きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第8話

 決闘の後、動けない飛鳥を女子寮までエスコートする役目を光栄にも仰せつかったこの俺、御村優之助。当然ながら、寮には門限が取り決められており、決闘が始まるくらいから門限は超えていた。

 玄関は閉じられているが、普段の飛鳥なら寮監に見つからないよう裏口から入るなり、木を伝って二階か三階の窓から侵入するなり、その手段に困ることはなかっただろう。

 しかし、飛鳥がまともに動けない以上、必然的に俺が運んで飛鳥の部屋まで誰にも気づかれることなく送り届けるという運びとなった。

 ある意味、自業自得で起こした一連の流れ。男なら夢のシチュエーションだと喜ぶべきなのだが、実際には見つかれば大事だとヒヤヒヤしながら寮内を歩き回るのはそれほど色気のあるものでもなく、むしろ飛鳥の手足が回復するのを待ってから送った方が楽だということに寮を出た後で思いついた。

 そんな自分の気の回らなさと女子寮でのチキンぶりにかなり凹みながら部屋に戻ると久しぶりの学園生活の疲れからか制服のままベッドへダイブ。即、泥のように眠った。そして、転校二日目。寝坊で盛大に遅刻してしまった。俺はすでに三時間目まで消化している教室へと駆け込んでいく。

 今さら無駄な努力とわかっていながら、大目玉をくらう覚悟で教室に入ってみると昨日の焼き増しように無機質な授業が行われていた。遅刻を謝罪する俺を担任はそうですか、の一言で状況終了とすると淡々を授業に戻る。

 あまりにもあっさりとしすぎていてどうしていいものか悩んだが、だからといって立ったままでいいわけもなく、大人しく席につく。クラスメイト達はそんな俺に昆虫でも見る様に一瞥すると何事もなかったように黒板へとその視線を戻す。まぁ、おまえらはそうだろうよ、と呆れる気すら湧いてこない。

 そんな気まずい中での授業が終わり昼休みに入る。昨日の今日で食堂へ行くのもかなり気が引けるのだが、起きてから何も口にしていない。このままでは午後の授業に身が入らないと言い訳し、教室を出ようとすると制服の中の携帯がメールの着信を知らせてくる。開いてみると送信主に瞳子の名前。これまた昨日の今日で少々会うには微妙な相手だな、と内容を見てみると、

 昨日の教室で待つ。すぐに来なさい。

 と、簡潔な文面。その気まずさから授業中あまり目を合わせないようにしてきたのだが、そんなこちらの逡巡などお見通しとばかりのタイミング。

「……いくしかないよな」

 足取り重く、待ち合わせ場所へ向かう。なんか最近こんなんばっかだな。

「──これを生徒会室までお願い」

 待ち合わせ場所である空き教室に入るや否や、そう言って俺に分厚いファイルを手渡す瞳子。何かあるまでは現状維持じゃなかったのか? そんな軽口も叩く間もないくらいあっさりというか、まるでこの学園の空気に染まってしまったかのような事務的、無機質な対応。

「これは?」

「入寮の手続きよ。寮の管理も生徒会の範囲だから書類の提出も生徒会宛てになるの」

「……こういうのって、事前に提出するものじゃないのか?」

「入学や編入といった外からの対応は学園の領分。入ってからの対応は生徒会の領分、つまり寮の手配までは学園側の範囲だけど、実際の手続きは入学してから生徒会でする必要があるのよ」

「それって効率悪くないか?」

「学園内の自治を生徒会が一任されている以上、仕方のない部分よ。生徒会に外への対応を任せるのは流石に拙いけれど、一旦学園内に入ってしまえば生徒達は郷に従わざるを得なくなる。そもそもある程度わかっていて入学したのだから、"そんなつもりじゃなかった"なんてのは通用しないし、させない。運営の面では効率が悪くても、学園の理念や対外的な対応の面では理に適っているわ」

 なんか悪質な契約みたいな話だな。

「そういうのを売りにしたつもりはないって言わなかったか?」

「したつもりはないわよ。ただ、この学園ではそういうシステムだったというだけの話。所詮、効率がいい、悪いは個人の物差しよ。それとも、世の中にある全てのシステムが効率的だとでも? それ以前に効率が絶対の価値だと誰が決めたの?」

