぶりに再会した高校時代の友人、篠崎空也だ。

「改めて、久しぶり……だね」

「だな。久しぶり……っていうか、何で隠れてたんだよ」

「いやぁ、ちょっと驚かそうと思ってね。まさかあんなにあっさりと看破されるとは思わなかったよ」

 道を使わずに追うの大変だったんだよ、とよくわからない理由で顔を膨らませる空也。知らんがな、である。……あと、その顔止めろ。かわいいから。

「それはそれとして、いったい何を悩んでたんだい?」

「あぁ、それはな──」

 俺は真田さんが食堂で剣太郎と戦った結果、家族同然に大切にしていた愛刀を壊されてしまった事。真田さんが剣太郎に刀を壊された借りを返そうと再戦を希望し、自分もそれに協力するのを了承した事を空也にかいつまんで説明する。

「知らなかったとはいえ、真田さんって子には悪い事をしたね」

 少々バツが悪そうな空也。仕掛けたのは天乃原側とはいえ、そうなるよう煽ったのは当真晶子だ。空也なりに思う所があるのだろう。こちらとしては、そもそもなんで当真晶子のお付きでこの学園に来たのかが気になる。

「そういう理由なら、再戦はなるべく早い方がいいよ」

「……どういう意味だ?」

 空也達に抱いていた疑問がもう一つ追加される。知らず前のりになって問い詰める俺を空也が落ち着いて、と両手で制す。

「まったく、君は妙な所で積極的だよね」

「誤解されるような言い方止めろ。……それで?」

「うん。まず、なぜ僕と剣太郎がここにいるかだよね? 当真晶子と一緒に」

「ああ」

「当真家に頼まれたんだ。天之宮側に序列持ちクラスの異能者の強さを見せつける為にこの学園に行ってほしいって」

「なんで空也達なんだ? 今期の序列持ちに頼めばいいだろうに」

 空也達が名乗り上げた序列は言葉通り、“時宮高校での”序列だ。当真家が管理する格付けと競争には当然ながら、中学、高校、大学・社会人をまとめた成年といった世代別のレギュレーションが存在し、各世代も学校別などさらに細分化されている。

 そうは言っても、当真家は全ての住民を序列付けしているわけではない。あくまで当真家にとって将来の構成員候補――つまり、戦闘能力、異能を一定以上持った人間のみである。三月にランキングを作成し、上位二十名に序列を与える。その上位二十名が『序列持ち』であり、時宮での名誉や優遇措置を受けられるのだ。

 当然、その序列に不満があれば、序列持ちと対戦し、倒す事が出来れば、倒した序列持ちの順位をそのまま引き継いで新たな序列持ちになれる。上位二十名に絞ったのはそういう競争を煽る為と、序列の希少性の保持と現実的な実数確保の妥協点が二十名という二つの理由からである。

 毎年ランキングを更新しているわけだが、その度にリセットすると序列に対する執着が薄れるという危惧もあるので、卒業(三月にランキングを作成するのは卒業生と新入生が確定するから)で抜けた分だけ順位が繰り上がったり、序列を保持したまま競争に参加しない事による剥奪がない限り、基本的に序列が動く事はない。

 逆に言えば、序列持ちが二十名を割る事がないのでわざわざ空也や剣太郎を(高校の制服を着せてまで)連れてこなくてもいいはずなのだ。

「初めはそのつもりだったらしいけど、序列持ち全員に断られたんだって。生徒会長になるくらいだから、そこそこ優秀で人望もあるはずなんだけどねぇ」

 誰とは言わないけどね、と締めくくる空也。言ってるだろ、それ。まぁ序列持ちと言っても当真家が勝手に評価をつけ、勝手に優遇しているだけで両者に主従関係があるわけではないのだ。当然、断る権利はある。当真家に対しても、当真家に後ろ盾のある生徒会長に対しても。

