きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第19話

「(明日から三日間私達に付き合いなさい、ねぇ……)」

 生徒会長が唐突にのたまった妄言(←我ながらかなり毒舌だな)を自分の中で反芻してみる。明日からというのも唐突だが、三日間も拘束されるというのはよほど面倒な事になるような気がする──強制なのか? それ。

「嫌そうね」

「いきなり明日から三日間、自分の予定を抑えられたら誰でも怪訝な顔くらいするだろうよ」

「しょうがないじゃない。こちらもあまり暇じゃないのよ。むしろ三日間も私達と居られるなんて幸福じゃない?」

 そういうことをさらっと言えるあたり大物だな。迷惑なのは変わりないが。

「たしかに生徒会みたいに忙しいわけじゃないが、だからと言って何をするかも知らされず、三日間付き合えといわれて付き合うほど酔狂なつもりもねぇよ」

「別にこちらも説明もなしに連れていくほど鬼じゃないわ」

 せっかちねぇ。と俺の向かい側の席──つまり瞳子の隣──に座る会長。他に座席がなかったとはいえ、ついさっきまで睨み合ってた相手の横に平然と座れるのが凄い。俺の方がいつ、さっきみたいな険悪な事になるかと思うと気が気ではない。と思っていたのだが──

「──私がいるとお邪魔のようね」

 と、珍しく殊勝な様子でこの場から去ろうとする瞳子。これには瞳子と火花を散らした会長も意外だったようで一瞬、探るように瞳子を見上げるが、無意味と思ったのか、視線をこちらへと戻す。

「別にあなたが居ても居なくてもいいのだけれど去るものは追わないわ。好きにしなさいな」

「そのつもりよ」

 睨み合った先程とは対極に今度はどちらもお互いを見ようとはしない。対応も淡々としているが、今まで以上にこちらの胃が痛くなりそうなのは気のせいだろうか?

「優之助。私、時宮に用事があって、今日は学園に戻る事はないわ。帰るのは明日か、明後日になるかも……」

「もしかして、それを言いに来たのか?」

 だとしたら、とんだ出掛けの挨拶だよ。

「出る前に一声かけようと思っただけよ」

 じゃあね、とひらひら手を振りながら食堂を後にする瞳子。そんな彼女の背中を気のない手振りで見送る。

「……仲がいいわね」

「同じ地元だから多少はな」

「多少仲がいい程度であんな命のやり取りをするとは思えないんだけど? それも当真の当主候補──つまり本家の人間となんてね」

 会長の冗談と皮肉が交ざり合って悪意しか残らない言葉からいつしか冗談が抜けて代わりに詰問の色が強くなる。……あれ? そちらの要件を話してくれるのではなかったか?

「私も気になるな」

 と、脇から真田さんの追従の声。飛鳥も言葉にはしないが興味があることを隠しきれていない。

「あなたの中ではどうなのか知らないけれど、当真家はその影響力の割に謎が多い一族よ。付き合いの長い天之宮でさえ、現当主を知るのはごく一部──私ですら顔はおろか、名前すら知らない──当真の実動員である真田さんも当真瞳子が来るなんて知らされていなかった。秘密主義というにはいささか過剰ね」

「……ちょっと待て。もしかして、瞳子が当真の人間なの知らなかったのか?」

 会長の言うところの実動員である俺はともかく、瞳子は正体を喧伝こそしなかったが、年齢以外誤魔化したわけじゃない。会長の言う通り当真の名は一般には知られていない(当たり前か)ので、あまり隠す必要がないのだ。もちろん騒がれないよう振る舞っていたが、それは変に目立って学園の関係者の家柄だと気づかれない為の措置だ(まぁ、当真が学園に関わっている事も知られていないのであくまで念には念というレベルだが)。

「そうよ。だから、ひら……身内からの報告がなければ気付かないままだったわ。当真家に問い合わせても本人の事情の一点張りで話にならないし、正直扱いに困る存在なの。だから──」

 と、一旦区切って、こちらを改めて見据える。

「──いろいろ話して貰えると嬉しいわ」

 瞳子の睨みも相当だが、生身と人形との絶妙なバランスで成り立ったような容姿の会長に凄まれるのもかなり迫力がある。いつもの性格の悪そうな言動が鳴りを潜め、ただこちらを見ているだけなのに周囲の空気が引き締まったものに変わる。さすが、天乃宮現当主の孫にして、天乃原学園生徒会長といったところか。"こういうの"を狙ってできるあたり、やはり只者ではない。

