異世界闇金道~グレーゾーン?なにそれおいしいの?~(仮題

慈桜

第十八話

 恐怖のどん底に叩き落されたファルトムントの兵達はただ逃げ回る事しかできなかった。 6年前に起きたサーカス団ティアードロップの処刑は誰の記憶にもまだ新しい。 何故ならこの王都に生きる者誰もがティアードロップのサーカスを見に行った事があるからだ。 子供の基本は週末のお小遣いをおやつに使うかサーカスに使うか…そんな街だったのである。
 そのサーカス団のスーパースター達が氷像に命を宿して兵達を驚かせる。
 それは催眠状態で僅かな事にも恐怖してしまう状況下では笑えない光景なのだ。
 ここで勇敢な兵が剣を振れば氷像のサーカス団も躊躇わずに首を掻き切っていたのだろう。
 だが、兵達は腰を抜かしたり叫び声をあげたり。
 そうとなれば驚かせる事に集中するのだから大したモノである。
 そこにはまるで本物のティアードロップが蘇ったかのようにすら思える幻が見えるほどに。

 義賊めいた殺し、スラムの治安維持、代々続くティアードロップの活動は生きとし現世で餓鬼道に落ちる者達に救いの手を差し伸べ、王都の中に自治区であるネオスラムを造るほどになる。 この6年でかなり落ち着きを見せ始めたが当初はネオスラムの路地裏に死体が転がっていない日は無い程に治安は悪化した。 裏ギルドのアジトが屋上という暗黙の了解も事の始まりはいつでも空中曲芸でビルの壁を飛び越えて仲裁に入れるからと住み始めた数代前のティアードロップが始まりだと言われる程に街の要であった。 守衛の兵達も手のつけられないようなゴロツキがいればティアードロップに頼んでみようと言うのは日常茶飯事だった。
 ティアードロップって人殺しって知ってる?それでも見る?
 そんな裏事情は子供でもしってる、でもソレが何? ティアードロップのサーカスが最高に面白い事に何か関係あるの?
 貴族の令嬢がネオスラムの子供と交わした会話として新聞が取り上げた有名記事である。
 芸能は良くも悪くもティアードロップの一本勝ちだった数年前。
 そんな記憶が走馬灯のように兵士達に流れた。
 そして…。
 氷の球体に乗り玉乗りの曲芸をするピエロが兵士達の目に止まった。 いくら恐怖で逃げ回っていても、これだけは見逃せない。 そんな演目が始まったのだ。
 片足で玉を転がしながらナイフを投げてはキャッチしてを繰り返しお手玉のように増やしていく。 その速さスリリングさは子供の時に見ていたそれと何も変わらない。 そして、定番となる見せ場だ。 ピエロはバランスを崩して両足を使って落ちまいと必死に足を動かす。 簡単な話しだ、ナイフを投げるのをやめればいいんだ!! だがピエロはナイフでジャグリングする事をやめようとしない。 そしてバランスが取れたと同時に氷像のピエロの顔は歓喜を表す笑顔に変わる。
 その気の緩みがいけなかった。
 笑った瞬間に足が止まり玉から転げちてしまうのだ。
 そして目の前で回し続けていたナイフがピエロの背中に容赦無しと降り注ぐ。
 絶句。
 事故だ。
 だがピエロはむくっと起き上がり膝を二回ふてぶてしく払うと上着を脱ぐ。
 するとソコには枕が三つ転がり落ちるのだ。
 ニヤリ。
「うおおおおおおお!!!!!Jだ!!!!Jだよ!!!!!」
「すげぇぇぇ!!!!やべえ!!泣きそうだ!!!!」
 拍手喝采の大声援である。 腰を抜かしていた兵達も流石にそれを忘れてスタンディングオベーション。
 当時はお馴染みのお笑いのコーナー。 だが、誰の記憶にも焼き付いた最高の定番。
 ここで団員が俺の枕がぁぁぁ!!!と嘆く所から次の演目が始まる。
 脳裏に焼き付いた繋ぎの笑いは、死の淵の恐怖に打ちひしがれた者ですら笑顔に変えたのである。
 その異常な空気の中で銀の仮面を付けた線の細い男は現れた。

「おやおや、古い演者がおそろいで?」

 それを待ち構えていたように丘の上で赤い仮面を付ける男がいた。

「転移術式発動」

 刹那。

 Jの氷像が砕け散り生身のピエロが現れた。
「よくも俺の娘を泣かしてくれたなテアトロ、死んでみたもののやり残した最終演目にお前を殺す事にしたわ」
 首を鳴らすピエロに肩を揺らし答える。
「死んでまでしつこいんですねぇ、ふふふふふ、このマジックの種は偽装魔術が付与された仮面と降霊術の合わせ技ですね?」
 銀の不気味な仮面の下から口元を歪ませると同時に地中から銀糸を鋭利な柱にして突き上げるテアトロ。
「ほうよくかわしましたね?」
「誰と喋ってんだおめぇ」
 振り向きざまにピエロの重い拳がテアトロの頬に直撃する、その不意打ちの一発に膝を折る。
「だ、誰だ…!?」
 テアトロは即座に反撃しようと指先を動かすが反撃は叶わない。
「さっきの予想な、半分当たりで半分外れだ」
 直後テアトロの後頭部にサッカーボールキックが振り抜かれる。
「よっっこいしょぉぉぉ!!!!!!」
「ふぐぁっ!!!」
 突然の衝撃に立て直す前に刻一刻と事態は変化していく。
「氷像のおっさんを魔素構築で生身にして降霊術を使った、俺は変装魔術付与の仮面をつけた誰かさん…さぁだれでしょう?」
「何を!?何を言っているんだ!?魔素構築で生身?そんな事できるわけないだろう!?」
 しりもちをつきながら後ずさりをするテアトロは、顎先に冷や汗が滴り落ちるのを感じていた。
「いやぁ、案外簡単だぞ?組み合わせたら…だけどな、じゃあおっさんやってしまいなさい」
「いや、お前俺の事知ってるかもしれねぇが初対面だからな?」
「わかったから!!一気に畳みかけようって言ったじゃん!!」
 嚙み合わないピエロ二人の会話の合間にテアトロは距離を取る事に成功した。
人形ドール
「意味はわかりませんけどここからはお遊び無しでやらせてもらいますよ、危険な香りがするのでねぇ」
 何処からともなく現れる口と目を縫われた大勢の人間の死体。 その死体は煌く銀糸に繋がれ生きてるかのよう行軍を始める。

「ほら言わんこっちゃない」
「上等上等、ちょっと怖えけどな」
「こわいんかい」
「はは、ナイフ貸してくんない?」
「好きなだけ使えばいい」



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