きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第11話

 講堂の中はステージを中心として周囲に席代わりの段差が設けられていた。

 ドーム型の建物であったから、室内の構造はそういうものじゃないかと、ある程度予想していたが、外から見たドーム型の建物から地下へと降りていった先が肝心のステージだった。その地下は台形を上下反対にして地下に埋めた感じといえば分かりやすいかも知れない。

 内装はファンタジーっぽい感じがして、例えて言うならば、中世のコロシアムのようだ。いや、中世のコロシアムなんてそんなに詳しくは知っているわけじゃないが、イメージ的にはそんな感じ。

 単純に講義の場として利用するならば、いささか不便そうだが、そんなものは二の次である。周り三百六十度見られながら発言するのは、相当度胸がないとできそうにない。要はそれができるかどうか、そんな生徒を一人でも多く生み出せるか、である。

 たしかにこんな中で緊張することなく立てるなら、どんな状況でも臆せず、ありのまま振舞えるだろう──そう、今その壇上で朝礼を取り仕切っている生徒会長のように。

「──以上で、生徒会からの連絡を終わります。さて、いつもならここでみなさんには校舎に戻ってもらうところですが、予定を変更してもう少しだけお付き合いしていただきます」

 その一言で生徒達の空気の一変する。まるでなにかに期待するように、熱い視線が生徒会長へと降り注がれる。

「……どうやら、みなさんもご存知のようですね?」

「(しらじらしい。昨日の生徒会室でした約束なんてそっちが言いふらさなきゃ広まるわけないだろうに)」

 そう思っていると、館内の明かりが落とされ、隣も見えないほど暗くなる。と、思いきや瞬間、周囲に強烈な光が差し込んでくる。その瞼の裏からでもお構いなしの光に目が慣れると、どうやらスポットライトが俺に向けられているのがわかる。

「ったく、大層な演出だな」

 そう呆れているのをよそに、俺に向けられた以上のスポットライトを浴びて、今もステージに君臨している生徒会長のパフォーマンスは続く。

「あの一条の光にいるのが、今流れている噂の中心人物。たった三日間でわが学園が誇る生徒会に楯突いた命知らずの転校生、二年C組──御村優之助!」

 いつの間にか、俺の周りで座っていたはずの生徒達が生徒会によって人払いされていた。俺との間に見えない壁のように区切られたそれは、ステージまでの道となって綺麗に整備されている。……上がって来いって、ことか。

「この無謀な挑戦者を迎え撃つのは、わが生徒会会計にして、天乃原学園最強の剣士、真田ぁ~凛華!」

 俺がステージに上がると、すでに反対側に真田さんが抜き身の刀を携え(この時点でかなり殺る気満々なのが怖い)、待ち構えていた。つか、会長ノリノリだな。

「派手だな」

「私もそう思う」

「なんか恥ずかしいな。こんな風に観客に見られて闘うのは初めてだから」

「意外ね。これ位で緊張するようなタイプには見えないけれど」

 会長が会話に割り込む。

「なんだ、まだ居たのか」

「失礼ね! 私はこれでもこの決闘の立会人としてこのステージに立っているの。……心配しなくても横槍は入れないし、ちゃんと公平な立場でこの決闘を見届けるわ」

「それだけ真田さんを信頼してるってわけか。でも、危ないぞ?」

「大丈夫よ。凛華が負けることはあり得ないし、凛華に負けそうだからって私を人質にしようとしても無駄よ」

 負けるつもりも、そんな卑怯なことをするつもりも更々ないが、とにかくすごい自信だ。飛鳥もそうだが、我が道をゆく典型の生徒会長からここまで信頼されているってのは、よほどのことだ。

「さて、話はここまで。そろそろ始めましょう」

「……そうだな」

 てか、あんたが仕切るんだな、会長。

「こちらもかまわない」

 当事者なのに一番控えめだな真田さん。文句の一つくらい言ってもバチは当たらないだろうに。ほっとくと会長がさらに付け上がるぞ。……遅いか。

「ルールは特になし、武器もあるなら自由に使って結構、戦闘不能かギブアップで決着のバーリトゥードよ。質問はないわね? ──それでは、真田凛華対御村優之助のエキシビジョンマッチを始めます」

