きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第4話

 休み時間での手短な打ち合わせ以降、俺は授業を真面目に消化していく。学術都市として有名な高原市における教育の象徴である天乃原学園。学習内容はよほど特殊だと思われがちだが、その実、授業そのものは俺の現役時代と比べても生徒の授業態度以外の違いは見当たらない。

 そもそも、学園側は生徒達の学ぶことに対する集中力と忍耐力が入試の時点で学園側がほっといても受験や学校の勉強に支障をきたさないレベルであることを確認済みである。

 つまり学園側が掲げる生徒の個性と主体性の育成──生徒自身に学力を管理させることで主体性を伸ばす狙いがあるため、授業そのものに別段手を加える必要性がないということらしい。必要なことは自ら進んで学べということでも。

 強いて言うなら、国の定める学習指導要領(この時期、ここまで教えなさいよ、という基準)の範囲と大学受験対策用を効率よく授業時間内で進められるように工夫されているが、それが身についているかは全て生徒任せである。

 ならば、この学園の生徒達はここで学ぶ必要性があるのかと言うと結論としては"ない"。ただし、それは一般的に実施されている"学校の勉強"という意味で、である。

 天乃原学園は天之宮グループの教育機関。その学園に通う生徒は将来の社員であり、研究員であり、幹部候補なのだ。ならば大学入試を目的とした勉強よりも一足先に専門分野の知識と社会性を学ぶ方が生徒やその生徒を欲しがる受け入れ先にとってはメリットがあるというわけだ。

 つまり、天乃原学園や学園で学ぶ生徒達にとって、授業は生徒のプライベートな時間を"無駄な勉強をさせないため"にするものであって、重要なのは"選択授業"や"部活動"というていで行われる新人教育なのだ。部活動が全てそういう目的というわけではないが(天之宮の系列には社会人野球や実業団のある企業もあるので広報活動の一環と考えるなら完全に切り離すのは無理だが)、選択授業の方は完全に"それ"である。

 あいにくというか、本日組まれた時間割にはそれら特別なものはなく、ごく普通のなんの目新しさもない授業──といっても中身そのものはとてもわかりやすく一流の進学校にふさわしいものだった──を流していくにつれ次第に教壇で自己紹介した時のような緊張感が薄れていった。

 そのせいか、というかそのせいだろう。俺は初日早々、厄介ごとに巻き込まれてしまう(瞳子に迂闊だと指摘されたばかりの出来事でなんともバツの悪い話だが)。それは昼食のために寄った食堂でのこと……。



 天乃原学園の昼食──というより三食全てが──は自炊による弁当持参か食堂で注文するか自由に選ぶことができる。しかも基本的に立ち入り禁止以外ならどこで食べても自由だ。

 別にそれ自体珍しい話ではないが、その比率が一対九という極端な割合で食堂が支持されている。そのため、昼食時は食堂を除いて学園中どこも閑散としたものになるらしい。

 そんな学園の九割に支持されている食堂は当然と言えば当然だが、とてつもなく大きく、メニューも多彩だ。なんでも、ここの食堂で働く調理人はそこらの一流レストランにも匹敵する顔ぶれでウエイターなどのスタッフも質が高いとのこと。食堂ができたばかりの頃はどこにでもある普通の食堂だったのだが、入学してくる生徒──と、その親──の中には味やマナーなどにうるさいのもいるらしく、本格的にしたそうだ。

 その際、そういった感覚を学ばせるのもアリだろう、と教育の一環として授業に礼儀作法の科目が組み込まれている。スタッフ達はテーブルマナーの指導教員を兼ねており、そのため、普段の食事時でもチェックを入れられているような気がするので人によっては少し落ち着かないらしい。多分、その生徒達が弁当持参の一割なのだろう。閑話休題。