「そんな風に脅さなくても話すよ。そっちが瞳子の事を知らなかったなんて初耳だったし。というか、瞳子に聞いた方が早いと思うんだが……いや、ないな」

 会長との相性を考えると血生臭い方向にしか話が進まなそうだ。軽く咳払いをして一拍置いてから、で、何を聞きたいんだ? と水を向ける。

「まず、あなたのことからかしら。当真瞳子とはどんな関係なの?」

「瞳子とは高校からの友人だよ。少なくとも始まりはそうだった」

「いつから当真家と関わるようになった? 友人だったとはいえ、天之宮当主の孫ですら知らなかった本家筋の人間と一実動員とではかなり無理がある関係に見えるが?」

 と、これは真田さん。同じ当真家の依頼で動いている者として気になる部分なのだろう。

「俺達の地元──あぁ、時宮って所だけど、そこでは当真家がどんな家かってのは誰でも知っている事なんだよ。もちろん後ろ暗い内容も含まれるから、外の人間に吹聴するなんて事はしないけどな。だから瞳子が当真の、それも本家筋の人間であるって事は出会った時から知っていたし、当然、周りの奴らも知っていたよ」

 天之宮が高原市の負債を肩代わりする事で市内を支配するように当真家もまた、持てる力を使い時宮の地を支配地とした。ただし、それは十年二十年という規模ではなく、数百年前からである。

 当真は武家の末裔にして、その瞳に何らかの異能が宿る一族だ。栄枯盛衰の激しい戦国の世から家を守る為、何よりその神秘を子々孫々、未来永劫引き継がせる為、安住の地は不可欠。そのように当時の人間が思うのは当然の流れだろう。今でこそ電車を利用する事、数時間で都会に出られるが、当時は隠れ里(時宮の時とは"時に見放された"という意味合いと聞いた事がある)だったらしい。

「時宮に住むものにとって当真はただの支配者というより、もはや自らの一部といっていい。当然、当真の全てを知っているってわけじゃないし、当真の家業を誰もが手伝っているわけでもないけどな。……俺の場合、関わるようになったのは両親が死んでからだ。残してくれた金があるから急には困らないんだが、あいつ意外とお節介でな、援助してくれたんだよ。俺が当真家、というかあいつを手伝っているのは、借りを返すためだよ──って、そんなに暗くならないでくれ」

「……御免なさい。立ち入った事を聞いたわ」


 両親が死んでから、の下りで会長達の表情が硬くなり、とうとう会長が珍しく引き下がる。徐々に重くなる空気をどうにかしようと、気にしなくていいと冗談めかしに片目を閉じるが、あまり効果がない。……まいったな。本当に気にしていないので湿っぽくされても困るんだが。

「ま、まぁ、瞳子とは友人だし、外の人間よりは当真について知っているけど、あまり大した事は知らないよ。所詮、俺も雇われの身だしな。他に知りたい事はないか?」

「ならば」

 と、律儀にも軽く手を挙げて発言の許可を求めたのは今まで口を挟まず、聞き役に徹していた飛鳥。俺は渡りに船とばかりにどうぞ、と首肯する。

「お前の地元には他にもいるのか? ……その、お前や当真瞳子のような力が使える者が」

「いるよ。ピンからキリまで挙げるとそれこそキリがないけど、珍しくはないな。多分、半数より少し多い目かな?」

「……そんなにいるの?」

 先程のしおらしい空気はどこへやら、驚きが上回った様子の会長。調子が戻ってくれて何よりだ。

「個人的にはそれが時宮が当真家の支配を受け入れている最大の理由だと思う。異能の力が知られれば十中八九迫害を受ける。当真はそうならない為にも時宮を手中に治めた。当然、そんなものができれば、同類──異能の力を持った者、異能者と呼ぶべきか──も集まるようになる。そしてその地を守ろうともする。長い時間の中で血が薄れたのか、年代ごとの割合も力の度合いも低くなったけれど、仲間意識は未だに強いよ。言い換えれば閉鎖的とも取れるだろうけれどね」

 恐らく、当真家が真田さんをスカウトしたのも、真田さんの『怪腕』を特別な才能として確保しようとしたのではなく(勿論、そういう利も考えてはいるだろうけど)、忌避されるであろう"同族"として保護したという見方が強い。

 一族を守るためにその手を汚してきた当真家だが、その分、異能者を率い、庇護してきたという自負が強く、当真が現代の世でも裏の世界に身を置き続けているのはそういった異能者達が己の才覚を活かせる場所を提供できるようにあるらしい。裏の影響力の割にその方面でも謎が多いとされているのはそういった事情も関わるのだ。つまり、表でも裏にしても異能者が社会に排除されないよう立ち回った結果と言える。