 ルールは俺と真田さんに、後のは観客に向けてのものだ。

「では──」

 真田さんが緩やかな動きで剣をこちらに向ける。その構えは相手の、あるいは目の高さに合わせた中段の構え、剣道・剣術でもお馴染みの正眼の構えだ。

 強いとは聞いているが、闘い方は全く聞いていない。そんなことに今更気づく。

 そもそも剣術は武術の中でも特に女性には向かない部類に入る。刀が重量のわりに槍や薙刀ほどのリーチがないためである(一般に刀はだいたい六十~八十センチほど、対して槍や薙刀は短いものでも一メートルはある)。リーチの長い得物は重量があっても技術次第で女性の腕力でも扱えるが、竹刀ならともかく、女性が刀を扱うには、体格と腕力が足りないのだ。

 刀が戦に持ち込まれた時代はもっぱら大男が振り回すものだったし、確立された剣術においても大雑把に言えば、基本は上段に構えて甲冑ごと斬る技術と、腰を落とした構えから甲冑の隙間や急所を狙う技術の二つに大別される。どちらにしても、一定以上の腕力のある男性向けの武術であるため、女性が剣を持つことの絶対的な優位性はない。

 真田さんも身長が百八十を超える俺よりも二十は低く、その腕も俺と比べれば一回りは細い。決して、刀を振るうのに適した体格ではない。西洋剣術で真っ先に連想されるであろうフェンシングならばともかく、女性の刀使いはかなり珍しい。

 そういう意味では真田さんがどうやって刀を操り闘うのか、全く想像できない。少なくともしょっぱなから剣を抜いたということは居合いではないようだが……。

「──始めようか」

 飛鳥の時もそうだが、律儀にそう声を掛けてくる真田さん。だが、すぐに攻めることなく、すり足で徐々に間合いを詰めてくる。武器持ちの優位にも拘わらず、安易に攻めないのは、こちらの出方を探っているのか、あるいは後の先を狙っているためなのか……どちらにしても素手の俺にはかなり攻めにくい状況だ。

 剣術における後の先の戦法は単純にカウンターとしてだけでなく剣を護身、つまり盾代わりとして使う流派が洋の東西に限らず存在している。そういった目的で作られた剣もある位で、もし下手に攻めればカウンターどころか、相手の受けた剣で怪我をする可能性が高い。

 真田さんの戦闘スタイルは護身を中心としたカウンター型か? それならば、ある程度納得がいくが──

「こないのか? ……ならば、こちらからいくぞ」

 攻めあぐねている俺を見て、あっさり“待ち”を解除し、すり足から跳ねるように大きく一歩、まるで飛ぶように一気に間合いを詰める真田さん。そのまま切っ先を振りかぶり、垂直に剣を振り抜く。

「うお!」

 あわてて後ろに下がる。……今の、まったく迷いなく振り下ろしやがった。人であることも、まして素手であることなど関係なしに放たれたその一撃に冷や汗が吹き出る。

 間合いの測り方、剣を振り抜く一連の動き、それらを集約した今の一撃で真田さんが人を斬る技術に達していることがわかっただけでも収穫といったところか。……というか、刃引きしてるんじゃなかったっけ? ありゃあ、肉も骨も断てるぞ。

「……ほんとに容赦ないのな」

「私が剣を使うことはわかっていたはず。私が斬れるはずがないと判断したのなら、それはおまえの覚悟のなさが招いたことだ。同情の余地はないな」

「真田凛華は生徒会長である私を護衛するために用意した人材よ。持っている刀が飾りということはないわ。彼女が斬ると言ったら躊躇はしない。というか、なに? 今更怖気付いたの?」

「いや……、怖じける云々以前に、もし俺が斬られたら血がどぶぁ~っと出るぞ? 一般生徒が見たら引くと思うんだが……」

「もし、あなたが斬られても今の高校生はどうとも思わないわよ。自分と無関係ならね。……それに例え、死人が出ても天乃宮で揉み消すから」

 会長、横から出てきて根本的に安心できないフォローをありがとう。

「あくまで確認だよ。実際に見てないとわからないしさ。まぁ……でも、安心したよ」

「安心?」

「準備が無駄になりそうになくて──だよ!」

 会話の隙をついて、真田さんへと正拳を繰り出す。真田さんが相手では、いくら不意を突いても、逆に迎撃されるのがオチなのだが、そこはそれ、俺なりに狙いがある。後の先のデメリットは相手の動きに併せるため、行動が後手にまわる──というより、意図的にまわす──点だ。いや、まぁだから後の先なわけだが……。
「苦し紛れか? 逃げていては勝てないぞ」

