きみのその手はやさしい手

芦屋めがね

第1話

 二月のとある一日、俺は時宮市郊外にあるファミレスの窓側の席で一人、そこから見える景色を眺めていた。

 時宮はいわゆる一つの地方都市で、特徴といえば人口が多く、市内に四つある高校はどこも一学年最低四クラス以上、クラス生徒数四十人前後をキープし、地方が陥りがちな過疎問題とは無縁というくらいだろう。

 だが他所から見れば地味な土地でもそこで生まれ育った人間からすれば、やはり愛着も沸こうというもの。そんな土地のファミレスは他に競合店が少ない──特に郊外周辺少なくとも三キロ圏内には今居る店舗しかない──ためか料金設定が少々強気気味で清貧に努めたい大学三回生の身としてはあまり足を向ける場所ではない。ならば、なぜここにいるのかというと──

「──久しぶりね。優之助」

「そうだな。かれこれ一週間ぶりだな。……いや、一週間と一時間ぶりか?」

 と暗に一時間待たされたことを待ち合わせ相手である友人に――無駄とは知りつつも――軽い皮肉と共に告げる。

 一時間遅刻してきた待ち人──当真瞳子とうまとうこは高校から数えて六年来の友人だ。周りが一部を除いて地元で進学・就職を決める中、ただ一人時宮を離れ県外の大学に進学し、現在大学三回生。

 その時はらしくもなくお互いしんみりとしたものだが、いざ大学生活を開始すると週に二・三回のペースで地元に顔を出すようになった──あの時の盛り上がりはなんだったのだと時々無性に突っ込みたくなる。

 当の瞳子はそんな俺の不満もどこ吹く風という感じでウェイレスにコーヒーを注文し、向かいの席に腰を下ろす。お昼時ということもあってか子供連れの母親の集まり──いわゆるママ友ってやつ──やサラリーマン、自分達を含めた学生など客層はさまざまだ。

 そんな書き入れ時の店内でコーヒーしか頼まず(いくら強気設定のファミレスといってもお手ごろな価格のランチが一つや二つあるのだができるだけ外食は控えたい)、一時間も平気で居座っていられるほどこちらの神経は太くない。こころなしか居心地の悪さを覚える店員の視線に耐えながら待たされた身としては、いろいろ言いたいことがあってもいいはずだ。しかし、彼女の性格を考えると俺がどうこう言ったところで痛痒を感じるとは思えず、逆によくわからない内に言い負かされる可能性すらあるのでさっきの皮肉が精一杯だろう。

 と、まぁ、彼女に対して頭が上がらない関係というか立場なのだが、それというのも高校を卒業してからこのかた、瞳子に対して多大な恩義があるからだ。その辺りについて、少し俺の過去に触れることになる。

 俺が高校に上がる少し前、両親が死んだ──俺やまだ幼い二人の妹を残して。原因は相手の過失による交通事故。両親の遺してくれた貯蓄や保険、それに相手側の慰謝料があったため、いきなり路頭に迷うことはなかった。

 しかし、将来のこと、特に妹たちの養育費を考えるとそうのんびりしていいわけもなく、高校を卒業したらすぐ働きに出ないと生活が苦しくなるのは目に見えていた。そんな時、協力を申し出てくれたのが瞳子である。

 瞳子の実家である当真家は戦国武将を祖とした家柄で、武士の時代が終わり武家としての名を失ってもその権力・影響力は現代でも──方面にも──健在だというとんでもない一族だ。

 そんな家で育った瞳子自身も『古流剣術・当真流』という剣術の師範であり、高校時代は常に刀を所持していた──もちろん県に許可を得て。たぶん真っ当に申請したと思う──という高校時代でもっとも物騒な友人だ。

 そして瞳子への恩とは有り体に言えば資金援助。当時、俺が進路を進学ではなく就職を選ぼうとした時、

 ──キャンパスライフなんて人生で一番の遊び時らしいわ。目指したい道があるならともかく、やりたいことがないなら大人しく進学しなさいな──

 といかにも瞳子らしく、かつ身も蓋もない言い回しで援助を申し出てくれた。そのおかげで俺は今、現在進行形で大学に通うことができ、妹達を地元からは遠いが有名なところに進学させることができたというわけだ。ありがたいやら、世話になりっぱなしで情けないやら心情は複雑だが……まぁ、それはさておき話を戻そう。