「そして、異能者の大半は直接戦闘に転用できる能力を持っている。誤解を恐れずに言うとその力を使って暴れてみたくなるのは人情だろ? だから時宮では小競り合いが絶えないし、当真家はむしろそれを推奨している節がある。ま、ガス抜きのつもりなんだろうな。この前の瞳子との事はそれの延長線上だよ。コミュニケーションの一種ってやつ? 物騒だって自覚はあるけど、時宮では日常だったからなぁ……」

「荒事に慣れているのそういった理由からか。食堂や講堂での振る舞いもそうだが、一切の物怖じがない」

 感心しているのか、呆れているのか、どちらともとれる感想を口にしたのは飛鳥。

「特に時宮の高校同士の覇権争いというか縄張り争いが激しくてな。時宮の伝統行事なんじゃねぇの? ってくらい盛り上がるんだ。例えるなら高校野球みたいな感じでな。しかも、たまにОBも出張って抗争をやらかすんだよ」

 目を閉じれば今でもその時の光景がはっきりと浮かんでくる。そしてそれを思い出すたび、時宮の人間である俺も例外なく血が騒ぐ。あれはいいぞ~、と続けようとして知らず笑んでいた俺を見てさらに言葉もないという感じの三人。まるで──というか、確実に危ない人に向けるそれだ。

 あはは、と苦笑いで誤魔化しながら、ふと食堂の時計を見ると瞳子が居なくなってから一時間近く経っていた。トレイの中の朝食もほとんど空だ。このままズルズルと居座り続けるのは少々居心地が悪い。

「そろそろ出ないか? 食べるつもりもないのにいつまでもここにいるのは……なぁ?」

「……そうね」

 と、会長。了解を得たところで残りの朝食をかきこみ、トレイを片しに返却代へ向かう。続いて俺の横で茶を飲んでいた真田さんが湯呑みを手に席を立つ。そのまま連れ立って返しに行くのだが、なぜか真田さんは俺の背後につきたがり、譲ろうとしない。決して狭くない閑散とした食堂でその行動はかなり不可解だ。

「……なんで先に行こうとしないんです?」

「おまえの前に立つとろくでもない事になりそうだからさ」

 そのろくでもない事というのは講堂で押し倒した事だろうか? 真田さんと講堂で戦った際、取り押さえる為に押し倒す感じになった事を思い出す。過去に蒸し返されると困るエピソードがあると、どうにも返す言葉がない。

 ただ、こちらとしても真田さんに背後を取られるのは遠慮したいところだ。人の首筋に真剣突きつけた事、忘れてるんじゃあないだろうか? あちらは貞操、こちらは命。たしかに乙女の貞操は命より重いなんて価値観も一部あるのだろうが、俺としては命は秤にかけるもんじゃないという説を取りたい。かけてるの俺のだしな。

 なんて馬鹿な事を考えつつ、一方で先程から話の本筋を忘れている事を思い出す。

「そういえば、こっちが聞きたい事を聞けてないんだが。ほら、明日から三日間がどうたらってやつ」

「聞くつもりがなかったから食堂を出ようとしたのではないのか?」

「そんなわけねぇよ。話がどう転んでも気まずい方向にしか向かないからお開きにしたかっただけだ。……だから忘れかけてたんだけどさ」

 そもそも、明日の待ち合わせすら聞いてない。場所も時間も聞いていないのにどうやって集まれと?

「待ち合わせは明日の九時。場所はあなたが桐条さんと戦った公園の入り口でいいわ」

 まるで心を読んだみたいなタイミングで待ち合わせの時間と場所を答えたのは、返却するものがなかったので席を立っていなかった会長だった。一緒に出るつもりなのか飛鳥と共にこちらに合流しようとして、俺と真田さんとの会話を聞いていたらしい。

「時間と場所はわかったけど、いったい何をさせるつもりだ?」

「公園がある位置のちょうど反対側にコテージがあるの。新入生歓迎のオリエンテーションに使うのだけれど、コテージが傷んでいないか確認しに行くのよ。数が多くて時間が掛かるから泊まり込みでね。あなたにはその手伝いをお願いするわ」