「心配するな。ここからはずっと俺のターンだ」

 不意打ちの正拳は攻める気だった真田さんにあえて後の先にまわらせることで真田さんを足止めし、その隙に距離を稼ぐためのものだ。

 ──そう、俺に必要だったのは距離。素手はおろか、刀でも届かないほどの間合いだ。
「さぁ、防げるものなら、防いでみろ!」

 学園指定のブレザーの懐から、"それ"を取り出し、真田さん目掛けて弾く。

「!」

 まさか、俺が離れた距離から仕掛けてくるとは予想外だったのか、真田さんの反応が少し遅れる。しかし、そこは学園最強の剣士。飛んできた物体を刀で斬り落とす。

「これは……」

 真田さんが真っ二つにした"それ"を拾い上げる。

「十円玉……か?」

「あぁ、正真正銘、日本銀行が発行した硬貨だよ」

「……指弾か」

「その通り! ……いくらなんでも、刀を持った相手に接近戦に持ち込む勇気はないさ。これでも手先は器用でね──こういうマネもできるって、ことさ」

 昨日の今日での決闘の準備──時間的な制約、常識の範囲内という縛りがある以上、手近にあるものではこれしかなかった。

「本当は硬貨よりもパチンコ玉の方がよかったんだが、学園内で手に入る代物じゃないしな……。その点、硬貨は集めるのも苦労はないし、中でも十円玉は硬さ、大きさ、コストのバランスがいいから、代用品としては悪くない──これぞ名付けて『銭型兵器ぜにがたへいき』!」

「うわっ、ダサッ!」

 聞こえているぞ。生徒会長。

「……なるほど。どうやら本当に手加減する必要はなさそうだ」

 こういう時、茶化さない真田さんのクールなところはありがたい。単にスルーされただけかもしらんけど。

 その肝心の真田さんは俺の『銭型兵器』相手に距離を取る愚を悟ったのか、一歩で刀が届き、かつ、『銭型兵器』に対応できる範囲ギリギリの距離を保ちつつ攻めてくる。

「させるかよ!」

「──っく!」

 遠距離からの攻撃を受けにくそうにする真田さん。対する俺の方も近づかれると一転して不利になる。そうさせないように十円玉を撃ちまくる。

 しかし、そこは学園最強の剣士。向かってくる十円玉を薙ぎ払いながら俺との距離を徐々に縮めていく。

「硬貨を破損させるのは犯罪だぞ!」

「そっちこそ。そんなにばら撒いていいのか? 見たところ硬貨を大量に持っているようには見えないが」

 たしかに用意しやすいとはいえ、限りはあるし、そもそも小銭をそう多くは持ち運べない。今の手持ちはだいたい八十枚ほど、たしかに無駄撃ちし続けていれば、すぐに底をつくが──

「心配無用」

 新たに『銭型兵器』を放つ。しかし、俺の撃った『銭型兵器』は真田さんから横に大きく外れている。「暴投か?」と多分、みんなは思ったと思う。

「? どこに撃って──」

 真田さんの呟きが途中で止まる。外れたと思った『銭型兵器』が俺の元に戻ってきたからだ。手元に戻ってきた硬貨は五十円玉。そして五十円玉と俺との間を繋ぐものを見て、真田さんが理解する。

「──『銭型兵器・バージョン5.0』」

「今度は五十円玉か。──しかもヒモを括りつけて回収できるようになっている」

「ヒモじゃなくてピアノ線な」

 『バージョン5.0』はピアノ線がかさ張るために予備を含めて数枚しか持てないが、回収できるため弾切れの心配ない改良型だ。5.0なのは当然、五十円玉だから。……って、そこ、ネーミングが安直って言うな!