 さっきも言ったが週に二・三回は時宮に帰ってきては突然大学やバイト先に冷やかしにきたり、家に帰ってみるとどこで調達したのか合鍵を使って先に家にいたり──当然ながら不法侵入──で唐突かつ理不尽に俺を振り回してくる瞳子が珍しく待ち合わせを指定してきたのが昨日の晩。待ち合わせと言っても時間と場所を電話口で伝えられただけで内容はまったく知らされぬまま、ファミレスで一時間も待たされ今に至る。というわけだ。

 俺にとって感謝と迷惑が人の形をした友人である瞳子は運ばれてきたコーヒーを一口含むと人心地がついたのか、ようやく用件を切り出してきた。

「――優之助。あなた、私立天乃原あまのはら学園に入学しなさい」

「断る」

 俺、即答。

「えぇ~。なんでよう~」

 なんだよ、その猫なで声。

「そんな金なんてないのはおまえだって知っているだろ? 今の大学も援助のおかげで通えているのになんでわざわざ余分に費用を出してまで別の学校に籍を移さなならんのだ」

 というのは半分本音、半分建前だ。今の生活自体、瞳子のおかげで成立している手前、断らないのが筋なのだろうが、こいつの人使いの荒さは相当なものだ。どんな意図があるかは知らないが謹んで辞退させてもらいたい。

 しかし、俺の言葉にキョトンとしていた瞳子が、難解なパズルの解き方を自力で閃いたかのようにうんうんと納得しながら否定する。

「あぁ、違う違う」

「あん?」

「優之助に入学してほしいのは高等部の方よ」

「……なんの冗談だ?」

 少し怪訝な顔をした俺を見て、瞳子も少し真面目な“ふり”をして──こいつがシリアスに語りかける時はなにか悪巧みをしているときのポーズだ──説明する。それがわかっているので自然、こちらの表情も固くなる。

「優之助、天乃原学園について知っていることは?」

「一般に知られている程度には。有名だからな──いろんな意味で」

 日本屈指の学術都市として全国レベルの知名度を持つ高原たかはら市。その高原市にある私立天乃原学園の高等部は全寮制となっている。そのため幼・初・中等部は地元かその近隣の県からの生徒が多いが、高等部以上は全国から来た生徒の比率が格段に高くなる。勿論、生徒の数もだ。

 いくら有名な学園とはいえ、なんでわざわざ寮住まいしてまで全国から天乃原学園に入学しようとするのか? それは他にはない特殊な学園運営に理由がある。

 その理由とは学園運営そのものを生徒の裁量に任せる点である。まぁ、それ自体ならどこの学校でも程度の差はあれど、そう珍しいものでもないだろう。そう、天乃原学園が特殊なのはその“程度”の幅がとんでもない方向で突き抜けているからだ。

 曰く、一部の経営とカリキュラム以外は生徒会や各委員会で学園を取り仕切っているらしく(特に体育祭や文化祭といったあらゆる年中行事は、企画・実行・責任の所在をも含めた全てが生徒側の管轄になっている。大人は一切、手を出さない。出すのは予算のみ)、職員会議に始まり、果ては学校法人の役員として、教育委員会の集まりまで出席する。正に大人顔負けの規模で生徒が運営に関わるとか(さすがに理事側の人間がチェックし、OKがでないと予算も出ないし、実現も無理だそうだが、却下された例は今のところ一度もないらしい)。

 曰く、生徒会は強大な権限を有していて、生徒会は選出・投票によって民主的に役員は決まるが一度決まるとその権限は一年間やりたい放題しても誰も文句が言えないほど、絶対的なものであるとか。

 曰く、一生徒の退学すら生徒会が干渉することが可能で、実際に生徒会の決定で退学になった生徒もざらだという噂もある。

 今日び、マンガやアニメでしかお目にかかれない荒唐無稽な話ばかりだが、こんなバカなことが現在進行形でまかり通っているのも、このシステムによって生徒間の自主性と競争心が育まれ、優秀な卒業生が何人も輩出されたという"実績"がたしかに存在しているからだ。

