異世界闇金道~グレーゾーン?なにそれおいしいの?~(仮題

慈桜

第二十話

  酒場のドアが突然蹴破られる。
 一瞬の沈黙の後に事態を把握した酒場の連中は各々に武器を持ち、怒号を発した。
「何処の誰だか知らねぇが此処がティアードロップ御用達の酒場だってわかってやってんのかコラ!!!」
「今さら話し合いですまねぇぞ!」
「隠れてねぇで姿を出しやがれ!」
「服が見えてんだよクソ野郎が!」
 まるで親鳥が雛に餌をあげた時のようにピーピーと鳴く荒れくれ者達の怒号を気にする様子も無く、カウンターに立つ男は磨いたワイングラスを片目で光に照らし埃が付いていないかを確認している。

「おうおうおう!!いつからこの寂れた酒場が俺達の御用達になったんだコラ」
 その酒場のドアを蹴破った主が、嘲笑混じりに皮肉を飛ばすといきり立った客達は顎を落とし、その手に握る武器を手放した。
 大柄のピエロがドヤ顔で叫ぶと同時に、様々な金属音が店の床に響き渡るとカウンターの男は少し眉間に皺を寄せる。
「床が傷つくだろ」
 だが、髭をこさえたカウンターの男が発した声は小さく震えていた。
「ロイ、最終公演だ!!店仕舞いして客集めやがれ!褒美はティアードロップ最前列!どうだ?」
「はは…おっさんにしては太っ腹じゃねぇか、いいだろう。何人集めればいい?」
「話し聞いてたか?ティアードロップの最終公演だぞ?集めろよ!このファルトムントの奴らを全員よ?ってお前何泣いてんだ?」
「ふつ…う…泣くだろうがよ」
 必死に堪えた涙が堰を切ったように流れ始めると、髪を短く切り揃えた小さな女の子が軽い足取りで店内に入る。
「なに辛気臭ぇ顔してんだよ!ほらロイ時間ねぇから早くコーヒーいれてくれよ!いつものやつ!」
「ラ…クシ…ル」
「お前泣いてボクのコーヒーに涙入ったら頭からかけるよ!?」
 その様子を見届けたと同時に、酒場には懐かしい顔ぶれがぞろぞろと揃う。
「あ、兄貴!!生きてたのかよ!」
「いや、そう言うワケじゃねぇんだがな、まぁ一夜限りのサーカスをな」
 当たり前だった、でも当たり前じゃなくなった光景を酒場の常連達は噛み締めながら泣き笑いを浮かべた。