 そして、『バージョン5.0』の特性はそれだけじゃない。もう一度、『バージョン5.0』を真田さん目掛けて狙い撃つ。

「ふっ!」

 さっきのように自分目掛けて飛ぶ『銭型兵器』を斬り落とそうとする。軽やかに剣を振るい、線となって見えそうなほど綺麗な軌跡を描く斬撃は、しかし目標を外し空を切る──正確には目標の方から逃げていった。五十円玉に括りつけたピアノ線をこちらで操作して五十円玉の軌道を変える。

「……飛び道具というより、鞭か、分胴のようだな」

「硬さは充分。あとは“速さ”さえあれば五十円玉の重さでも武器になる。……真田さんの言う通り鞭や分胴のようにな。試してみるか? 宮本武蔵と宍戸梅軒の決闘が再現できるぞ? ……鎌は持ってないけどな」

「その場合、おまえは頭から唐竹割りにされるはずだが?」

「あー、そうだったな。たしか」

「双方、私語を慎むように……って、……えっ? ……わっ!」

 俺達の会話が決闘に似つかわしくないと思ったのか、間に入って注意しようとした会長に危うく俺の投げた『バージョン5.0』が当たりそうになる。そういや、審判の存在を忘れていた。

「危ないぞ」

 『バージョン5.0』振り回しているからな。

「投げてから言うな!」

 いや、俺と真田さんの間にいるのが悪いだろ。

「下がってください、会長」

 さすがに警護対象であるところの会長に決闘の只中に立たれるのは気が散るのだろう。真田さんの意識が一瞬だけ会長へ逸れる。その隙を見逃さず、『バージョン5.0』を振るう。狙いは刀の鍔元。

「そこだ!」

 狙い通りの軌跡を描き、真田さんの刀に五十円玉を括りつけたピアノ線が絡まる。このまま手繰り寄せて刀を奪取する。──"これ"がただの分胴ならば、な。

「力づくで刀を奪い取るつもりか。しかし──」

「問題! 『バージョン5.0』の反対側の端はどうなっているのでしょう?」

 いきなり俺が叫んだもんだがら、驚くというより、唖然とする真田さん。

「正解は──これだ!」

 ほぼ、ノータイムの正解発表。手の中に隠していたもう片方の部分を真田さんに見えるように晒す。それは今、刀の鍔元に絡まったのと同じく括りつけた五十円玉。その五十円玉を野球でいうところのサイドスローのモーションで投げつける。

 俺の手を離れ、飛んでいく五十円玉は刀に絡まった片方を支点として弧を描くように真田さんの周りを駆ける。遠心力も加わり、二枚の五十円玉を結ぶピアノ線が刀を挟みつつ、腕ごと真田さんを巻きついていく。

「今だ!」

 懐からありったけの『銭型兵器・バージョン5.0』を取り出す。ピアノ線の両端に五十円玉を結わえた"それ"を遠心力を掛け、"丸ごと"投げつける。

「これは」

 気づいたようだが、もう遅い。一投目の後に時間差で投げた複数の"それ"がさらに二重三重と交わり、絡め取っていく。

「『銭型兵器・バージョン5.0──モード・ボーラ』……これが『バージョン5.0』の正体だ」

 ボーラというのは、狩猟民族が使う投擲武器だ。構造は紐の両端に石を括りつけたものを鳥や獣の足元を狙い、投げつけることで身動きを取れなくするというシンプルな作りだが、石の重量と遠心力で広がった状態で回転しながら飛んでいくボーラを回避するのは難しい。

 狩猟以外でも戦で騎馬に対抗するための武器として採用されるなど応用が広く、その効果のほどは今も真田さんを拘束していることからもわかるように絶大だ。

「どうだ? そんなに絡まっているなら、剣では斬れないだろ。いくら学園最強の剣士といえども、こういう搦め手で攻められたことはないと思ってな……」

 事実、過剰に距離を取ろうとする(身も蓋もなく言えば、逃げ回ること)俺を相手に真田さんはやり難そうに後手に回ることが多かった。相手のペースを崩すのは戦術の基本だが、正統派の剣士である真田さんにはこれでもかというほど嵌ってくれた。

「指弾による遠距離戦や『バージョン5.0』とやらを最初にただの分胴として使って見せたのはこのための目くらましというわけか」

「指弾で決着がつくならそれに越したことは無かったけど、な……」

 それでも準備が無駄にならなくてよかった。今や、真田さんの上半身は腕が畳んだ上にピアノ線が絡みに絡まって動けない状態で、まるでミノムシかなにかに見える。あれでは満足に斬ることはできないだろう。

