きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第18話

 夜は冷えるが、日中は暖かい日差しを感じるようになった三月の中旬。俺、御村優之助は私立天乃原学園高等部二年C組に変わらず在籍していた。

 当真家からの依頼と個人的な理由により、正体を隠し(ついでに年齢をサバ読んで)、転校生として学園に潜入したわけだが、わずか三日でバレた挙句、高校からの友人であり、依頼主であるところの当真瞳子と衆人環視の中で大喧嘩をやらかしてしまう。

   結果、三日間の昏睡状態と一週間の入院(設備の上では確かに病院並みだが、あの保健室を入院といっていいのかはともかく)を余儀なくされるというこれが潜入調査の仕事だと言えば、本職の方々にふざけるな、と怒られそうな結果となった。

 クライアントである当真家からは特にクビだという通告もなく(というか入院していた間、顔を出した当真家の関係者といえば、瞳子と一応所属としては当真家側である真田さん──生徒会書記、真田凛華だけだった)、何気なく確認した口座には給与が振り込まれていたので、生活費の事を気にしないといけない身としては内心、ホッとした。

 調査対象である(と思われる)生徒会──ひいては天乃宮側からも特にリアクションがなかったので、どうやら俺はここに居てもいいのだろう、と結論付けた。

 ただ、正直なところ何をしたらいいのか、それがわからない。当真家の依頼は天乃原学園に潜入する事──では、潜入した後は? そのことについて明確に指示された覚えがないのだ。

 瞳子からはその場その場ではぐらかされて、大喧嘩の最中にこぼした"俺を殺す事が目的"というのもあくまで本人の事情で、当真家の依頼とは関係がない。

 少なくとも瞳子の思惑とは別に当真家側における狙いがあるはずで、それが"学生の振りをした大人を組み込むこと"で"何か"をするつもりなのか、はぐらかしながらも伝い漏れる瞳子の言葉からおぼろげながらも見えるものがないわけではない。……まぁ、おいおいわかる話なのでひとまずは保留でもいい。それよりも頭を悩ませるのは、個人的な理由の方──ただ三人きりの家族である二人の妹についてである。

 二人の妹である海東遥と彼方──ハルとカナは保健室で俺の様子を確認した後、すぐさま海外にある提携校へ戻り、留学を続けていた。留学は元より短期のもので、春休み中には戻れるはずなのだが、延長を希望し、残っているのだと瞳子に聞いた。避けられているのは重々承知しているが、いつまでもそんな風にすれ違っているわけにもいかない。それは二人に誓ったことでもあるが、現実問題としてなるべく早いうちに何らかの落としどころを模索する必要がある。

 俺がそもそもこの学園にきた理由は二人の為、もう少し正確にいうならば、二人が退学するかもしれないという瞳子の言によって、である。生徒会に敵対する意思を俺の前ではっきりと表明したハルとカナ。対して、多少反抗的でも学園にとって有用ならば、ある程度の度量をもって受け流す天乃原学園高等部生徒会長、天乃宮姫子。

 この二つがかち合い、退学するという結末が予想されるのならば、これまた見えてくるものがある──ハルとカナは生徒会長になることでこの学園の変えるつもりなのだ。

 私立天乃原学園における新生徒会結成の為の生徒会選挙は決まった時期に行われるものではない。生徒会長の卒業を伴う引退か個人的事情による解散、そして一般生徒からの解散要求、大まかに言えばその三つによって、生徒会選挙が行われる。そして、その選挙で選ばれた新生徒会長が役員を指名し、生徒会が誕生する。

 言うまでもないが、生徒会長には役員を単独で解任することができる学園唯一の役職であり、役員以外の人員も自らの意志で選び放題だ。そんな中、選ばれたのが何度か絡んできたえんぴつにメガネを掛けさせた印象の神経質そうな生徒(名前を聞いてない)であったり、生徒会直通のエレベーターの前で俺を門前払いにした応対係の生徒であったりする。……余計なお世話だろうが、もう少し人を選べよ天之宮姫子生徒会長

 この春休みが終われば、ハルとカナ、生徒会の面々、ついでに俺と瞳子は三年に上がる。仮に生徒会に解散要求し、結果二人のどちらかが生徒会長になったとしよう。学園を変え、後を引き継いでくれそうな奴に次代の生徒会長になってもらう。それだけのことが残り一年でできるとは思えない。それはもう絶望的に時間が足りてない。

 そもそも進路はどうずるのだろうか? 三年前は遅すぎると言っていた話題だが、この三年間まともに触れてこなかったツケが回ったのか遅い、早いを通り越して、二人が何をしたいのかまで知ることなくあと一年のリミットを迎えてしまった。

 もちろん決めるのは本人達の意志であり、そこに無理やり立ち入ることを良しとするわけではないのだが、三年前にはあんなに干渉して、結果すれ違うことになった。では逆に全く干渉せず、本人達に任せるだけでいい結果になるのか? というのはそれはそれでおかしな話であるし、信じて任せるのと無関心やすれ違いによる不干渉とは話が別だろう。