 そして夜。


 ファルトムントネオスラムサーカス団ティアードロップの伝説の公演が行われた。
 夜の店も開店する事は無く、王都中の酒が料理が無料で配られ、人の海が出来上がる。
 チケットは口コミ。
 最前列には、ゴーウェン、ユミル、サカエ、そしてあの酒場のマスターロイと客の男達、当時の熱狂的ファン、各闇ギルドの大御所などでグルリと囲み四方八方から人の波が押し寄せる。
 巨大な松明と、サカエが細工した中央広場の光り輝く噴水を明かりに公演は始まった。
「すごい…」
 手に汗握る演目はとても言葉では表す事が出来なかった。
 驚愕、絶叫、爆笑、沈黙、感動、ありとあらゆる感情をミキサーにかけて同時に届けられるようなエンターテイナーが確かにそこには存在した。
 長い長い公演はいつの間にか深夜に差し掛かろうとしていた。
 そして、大トリのクライマックスにシクラールとラクシールの演目が始まる。
 だが、二人には6年の時の差があり、いつもの演目は出来ない。
 それでも二人は当時とまったく同じ演目、まるで二人いるかのように見せるイリュージョントリックを始めた。
 ネタばらしだ。
 様々な噂は飛び交っていたが、ここに来てネタバラしをしようとしているのだろう。
 二つの箱には予めシクラールが入っていてもう一つの箱にはラクシールが目の前で箱に入る。
 そして瞬間移動したかのようにシクラールが飛び出してる間にラクシールが袖に隠れる簡単なトリックだったのだが、今回は二人同時に飛び出した。
 それを見て、やっと謎が解けたと納得する観客の中、何かをしてくれそうな期待のプレッシャーが会場を飲み込んだ。
 だが、その演目を許せない男が居た。 Jに成りすましたサカエである。
「ちょっと待て!!それは許されないだろう?シクラはティアードロップの一員である事を国に知られてなかったんだぞ?」
 そしてラクシールが叫ぶ。
「だからこその最終演目だ!!」
 終幕の挨拶の為に控えていた演者達がそこで集まり始める。
 ラクシールは拡声スキルで端々までに響き渡る大きな声で語り始める。
「今日でティアードロップは解散だ!!今まで一度も終幕の挨拶に二人揃って立った事は無い!!だからこそのネタバラしだ!!」
「でも」
「わかってる!!どうせボク達は消えてしまう!!それでも!それでもこれ以上シクラールには辛い思いをさせたくない!!シクラールは髪を伸ばしたがっていたし、商業ギルドの男物のスーツを着るような子じゃないんだ!!長い髪にフリフリのドレスを着て女の子として生きるのが夢だったんだ!!これ以上ボクを演じる事はさせたくない!!ボクはボク!シクラールはシクラール!!そのケジメをつける為に最終演目はこれにしたんだ!!」
 サカエは返す言葉が見つからずにシクラを見つめるが、シクラは強い視線でうんと頷く。
「まぁ、あれだな。俺の事お父さんなんて呼ぶぐらいだ、シクラール一人守るぐらいワケねぇだろ?なんてったって千職師様なんだからよ」
 その言葉にサカエは白目を剥きそうになるが、グッと堪える。
 そして、Jも拡声スキルで叫ぶ。
「そろそろ時間だが忠告しておく!!今日はお忍びで王族も来てるだろうとは思うが、もし俺の可愛いシクラールを泣かしたら、また地獄から蘇って殺してやるから覚えてろよ!!!」
 そして示し合わせたかのように、ティアードロップの団員達の足元が緑色の魔素となり散り始める。
「なぁ?お前俺達生き返らせたり出来るんだからシクラールの髪伸ばせるよな?」
「あぁ、出来るが、今はキツイな。お前達が消えてしまうかもしれない」
「そっか、頼んでもいいか?」
 そのサカエとラクシールの会話には我慢出来ずにシクラールが割って入る。
「いや!!お姉ちゃんいや!!いかないで!!」
「そう言うワケにはいかないよ」
「だってもう無理だもん!髪の毛短いのも楽で好きだし!ボクって言うのも癖になっちゃったし!魚だって大好きになったもん!!男の子の服だって好きだもん!!」
「だからこれからはボクの事はボクに返してくれたらいい、シクラールはシクラールらしく、可愛い女の子でいてくれたらいいんだ、可愛いシクラールが大好きだしね」
「そんなのズルいよ……」
「ズルくて結構、ちょっと時間無いみたいだから最後の挨拶頼むな!!親父それでいいか?」
「あぁ、モチロンだ」
「じゃあ頼むよ」
 ラクシールの言葉にサカエは数秒目を閉じると小さく呟いた。
『技能石・美容師セット・髪型変更』
 術式の発動と同時にティアードロップの団員達の姿は光の粒となり消えていくのを加速した。
「いや、やめて!おねがい!」
 シクラールの肩に髪の毛がかかると団員達は思い思いに言葉を投げかけて行く。
「可愛いぞぉ!!」
「死んだら俺の嫁に!!」
「馬鹿!死んだら嫁もクソもねぇだろぉがよ!」
「似合ってるぞシクラール!!」
「ガウッ!!」
「ほらレリスも似合ってるって言ってるよ!!」
 そしてJが空中に漂いながらシクラールの側へ寄りそっと髪の毛を撫でる。
「お前らしく生きろ」
 そしてラクシールがシクラールの目に零れ落ちる涙の雫を指先で拭き取る。
「側にいるから」
 ティアードロップ全員は最高の笑顔を残して姿を消した。
 シクラールは顔をくしゃくしゃにしながら大粒の涙を零すが、嗚咽をもらしながらも声を振り絞った。

「みなざん!!いままでティアードロップを!!応援じでぐれで!!ありがとうございましたぁ!!!」
 直後、真夜中の王都に割れんばかりの大歓声が響き渡った。

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