「降参してくれないか? 腕がまともに動かせないその状況じゃあ、無理だろ。当然、ピアノ線が解けるのを待つつもりはないよ」

「断る」

「即答か。とどめってのは、あまり気持ちのいいものじゃないんだが……」

 そう言いつつ、どことなく引っ掛かりを覚えながらも真田さんへと近づく。奇妙と言えば、会長が大人しいのも気になる。公平な立場だからか? いやいや、会長は俺が負ける姿を特等席で見たいだけだ。……やはり、なにかがおかしい。

「──真田に近づくな! 優之助!」

 気の進まないまま真田さんに近づこうとする俺はその声に内心、驚く。声のした方を向くと飛鳥が必死になにかを伝えようとしている。普段、大声を上げることのなさそうな飛鳥が(事実、決闘の時でもあそこまで取り乱すことなんてなかった)あんな風に焦る理由はなんだ?

「……確かにこう縛られては腕が動かせないな。せいぜい動かせるのは指くらいか」

 さほど大きな声でもないのにそんな呟きが聞こえる。呟きの源は前にいる真田さん。

「──しかし、指一本でも動かせるなら充分だ」

 手、いや指に近いピアノ線を一つまみすると、そのまま指の力だけでピアノ線を千切っていく。なんか見た目、茹でる前の素麺の束を手折るように軽々と……。

「おぃおぃ……アリですか?」

 俺の小賢しさを嘲笑う圧倒的な腕力。……なるほど、会長の余裕の根拠はこれか。

「小さい頃から人一倍、力が強くてな。腕力、特に握力はご覧の通りさ。昔は力加減が難しくて苦労したよ。なにせ触れるもの全てが砕けたり、壊れたりで周囲に迷惑をかけてばかりだったからな」

 当時のことを思い出しているのか自嘲的に笑う。人の身では持て余し気味になる“異能”を振るう光景とその表情を見て、飛鳥が同類と評したのを思い出す。瞳子が学園に人材を派遣したとも。つまり、生徒会書記、真田凛華は正しく俺や瞳子と同じ存在──異能者だ。

「どうやって、力加減ができるようになったんだ?」

 平然を装うも、声の震えが止まらない。小柄な真田さんがピアノ線を引き千切る様はムチャクチャ怖い。

「書道だよ。筆の強弱をつけて字を書くことはとてもいい練習になった。あれを習ってなければ、もしかしたら今でも自分の腕力を制御できなかったかもしれない。自慢じゃないが賞を取ったこともある」

 なるほど、それで生徒会『書記』だったわけか。

「書道のおかげで制御はできるようになったが、この腕力を存分に振るう機会なんて皆無に等しい。今度は平穏な日々そのものに対して持て余すようになった。制御の次は自分の腕力の使い道で悩むことになったというわけだ。だが、ある時、とある機関にスカウトされた。何処から聞きつけたかは知らないが、自分の腕力を活用してみないかという誘いに私は一にも二にも無く頷いたよ。剣術はその機関の勧めで習うことになった──古流剣術・当真流をな」

 古流剣術・当真流はその名の通り、瞳子の実家に伝わる剣術だ。当真家は裏の世界に通じる旧家。そこから派遣された真田さん当真流の使い手であるのは、ありえる話(今のところ、披露していないが)。瞳子の敵である会長についているのもそういう命令だということで納得がいく。

 ただ意外だったのは天乃宮の要請で派遣されていた人材が生徒会書記なんて役職についていたこと、俺のようにもっと目立たないポジションだと思い込んでいた。

 真田さんが当真の人間であることや異能者であることは伏せられていたのはいくら同じ当真の手先でも任務が異なるがゆえの守秘義務がかかっていたのだと今ならわかるが、瞳子が真田さんの素性を知らないわけはないはずで一言口添えしてくれていたらもう少し穏当に話を進められたのでは、と思わなくもない。

 だが、ここまでは問題ない。尋常ならざる腕力も、戦い方も、何一つ知らされることなく今日を迎えたのも瞳子の性格が最悪なだけで、本当に何の問題もない。問題なのは、それを俺に話したということ。つまり──