 この日も学園中のほとんどの生徒が食堂で昼食を摂るため、どこも満席である。食堂の席は上級生が下級生の席を横取りしないように学年による住み分けが暗黙の了解である程度決まっているそうだが、俺は学園のルールに慣れていないことから席の確保に失敗し、昼食を乗せたトレイ(ちなみに中身はカツ丼。食堂のメニューは多彩だと言ったが、洒落たフレンチ、豪華な中華から庶民的なカレー、果ては素ソバ・うどんといった安価なものまで取り揃えており、豊富なレパートリーを誇る)を手に空いている席を探してあちこち漂流する羽目になった。

「ん……空いてないな。いっそ、立って食べるか」

 そんな諦めムードの中でぼやきながら未練がましくもう一度見回すと、食堂のテラスに設置された席が十席ほど空いているのに気づく。あんな広々としていて、景色も良さそうなのに何人かが席の周りにいるだけで誰も席に座る気配がない。不思議に思うが、場所を確保し損ねた俺にとって渡りに船だ。

「まぁいいや。座るつもりがないなら座らせてもらうか」

 砂漠をさ迷い歩き、ついに見つけたオアシスのような気分だ。しかし、いざ座ろうとするとなぜか周りの生徒から睨まれる。いや、だっておまえら座らなかったじゃないか。

 すると周りにいた生徒の中で一番、神経質そうな男子生徒が俺に近づいてくる。なんか見た目、えんぴつにメガネを掛けさせた感じに似ている。一言で言うと委員長タイプみたいな感じか。どうやら、こいつがこの集団のまとめ役らしい。

「なにをしている」

「昼飯」

「ふざけているのか」

 こめかみをピクピクさせながら、ずれたメガネの位置を直す。

「どう見ても昼飯を食べようとしているだろ。見てわからないか? 腹も減ってるし、さっさと食べたいんだが」

「ここは生徒会専用の席だ。今から生徒会役員の方々がここで昼食を摂られる、よって貴様は邪魔だ。早くそこをどけ!」

「別に生徒会専用ってわけじゃないんだろ? いいじゃないか。あんたら使ってないんだし……それに生徒会役員ってあれか? 会長、副会長、書記、会計の。だったら、余るじゃないか。それとも役員ってのはこの席分だけいるのか?」

「いいからそこを──」

「──いったい、なんの騒ぎかしら?」

 その一言で俺の目の前で興奮していた生徒と、同じく剣呑な雰囲気を発していた周りの生徒が静まり返る。どうやら彼らの待ち人きたり、というところだろう。

 声のした方に目を向けると一人の女生徒を先頭に二十人ほどの生徒がこちらへとやってくる。例えるなら昔見た医療ドラマの院長の総回診みたいな感じ。昼の混雑する食堂でそれをやればヒンシュクものだろうに、誰も文句を言う気配がない。この状況と周りの反応、そして一人だけ特別仕立ての制服──察しがどう悪くとも先頭の女生徒が生徒会長であると間違うことはないだろう。

 その外見は腰まで伸ばした長く艶やかな黒髪と対比するように映える白い肌。まるで日本人形を評するような特徴だが、通う血潮によって帯びた温かみと赤のおかげか無機質さは感じられない。なんというか、人と人形のいいところ取りした風貌。

 その両端を固めるのは髪を短く切り揃えた女生徒と、長い髪を後ろの高い位置に結えた、いわゆるポニーテールの女生徒の二人。

 髪を短く切り揃えた方はすらりと長い手足に、こう、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだモデル体型を着崩した制服に収めているのが印象深い。なんというかところどころ目のやり場に困るが、だらしないというより動きやすさ重視を意図した格好はけして数合わせの取り巻きではないと一目でわかる。

 いわゆるポニーテールの女生徒は反対に控えめな体型かつかっちりとした制服の着こなしで、本人の凛とした雰囲気等も相まって、どことなく女剣士を連想させる。なにより彼女の左手にあるのは鍔を外し、鞘も黒一色と拵えをシンプルなものにしているが明らかにそれとわかる──

「──って、待て!   なんだそれは!」

「なに?   いきなり大きな声を出して。吃驚するじゃない」

 先頭の会長が迷惑そうに返す。

「それだよ! それ! そこの彼女が持ってる刀! 危ないだろうが!」

 そう、ポニーテールの女生徒が持っていたのは全長七十センチほどの日本刀。そりゃ、実際に持っているのだから女剣士のイメージがしっくりくるはずである。つーか、なぜ誰も突っ込まない!?