 経営の素人であり、それ以前に子供である生徒に学園の運営をさせる──そんな学園経営は無責任でなにより危険だという声も、多数あるのだが(事実、この論争はたびたびテレビで採り上げられている)、教育崩壊だと言われて久しい現代では、斬新な教育方針として強引に押し切っているという印象だ。

「というか、それって法律的に大丈夫なのか?」

「あら、未成年でも親の承諾があれば役員になることは可能よ。学園側が生徒達の意見を参考に運営している──そういうふうになっているの。それに考えてもみて。いくら権限があるといってもワンマンを振舞えるのは極々一部の例だけ、実際は他の役員がフォローとストッパーを兼ねているわ。天乃原学園の運営も学校法人として別に大人が在籍しているから意外に誰でもこなせるそうよ。第一、周りがどう思っているか知らないけど、天乃原学園はそれを売りにしたことはない。生徒会に入れば役員としての仕事が付いてくる。言わば、ボランティアの延長線上よ」

 なるほど、各方面への建前は万全ってわけだ。

「でも、問題が起これば批判が殺到するのはわかるわね?」

「そりゃあ、あれだけ強引にやってればな」

 少し前にも天乃原学園を退学になった生徒が学園を訴えたって話もニュースでやっていた。その後、どうなったかまでは知らないが、騒動は今も絶えない。というより、今でも充分大問題だ。これ以上なんて想像がつかない。

「生徒の個性と主体性を育てるシステムとして採用された"それ"は簡単に言えば、一足早い親離れ。それを突き詰めるために生徒に権利を持たせたの。あの学園では教師はただのおまけ、教材とそう変わらない存在よ。そうして自立していった生徒はたしかに優秀な人材として社会へと巣立っていったわ。でも、教師と生徒の距離は物理的にも精神的にも遠退いていった。生徒を自立させるためとはいえ、これでは本末転倒よね? そのために生徒に扮した"大人"の出番というわけ。安直だけど、外からどうにもできないなら内側から、ってね。もしかしたら解決する切っ掛けが掴めるかもしれないし、少なくとも監視にはなる。そして、こんな無茶をこなせる人材は限られるわ。人格的にも、能力的にも私が信頼できるとなると尚更よね」

 ──だからあなたが必要なの、と締めくくる瞳子。いくら旧家の子女とはいえ、なぜ一大学生がここまで内側に踏み込んだ話を持ってきたかというと天乃原学園の創設に当真家が一枚噛んでいるからだ。

 その後も当真家は天乃原学園の経営に関わり続け、現在の理事長も当真家の人間が務めている。つまり、この件について関係あるなしで言うなら間違いなく当事者なのだ。だから瞳子が当真家の人間として俺に話を持ってきたというのはわかるのだが──

「──二・三、質問がある」

「どうぞ」

「おまえのことだ、昨日今日で決めたことじゃないはず、なぜこの時期なんだ?」

 まだまだ寒い日が続くとはいえ、あと数日で三月。つまり、受験シーズンはとっくに終わっている。どうせ潜入させるなら入試の時点から仕込んだ方が紛れ込ませやすいはずだ。仮に転校するとして時期的に不自然ではないがあまりうまい手とは思えない。

「普通に入試で通過するよりも編入の方が都合がいいのよ。編入試験を誤魔化しやすいから。それに毎年百人単位で生徒を受け入れているからあなたが思うより中途で入学するのはそう珍しくもない。成績はともかく家庭に難ありの生徒が多いからそう詮索されることもね。あと、三月に入ると全寮制の高等部は春休み期間中でほとんどの生徒が帰省するから潜入が楽っていうメリットもあるわ。……そもそもあなた、中学生に混じって受験するなんて度胸ないでしょ」

