きみのその手はやさしい手
第12話
*
「──だけど、俺にだって"手"がないわけじゃない」
瞬間、なにかが高速でブレたような音がする。
──『制空圏』、同時に遠目から優之助の口がそう動くのが見える。それが意味するところは──
「(──優之助のやつ、『制空圏』を展開した!)」
ここで言う『制空圏』とは武道の達人が使うようなものではなく、イルカや蝙蝠が使うような生物的なセンサーに近い。優之助の手に宿る特徴が可能とする“異能”だ。
優之助から雰囲気の変化を感じたのか、真田凛華が遊びなしの『一本指歩法』で優之助に接近する。速度だけでなく驚異的な跳躍力。あれならば、回避も反撃もさせずに攻撃することができる──今までの優之助が相手ならば、だが。
「よっと」
真田凛華の突進をまるで先読みしたかのようにかわす優之助。真田凛華がいかに速く動いたとしても今の優之助にはその切り裂いた空気を感知し、相手の動きが手に取るようにわかってしまう。
「俺の目は誤魔化せても、俺の"手"は誤魔化せない。いくら速くても『制空圏』の中ではどんな動きも筒抜けだ」
これで、真田凛華の戦法が通用しにくくなった。あれでは『一本指歩法』の速さで圧倒しても絶対的な決め手にならない。というより、はっきり言って勝ち目はない。あれなら──
「先日よりも『優しい手』が安定していますね。一目でわかります。──あれなら、この後のことにも支障はないでしょう」
私の心をなぞったような解説が背後から聞こえる。背後を取られた上、今からすることに水を差された屈辱から、後ろにいる女に"らしくなく"感情を露にする。
「要“目”、学園での接触は禁止のはずよ」
「申し訳ありません」
いつの間にいたのか平井要芽がそう謝罪する。それが言葉通りではないことはその目を見ればわかる。それを見て私の中からさらに怒りが膨れ上がるが場所と状況を思い出し、冷静さを取り戻す。なおも湧き上ろうとする感情を押し殺し、目の前の少女に問い質す。
「それでなんの用? わざわざこんな所で私に話しかけるなんて……」
転校生と生徒会役員。共に天乃原学園の生徒である以上、接触そのものは不自然ではないが慎重に慎重を重ねてやり過ぎということはない。優之助の時はからかう程度で済ませたが、本来は致命的な行為だと言っていい。
「真田凛華と優之助さんの決闘で誰も私達には気づいてはいません。例え、気づいたとしても私達の関係に辿り着くことはないでしょう。そして、用事は……これです」
要目は私の叱責を反省もなく流すと、布袋に包まれた筒を私の前に差し出す。
「──っ!」
それを見た瞬間、目の前が焼ききれた画面のように真っ暗になる。……怒りで。
「……そろそろ必要になるかと」
暗転は一秒掛からず回復する。色の戻った視界には、顔色を変えない要目と、血塗れの手に握られた筒の中身。
被っていた布袋はズタズタに切り裂かれ、もはや包みの体を成さない。ところどころ見える"それ"は滴る血の赤に映えて見事な白を私の網膜に焼き付ける。
「……私が“使う”のか、試したわね?」
「なんのことでしょうか?」
「白々しい」
相変わらず気に入らない。優秀なのは認めるが、全てを見透かしたような物言い、ぬけぬけと私を試すその態度、私の"戦友"を無断で無神経さ、その一つ一つどれをとっても私を苛立たせる。
──そしてなにより、その"目"が腹立たしい。
「あまり出過ぎたことはしないことね。それでなくても私はあなたが嫌いなの」
「承知しております。分家筋の私が次代の当主候補であるあなたに逆らうことはいたしません――瞳子様」
天乃原学園生徒会副会長、平井要芽。本名、当真要目。私とは親戚──本家と分家筋の娘──というだけの間柄だ。いや、それどころか、その能力と扱っている任務がなければ、とうに排除している。
「……いいわ。取りに行く手間も省けたしね」
楽しみにしていたデザートを野良犬に食い散らかされたような気分の悪さを感じたが、この後のことを中止にするつもりはない。タイミング的にこれ以上の演出はない。
さっきまでのやり取りを意識の外に追い出し、優之助に集中する。これからやることを他の何者にも汚させはしない。