「心配するな。ちゃんと刃引きはしている」

「そういう問題か! ホントに聞いた通りだな。なんでもありかよ。ここの生徒会は!」

「いったい誰になにを聞いたのかは知らないけれど、だいたい合っていると思うわ。生徒会はなんでもありよ。……例え、それが一生徒の退学に関わることでもね」

「おまえがこの騒ぎの首謀者か?」

 生徒会長の台詞を引き継ぐように刀を持った子が質問する。声そのものはただ質問しているようだが、なんとなく詰問に聞こえるのは学園における立場が違うからだろうか。

「そこのやつらが勝手に興奮したんだよ。俺はただ昼飯を食べようとしただけだ」

「それは貴様が──」

「おまえはいい。私はそこの転校生に聞いている。……それで?」

 さっきの神経質そうな男子生徒が噛み付いてくるが、刀を持った子にピシャリと遮られてしまう。一度ならず二度も主導権を許されなかった男子生徒に同情しなくもないが、話が進まなくなるのは目に見えていたので促されるままに口を開く。

「よく俺が転校生だってわかったな」

「生徒会の者と揉めるのは大抵が事情を知らない転入組の生徒だ。それも一週間もすれば逆らおうとは思わなくなる。ならば、答えは一つ、この三月の中ごろにもかかわらず転校してきた珍しい生徒であると当たりをつけられる」

「そう、誰も私たちに逆らえなくなる。誰も……ね」

 会長がなんとも不吉なテイストを含ませて締める。さっきから悪いが彼女らが誰だかわからん──ということになっている──ためにどう呼んでいいのか悩む。このままずっと、その子とか、あの子ではややこしくて困るだろう。いい加減に自己紹介の一つでもやらないか?   とばかりにこっちから名乗ってみる。

「俺は二年C組、御村優之助。今日からこの学園の生徒になった。……それで、そちらさんは?」

「生徒会役員の顔と名前を知らないとは無礼な! それくらい転校する前に調べておけ! いいか、この方々は──」

「──天乃原学園高等部生徒会書記、真田凛華さなだりんかだ」

 またも話をかぶせて、刀を持った生徒が名乗る。三度も話を中断された神経質そうな生徒が泣きそうな顔をしている。あそこまで見事にスルーされ続けると他人事ながらますます哀れだ。……そういえばこいつの名前も聞いてないな。

「……生徒会会計、桐条飛鳥きりじょうあすか

 短く切り揃えた方の生徒が──ぶっきらぼうにではあるが──真田凛華に続く。ここにきて初めて発したその声は無愛想な態度や口調(ついでに大人っぽいスタイル)に反して、意外とかわいい。どうでもいい話だが。

 他方、やや気にかかるのはその無愛想がこちらへの警戒というより味方であるはずの生徒会に向けられていそうであること。それが立場や役割からくるのか、単純に心情からくるのか、いずれにしても集団にあって一歩引いているように見える。

「そして私が天乃原学園高等部生徒会会長、天乃宮姫子あまのみやひめこ。こうやって、差し向かいで自己紹介するなんてめったにないわ。光栄に思いなさい」

 儚げな見た目に反して、なんだかものすごく偉そうに生徒会長がトリを務める。いや、会長だから実際に偉いわけだが、彼女の場合、そんなこととは関係なしに態度がでかい。なぜなら、この子の祖父がこの学園の創始者の一人だからだ。そして──