 いずれにせよ二人が戻ってきたら、もう一度接触しなければならない。おそらく二人が戻るのは春休みが明けてから、つまり新学期こそ本番というわけだ。それはこの学園、ひいては天乃宮や当真の行く末であり、俺や瞳子、そしてハルとカナとの関係を決める大事な一年間。月並みだが、悔いのない選択をしたいと俺は思う。



「おはよう。御村君」
「──そのとってつけたような他人行儀な態度って、意味があるのか? "当真さん"」

 春休みの間、寮住まいの生徒の大半が帰省する中、残った生徒の為に部分的ながら解放された食堂で朝食を摂っている俺にどこか芝居がかった調子で声をかけてきたのは高校からの友人で俺をこの学園に引き入れた張本人、当真瞳子だ。

 あの"大喧嘩"の後、つまり春休みの間、ほぼ毎日こんな調子で声をかけてくるようになった。潜入している為か、微妙によそよそしかった最初の三日間はもとより、大学にいた時でもここまで顔を出すことはなかった。まるで高校時代に戻ったような錯覚にすら襲われる。そんな俺の憧憬をよそに真向いの席に腰を下ろし、どことなく皮肉ったように口角を上げ、ニヤニヤと笑む。

「一応、年齢を誤魔化して潜入しているから、多少はね? ──でもまぁ、確かに今更よねぇ」

 瞳子の視線が俺の更に後をさしていることに気付いて目を向けると食堂の入り口に数人の生徒が遠巻きに俺達を覗いていた。だが、俺と目が合った瞬間、蜘蛛の子を散らすように入り口から遠ざかっていく。

「人気者ね」

「……それはおまえもだろ」

 ため息交じりに瞳子の方を見ると、指先だけ揺らすようにして手を振っていた。なんというか清純派のアイドルが控えめにする感じで。俺が入り口を向いたのと手を振ったタイミングが同時だった為、一体どちらに恐れをなしたのか──言うまでもなく両方だろう。

 今、食堂にいるのは、俺と瞳子の二人しかいない。生徒会の連中と初めて揉めた時は席を探すのに苦労したものだが、いくら春休みの朝とはいえ、ここまで閑散としていると同じ場所とは思えない。

「さすがにあそこまで露骨に避けられるとショックだな」

「いいじゃないの。ただでさえ新参者は舐められやすい立場なんだから、これくらいが丁度いいわよ」

「そんなもんかねぇ」

「そんなもんよ。……玉子焼きいただき」

 そう言うと、俺の朝食セット(普段とは違い、休み期間中の食堂はご飯かパンのベースメニュー+おかずを3品お好みで選ぶスタイルで固定されている。今日の朝はご飯と味噌汁のベースの日でそれに加えて俺は玉子焼き、焼き鮭、じゃがバターの3品を選んだ)からひょいと一切れ玉子焼きをつまんだかと思えば、抗議する間もなく口に放り込む瞳子。

「行儀が悪いぞ。っていうか、ほしいなら買ってこいよ」

「給料入ったんだからケチケチしないの」

「なんで知って……当たり前か」

 ちなみに給与は交渉した時に提示された月額よりも3割増しで振り込まれていた。多分、危険手当か労災のつもりなのだろう。あまりおおっぴらにできない仕事なので明細なんぞあるわけないが、その分、報酬に関しては文句のつけようもないほど律儀なものだった。支払をケチるとは露程も思ってなかったが実際に振り込まれる金額を見ると、もう少し真面目に当真家が何をしたいのか踏み込んでみようと思う。……我ながら現金な話だよなぁ。

「なぁ、瞳子」

「なによ。改まって」

「当真家は俺に何をさせたいんだ?」

「それはこちらから指示するから待ってって言ったじゃない」

「次会ったときは俺の意志を明確にしろ、的な事も言ったよな? それが当真家の依頼に対してなのか、おまえ個人に対してなのか、今となってはどちらのつもりかは知らん。だが、俺はもう"決めている"」

 だから、あまりはぐらかさないでほしい。みなまでは言わなかったが、意志は汲み取ってくれたらしい。瞳子の目の奥がわずかに揺れる。

「……そう言われても、劇的に何かをしてほしいわけじゃないのよ。大人しくしていてほしかったのは本当だし、反対に生徒会と揉めた時、積極的に止めなかったのは生徒会がどうなってもよかったからなの。……天乃原学園の評判が落ちたままなのは困るけどね」

 仮に現生徒会が倒れても当真家としてはどうでもいい。強いて困るのは天乃宮姫子の護衛を指示された真田凛華くらいのものだ。そう締めくくり、玉子焼きをもう一切れ摘まんで口に入れる。勿体ぶった割に何てことない答えでしょ? とばかりにどことなくバツが悪そうに顔を背ける。