「なんで俺が話を受けるって前提なんだよ!」

「それに、元々一年生にするつもりもなかったし」

 どういう意味だ? ……まぁいい、一年でないことに関して異論はない。受ける受けないは別として。

「他に候補くらいいるだろう?    俺である必要はないはずだが」

 すでに述べたが、瞳子の家は武家の流れを汲む旧家だ。その人脈・影響力は未だ健在であり、警察や自衛隊、民間の警備会社といったものから、果ては企業スパイの派遣や職業的暗殺者──いわゆる殺し屋といった非合法なものまでおよそ"武"というものが必要とされる分野に例外なく当真家の息がかかっている。つまり、人材の面から見て俺である必要性があるとは思えないのだ。少なくとも潜入ということなら適任はいくらでもいるはず。

「すでに派遣しているのよ」

「どういう意味だ?」

「当真家で派遣した人材が生徒会側についているわ。別件でね」

「別件?」

「今の生徒会長が天乃宮当主の孫娘なの」

「……天乃宮って、あの"天乃宮グループ"の天乃宮か?」

「そうよ」

 天乃宮あまのみやグループとは、公家の末裔である天乃宮家を母体とした複合企業のことだ。市場の変化が激しい現代においてコングロマリットとしての経営は縮小傾向にあるとされており、その存在はあまり多くはない。

 しかし、いつの時代でも家柄やその裏にある歴史とやらには価値があるらしく、その家名による信頼と人脈、それらのバックボーンから得た影響力によって、この激動の時代においても揺るがない一大企業として日本どころか世界中に名を馳せていた。

 そして天乃宮グループの人材育成を目的として設立されたのが『学校法人 天乃原学園』である。ちなみに天乃原学園という学校名は天乃宮の"天乃"と高原市の"原"とを混ぜて『天乃原学園』となっている。念のため。

 つまり、この状況がまずいのは百も承知だが共同出資者の縁者と敵対する可能性がある以上、当真家の息のかかった人材を派遣するというのは難しいようだ。しかも相手はただのビジネスパートナーではなく当真家と同じ旧家。下手に対立するということは、この先何十年といらぬ因縁をつくってしまうことを危惧しているのだろう。

 その点、俺は瞳子の友人ではあるが、当真家的には部外者だ。最悪俺を切って知らぬ存ぜぬを決め込むことができるというわけらしい。

「ねぇ、本気で考えてくれない? これは個人的な頼み事というより当真家からの正式な仕事の依頼として受け取って欲しいの。学園に侵入するわけだから、見た目も高校生に見えないといけないし。……給料もいいわよ。一応、契約は年単位で報酬は一千万位。細かいことは雇い主の理事長に交渉してもらうけどね」

「そんなにもらえるのか!」

 軽く驚く。が、よくよく考えるとそんな揉め事の塊の中で犯罪ラインギリギリアウトの仕事内容だ、当たり前か。瞳子もこちらの考えを読んだようで話を続ける。

「それだけの価値のある仕事であるという証拠でもあるわね。どう、やってみない? 私が保証するわ。あなたなら絶対やっていける。ううん、あなたが一番の適任なの」

「……そんなこと言われてもな」

 瞳子の頼みごとはたいがい無茶ばかりだがここまでのものはいつ以来だろう。金銭が絡み、拘束期間も長い、いつもならこいつの口八丁手八丁で強引に手伝わされるんだが、今回はそういうわけにはいかない。なぜなら──

「──やっぱり、決めかねているのは学園にあの子達がいるから?」

 付き合いが長いせいか、さすがに察しがいい。

「……ハルとカナは元気か?」

 脳裏に浮かぶのは二人の少女──今の俺には会う資格のない存在。

「気になるなら会いに行きなさいな。私に聞かないでね。いくら全寮制と言ってもその気になれば機会なんていくらでもあるでしょうに。二人が入学してから二年間一度も会っていないんでしょう? ……あなたもあの子達も意地っ張りだわ」

