きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第10話

「──いいのか?」

 あの後、会長へのマッサージを一通り終えて、生徒会室から出ようとする俺を律儀にも外まで見送ってくれた真田さん。その道中での“いいのか”問いにわざわざ付き添いがついた理由を察して頷く。

「いいもなにも、飛鳥のことは俺にも責任があるし……」

「会長が桐条を退学させるつもりも、生徒会を辞めさせるつもりもないのにか?」

「それでもだよ」

 会長はあの時、辞めさせるとは一言も言っていないし、そもそも生徒会を辞める=退学というわけではないのだから、俺への挑発だということは明らかである。しかし──

「飛鳥は自分の決めたことを簡単には曲げない。会長にそのつもりがなくてもな。このまま話がこじれたら最悪、本当に飛鳥は自ら退学しかねない」

 この学園に来た経緯を知っている俺としてはむしろ、そちらの可能性が高いと踏んでいる。

 それに対して真田さんは、そうだな、と一言。どうやら、ある程度の事情は知っているらしい。

「その決断を曲げさせるにはそれ以上にこっちが真っ直ぐに行動する必要がある」

 正確に言うなら真っ直ぐに──ではなく、なんとも強引なやり口なのだが。しかし、こっちが辞めさせないように行動を起こせば自分より他者を大切にする飛鳥は自分から辞めるという選択はしない。ズルイ取引ではあるが、むざむざと飛鳥を辞めさせるよりかはマシだ。

「それで、あの条件を呑んだということか」

 真田さんが呆れがちに言う。

「別にそう無茶な要求でもなかったしな」

 条件の対象となる相手を前に挑発する。

「なるほど、もう始まっている、ということか……いいだろう。それでは明日」

 そう言って、生徒会室へと戻っていく真田さん。一部の隙もなく去っていく真田さんを少し見てから俺もエレベーターへ乗る。

「あぁ、それと……」

 エレベーターの扉が閉じようと動いたその時、思い出したかのように振り返る真田さん。

「いつの間に名前で呼ぶようになったんだ?」

 絶妙のタイミングで扉が閉まり、下の階へと動き出す。……わざとですか真田さん?


   *


「……言うだけの腕はあったわね」

 ウソみたいに軽くなった体を解しながら山積みされた今日の分の報告に一つ、一つ、目を通す。御村に無茶と言われたけど、休んでいる暇はない。

 こう見えて──これでも他人からどう見られているかくらいわかっている──この学園の生徒会長は忙しい。生徒会室だって、伊達や酔狂で監視付きのエレベーターでしか入れないようになっているわけじゃない。生徒会役員にはそれだけの責任と機密がついてまわるのだ。

 内容のチェックを八割ほど終えた頃、生徒会室にノックの音が響く。会計が戻ってくることはない、副会長はノックをしない、と推理せずともタイミング的には一人しかいない。

「ただいま戻りました」

「どうだった?」

 御村を律儀に見送りに行った凛華にそう声をかける。

「どうとは?」

「いろいろあるけれど、とりあえずは本当に条件を呑むつもりかどうか……かしらね」

 売り言葉に買い言葉ってこともあるし。

「見た限りでは、少なくとも約束を軽んじるような人物とは思えません。そういう意味ではまず間違いなく受けるでしょう」

「でも、あれ、かなり冗談入っているわよ? 特に桐条さんを辞めさせるってあたり」

 生徒会としてもあれだけの人材をみすみす辞めさせるつもりはないし、私自身、本当に桐条さんを気に入っている。

「御村は気づいていたようです。それでも話は受けると……」

「なんで?」

 それはおかしいのでは? だったら、条件を呑む必要がないはず。

「例え、私達が桐条を辞めさせるつもりがなくても桐条本人が納得しないと……。本人を納得させるには自分が辞めさせないように行動するしかないと言っていました」

「へぇ、他人のためにわざわざ自分を困難な道へと踏み入れるなんてね」

 今時珍しい、実を言えば私が桐条さんを気に入っているのはそういうところだ。どうやら御村も同類のようだ。

「でも、条件を呑むってことはかなり自信があるってことよね?」

「そのようですね。私を前にそう無茶じゃないと言ってのけました」

 表情は平静だけど、目は笑っていない。……ちょっと怖いわよ、凛華。

「凛華の強さを知らないから言えるのか、相当に自信があるのか、……あぁ、そういえば」

 私は思い出したように手元にあるファイルを凛華に見せる。

「それは?」

「御村が持ってきた入寮の手続きの書類よ。……それだけじゃ、なかったけれど」

 ファイルの中はたしかに入寮手続き一式だったのだが、それに紛れて昨日の夜にあった出来事が報告書として挟まっていた。誰の差し金かは置いといて、当事者に持ってこさせるなんてかなり性格が悪い。

 報告書によると、やはり桐条さんは昨日の晩に行動を起こしていたらしい。詳細はわからないけれど、御村は桐条さんと一戦を交え、そして勝ったらしい。一見したところ、怪我らしい怪我を負った様子もなく。つまり、御村もかなりの使い手のようだ。でも、そんなことはどうでもいい。むしろ、その後に書かれていることの方が重要で、それ以上に不可解だった。