「それにしても無茶な話だな。元序列持ちを引っ張り出すなんて大人げないにも程があるだろ」

「年齢を誤魔化して学園に入学した君が言うと説得力がないね。当真家から事情を聞いた時はさすがにビックリしたよ」

「確かにその通りだけど、話を持ってきたのは瞳子だ」

「でも話を受けたのは君自身だ」

 そう指摘されると言葉もない。俺の事情はともかく、二人が当真晶子と一緒に来た経緯はわかった。今はそれでいい。それより気になるのはもう一つの方だ。

「んで、再戦を早くした方がいいとは何だ? まるで予定より早く帰るのが決まっているみたいな言い方だろ」

「うん、決まっているんだ。明日には急用ができて帰る事になる予定」

 一泊二日か。急用をでっち上げてまで帰る理由は──

「──顔を合わせると困るからか。瞳子と」

 昨日の朝、そう告げられたのを思い出す。案外、到着予定が早まったのも瞳子と時宮で合わないようにした為かもしれない。

「気付いていると思うけど、瞳子ちゃんと当真晶子は敵対しているんだよ。瞳子ちゃんの不在にこの学園に来たのもその一環なんだ」

「……後継者問題か?」

「なんだ、後数年で当主が交代するの、知ってたんだ」

 どうやら理事長が話した内容に間違いはないようだ。正直、突飛すぎて半信半疑だったが、当真晶子側にいる空也からも証言が取れたのでほぼ確定した。

「当真晶子の目的は後継者選びに優位に立つこと。姉妹校提携はその為の手段というわけか」

 後は本人が言った通り、会長が天之宮に便宜を図るよう仕向けてきた。瞳子に邪魔されないよう、当真家に呼び出された日を狙って。ただ、そこまでする意味があるのか、それが少々疑問だ。

 理事長の話から当真家にとってこの学園がどういった価値を持つのかは理解している。次期当主が理事長を兼任する理由も同様だ。瞳子がこの学園に来たのも後継者問題に関わっているからだとも今は分かる。

 だが、当真晶子側の提携話は後継者になる為にそこまでアピールできるかと言えば、若干弱いと思う。すでに天之宮学園には理事長である当真慎吾がいるように学園に深く関わっている。

 対して時宮高校は市立の学校。仮に提携が実現しても今以上に当真と関わるわけではないのだ。生徒を支配したいなら、俺の様に直接学園に潜入させればいい。それこそ本物の高校生をいくらでも。

 しかも今やっている事と言えば、提携交渉がうまく進むよう会長にそう仕向けているだけ、遠回りにも程がある。現時点で見れば、学園内で活動する瞳子の方があらゆる意味で有利。

「天之宮の経営に直接関わっていない会長に提携話をスムーズにいくよう便宜を頼んだって、どこまで効果があるかどうかわからないだろ。そんな遠回りをしてまで提携話にこだわる理由、それを覆す要素とは何だ?」

「ごめん、当真家が何しようと興味がなかったから聞いた以上の事情はわからない。僕達が当真晶子についてきた理由は久しぶりに会いたかったからさ」

「そうか……って、じゃあ連絡しろよ! ビックリするわ!」

「だから言ったでしょ? 驚かせたかったんだって」

「それはここで姿を見せなかった……いや、もうなんか力が抜けるからいいや」

「で、どうするの? 再戦の話」

「そこに話が戻るのかよ。何時に帰るんだ?」

「昼までには出ると思うよ。瞳子ちゃんと会わないようにするから、多少ズレるかもだけど」

「なら、今日の内にとっとと済ませた方がいいな」

「だね。その真田さんは剣太郎と戦うから僕は桐条さんなのかな? 優之助はどうするんだい?」

「いや、飛鳥は真田さんに助太刀してもらう。俺はお前と戦うよ」

 今の真田さんでは再戦して剣太郎に一矢報いるのは難しい。かと言って、額面通りの二対一だと当真晶子が何を言うかわからない。三対二ならハンデという名目でまだ通りやすいだろう。そうなると空也を足止めする役が必要だ。

「だから、君が僕と戦うのか……。相変わらず、面倒くさい事に首を突っ込むのが好きだね」

 いや、面倒くさい子が好きなのかな、と空也が茶化す。どっちも違ぇよ。

「うん。じゃあ、お手柔らかによろしくね、優之助」

「あぁ……その時はよろしく」


「──始まったようだね」

「そうだな。とりあえず、ここまでは順調だ」

 高らかに吼える真田さんをちらりと見て、ホッと胸を撫で下ろす。飛鳥か凛華が共闘する事を良しとしなかったり、当真晶子がこの話に乗らなかったら、この状況に持っていくのは無理だった。頼まれた割に他力本願な部分の多い計画なので、あまり力になれず心苦しいのだが、結果的にはうまく回ってよかったと素直に思う。後は真田さん次第。そして──

「──そして俺はお前と戦うだけだ。心置きなく、な」

「……安心したよ優之助。君が腑抜けたって噂も耳にしていたから」

「その噂は間違っていなかったさ。ただ最近、少し考えを変えただけだ」

「それは?」

「遠慮するのは止めにするってな」

 それは瞳子と戦って気付き、ハルとカナの前で約束した事。相手に遠慮せず、本気でぶつかる。それは成り行きからであっても、頼まれた事のついでだとしても変わらない。

「──ははっ! いいよ優之助、君はやはり変わっていない! 昔と変わらず素敵だよ!」

「それは光栄──『優しい手』御村優之助だ。よろしく」

「『空駆ける足』篠崎空也──こちらこそ、よろしくしてね」

 まるで初対面のように、あるいは新しく出会い直すように、口上を交わす俺と空也。真田さん達に遅れる事、数分。“全てを制する手”と“どこまでも駆けていく足”との戦いが始まった。

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