「別に意地を張って会わなかったわけじゃない。ただ、あいつらが頑張っているのを邪魔したくなかっただけだ」

「普通、そういうのを意地っ張りって言うんだけど……お金」

「うっ!」

 今、凄く耳の痛い一言が……。

「必要でしょう? それに私への借りも返せる。一石二鳥じゃない」

「い、いや、だが……」

 さずがは瞳子。こちらの性格なぞお見通しか。ちなみに当真家からの資金援助は無利子・無担保・返済期限無期の事実上、貰った扱いになっている。

 瞳子は返さなくてもいいとは言ってくれているが、利子はともかく借りた分は返さなければ、俺の気が済まない。そう思い、大学に通いながらバイトで少しずつではあるが返済している。というわけで、そもそも──

「──バイトがあるから無──」

「あ、それと、あなたの勤務先にはもう退職の連絡を済ませているわよ?」

 俺の断る理由を予想していたのか、はたまた単に今思い出したのか、辞退の返事を寝耳に水の報告で逃げ道を潰す瞳子。……なんて、呑気に解説している場合ではない!

「は!? いつ!」

「先月。退職の申請は最低でも一月前に──常識よね?」

「なにが常識か! くぁ! なにしてくれんだ! このアマ!」

 どおりでここ最近、仕事場の連中がよそよそしいわけだよ。

「大丈夫よ。後のことは後輩の柳田くんと柏木さんがうまく引き継いでくれるって!」

「何で知ってる!?」

 柳田くんは一つ下の好青年で、柏木さんはこの冬めでたく高校卒業が決まった小柄でかわいらしいお嬢さんだ。一月前急に俺の下についた二人を教育係として、あるいは直属の上司として受け持ったつもりだったのだが、職場的にはただの引継ぎ業務だったようだ。あぁ……、管理職気分で偉そうに教えてたよ。真実を知った今、ここ一ヶ月のピエロっぷりが恥ずかしい。

「……みっちり教えちまったよ。俺居なくても回っちまうくらいに」

 二人とも素直だし、真面目だからそれはもうノリノリで。「もうお御村さんがいなくても大丈夫っスよ!」なんて柳田くんの言葉に頼もしく感じてたよ。……なんかもう辞めるのを止められない空気になってんじゃん!

「いや、ちょっと待て! まさか、ここ最近大学の方にも頻繁に顔を出していたのは……」

「うん。もろもろの手続きをするためよ。休学の」

「おっ、おまえなぁ……」

 と、悪びれる様子もなくあっさりと認める瞳子にさすがに二の句が継げない。

「いいじゃない。次の就職先は決まっているわけだし」

「……」

 人を勝手に退職させておいてなにを抜け抜けと。言いたいことは山ほどあるが、現実に退職が受理されている以上、なにもかも虚しいだけだ。

 なにより友人──こんなんでも──であり、恩人である相手に金銭的にも精神的にも借りを返すチャンスは用意されている。ここまでお膳立てされているなら断る方がどうかしているのだが、まだどこかでこの話を断りたい自分がいる。

 本音を言おう。仕事のことを抜きにしてもあまり乗り気ではない。その理由は話を振った瞳子が一番わかっているのだから頭が痛い。俺がノーと言うのをわかった上で、建前も本音も丸ごと逃げ道を潰しにかかるのだ。……その首が縦に揺れるまで。

 それなんて拷問? と泣きが入りそうになるが、今の俺にとって職場を辞めさせられる以上の泣き所などない。気分的には一発目で首を斬り落とされたようなものだ。

 何気なく瞳子を見ると、飲みさしのコーヒーを良家のお嬢様よろしく口をつけている。不気味だ。いや、振る舞いは優雅なのだが、その静けさのせいで落ち着かない──持っているのだ。俺を動かせるための理由を。

「……予想以上に粘るわね。よし、こうなったら踏ん切りをつけさせてあげよう」

「(……きたか)」

 ある意味、予想通り過ぎて逆に清清しい感じのイヤな予感。まるで将棋やチェスで詰まされる一歩手前のような感覚を味わいながら瞳子の言葉を待つ。
 さぁ、どうくる? ──

「──あの二人が学園を退学になるかもしれないって言ったら、どうする?」

 それは、今までのやり取りなど、ひと断ちにする決着の一手。その一手の前ではどんな意地も抵抗も葛藤も無駄だ。

「……先に言えよ」

 俺はこいつの手のひらで一生踊らされ続ける。認めたくないことだが、そんな気がした。

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