「──!」

 さすがの凛華にも驚き──というよりは困惑か──が見て取れる。私も同じ感想なので、その気持ちは嫌でもわかる。

「まったく、どういうつもりよ──平井さん」

 ファイルに入っていた報告書。その報告書には、にわかに信じられない報告と共にわが副会長のサインが入っていた。


   *


 なんだかんだで翌日。決闘の場として生徒会長が指定したのは、一般生徒にはサプライズとして企画された(実際には昨日急に決まった話なので厳密にはサプライズというより突発イベントか?)全校朝礼の席でのエキシビジョンマッチだった。

 全校朝礼と言っても、三学期終業式と兼ね合いで行われるれっきとした年間行事(まぁ、それも朝礼に毛が生えたものらしい)で、行事の進行をいきなり変えるなんて勝手し過ぎではないかと思うのだが、強制参加の行事ではない為(極端な話、昨日で三学期は終了だという認識)、昨日の今日でねじ込めたということなのだろう。

 普通、そこまでいけば秩序はなくなるんじゃないかと思うが、校舎や寮から少し離れた場所に建てられたドーム型の講堂へと大勢の生徒が次々と入っていく。全校朝礼にはまだ一時間も余裕があるにも拘わらずだ。俺の時代はかなりギリギリまで集合することなんてなかったような気がする。

「今の学生はそれだけ時間にうるさいってことかな?」

「お目当てはおまえと真田の決闘だからな。できるだけいい席を確保したいのだろう」

「……飛鳥」

 昨日の再現のように、飛鳥が俺の背後に立っていた。……なぜ俺の背後に回りたがるんだ?

「おはよう」

「おはよう──って、今、なんて言った?」

「お目当てはおまえと真田の決闘だからな。できるだけいい席を確保したいのだろう」

 一言一句どころか、発音までも再現しようとしたのか、微妙にさっきよりもぎこちなく、棒読みっぽくなっている。いや、そこまで正確にリピートしなくてもいいんだけどさ。それより──

「──なんで知ってる?」

「会長の目的は反乱分子への見せしめにある。それならば、事前に決闘のことを周囲に広めた方が効果的だろう。事実、お前と真田のことは昨日の放課後にはもう全校生徒に知れ渡っていた」

「当事者を置いてけぼりに随分と盛り上がってるようで……。それにしても、生徒会自らが拡散するなんてな。自分達が勝つことが前提なんだから、すごい自信だ」

「あぁ、生徒会最強の生徒だ」

「……そんなに強いのか?」

 たしかに瞳子の実家が"用意した"生徒だし、只者とは(性格も含めて)思えなかったが飛鳥にここまで言わせるとは。俺の疑問を読み取ったのか、あるいは武術家の娘としての矜持からなのか飛鳥が続ける。

「私は桐条式を『飛燕脚』しか再現できない上に、対武器の技術も習得していない。……悔しいが、今まで一度も真田凛華に勝ったことがない」

 なるほど、確かに対武器の技術は格闘技とはかなり別物だ。付け焼刃の空手やボクシングでどうにかなるものじゃない。

「考え直すなら今の内だ。真田凛華は手加減をするような奴じゃない。……下手をすれば死ぬぞ」

 今までのやり取りからわかると思うが、会長の出した条件は生徒会書記・真田凛華と決闘して勝つこと──それが飛鳥を生徒会からも学園からも辞めさせないための条件だ。

 飛鳥に勝った時点で、いつか真田さんと闘うという流れになるということは予想していたが、飛鳥がここまで言うのなら、真田さんはやっぱり強いのだろうし、命がけになるのだろう。しかし、

「もしもの話、この学園を辞めたらどうするつもりだったんだ?」

「そうだな。"もしも"学園を辞めたら、まずは家に帰り、勝手に家を出たことを謝る。そして、話し合ってみようと思う。どこかの同類がくれた"借り"がきっかけで自分を見つめなおした答えだ。……例え、どんな結果になろうと後悔はしない」

 吹っ切れたように飛鳥が語る。いい傾向だと思う。だが、せっかくの決意を申し訳ないがその目論見を達成させるつもりはこちらにはない。

「……悪いが、家族と向き合うのはもう少し後にしてもらうぞ……卒業まで」

「?」

「俺はおまえをむざむざ辞めさせるつもりがないんだからな」

「優之助……おまえ」

 絶句する飛鳥を押し留め、さらに言葉を重ねる。

「山ほど借りがあるって言ったのは飛鳥、おまえだろ? なのに、後で会長から生徒会を辞める決意してたなんてことを聞かされて、面を食らったよ。……そんなに俺が信用できないか?」

「……」

「いいんだよ。誰かに弱音を吐いても、我が侭を言っても。そしてさ、俺を頼ってくれよ」

 などとそれっぽいことをまくし立ててみたが、要は勝手に借りだと感じておいて、それを返してもらう前にいなくなるのが納得できないだけだ。

 そんな俺の怒りを見て取った飛鳥が少し気まずそうだ。……また熱くなりすぎたか?

 しゅんとしてしまった飛鳥を見て、冷静になる。飛鳥は俺を心配してくれたんだ。こんな風に責めるのはお門違いだろう。

「いや、しかし……」

 なおも食い下がろうとする飛鳥を手で制す。

「まぁ、見ててくれ。こっちにだって勝算がないわけじゃない。これが終わったら、屋上でメシでも食べよう。……約束だ」

 さすがに諦めたのか、ため息をつく飛鳥。そうそう、諦めが肝心だぞ?

「……頑固だな」

「お互い様だよ」

「きみのその手はやさしい手」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く