今もまだステージで戦う彼は真剣を相対しているのにも関わらず、楽しそうに戦っている。本人は気づいていないだろうが、少し前までウジウジ理屈をこねていた時より何倍も魅力的だ。
「……そろそろ黒幕の登場といきましょうか」
そして、私も混ぜて欲しいとばかりにステージへと向かって歩いていく。ふと、口に手をやると少し緩んでいた。……やっぱり、見る阿呆より踊る阿呆よね。
*
「俺の目は誤魔化せても……俺の"手"は誤魔化せない。いくら速くても『制空圏』の中ではどんな動きも筒抜けだ」
「……なんだと」
自身の攻撃をかわされ続けた真田さんがなかば呆然と呟く。
「真田さん。きみは強いし、速い。だが、当真流を使いこなせていない」
当真流剣士としての真田凛華はその才能と実力、共に五年前の"あいつ"より上かもしれない。……だけど、今の真田さんでは俺はもちろん五年前の"あいつ"にも勝てない。
「……たしかに私の攻撃はどういうわけかおまえにかすりもしない。しかし、どうやって私を倒すつもりだ? まさか、私の『一本指歩法』よりも速く動けるとでも? ……よしんば、速く動けたとしてもそれだけでは私に勝てない」
俺の揺さぶりにも冷静にそう返す真田さん。先ほどから自らの攻撃が当たらないことに対しても動揺は見られない。やはり簡単には乱れてくれない。なにより……、
「(真田さんの言うとおりだ……)」
いつまでもかわしていても事態は解決しない。そう、真田凛華を"制圧"しない限り、決着はない。
「たしかに俺は真田さんより速く動けない……。だけどな、別に速く動く必要がないんだよ。俺には"この手"があるからな──来るがいい真田凛華。この『優しい手』が相手をしてやる」
「戯言を!」
『一本指歩法』による加速がさっきまでとは比べられないほど爆発的に上がる。あちらさんも決着をつける気だ。
その動きは今までのような俺の周囲を飛び回るものではなく、ただ純粋に、愚直に突進してくる。相手へと突進するのは実のところ、回避や迎撃が最も難しい攻撃の一つだ。自らの豪剣と『一本指歩法』による突進を組み合わせた真田凛華、最速・最強の攻撃。
「これで終わりだ!」
正眼に構えた切っ先が弾かれたように上段へ。基本に忠実な面打ち。天に伸びた剣が圧倒的な速さを持って振り下ろされる。その唸りを上げる剣に俺はその手をかざす。
「!」
一見、無防備ともいえるその行為に真田さんの剣に瞬間、躊躇いが生じる。しかし、もう止められないし、止める気もないだろう。それが真田さんの覚悟。俺の差し出した手を切り飛ばしてでも成し遂げようとする想いの表れ。そして俺の方も引く気はない。
「(……失敗すれば、痛いじゃ済まんな)」
迷いなく向かってくる真田さんを目の前にぼんやりとそう思う。真田さんには感謝しなくちゃいけない。そのあからさまな脅威のおかげでようやく俺は衆人環視の元で使う覚悟ができた。
「(大丈夫だ)」
タイミングは『制空圏』を展開している今ならわかる。あとは自分を信じること。俺に向かってくる真田さんを前に目を閉じて、瞑想するように呼吸を正す。……恐怖はない。
そして、ついに、
手のひらと真剣──両者の覚悟と覚悟がぶつかった。
振り下ろされた剣が左の掌底へと接地する。肌に触れた鉄は肉と骨を断とうとするが、その皮膚にすらくい込むこともできず、まるで接着剤で貼り付けられたように密着して、それ以上動かない。剣が進まないことに違和感を覚えた真田さんが距離を取ろうと剣を引いていく。
「逃がすか!」
刀が手からすり抜けていく前に剣の腹を挟み込む要領で掴み取り、逃げられないようにする。
刃筋が通り、触れただけでも斬れそうな刀身(しかも、最も斬れる部位であろう切っ先)は、しかし俺の手を傷一つ、つけることができない。そのまま掴んだ刀を引っ張り、反動で自分の体を相手に寄せていく。密着状態では無手の方が速い。刀を手放されたら『怪腕』の脅威が待っているがその時は刀を奪ったまま逃げてしまえばいい。
空いている右手を目釘(刀身を柄に収めると柄を固定する部分)の辺りを握る真田さんの左手へ──『影縫う手』。
「──しっ!」