「──俺が当真家の依頼でこの学園に入学したというのを知っているというわけか」

「その通りよ」

 ひと段落したと思ったのか、会長がまた俺達の間に入ってくる。さっき危ないって真田さんに注意されたばかりだろ。いいから下がってなよ。

「この学園には私と同じく当真家の命令を受けている生徒や教師が多数、配置されている。正式な数、具体的な命令内容はさすがに不明だが、お前に関しては信頼できる筋から情報提供があった」

 誰のことだ? 知っている人間は限られるが、全員、生徒会にリークするような性格、あるいは立場でないはず。

「ちなみに凛華が当真家から受けた命は生徒会長である私を守ること。まぁ、これは私の実家からの要請を当真家が受けたんだけどね。つまり、同じ当真家から命令を受けた者でも事情は千差万別、内容が重複することもあれば、逆に対立することもあるの」

「そういう場合ってどうするんだ?」

「どちらかの命令を遂行するのみさ。……ただ、命令を遂行できなければ、当真家からペナルティがある。だから対立すれば、互いを潰し合う。当真家からすれば競争の意味もあるのだろう。どうせこの学園での出来事なんて当真家からすればだいたい雑事だ。言うなれば、当真家にとってもこの学園は人材を育てる修練の場だ」

「そこは普通に学校でいいんじゃないのか」

「というか、私の護衛って、雑事?」

 おっと、会長。聞き逃さなかったか。

「……御村優之助。さっきも言ったがお前が当真家の命令でこの学園を調査しているのはわかっている。何を調べているかは知らないし、それはどうでもいい。お前が取るべき道は二つ。生徒会に従うか、学園を去るかの二つに一つだ」

 ……スルーしたよ。でも今はそんなことより、

「どっちか……かぁ」

 正直な話、どっちでもいい。勝っても負けても正体がバレている以上、この学園には居られない。

 例え、生徒会が俺を退学にしなくても瞳子が俺を学園から撤退させる。瞳子の目的は未だによくわからないままだが、俺が生徒会と揉めることが織り込み済みということは俺に学園を調査させるのが目的というより、俺と生徒会とを対立させて生徒会を潰すのが本当の目的かもしれない。

 ならば、正体がバレた時点で瞳子の目論みはご破算、俺は罷免という流れなわけだ。妹達と再会すらできずに学園を離れることになるのはなんとも業腹だが、自分の不甲斐なさを棚に上げるわけにはいかないだろう。この場合、三日間の給料は出るのだろうか?

「俺……、どうなるんだろうな」

「そう悪いようにはしないわよ。どんな命令か知らないけど当真の人間だということなら事情を考慮する。……退学にはしない。約束するわ」

「……」

 どの道、『バージョン5.0』で確保する手が通用しないのではもうこちらにやれることはない。ここで詰みかな……って、待て!

「そうだ! なんで気がつかなかったんだ!」

「ど、どうしたの? いきなり……」

 いきなりの大声で会長が面を食らうがそんなことは今はどうでもいい。

「真田さん!」

「なんだ?」

「さっき、真田さんは当真家から派遣されたって言った。それはつまり、真田さんの腕力の存在を知っているはずだな?」

「……言ったはずだ。私の腕力を知って、当真家は私をスカウトしたと」

「だよな!」

 瞳子は真田さんの腕力を知っていながら、俺の作戦を止めはしなかった──ならば、手段は一つ。

「……続行だ」

「?」

「選択の三つ目だよ。この決闘に勝って、生徒会を退ける」

 俺のいきなりのテンションの変わりように余裕すら漂わせていた二人に警戒と緊張が走る(っていうか、引いているだけだな、これ)。そんな二人にかまわず続ける。

「よくよく考えたら、この決闘って飛鳥を思い止まらせるために呑んだ条件だ。負けたら、飛鳥は自分でこの学園を辞める。だから、降参なんて最初から論外だ」

「まるで私に勝てるような発言だな」

「勝てるって言ってるのさ」

「……そうか」

 さっきのやりとりの間に拘束していたピアノ線を全て取り払っていた。足元にはピアノ線の残骸、ピアノ線を捻じ切る握力で抓られでもしたら腫れるどころでは済まない。誇張なく"捻じ切られる"だろう。

