きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第15話


「────優之助!」

 刃が俺の首にかかる瞬間、誰かの叫び声が耳朶を打ち、弛緩していた俺の心が再び動き出す。同時に手のひらに血が通い、振動が自然に起こる。まるで心臓の音とリンクしたかのように力強く鼓動を放ち、俺の両手に力を与える。

 縫い止めていた『殺刃』を吹き飛ばし、振り下ろされた刃を無様に転がりながらも辛うじてかわす。……って、かわしていいんだよな。なにやってんだよ! 俺は!

 状況を確認しようと叫び声の正体を探す。声の聞こえた先は生徒会の連中がいるあたり。……誰だ?

「なにを呆けている! 私をこの学園から辞めさせたくないのだろう? 私を一人にしないのだろう? ならば、立て!」

 いつの間にか生徒会と合流していた飛鳥がさきほどよりも激しく叫ぶ。

「……そうねぇ……あなたが居なくなれば、生徒会は桐条さんの退学届けを受理しないといけなくなるわね……」

 その横で会長がそう補足する。

「……そういうことだ」

 真田さんまで……。

「私はおまえの事情をなに一つとして、知らない。当真瞳子がなにを言ったのか、知らない。それを聞いたおまえがなにを思い、感じて、……そんな泣き出しそうな顔をしているのか、知らない」

 飛鳥の言葉で思わず、自分の顔に触れる。自分の顔がどうなっているかなんて、それこそ知らないが、飛鳥は冗談を言うやつじゃない。

「おまえは私に言った。弱音を吐いてもいいと、我が侭を言ってもいいと……、そして頼ってくれとも言った……、だから今度は私からおまえに言おう!」

「優之助! おまえは……弱音を吐いていいんだ!」

 飛鳥がとてもよく通った声で宣言する。

「御村……おまえは我が侭を言っていい」

 飛鳥から引き継ぐように今度は真田さんがそう認めてくれた。

「……あれ? わ、私も言うの? ……うぅ~」

 流れからして、次は自分の番だと思ったらしい。会長はプライドと俺への借りとが、せめぎ合っているようにしていたが、なかば諦めたかのように叫ぶ。

「あ~、御村優之助! 天乃原学園・生徒会長である私、天乃宮姫子が断言してあげる! あんたは誰かを頼っていいわ!」

「……ついにあんた呼ばわりか。……まぁ、いいけどな」

 不思議な感じだ。この世で二人しかいない家族と長年の友人に否定されたというのに、会ってまだ二日にも満たない生徒会の面々に励まされ、立ち上がる力を貰った。それこそ、会長が感じているといった"借り"以上のものを。

「……ありがとな」

 生徒会のやつらにそう呟く。今は聞こえなくてもいい。こんな場ではなく、後でちゃんと言いたいから。だから今は、

「待たせたな。……瞳子」

 天乃原学園二年C組の転校生にして、この一連の黒幕を自称する高校時代からの友人に向けて歩を進めることにした。過去と現在、それぞれの決着を付けるために。


      *


「……と、ハッパをかけたのは、いいけれど」

「?」

 不思議そうに小首を傾げる凛華と桐条さん。……ちょっとかわいい仕草ね、二人とも。

「勝てるの? アレに」

 アレとはもちろん、殺意の刃だかを超能力よろしく操って、なおかつ不気味なほど白い刀を振り回す当真瞳子のことだ。

「優之助は勝ちます。……私と約束したのだから」

 私の投げやり気味に言った呟きを確信と祈りとなぜか少し脅迫が混じったような重めの返答で返す桐条さん。おーい、どこから突っ込んでいいのやら。ほんと、いったいあの夜ナニしていたの? と聞きたくなる。……そんなことはしないけどね。それにしても、

「凛華を見ていれば、当真の人間が規格外の人材ばかりなのはわかるけど、まさか、オカルトか超能力の類まで存在するなんてね。……世界は広い、というところかしら」

 私だって、曲がりなりにも天乃宮家現当主の孫だ。私より年下で大学の教授になった天才少女、素手で虎を仕留める格闘家、天乃宮の一社員が気に食わないというただそれだけの理由で天乃宮グループ全体に喧嘩を売ってきたとある会社の窓際係長、そうした能力・性格が一般人とはかけ離れた、いわゆる逸材と呼べる人間を数多く見てきた。

 しかし、当真瞳子はそんな逸材達の中でも異彩を放つ。正に、逸脱した存在──異能者だ。

「天乃宮本家の人間なら知るべきです。……ああいう存在がいることを」

 こんな状況でも冷静な凛華が戒めるように言う。当真家から私を守るよう命を受けた怪腕の剣士はどうやら私よりも広い見聞をお持ちのようだ。……いや、皮肉ではなく。

「知らされなかったというのは、私がまだまだ未熟と見なされていたってことか。……腹立たしいわね、まったく」

 それが、家に対してか、自らの力不足ゆえかなのかはわからない──嘘だ。私を除け者にした全てが許せないに決まっている。

「……御村はともかく、あなたも当真家の人間だったとはね。私とあなたの仲じゃない、言ってくれればよかったのに。ねぇ? ……平井さん」

 いつからそこにいたのか私が苛立っている原因の一人である平井要芽に向けて言い放つ。傍から見れば、付き従っているふうにも見えるけど、軽口を叩いた私を含め、生徒会役員は──同じ当真家側である凛華ですら──誰一人として警戒を解けないでいる。