手から伝わる感触が相手の筋力を弛緩させたのを理解する。刀の持ち手は利き腕でしっかりと持ち、利き腕を柄の端っこに添えることで剣をコントロールする。いかな『怪腕』とはいえ、端の方を軽く握ることしかできない──それこそ生卵を潰さないくらいの感じで──以上、綱引きで負けることはない。
「とりあえずこの物騒なものを手放してもらうか」
そう意気込むまでもなく、少し捻るだけで思いのほか簡単に真田さんの手から刀がすっぽ抜ける。奪った刀を遠くへやり、格闘戦へと持ち込む。
「くっ!」
どうやら剣術だけでなく素手での戦い方も心得ているのか、刀を失ってもその闘志は失われることのない真田さん。まだ自由に動く右手で空手の正拳とも柔道の掴みともとれる突きを繰り出す。
どちらにしても『怪腕』なら逆転可能な一手。だがしかし、無力化させた左手側を支点に回り込むこちらの動きに対応できず、狙いが定まらない。
真田さんのぎこちない反撃を片手でいなし、右手、右足、左足の順に『影縫う手』を当てていく。両足に力が入らず、腰砕けになる彼女の体を頭から落ちないように支えつつ、抵抗ができないように組み伏せる。逃げられないように制圧しているため、両者の体と体が近い格好だ。
「……なぜ、私の渾身の一撃を止められた?」
俺の下で拘束された形の真田さんの声が引きつり気味に呻く。冷静を保とうとしているが、自分の豪剣を素手で受け止められ、身動きがとれない今の状況では震える声から内心の動揺が見て取れる。
「……今更、勿体振っても仕方ないか」
もはや、当初の目的はとっくの昔に頓挫している。隠す必要がない以上、教えるのはやぶさかではない──と、その前に。
「……っ」
「おっ、……と」
組み伏せたまま俺の下にいる真田さんが窮屈そうに身を揺らせる。床に張り付いていたままではお互い話し辛い。油断は厳禁、と注意しながら、真田さんの上半身を少し浮かせることで逃がさない程度に開放する。
「……助かる」
いえいえ、と目で答え、解説を始める。
「……真田さんが『怪腕』と呼ばれるように俺にも、……なんていうか、通り名みたいなものがあるんだ。『優しい手』っていう、な。能力は"超触覚"と"精密動作"。簡単に言えば、俺の手はむちゃくちゃ体感覚──触覚が鋭くて、むちゃくちゃ器用ってわけだ。……ここまではいいか?」
「あぁ、……それで?」
「能力のうちの一つ、『制空圏』は“超触覚”で触れた部分を通じて対象の硬さ、速さ、どのような力が働いているか、その他諸々の情報を瞬時に得ることができる。飛鳥の古流武術の動きや真田さんの『怪腕』を駆使した速さを捉えられたのは、空気の流れに“触れる”ことで間接的に動きを予測したからだ。ちなみに索敵範囲はだいたい半径五百メートルほど。それ以上は脳が把握しきれないのかできない……かな。悪い、感覚的な部分だからうまく説明できない。まぁ、全方位に目があるってくらいの認識でいいよ。……とはいえ、真田さんの敗因は俺が『制空圏』で動きを先読みできた、というだけじゃない」
「"当真流を使いこなせていない"……か?」
自分でも心当たりがあるのか、真田さんからすんなり出た答えに首肯する。
「当真流剣術は非力な女、子供のために編み出された剣術の中でも異端の剣だ。当真流ならば他の流派、というより剣術自体が苦手とするこの触れ合うほどの超至近距離でも相手を斬ることができる」
「……」
「きみは『一本指歩法』を俺に見せた。──当真流の技をな。しかし、実際に振るったのは打ち下ろしのみの単純な剣だった。まぁ、大上段で振りかぶった方が単純に使い易いっていうのもあるだろうけどさ。でも逆に言えば、当真流の速度と跳躍力に振り回されてそれしかできなかったという見方もある。下は当真流で、上はただの剣道……その“噛み合わなさ”が結果的に敗因の一つとなった」
「なるほど、私が未熟ゆえの綻びというわけだ」
「……降参してほしい。この超至近距離なら『怪腕』よりも、『一本指歩法』よりも俺の手の方が速く動ける。もはや、真田さんに勝ち目はない」
今度こそ真田さんには打つ手のない、いわゆる"詰み"の状況だ。そのはずなのに……、
「断る」
しかし、真田さんはこの期に及んでも頑なに固持する。
「なせだ……」
なぜ、そこまで……。真田さんも飛鳥みたいになにか事情があるのか?