「……そういうのって会長が直接やるのか? 下っ端がやるもんだと思ってた」

 案外地味な仕事もするもんだな、と感心する。

「すでに掃除も込みでやらせているわ。私達は最終確認だけよ」

 それってただの慰安なんちゃらじゃねぇの? おまえらでやらないのかよ。感心して損した。

「なぁに、そのガッカリした顔。一年のほどんど使ってないからかなり汚れているコテージを何十棟も掃除するのよ? あなたそんなのやりたかったのかしら」

「そりゃあ遠慮したいが……」

 もしかして掃除が終わったのって昨日今日の話だろうか。だとすると春休み中ずっとやらされていたというわけで、それに駆り出された連中の苦労が偲ばれる。

「というか、俺が付き合う必要あるの? それ」

 確認くらいなら、そこまで人手はいらんだろうに。あと三日なんて期間も。

「コテージはあえて電化製品を置いていないから男手がいるのよ。役員の慰安も兼ねているから体力があって頑丈なのが」

 慰安目的だって言っちゃったよ。そこは隠せよ。
「いいじゃない。かわいい女の子と三日間もお泊りよ。近くに温泉が湧いているから……覗くチャンスがあるかもよ」

「お泊りって言っても、部屋どころかコテージですら別だろ? 覗いたらまず俺の命がないな。……っていうか、仮にも生徒会長が煽っちゃ駄目だろ」

「……意外ね。こういうのに乗らないなんて」

 いったい俺をなんだと思っているのだろうか? この会長。だが、よく見ると飛鳥も少し意外そうな顔。真田さんは俺の背後から動かない。ここには味方がいないのか!

「そんな風に誘わんでもいくよ──あるんだろ? 他の目的が」

「……どうしてそう思うの?」

「いや、そういうのはいいから。忙しいんだろ。腹の探り合いはなしにしよう」

「ノリが悪いわね。様式美って言葉を知らないの?」

 やっぱり瞳子に似ているわ、会長。学園に来た初日に校門でやらかした寸劇といい、いったい、どこの作法だよ。

「いいわ。率直にいきましょう。誘った理由は二つ。この先の事をじっくりと話し合うのにとれる時間が今のところそこしかなかったというのが一つ。今日みたいな閑散とした食堂でも誰が見聞きしているかわからないしコテージなら他より安全というのも理由よ。……あぁ、一応三日間としたけど、なにもそこまで拘束するつもりはないわ。一泊二日で解放してあげる」

 これでも情報漏えいには気を使っているのよ、と会長。大人並みの権限を持つとされる天乃原学園生徒会ならではの危機管理能力といったところか。それくらいの自覚と危機感があるくらいが丁度いいのだろう。そうでなくても、自分から個人情報やら会社の機密をさらす馬鹿が社会人として蔓延る時代だ。彼女達の半分でもその責任感があれば、ゆとり世代などと揶揄される事もないだろうにと余計なお世話をかましつつ、続きを促す。

「んで、もう一つの理由は?」

「……会ってほしい人がいるの」

 その言いようだと両親へ挨拶に行くみたいだな。無論そんなことはないだろうが、言い回しが少々回りくどい。

「率直に、という割には引っ張るなぁ。勿体ぶるなよ」

「その辺りはお楽しみ……ということにしておいて。それじゃあ御村、また明日」

 もうそれ以上、話すつもりはないのだろう。踵を返す会長。それに従い、後ろから横へ吹き抜ける風──真田さんが音もなく駆け抜け、続いていく。

「勝手に人の朝食に絡んできたと思えば、用事が済んだらさっさといくって、マイペース過ぎないか?」
 二人の背を見送りながら、ただ一人、この場に残った飛鳥に向けて話す。

「行かなくていいのか?」

「実際の会計は副会長がやっている。私はただのお飾りさ。打ち合わせや会議には出るが、事務関連はノータッチだ」

 そう言ってのける飛鳥。初めて会った時に揉めていた事といい、飛鳥は生徒会の中で浮いている感じがする。ともすれば、戦闘要員としてしか飛鳥に価値がないように。だが、こちらの心配とは裏腹に当の本人あっけらかんというかサバサバしている。

「あぁ、いいんだ。スカウトされた時に生徒会長の戦力としてその腕を振るうだけでいいとはっきり言われている。どうやら権限を持つ役員を下手に増やすより、私に役席だけ与えて何もさせない方が、効率的に運営できると判断したらしい。まぁ、普段から会長達の仕事量を見ている身としては、あれをやれと言われても困る」

 こちらの顔色を読んだのか、そう注釈を入れる飛鳥。余計な心配をしている俺に対しての気遣いはあるが、嘘を吐いている感じではない。むしろ会長の酷使された体に触れた事のある俺だからこそ、納得できる部分がある。

「それに──」

「それに?」

「──忙しいと、あまり会えなくなるからな」

「きみのその手はやさしい手」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く