 これで無能ならとっとと始末できるが、有能だと切るに切れない。まったく、始末におえないという言葉がぴったりな人物だと思う。

 不覚なことに、あのファイルと見るまでは彼女が当真の送り込んだ生徒であると思わなかった。もちろん、天乃宮家でも当真家に内緒で入学させた生徒はいるけれど、実力で生徒会に入り、副会長として表舞台で派手な活動を行ってきた彼女がそうだったとは。

 そんな彼女は私の皮肉を受け流すと腹が立つほど丁寧に私の間違いを訂正する。

「優之助さんは当真家に協力してもらっているだけです。真田凛華のように当真関連の組織に所属すらしていません。……それに私が当真家の人間だということも知りません」

「へぇ? じゃあいったいどうやって知り合ったの?」

 なにげなく言った質問。だけどその答えに興味があるのか、凛華や桐条さんも話の腰を折ることなく続きを促す。

「……優乃助さんの妹と友人だったので」

「微妙に遠い間柄ね」

 平井さんが地元にいた時代だから遅くても中学時代。知り合ったきっかけが彼の妹とやらの友人ってことはクラスメイトですらなかった? 双子や義理ではない限り、妹は下級生のはずで、その妹自体と知り合う機会といえば、部活関係か?

 ただ、平井さんが当真の関係者ということは普通の学校生活を送っていたとは考えにくい。あんな常識外れの戦いを繰り広げている当真瞳子と真っ向から立ち向かう御村が当真の人間ではない(と、平井さんが言うことを信じるとして)なら彼の立ち位置はいったいどうなっているのだろうか?

 だたわかる事は御村と当真瞳子が尋常ではない間柄という事だけだ──それはともかくとして、彼女には改めて確認したい事がある。

「一応、念の為に聞くけど、"本当に"当真瞳子は当真の思惑でこの学園にきたわけじゃないのね?」

「はい。ファイルに紛れ込ませた報告書通りです」

 御村優之助の入寮手続きの書類一式に紛れ込まれていた平井要芽お手製の報告書。その内容は御村の正体だけではなく、当真瞳子の事についても言及されていた。

 これもまた不覚な話だが、当真瞳子に関して、私達天乃宮側は完全にノーマークだった。そんな馬鹿な話があるのか、と呆れられるかもしれないけれど、当真家側から通達が一切なかったこと(こちらも当真家に報告せず人員を送っているのでお互い様だけれど……)、本家に連なる人間が偽名も名乗らず堂々と編入試験を受けてきた為に同姓の一般人だと思い込んでしまった事、その二つの要因が絡み、平井さんの報告書を見るまでは当真瞳子をただの一般人だと気にも留めていなかったのだ。

 当然、当真に事実確認と抗議の為に問い合わせたが、応対した当真の人間──普段、生徒会の報告程度では直接応対する事のない天乃原学園の理事長がわざわざ電話口に立って──の話では、

 ──当真瞳子はたしかに本家の人間だが、入学に関しては本人の事情に因るところであり、当真の思惑は一切含みはなく、完全に個人的な理由である。

 ──その為、ただの一生徒として扱い、手続きもそれに準じている。

 と、にべもなく突っぱねられてしまった。それでは納得いかないと食い下がる私を、

 ──当真の思惑でない以上、一度学園が受け入れた後に何かあったとしても、生徒会の責任であり、こちらの感知するところではない。

 ──それに、こちらから天乃宮へ人事に関して抗議をした事は一度もない。

 痛い腹を探られるのはそちらだぞ──そう暗に言われてしまえば、私からは何も言う事ができず、泣き寝入りをするしかなかった。

 だた、当真瞳子は個人的な事情で動いているという事は二人の証言から自分なりに確証を得る事ができた。証言だけで妄信するのもどうかとは思うけれど、黙っていただけで嘘をついている感じではない。一連の行動に何の意味があるのかと気にはなるが、目の前に広がる光景を見てしまえば、御村がらみであることは一目瞭然だ。

「あの二人、どんな関係なの? ……もしかして、恋び──」

「違います」

「(返しにいつも以上の切れ味があるのは気のせいかしら?)」

 私の戯言を食い気味に否定する平井さん。そのやり取りからは『氷乙女』と畏怖される寒々しさは一切感じられない。姿かたちが劇的に変わったわけではなく、いつも通りのともすれば無機質にもとれる整った顔立ち。けれど、その瞳は一瞬たりとて逃さぬよう一人の男子生徒を捉えている。あんな風に見つめられたなら落ちない男などいないだろうとなんとなく思う。

 ふと気づくと、かすかに漂う薬と血の匂い。見れば両手には包帯が巻かれていて、ところどころ血が滲み出ている。いつの間に怪我をしたのか知るよしもないけれど、本人でも気づかない内に手をきつく握り締めて傷が開いたらしい。

「(……ベタ惚れね)」

 普段は真意を悟らせない彼女がわずかに──しかし、明確に見せる深い愛情を示すサイン。いったい何をどうすればそんな風になるまでことができるのか。いずれ多くを率いることになる身として御村に一つご教授してもらうのもいいかもしれない。もちろん冗句だが。

 それにしてもその惚れ込み具合のわりには平井さんと御村は少々恋愛に至りにくい関係だと思う。もちろん、どんな相手に惚れるかなんて外野が──ともすれば本人ですら──わからないものではあるけれど。

「(──何かを隠してる?)」

 ありえる話だろう。私と平井さんの間に全てをつまびらかにしあえるほどの絆や感情はない。それこそ、今も食い入るように御村を見る彼女の"濃い"ともいえるほどの──

「(──あれ? だとしたら、どうして──)」

 一連の疑問の対象である御村がらみだとどこまでも人間味を帯びる彼女に見ながら、別の疑問がよぎる。

 ──どうして私に御村の情報を売ったのだろうか、と。

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