「──この子が学園最大の問題児、天乃宮姫子よ」

 またも時を遡ること一ヶ月前。ファミレスで俺がこの仕事を請けることを了承した後、瞳子がおもむろに取り出したのは一人の女生徒の写真。

「ということは、要するに学園のトンデモな噂の張本人ってわけだ」

 そして、当真家が内密で──しかも万が一の保険として、わざわざ部外者を送り込む羽目になった原因。その理由は苗字から明白だった。

「その通り。彼女が一生徒を退学に追い込んだり、生徒会でやりたい放題したい放題の生徒会長"様"よ」

 様付けするあたりに皮肉というバターがタップリ塗られていた。よほど反りが合わない、というか相性が悪いらしい……同属嫌悪?

「……なにか、すごく失礼なこと考えなかった?」

 相変わらずいい勘してる。手遅れになる前になるべく自然に話を戻す。

「そ、その上、学園の創始者の孫娘で、ひいては高原市の支配者、天乃宮グループのお嬢様ってわけだ。そりゃあ、さぞかし難儀な性格してんだろーなぁ?」

 ──少し、不自然だったか? 内心冷や汗が流れている俺の顔をジト目で見ていた瞳子だが、話の腰を折るつもりがないらしく話を再開させる。

「……まぁね。しかもただでさえ教師の立場なんてないに等しいのに、オーナーの親族が生徒会長なんてやっているものだから生徒どころか下手をしたら教師のクビにすることも可能なのよ。だから実質、学園で逆らえる人間はいないわ。さすがに、クビを切られた教師はいないけど」

 どうせ、教師のほうがクビにされないようにお嬢様がなにをしても見て見ぬふりでもしていたのだろう。

「んで、どうすればいいんだ? まさかこのお嬢様を倒せ! ……って、わけじゃないだろ」

「いい考えね。じゃあそれでお願い」

「おいおい」

 こいつ相手に冗談は冗談にならないの忘れてた。まるで出前を頼むような気軽さに苦笑いもできない。

「表向きには私との繋がりがないから"謎の転校生"が生徒会長を倒しても私には関係ないし、転校生をまた転校させれば事態は丸く収まるしね」

 相も変わらぬ黒さに内心ドン引きする。やはり瞳子の前には性格の悪さで評判?   の生徒会長も負けるだろう。間違いなく。

「冗談よ」

 そこまで言っておいて、今更冗談とかねぇよ。

「それができれば話が早いんだけどね。でも、本当に生徒会長をどうにかしてしまったら彼女の家が黙ってはいないのよ」

 そりゃあそうだろう。自分の娘が学校で怪我をさせられたら、まぁ普通怒る。

「天乃宮家は私の家とは正反対の歴史を持つ家柄でね。私の家は武家出身で、天乃宮は公家出身。お互い時代の流れで身分も名前も捨てたけど、権力だけはそれぞれの世界に影響力を強めていったわ。私の家が裏の世界に顔が利くなら、反対に天乃宮は表の世界に顔が利くのよ。そんな家同士が協力して創設した学園はその実、微妙なバランスで成り立っている。もし、下手に暴れて優之助の素性を調査されでもしたら、私にまで手が及ぶ。そうなったら、両家の面子もあって一騒動が起こってしまう。その場合、もちろんあなたもあの子達も学園にいられなくなる。それが嫌なら……」

「大人しくしてろ、ってことだな」

 そもそも物騒なことを考えていたのは瞳子の方だ。こちらの想像の埒外を共通認識にされても困る。

「そうよ。絶対に騒ぎは避ける事。学園ではそれこそ定年間近の窓際社員のごとく振舞って」

 言いたいことはなんとなくわかるが、その例えは全国の働くお父さんに失礼だ。

「なんでもいいじゃない、例えなんて。そんなことより、いい? くれぐれも生徒会相手に揉め事を起こさないでね」



 この後もさんざん揉めるな(まるでそうするよう振っているんじゃ、と疑うほどのしつこさだった。……違うよな?)、と言われて一ヶ月前の回想終わり。

 まさか、一日で破ることになってしまうとは。あとで瞳子になんて言われるか、正直、それみたことかとなるのが億劫だ。この状況、なんとか誤魔化せないだろうか? そう思いつつ辺りを見回してみる。

