きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第7話



      *


 ──『影縫う手』

 御村優之助の両手に宿る異能の一つ。と言っても、そのタネは実にシンプル。手で“揺らす”ことで、触れた箇所の神経と筋組織を一時的に弛緩させ、行動不能にするだけのものだ。言葉ほど魔術的・超能力的な意味合いは含まれておらず、むしろ超絶技巧の部類──"頑張れば"誰でもできる──範囲の代物。あれではまだ足りない。

 ──私の"それ"には届かない。

「──やっと終わったようね」

 優之助が桐条飛鳥と決闘するという情報を掴んでいた当真瞳子は早い段階──優之助が指定の場所を探してさまよっていた時から──決闘の舞台が見える校舎の屋上を確保し、絶好のポジションで観戦していた。私達の地元である時宮の高校を卒業して三年、頻繁に会ってはいたものの、“普通”の大学生活を送っていた優之助が戦う姿を見るのはかなり久しぶりだったけど……、

「まさか、あんなにてこずるなんて……」

 いや、それは少し語弊があるかもしれない、と思い直す。桐条飛鳥の『桐条式』──その技法の一つである『飛燕脚』──はたしかに“私達”とも渡り合える代物だ。しかし、使い手である桐条飛鳥は正式な継承者ではなければ、実戦経験も大きな開きがある。本来なら優之助がひと撫ですれば済む──結果的にはそうなったが──相手だった。

 しかし、いちいちあの程度の相手に拘わっているようだと、この後の予定をかなり修正する必要がある。……心配?   それはない。

「……もう二、三日様子を見るか」

 よぎった単語を飲み込み、今宵はこれまでと締めくくる。ふと公園に視線を戻すと優之助が桐条を抱えて──しかもなぜかお姫様だっこで──帰ろうとしていた。それを見て、私は少し呆れながら、

「相変わらず、そういうところだけは変わらないのね。……バカ」

 ──なぜか、少しだけ安堵していた。


      *


「……打ち据えてくれ──そう頼んだはずだが?」

 力なく地に伏せた格好の桐条がどこか不満気にそう呟く。

「不服ならとことんまで付き合ってもいいぞ。……立てるならな」

 その言葉に身じろぎするも、しばらくして諦めたのか、もともと腰砕けの体勢だった状態からさらに動かなくなった手足を投げ出しす桐条。

「……どうやら、無駄のようだな。まな板の鯉だ、好きにするといい」

「そんな捨て鉢にならんでも……」

 好きにしろ、と言われても狼藉をはたらくつもりはないので心外ではある。もっとも“無力化”させた手妻や、その最中に無心でいられたか、と指摘されると返答に困るが。

「何度も言うが、呼び出して一方的に決闘を申し込んだのは私の方だ。ならばこういう目に遭っても文句は言えんさ。“女だてらに武をふりかざしても後に残るのは何もない”──そう言われ続けてきたんだ。結末くらい覚悟している」

「(もしかして、それは──)」

 ──心配しているのではないか?   一言一句違わず刻まれた言葉に柔らかさはない。しかし、桐条が語った内容と受けた印象とがまるで逆転している。この学園の入学に反対したことすら過保護の産物かもしれない。そう思わせるには充分なほどに。

「……どうした?   多少無茶をしても文句は言わんぞ」

 こちらの態度を躊躇と受け取ったのか、桐条の“お誘い”が止まらない。いや、はたから見れば、たしかに変態扱いは免れそうにない光景であるわけだが、双方納得済みであるはずの決闘がどうしてこう締まらない決着になったのか疑問でしかない。

「……安心してくれ。これ以上、何もしないし、両手足もしばらく大人しくしていれば回復するから」

 まるで“お持ち帰り”しようと食い下がるような台詞だが、意図も立場も反対だ。

「スカートの中に興味があるなら“下”ごとずらしても──」

「──!」

 だからその妙な大胆さはなんなんだ?   どういうわけか戦闘より疲れるやりとりの中、不意に桐条が目を丸くしてこちらを見ている。……今度はなんだ?

「いま、飛鳥と言ったか?」

「!   ……あぁ、そうだな。つい思わず口に出た。馴れ馴れしかったなら謝る」

「謝る必要はない。家族以外で私をそう呼ぶことがないから新鮮でね」

「……こんな頭の痛くなりそうな掛け合いができるやつの発言とは思えないな」

「いろいろさらけ出せたのがよかったんだろう。……よかったのか?」

「俺に聞くなよ」

 それもそうだと桐条──飛鳥が控えめに笑う。手足の弛緩が抜けきれていないため、肩と胸を震わせるだけで難儀そうにしながらひとしきり感情のままに任せて。しばらくした後、ようやく落ち着いたのか相変わらずの無愛想な口調、しかしこころなしか親しみを感じる声色で飛鳥が俺に問いかける。

「……私はどうだった?」

「そうだな……俺と似てるかもしれない」

「は?」

「俺にもな、いるんだ。デキのいい妹がさ。それも二人」

 的外れな返答だと、呆気にとられていた飛鳥の表情が次第に変わる。少なくとも俺が“似ている”と言った訳を理解し、静かに続きを促す。

「俺の場合、桐条と違って妹達はよく慕ってくれていたよ。だけど、それが逆に疑問だった。『なんでこいつらは無条件に俺を好いてくれるんだろう』ってさ。……自慢じゃないが、勉強ができる方でもないし、他人に誇れることなんて何一つなかったから尚更な。あいつらと居ると慕ってくれて嬉しい反面、情けない兄貴という引け目はどうやっても消えることはなかった」

 家族への感情について差異はあるものの、理解できる節はあるらしい。こちらに注がれている桐条の視線が若干、共感を含んだものに変わる。

 俺の方も桐条の告白を聞いた時から彼女にシンパシーを感じていた。だからこそ、正体を探られるリスクがありながらもこんな話をしているわけだし、なにより、俺の二の舞を演じてほしくない。

「……そんなおまえはどうしたんだ?」

「ちょっとこじれて絶賛関係修復に奔走中さ」

「……本当に生徒会と揉めてる場合か?」

 親しみを通り越して胡乱げな気配を帯びた視線を咳払いで誤魔化す。いや、まぁ、ハルとカナ妹達に会うための試練と思えばいいだけの話だ。まったく無関係でもないようだし。

「そんなグダグタな俺と違って、十年も前からしがみついてきたんだ。似てるとは言ったが、敵わないさ。ただ意固地になるきらいはあるようだけどな、飛鳥」

「……それはつまり、この決闘は私の勝ちというわけだな」

「え、いや、それは……」

 あれ?    そんな流れの話をだっけか?

「おまえは言ったじゃないか、敵わないと。それはつまり降参したということだろう?」

「……ああ、飛鳥の勝ちでいい」

「勝った」

 胸を張って勝利宣言する飛鳥。なんでもいいけど胸を強調した分、なんかエッチぃポーズに見えなくもない。……着やせするタイプなのな。特に胸のあたり。

「おまえは負けを認めた。ならば、私の言うことに従ってもらう」

 そういえば、賭け云々以前に最初にそんな話をしたような気がする。負ければ、勝った側に従う。それは暗黙の了解……なぜだろうか、瞳子を相手しているような既視感を覚える。どんな無理難題を吹っかけられるのか。内心、恐々としていると俺のそんな様子を見た飛鳥は少し笑いながら、

「私を寮まで送ってくれないか?」

 聞きようによってはすごく大胆な命令をするのだった。

「きみのその手はやさしい手」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く