きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第24話



      *


「──天乃原学園へようこそ。歓迎するわ、時宮高校生徒会の方々」

 我ながら空々しい台詞だと思いながら、予定より何時間も早い到着のゲストを応対する。会長である私に付き添うように副会長の平井さん、会計の桐条さんが脇を固めてくれる。普段が普段なのでこういう時に立ててくれるのは正直ありがたいと思う。

 そしていつも立ててくれる──時々何を考えているのか疑問が残るけれど──はずの凛華はこちらに来る事なく、どう立ち回ればいいか迷っている感じの御村に何事か話していた。珍しいと言えば珍しいけれど、あれはあれで助かっている。状況もわからず御村に出しゃばられても困るし、そもそも彼はゲストだ。歓待するのは私達生徒会であるべきなのだから。

「それにしても随分と早い到着ね。夕方あたりと聞いていたのだけれど。残念ながらお昼は用意できないわよ?」

「既に済ませてきたからお構いなく。むしろ早く着き過ぎた事で申し訳ないと思っているくらいよ」

 そういう割にまったく申し訳なさが感じられない当真晶子に突っかかりそうになるが、表情に出さず、今まで私達がくつろいでいたテーブルまで案内する。

 その間、平井さんは他の生徒の応対、桐条さんは人数分の紅茶を用意しにキッチンへ向かう。ふと御村の方を見てみると、凛華に大まかな説明を聞き終えたのか、特に動くことなくお茶請けに出されたクッキーを頬張っていた。

「(……役割を把握しているのはいいけれど、イラっとする光景ね)」

 そんな腹立たしさを傍にやり、視線を正面に戻す。とりあえずこの場は当真晶子がどう動くのかを見極めなければならない。これから先、もしかしたら手を組むかもしれない相手なのだから。



 ──その提案は当真家からだった。
 
 当真瞳子と御村優之助の"決闘"から数日後、当真家側から正式な形で一連の騒ぎについての釈明がなされた。

 元々、両家示し合わせての事とはいえ、当真瞳子と御村が転校してからたった数日で起こした痴話喧嘩まがいの騒ぎは結果的には望ましいものだったけれど、あらゆる意味で逸脱していたのだから当然である。そして釈明が天之宮こちら側の理解で締められようとした時、件の提案────が話に上った。

 当真家曰く、今回の事は自分達の本意ではなかったが目的は達成できた。それを鑑みるに当真の人材を今までのようにこそこそ潜入させるより堂々と入学させた方が生徒を御しやすいという考えに至った。

 そもそもこちらが用意した真田凛華は生徒会という立場を抜きにしても多大な影響力を生徒達に与えており、やる価値はある。ただ、一人二人入学させても効果が表れるまで時間が掛かり(手段を選ばなければ即効性はあるがデメリットしかない)、一度に大勢投入すると無害な生徒にストレスを与えかねない。ならば、当真のお膝元である時宮高校と積極的な交流をもたせながら、天之宮学園に年々入学させる人数を増やしていけば、暫定的にも将来的にも生徒を適切にコントロールできる。

 まるで最初からこの話を持ち出すつもりで場を設けたような堂に入った説明を受け、天之宮側は懐疑的ではあるが、試してみる価値はあるだろう、とその話に乗る事にした。

 とはいえ、いきなり提携するとなるとそれなりの手続きが必要であるし(天之宮学園はともかく、時宮高校への手続きは市立、つまり地方自治体を経由する必要がある。いかに当真が時宮の地を支配しているとしてもここを無視するのは不可能)、生徒の感情にも気を配らなければならない。

 そこで、試験的にいくつかの行事と部活間での練習試合をセッティングし、反応を確かめる事になった。今回の生徒会同士の交流会もその一環として設けられた席である。

「(……一応、元地元民として何かしらの役に立つかもと連れてきたはいいけれど)」

 見知った顔がいたのか御村の表情に苦いものが混じるのを私は見逃さなかった。一般人というにはあまりにも当真家に近い御村なら向こうを知っているだろうと当たりをつけてみたら予想以上の反応。……どうやらただの知り合いというわけでもなさそうだ。向こうも向こうで会長の同行者が最初の挨拶以降、御村の方しか見ていない。

 そもそも彼らについて当真晶子から協力者としか聞いていない。予定より何時間も早く到着してみたり(多分、ちょっとした牽制のつもりだと思う)、協力者と称して部外者を連れてきてみたり、どうやらあちらの生徒会長は穏やかに物事を進めるつもりはないらしい。私もそのつもりだけれど。

「本来の生徒会役員を差し置いてわざわざ連れてきたという事はよほど重要な役割を担っているのかしら。……ねぇ、当真さん。その当たりを詳しく聞きたいのだけれど」

 少しでも詰まらない返答ならとっととお帰りいただく。そう言外に込めた意図を正しく読んだのか当真晶子の視線に明らかな敵意が混じる。正確には隠さなくなった、というべきか表向きにデコレーションされたにこやかな外面はそのままに目は殺意を刃に形作った当真瞳子にどことなく似ていた。やはり当真の人間という所なのだと思う。目だけで百の言葉より雄弁に語っている所とか。