「私……いや、会長はこの学園に必要な存在だからだ」
俺の困惑を見て取ったのか、語り始める――ただし、周囲に聞かれないように密やかに。
「おまえが当真家から派遣されたということは、この学園の事情を知っているな?」
「あぁ、生徒の質が最悪だってことだろ?」
関係者ですらない世間の連中でも知っていることだがな、と皮肉も忘れない。そんな身も蓋もない俺の言いように──こんな状況でも──苦笑する。
「生徒会が退学にしたのは、その傾向が特に酷かった生徒だ」
「……なんだと?」
「こういう言い方をすべきではないのだろうが、上流階級の子女の価値観というのは社会的に見ると非常識の塊だということさ。しかも、ただの世間知らずならともかく、女性蔑視や選民思想、その他多くの人格を蔑ろにする価値観を退学した生徒達は持っていた。そして、そんな連中を増やしてきた原因はこの学園の売りである、生徒に学園の自治を任せたことにあった」
「生徒に入・退学の権限を持たせたのは、やはり無理があったのさ。入試はともかく、編入は歴代の生徒会がやりたい放題してきたからな。結果、似たり寄ったりの価値観を持った人間が集まり、逆に価値観にそぐわない、或いは生徒会の下す命に従わない生徒は、例えなんの咎がなくとも──いや、従わないことそのものが大罪とばかりに退学にしていった。それが現在の質の低下を招いた最大の原因だ」
当然の流れだな、と思う。なんのことはない、天乃宮グループの懸案事項がそのまま縮図として天乃原学園に降りてきただけの話なのだ。しかも、グループ内では持ち得ない生徒会という名の権力が自由に振るえる分、さらにタチが悪い。
軽く相槌を打つ程度に止め、聞きに徹する俺を真田さんもまた、どこか穏やかな眼差しを向けるだけで、再び含みを一切排除した語りに戻る。
「しかし、天乃宮側はそれを逆手にとり、天乃宮姫子をこの学園に入学させた。いくら民主的にとはいえ、周りは天乃宮本家の娘である天乃宮姫子を生徒会長に据えないはずがない。そして、一年から生徒会長になった彼女は権限を使って何人もの生徒をこの学園から放逐した。その選定は当真家からもたらされる情報を天乃宮家が判断し、天乃宮姫子が実行する。彼女は生徒会長の職を三年間全うし、彼女が卒業しても理事会は天乃宮家の息が掛かった人間を生徒会長に据えようとするだろう。天乃宮家は生徒側からこの学園を支配する気なのさ」
「……強引だな。いや、強引なんてものじゃない。それは、ここの生徒がやってきたことと同じじゃないのか?」
他者を認めないこの学園の生徒と、天乃宮家の意向で生徒を退学にした現生徒会。この二つに違いがあるとは思えない。
「私もそう思う」
真田さん自身もそう感じているのか。あっさりと俺の糾弾を認める。
「だが、必要であることには変わりない。奇麗事でどうすることもできない以上、毒には毒を、さ」
「……」 
掛けるべき言葉が見つからないというのはこういうことなのだろう。そもそも、年齢を偽ってこの学園にいる俺には、何も言う資格などない。
「……それで?」
「うん?」
「私の最初の質問だ。……なぜ、私の『怪腕』による渾身の一撃を止められた? それに、『怪腕』の私が組み伏されたまま、振り切れないこの状況。今までの話からでは、それらのカラクリに全く触れられていない。それにも答えてくれるのだろうな?」
「あぁ、それは──」
「──いつまで、そうしているつもりなの? 離れなさい」
不意に降り立った声が決着で緩んだ空気を弛緩させる。それは俺でも生徒会でもない第三者がゆえの警戒。声の主であるところの我が友人であり、クラスメイトでもある当真瞳子がいつのまにかステージ上まで上がっていたからだった。
会いたいと思っていた相手が向こうからやってきたのだ。これほど都合のいいことはない。だが、それよりもまず……、
「(たしかに……これはマズイよな)」
言われてみれば、今の俺と真田さんは、ほとんど抱き合う位置まで接近(というか真田さんの薄い胸に当たるほど密着)したままだ。
当事者からすれば、油断しないための措置だし、真田さんも承知の上なのだが、周りからすれば、俺が真田さんを押し倒してセクハラしているようにしか見えないだろう。というか、こんな大勢の目が集中する舞台のど真ん中で、しかも微妙な距離間の体勢でよく冷静でいられたな俺たち。自分の事ながら不思議だ。……単純にそこまで頭が回らなかっただけか。