「改めて、名乗ろう。天乃原学園生徒会書記、『怪腕かいわん』の真田凛華だ」

「『怪腕』?」

「私の腕力からそういう名が付いた」

「女の子につける異名じゃないな」

「……私の腕力を見て、そういう暢気な感想を言ったのはおまえが初めてだ」

「なんか俺がバカみたいだな」

「凛華! いつまで話をしているつもり!」

「……はい」

 苛立ちの混じる会長の言葉を受け、脇に落ちていた刀を拾っては構える真田さん。『怪腕』の存在を知って、改めて納得する。当真家はあの腕力があるからこそ剣術を学ばせたのだと。圧倒的な力で振りぬいた剣がどれだけの威力か想像がつかない。正に、豪剣ってやつだろう。

「それでは──」

 真田さんの周りの空気が張り詰めていく。それはまるでギリギリまで張り詰めた弓を向けられたような緊張感を与える。

「──いくぞ!」

 矢を放ったような瞬発力を発揮し、俺へと迫る。一歩、一歩が速く、そして重い。その爆発的な加速は筋力の恩恵が決して腕のみではないことを証明している。

 しかし、なにより凄いのは真田さんの足元の動きだ。飛鳥のように挙動が読めないわけじゃないが、踏み込む足そのものが接地した瞬間、まるでバネ仕掛けのように跳ねるため、動きが捉え切れない。その足元を注視すると気づく。

「(足の親指のみで走ってやがる。まさか、あれは……)」

「これぞ、当真流『一本指歩法いっぽんゆびほほう』」

 高らかな真田さんの声が講堂に響き、その特殊な歩法によって得られる速力は俺をかく乱する。

 特殊な歩法──『一本指歩法』とは足の親指で走る当真流の極意だ。着地、踏み出し、蹴り上げる、といった歩くためのメカニズムを足の親指一本で賄うことで最速・最短の移動を可能にしている。理屈はわかるが、脚力を足の親指一本に凝縮させて走るなんて、生半可な鍛え方でできることじゃない。

 そんな歩法を実戦で使う真田さんが古流剣術・当真流の使い手であるのは疑いようがない。そしてもう一つ気づいたことがある。それは──

「──飛鳥がきみに勝てないと言った理由がわかったよ」

 飛鳥の『飛燕脚』は相手に動作を悟らせないように動く。だが、実際に速度が上がるわけじゃない。

 つまり、真田さんに初っ端からあの速度で動き回られると、『飛燕脚』そのものはともかく、技の性質上、『瞬撃』によるカウンターは使えない。現時点での切り札を封じられた飛鳥が自分の攻撃手段では真田さんに届かないと理解したからこその発言というわけだ。

 そもそも誰でもそうなのだが、自分より速く動ける相手は大なり小なり不得手だ。俺も例外ではなく、あの速さは脅威だ。もはや『銭型兵器』では捉えきれない。

 ここへきて、ようやく理解する。真田凛華の剣は見た目とは裏腹に圧倒的な力と速さで相手を斬り伏せる、とても強引な剣だ。もし半端な実力の相手にその剣を振るえば、相手はたちまちトマトが破裂するがごとく五体が弾け飛ぶだろう。

 腕力、脚力、『怪腕』と渾名されるほどの筋力全てを込めて戦う。文字通り全力を尽くすという真田さんは俺をそうするに相応しい相手と認めてくれたようだ。あの豪剣が相手ではどんなに実力を持っていたとしても、万が一にも当たれば、かなり凄惨な死に様を晒すことになる。

「納得は済んだか? ……ならば、その目に焼き付けるがいい。『一本指歩法・天狗翔』」

 圧倒的な加速で走る真田さんが今までの横の動きに加え、高く跳ねる縦の動きを見せる。速さと高さ、どちらも俺では真田さんに敵わない。このままでは俺は真田さんに一方的にやられてしまう──このままでは。

「だけど、俺にだって"手"がないわけじゃない」

 そう、この自慢の"手"ならばこの危機を打破することができる。軽く呼吸を整え、構えた両手に意識と感覚を集中させる。

「──『制空圏』」

 瞬間、俺の手が激しく震えた。

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