「彼らは見本ですよ」

「見本?」

「私達当真──いえ、時宮が誇る戦力のね」

「……そんな物騒なものを見せてくれと頼んだ覚えはないけれど?」

「必要でしょう? 事実、天乃原学園が長年抱えていた問題の一つがたった数日で解決の目途が立ってしまった。異能による圧倒的な恐怖という形で」

「そんな方法が未来永劫通用するとでも?」

「通用するわ。人は自分に理解できないものに恐怖する。どんなに頭が良くても、体が強くても、ね。その恐怖に抗えるのは異能者だけよ」

「……それはつまり天乃原学園をあなた達が支配すると受け止めていいのかしら?」

「あなたの手に負えないのなら、代わりに私達がそうしてあげましょうか──何もできなかった"会長さん"」

「──凛華!!」

 そう叫んだのは自分だと気付いた時には私の意を汲んだ凛華が自身の筋力と当真流剣術の歩法を組み合わせた跳躍で二メートル以上あった当真晶子との距離を縮める。彼女の握力で捻じ伏せれたら誰も逆らう事はできない――邪魔が入らなければ。

「……悪いけど、それは駄目だよ」

 涼やかな声と共に人の形をした何かが私の目の前を通り過ぎていく──凛華だ。当真晶子に向かっていった凛華を協力者の一人が弾き飛ばしたらしい。らしい、と言うのはかなりいい加減な物言いなのはわかっている。けれど、自分の目が信じられなくなるくらい非現実的な光景だった。

 凛華を返り討ちにしたのは身長170あるかないかの中性的な男子生徒。わざわざ中性的と評したのは本当に男なのか疑わしい容姿の所為。

 まず肩幅を初めとした色々な部分が女子が男子用の制服を着ていると言われたら納得するくらいに小さく丸みを帯びている。声も男なのか女なのか判断がつかない。何が言いたいかというと、そんな体格の男子が小柄とはいえ、『怪腕』の真田凛華の突進を弾き返したという事実。

 飛ばされた凛華は元いた位置よりさらに遠くに居た。ダメージそのものは大した事はないようで、見た目にもそれらしい怪我は見受けられない。ただ、その表情は私と同じかそれ以上に緊張と警戒に彩られている。

「手加減が過ぎるぞ」

 もう一人の協力者が中性的な男子生徒を窘める。それは凛華を倒せて当たり前だと贔屓目なしで確信しているという事。

「だって、彼女素手専門じゃないでしょ? それだとあちらが納得してくれないと思うよ」

 腹立たしいほど爽やかにもう一人の協力者である男子生徒へ向けて弁解する。その弁解に一番反応したのは、つまらない理由だと眉間にしわを寄せた男子生徒ではなく、暗にいつでも倒せると言われた凛華の方だった。

 再び爆発的な跳躍を駆使して二人に飛びかかる──という愚行は犯さず、元々凛華が座っていた席、つまり自らの得物がある場所に向かう。最初は刀を使わずに当真晶子を制圧しようとして失敗したという反省を受けての判断。屈辱を感じていても凛華は冷静。今度こそ、自らが持つ最大戦力で相手に挑む気だ。

「……なるほど、確かに俺が相手をすべきだな」

 本物の刀身が放つ鈍い光を受け、男子生徒がそう呟く。性別があやふやな容姿と柔らかい物腰で飄々と感じる相方とは違い、御村と同程度の体格に硬質な雰囲気を全身に漂わせていて、一目で強いと私でもわかってしまう。印象としては相方が"風"とするなら、彼は"鋼"と言った所か。まず冗談を言うタイプではない。だが、その彼がおもむろに手に取ったのは──

「──モップ?」

 それは誰かが片づけ忘れたまま、食堂の隅に置かれていたモップ(正確にはアタッチメントの先を外した柄の部分)だった。刃引きをしているとはいえ、真剣に相対するには明らかに不相応、けれどしかめた表情が全てを物語るようにふざけた様子は一切ない。本気であんな装備で凛華を相手取るらしい。その一方、

「……どうなるかと思ったけど、一応やる気になってくれてよかったよ──時宮高校序列七位『空駆ける足スカイウォーカー』、篠崎しのざき空也くうやです。よろしく」

 突然、誰もいない方向に向けてなぜか自己紹介を始める中性的な生徒改め、篠崎空也。その疑問は一瞬、不意打ちが失敗した事をおくびにも出さず、"彼女"も対抗して名乗りを上げる。

「……天乃原学園生徒会会計、桐条飛鳥」

 食堂の一番奥にある窓際の席を陣取っていた私達と、つい先ほど来たばかりで入り口側にいた当真晶子達。桐条さんの狙いは当真晶子達の背後をとる事で挟撃を成立させるつもりだったらしい。不意打ちはともかく、挟撃は成功。名乗りもそこそこに戦端を開いた桐条さん達。それとは対照的に得物を構えたまま膠着していた凛華達も彼女達に倣う。

「天乃原学園生徒会書記、真田凛華」

「……時宮高校序列三位『剣聖けんせい』、刀山とうやま剣太郎けんたろうだ」

 こうして一対一が二組の構図が完成し、天乃原学園と時宮高校との戦闘が幕を開けた。

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