「いや、わかった! 俺が悪かった!」

 こいつ相手に口で勝てるわけがないのに懲りないな俺。

「とりあえず、これを生徒会に渡すのはわかったが、……生徒会室に行けばいいのか?」

「ええ、そう。簡単でしょ?」

「んで、生徒会室ってどこにあるんだ?」

「生徒中心のこの学園で最も権力を持っている生徒会の部屋よ。当然──」

 そう言いながら、おもむろに天井を指差す瞳子。

「──この建物の一番高いところにあるわ」

「屋上か?」

「青空教室じゃないんだから」

 鼻で笑われた。

「とりあえず、上に向かって行けばたどり着けるわ」

 そんなアバウトな。

「本当に大丈夫なのか?」

「上を目指していけば嫌でもわかるわよ。ほら、さっさと行った、行った」

 しっし、と追い払うように手を振る瞳子。

「……わかったよ。じゃあ、行ってくる」 

「いってらっしゃい。……くれぐれも生徒会と揉めちゃ駄目よ」

 生徒会室に向かおうとする俺に瞳子が思い出したように釘を刺す。昨日と言っていることが違うぞ。というか、残念ながらその保障はできない。なぜなら──

「──もう生徒会に目をつけられているはずだもんな」



 入寮手続きのために生徒会室に向かうことにした俺。とりあえず上の階を探したわけだが、結局たどり着いたのは屋上だった。

「絶対、ここじゃないよな」

 屋上には備えつけのベンチが置いている以外、特になにもない。

「……屋上はどこの学校でも変わらないな」

 当然といえば当然の話だ。屋上に個性を求めても仕方がない。何気なく景色を見ているとふと気づく。

「あれって、昨日の夜、俺と飛鳥がいた場所だよな」

 学園は日原山の中腹あたりを切り開いて建てられている。その屋上から見る景色は右手には一面の海と高原駅を中心とした天乃宮の系列会社が展開する巨大ショッピングモールが、そして左手には飛鳥と闘った舞台である学園裏に整備された公園を含めた日原山の山頂部がなにに阻まれることなく一面に展開される。まるで一枚の絵画のようだ。

 そもそも、なんでこんな山の中に学園を建てたのか。それは教育とは外界から離れた場所で行うのが理想的というのが理由らしい。

 外の世界と切り離し、環境を強く意識させることで学校が本来持つ学び、競い、そして育まれるという効果を引き出すのだそうだ。だから、日原市にある天乃原学園の姉妹校もここの様に、都市部として開発されていない地域に建ててあるとのこと。……不祥事があっても、もみ消しやすいとも。まぁ、これら全て瞳子の入れ知恵なので、あぁそうとしか言いようがない。

「しかし、もったいないな。こんな景色で昼メシなんて最高だろうに」

 高原市は海と山に挟まれ、その間には適度に発展した都市という絶妙なバランスを保っている。田舎のように自然は多いが不便だということもなければ、都会のように便利だがどこか気疲れすることもない。ここはそんな場所。

 その瑞々しい自然とそれに調和した都市を望める屋上はとても魅力的なスポットだ。ここで昼食が食えるなんてとても贅沢だと思う。しかし、昼休みであるにもかかわらず生徒が一人もいない。

「それは屋上が一般の生徒の立ち入りを禁止にしているからさ」

 後ろから誰かが俺の独り言に答える。振り返って見るといつの間に来ていたのか、飛鳥が屋上の入り口に背を預けていた。どうやらここで昼食をとるようでその手には弁当がある。

「……弁当?」

「あぁ。普段は一人で昼食を摂っているんだ。ああいう集まりは苦手でね。昨日だって生徒会の強制参加さ。……ん? これでも家事は一通りできるぞ。中でも料理は得意なんだ」