「……あれ? 副会長はいないのか?」

 そういえば、紹介は三人だけだったな。役職一つ分足りない。

「副会長はいつも昼食に遅れてくるわ。いろいろ忙しい子だから……」

 会長のあんたは忙しくないんかい。そう突っ込みたいのを我慢していると(余計なことは言わぬが花だ)、会長達が来た方向から一人の生徒がやってくる。ん? あの子はまるで──

「どうやら来たようね──遅かったじゃない」

「待ち合わせた時間通りですよ。会長、後でいくつかの資料に目を通しておいてください。それから桐条さん、先日の空手部に対する粛清についてですが、部費の件で反抗した生徒の何人かが粛清の対象に入っていませんでした。今日中に執行しておいてください」

「そこまでする必要があるのか?」

 ところどころ物騒な単語が飛ぶなか、名指しされた会計の桐条が少しウンザリしたように反論する。けして、口調は激しいものではないが、その反対の意思は固い。

「すでに空手部には警告した。部費の縮小についても私が空手部のエースを叩きのめして、納得させた。これ以上やる必要はないはずだが?」

「勘違いをしているようですね、桐条さん。私があなたに"お願い"しているのは説得でもなければ、警告でもなく、粛清です。最近の空手部は生徒会に対して少し反抗的な態度が見られます。どうやら去年の全国で個人、団体共に全国行きしたという事がその理由であるようですが、たかが全国へ行った程度で生徒会に反抗するなんて愚かにもほどがあります。飼い主に吠える頭の悪い犬には躾が必要。今回の粛清はその一環です――理解できましたか?」

「なあ、あの子なんだけど……」

 一触即発といった空気が場を満たす。いくらなんでもこの状況であれこれ確認できるほど図太くない。さりとてただ突っ立っているわけにもいかず、俺は手近にいた神経質そうな生徒にこっそり話し掛ける。すげなく返される可能性もあったが、向こうは向こうで散々発言を遮られた鬱憤もあるのか、揉めた相手である俺に対しても嬉々としてまくし立てる。

「あの子とはなんだ! あの子とは! 副会長と呼ばんか! ……だが、いいだろう、教えてやる。あの人は副会長の平井要芽ひらいかなめさん。生徒会業務の大半を管理しているお方だ。いいか、業務の大半をだ。その経営手腕と徹底した管理から『氷乙女アイスメイデン』と呼ばれておられる。実質、天乃原学園高等部の運営はこの人なしにはありえない。本来、貴様のような一般生徒がお目にかかることすら恐れ多いのだ。光栄に思え!」

 二言三言余計ではあるものの、目的を達するに充分な情報を──なぜか小声で──教えてくれる男子生徒。おそらく、誰にも解説を止められないための措置だと思うが、小声で尊大にしゃべるなんて意外に器用だな、と妙な感心をしてしまう。

「(それにしても、『氷乙女』か……)」

 目の前で同じ生徒会役員を相手に鋭い舌鋒を披露する女生徒はたしかに『氷乙女』なんて冠もそう誇張ではない雰囲気を纏わせていた。だが、俺の知っている“あの子”は彼ら彼女らが抱いている印象と大きく違う。もちろん、時が彼女を変えることもあるだろう。それでもある種の核心と、変わってないといいなぁ、という願いを込めて氷と称される副会長に声を掛ける。