「そもそも問題の大半はすでにクリアされているし、後はどれだけ"参考になるか"だけ。当真家からの指示も要は単なる定期報告の招集よ」

「……つまりどういう意味だ」

 瞳子としては答えを言ったつもりかもしれないが、所々、俺が知っている前提で話を進めれていて要領を得ない。

「察しが悪いわね。つまり、当真家はここを──」

「──あら、二人で朝食なんて仲がいいわね。御村優之助、それに"当真さん"」

 当真さん、の辺りが妙にとげとげしく響く声が俺達の会話を阻む。今、この学園で俺達に声を掛ける人物なんて片手で足りるだろう。その中で、最もわかりやすい敵意を向けるのはただ一人。天乃原学園高等部生徒会長、天乃宮姫子。そして生徒会長の脇を固めるように二人の女生徒──生徒会会計の桐条飛鳥と生徒会書記兼天乃宮姫子の護衛役である真田凛華──が控えていた。

「あら、誰かと思えば、天乃宮のご令嬢であらせられる天乃宮姫子様ではございませんか。私達のような下々の者にお声を掛けるなんて、なんてお優しい方なのでしょう。ねぇ優之助。せっかくの機会だし、サインでもいただきなさいな」

「……頼むからそのめんどくさい小芝居辞めてくんね?」

「あなたの言う下々というのは、この学園の理事長を顎で使うような立場の身分というわけね。私なんて精々この学園で威張り散らすしか能のない小娘ですもの。今度からはあなたの言う"下々"よりも慎ましく振る舞うようにいたしますわ。ねぇ、本家の当主候補様?」

「頼むからそっちも乗っからないで流してくれよ」

 軽く頭痛すら覚える俺をよそに二人の睨み合いは続く。傍らにいる二人も片や俺と同じように苦々しそうに、片や表情は平静──ただ、どことなく呆れたように──のままただ生徒会長の後にいるだけで強いて止めるつもりもないらしい。……俺もそんな役回りは御免こうむりたい。とりあえず、箸の止まったままだった朝食を再開させる。そんな俺の横の席に座ったのは未だ角を突合せんとばかりに火花を散らす瞳子と会長に付き合いきれなくなった生徒会会計、桐条飛鳥だった。

「よっ」

「あぁ。朝食中済まなかったな、優之助」

「別に飛鳥が悪いわけじゃない。気にするなよ。……そっちはもう食べたのか?」

「私は自炊派だからな。部屋ですでにとっている。休み期間でも食材が手に入るのはありがたい話だ」

 生徒会とはなんだかんだあって今も敵対の気配を残している中、飛鳥は保健室で一週間入院していた時も毎日見舞いに来て、最初はぽつぽつと落とすように、段々とお互いが気負わず緩やかに、そして今、そばにいても違和感がないくらいに言葉を交わすようになった。初めて出会った時とは見違えるほど穏やかに笑う飛鳥。

「……どうした優之助?」

「いや、なんでもない」

「? 変な奴だな」

「──たしかに変わっているな、御村」

「うおっ」

 いつの間にか俺の反対隣りに座って茶を啜っていた真田さん。飛鳥と違って姿を見なくなったので帰ったかと思ったが、単に茶を取りにいっただけのようだ。こちらの動揺とは裏腹にマイペースに一口二口と口をつけ、玉子焼きを一切れ(いや、だから俺のだ)、そして茶をもう一口。こちらは最初に会った時から変わらないなぁ。……刀も相変わらず所持してるし。

「……んで、わざわざどうしたんだ。飛鳥はともかく、真田さんや会長も一緒に出くわすなんて偶然とは思えないんだけど」

 さっきも言ったが、休み期間中の食堂は少数の生徒しか利用することがない為、普段のように洋の東西問わない多彩なメニューや一流のスタッフによるサービスなんてものは用意されていない。そして食堂を使わないなら自分の部屋にあるキッチンで自炊という形になる。幸いなことに食材は食堂に頼めば回してもらえ(無論、有料だが格安で)、手間を惜しまなければ三食全て自分で賄うことも可能だ。

 自炊ができないわけじゃないが、面倒を嫌った俺は三食全て食堂だったので生徒会の面々が食堂を利用したのを見たことがない(生徒会長が料理をするとは思えないが、そこは天下の天乃宮家のご息女だ。お抱えシェフでもいるのだろう)。だが、今日はお揃いで声を掛けてきた。食事をとりにきたつもりでもない。何らかの用事があると思うのが自然だ。

「それは──あぁ、どうやら私の役目ではないらしい」

「?」

 意味深な物言いの真田さん。だが、すぐにどういう意味か理解する。不意に感じた四つの視線に思わず振り返ると、いつの間にか瞳子と会長がお互いではなくこちらを物凄い形相で睨んでいる。……なんだよ。

「「別に」」

「別に、って態度じゃないんだが? まぁ、とりあえずそんなことはどうでもいい。このままじゃあ話が進まない。聞かせてもらおうか。『どういったご用件ですか生徒会長どの?』」

 瞳子ほどではないが若干芝居がかった(ともすれば、白々しいと映るだろう)態度で続きを促す。嫌味くさいわね、とぼやいたが、いちいち突っかかるのも飽きたらしい。気を取り直して(ようやく)本題に入る。

「──御村、明日から三日間私達に付き合いなさい」

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