 意外だ。

「意外そうだな」

「……頼むから、無表情で睨まないでくれ。かなり怖ぇよ!」

 ビビリが入る俺に、冗談だ、と短く返すと備え付けのベンチに腰掛け、弁当の包みを広げる飛鳥。弁当の中身はきんぴらごぼう、玉子焼き、ほうれん草のお浸し、鳥そぼろご飯。空腹のせいか、敏感になっている嗅覚が恨めしい。嫌でも美味そうな匂いを嗅ぎ取ってしまう。見た目からして美味そうな出来栄えだとわかる昼食を黙々と口へと運ぶ飛鳥の一挙手一投足から目が放せずにいると、さすがに視線が気になるのか、箸を置いて俺の方へと向き直る。

「それで……、どうしたんだ? こんなところで」

「入寮の手続きで生徒会室に行くところ……なんだけど、どういう訳かここまで迷ってた。なぁ、飛鳥。生徒会室って、どこにあるんだ?」

「上に行けば、わかるはずだが?」

 それ、瞳子も言ってたよ。

「それじゃあ、わからないんだって!」

「……そうか、おまえは昨日転校したばかりだったな。ならば、知らなくても無理はないか」

 そう言うと、飛鳥は自ら背にしている屋上の入り口――正確には、その少し上を指差した。指された方に目を向けると一階分のスペースがある。景色に見惚れていてまったく気がつかなかったが、どうやらあそこが生徒会室のようだ。

 瞳子の雑な指示はともかく、なるほどたしかに上へ上へと目指していけば候補は絞られ間違いようがないだろう。屋上に出た時点で景色だけではなく、少し周りに気を配っていれば見つけられたかもしれないとすると迂闊と取られても仕方がない。

「だけど、この屋上に続く階段以外にそれらしきものなんてなかったぞ。この屋上にも建物へ上るための手段がなさそうだし」

「生徒会の権限が強いこの学園では一般の生徒だけでなく教師ですら立ち入りを生徒会が禁止している場所がいくつかある。その一つが生徒会室だ。生徒会室には専用のエレベーターからしか入室できず、生徒会関係者に配布されたカードキーを使わなければ、エレベーターも動かない」

「じゃあ、ダメじゃないか」

 そんなカード持ってないし。

「いや、用事があるなら話は別だ。エレベーターには直通の通信機器があるから用件を伝えるだけで事足りる。それに入寮の手続きといっても書類を窓口に渡すだけだから、入室すら必要ない」

「そうなのか?」

「ああ。……すまないな。本来ならついて行くべきなんだが、そういうわけにもいかないんだ」

「気にしなくていいって。とりあえず、行ってみるよ」

 わざわざ昼食を中断させてまで、ついて来て貰うほどのことでもないし、カードキーを他人に貸すなんて信用問題だ。当然である。 

 さて、急がないと俺も昼メシにありつけない。飛鳥に感謝しつつ屋上を出ようと入り口へ向かう。

「……待て」

「?」

 振り返ると飛鳥がこちらを真っ直ぐ見つめている。

「異能者であることを隠してこの学園に来た理由を詮索するつもりはない。だが、気をつけろ。生徒会にはもう一人戦えるやつがいる」

「それは彼女のことか?」

 その言葉で思い当たるのは、昼食の時に飛鳥と共に会長の脇を固めていた銃刀法違反の女生徒ただ一人。むしろあんな物騒な子が非戦闘員だったら、そっちの方がビックリだ。

「そうだ……生徒会書記、真田凛華」

「なんで教えてくれるんだ?」

 生徒会の人間なのに。

「デキの悪い兄と姉のよしみといったところだ。あるいは昨日の夜の借りを返す代わりでもいい」

「借りって、女子寮まで送った件か? いや、あれはある意味役得──」

「そっちじゃない。……身の上話を聞かせた上に負かされて、さらには慰めのおまけ付き。借りの山からようやく一つ返済のめどをつけたんだ。遠慮なく受けるのも男の甲斐性だぞ」

 俺の戯言をさらりと訂正する飛鳥。なんのてらいもなく恩義と感謝を込めた好意を示す彼女を前に、バカな発言をしかけたのも相まって無性に気恥ずかしくなり思わず目を逸らしてしまう。

「……そんなもんかね?」

「そんなもんさ。……頑張れよ」

 そうどことなく不敵に笑む飛鳥に俺は軽く片手を挙げ屋上を後にした。

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