「――久しぶり! 要芽ちゃん」

 まるで妹の友達にするような馴れ馴れしい呼び声にピクリ、と反応する副会長。こちらを向いたその顔はさっきまでの『氷乙女』然とした鋭利さとはかけ離れた、かわいらしい驚き顔。その甘く柔らかい表情を彩った顔がさらに真っ赤に染まっていく。

「おっ、おおおおおおおおおおおおおおおお、久しぶりです。優之助さん!」

 そうそう、こんな感じ。本当に懐かしい。生徒会副会長である平井要芽。彼女はハルとカナの友人で俺とも面識のあるれっきとした地元の知り合いだ。

 最後に会ったのは三年前、俺や瞳子の高校卒業で集まったきりになる。それ以降は大学とバイトを掛け持ちする俺と受験を控えていた彼女との間で顔を合わせることはなかった。

 当時、彼女の進学先について知る機会はなく、この学園に入学していたことにも、このタイミングでの再会にも驚いた──彼女ほどではない──が、よくよく考えてみると、妹達と同様に成績優秀だった要芽ちゃんが最高の教育環境を求めて天乃原学園に入学していても不思議じゃない。

 久しぶりに会えた妹同然の少女について感慨深げに思い出していると周りが──生徒会の面々ですら──ひどく驚いた顔をしている。

「……ねぇ。あれ……なに?」

「……」

「……」

 目の端で映る会長達による三者“一様”のリアクションを怪訝に思うも、要芽ちゃんとの久方ぶりとなる会話に花が咲いてやがてどうでもよくなる。

「優之助さん、あの……」「ん?」「……制服姿……素敵です」「要芽ちゃんも似合ってるよ」「……(照)、あ、あの……、お昼まだですか?」「さっき食べ始めたところ。そしたらここは生徒会専用だ! とか言われて、それで少し揉めてた」「誰ですか! そんなことを言ったのは!」「あぁ、いいよ。別に気にしてない。というかそれを無視して食べようとしたから揉めたわけで」「ええ、優之助さんの好きな所で食べてください」「要芽ちゃんも今から食べるんだよね? 一緒に食べよう。再会を祝してここはおごるよ」「そんな! 結構です!」「嫌かい? 一緒に食べるの」「い、いいえ違います! 優之助さんにおごってもらう方です。優之助さんと一緒に食べるのが嫌なわけがないです!」

「──もうそろそろいいでしょう? 感動の再会は。いい加減、説明するなり、食事にするなりしない? 私としては両方お願いしたいのだけれど」

 痺れを切らした生徒会長が呆れ気味に言い放つことで俺と要芽ちゃんとの数年振りの会話はひとまず終了となる。予期せぬ再会で忘れていたが、素性を根掘り葉掘りされては困る身なので、会長の興味を惹いているこの状況はあまりよろしくない。

「……この人は私の地元の知り合いです」

 懊悩する俺に察しよく──まぁ、俺が学園にいる時点でなにかあると普通は気づくと思うが──差し障りのない説明で詳細をボカす要芽ちゃん。どうやら俺の正体については黙っていてくれるようだ。

「ふうん? さっきの会話を聞いていたらただの知り合いって感じには見えなかったけれど。……まぁいいわ、それはおいおいね。今はとりあえずお食事にしましょう」

 どうやら追及よりも食欲らしい。とりあえず助かった。

  その後、要芽ちゃんの計らいでいっしょに昼食を摂り、何事もなく──周りの空気はともかく──昼食を終えた。その去り際、要芽ちゃんが、

「あの……、私、なにも聞きませんし、誰にも優之助さんのことを話しません。いったいなにをするのかはわからないけれど、応援しています」

 と約束してくれた。だが、助けてもらっておいて事情を話さないというのは少し心苦しい。要芽ちゃんに事情を話してもいいかどうか瞳子にお伺いを立ててみるのもいいかもしれない。事情を知っている協力者は必要だし、その点、要芽ちゃんなら大丈夫だ。しかし、本当に驚いた。なんというか世間は狭い。

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