真田さんの方も同じ考えに至ったのか、少しばつが悪そうだ。とりあえず──今更だが──真田さんから飛び退く。
お互い少々気まずいが、今はそれどころではない。まずは真田さんと、ここに至っても、まだ下がっていなかった会長相手にこれからのことについて交渉する。
「会長、真田さん、すまない。この場は退いてくれないか?」
「それは、私に負けを宣言しろと言うのかしら?」
むこうっ気の強い会長が瞬時に噛み付く。やはりそういう反応か、ってくらいには予想している。しかし、こちらとしても、はいそうですか、と言うわけにはいかない。できるだけ低姿勢で説得を続ける。
「貸しにしてくれていい。だから……」
「会長。ここは御村の提案に乗る方がいいかと」
「凛華?」
そう会長に取り成したのはこの場で最も中立的な当事者(学園での立場は生徒会、本来の所属は当真家、そして俺のフォローに回れば、全ての立場に絡むからだ)である真田さん。いつの間にか刀を回収し、その手にあるが戦闘の意思はとうにないらしく、その刃はこちら側に向けられることはなかった。
「会長がここで退けないのはわかっています。……ですが、状況はあまり好ましくありません。御村、当真瞳子、そして生徒会。もし、戦闘になれば、真っ先に倒れるのは間違いなく私達です。ここは名より実と取る方が重要かと……」
俺では説得が困難な会長に対して、どこまでも冷静に理を説く。……参謀としても優秀だな、彼女。
「……そうね」
本人にとって苦渋の決断なのだろう。余裕、或いは、意地の悪い面しか表したことのないその顔に初めて屈辱の相が浮かぶ。
「悔しいけど、ここで負けたら生徒会が崩壊する」
「はい。私も御村に押し倒されまま、この場を引くのは屈辱ですが……」
はは、ここでジョークが言えるなんて結構洒落っ気があるんだな真田さん。……ジョークだよね?
「……そうね」
会長の視線が痛い。真田さんに助けを求めたいが、今度のは援護射撃は期待できそうにない。何事もなかったかのごとく平然としている。むしろ、若干スルー気味なのが怖い。
「御村優之助。私達生徒会はこの場を撤退するわ。これからあなたと当真瞳子がなにをしようがこちらは一切、関知しない。……あなたもそれでいいわね?」
「! あぁ、助かる」
「ふん! 貸しにするだけよ。いずれ返してもらうわ」
言葉通りの事情でないのは、自分でもわかっているのか機嫌が悪い。こちらを見ずにステージから降りていく。そんな会長に追従する形で真田さんも退場する。
「……これでいいのか?」
「あぁ。……本当にありがとう」
この場から引いていく真田さんへ、すれ違いざまに礼を言う。
「礼には及ばない。会長も言ったが、これは貸しだ。……もっとも、こっちが返す方だがな」
「いや……それは……」
「当真瞳子の乱入がなくても、おまえは私をどうにでもできた。……あの勝負は私の負けだ。会長もああ言っているが、本人が一番わかっている。“借り”ができてしまったと」
「……」
「会長はワガママで、性格も悪いが、馬鹿じゃない。受けた貸し借りを返そうとする度量もある。そういう意味では決して悪い人物じゃない」
度量の件はともかく、仕える対象に割と言いたい放題だな。
「きみも難があると思うけどな」
主に、性格の方面で。
「……衆人環視で押し倒されたのだ。訴えたら証人には事欠かないな……」
「ボソりと怖いことを言わんでくれ!」
「……それが嫌なら」 
「うん?」
「負けるなよ」
もはや、言いたいことはないと俺の言葉を待たすに去っていく。その後姿を見て、やはり思う。
「(クールだ……)」
本当に年下かと疑いたくなる。そんな彼女はとっとと先に下りてしまった会長と合流し、その場に居た部下達になにやら指示を送っている。おそらく、俺達に手出しするな、とか、そのあたりだろう。一般生徒の方も特に目立った動きはない。仕切り役だった会長がステージからいなくなっても終わったとは思っていないようだ。
「(……邪魔されなければいいか)」
そう結論付け、悠々とこっちへ歩み寄ってくる瞳子を見据える。
「……いったいなんの用ですか“転校生”の当真さん?」
真田さんとの決着に水を差された格好の俺はいつぞやのごとく皮肉交じりに瞳子を睨んだ。
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